TWP これ…、何回目のブログです?

まぁ長続きしないんです。アウトドアと酒とサバゲとカスタムドールとイラスト。「めいんてなんす」再開しますた。

オカルト小噺 「花魁淵」

2012-11-08 22:33:58 | オカルト


【花魁淵】


塩●市の奥地、花魁淵に来ていた。今は深夜1時過ぎ。まだ少し昼の暑さが残っている。
この場所は、関東の西では有名なスポットだ。戦国時代、武田信玄の軍資金源となった「黒●の金山」が近くにある。

武田氏滅亡の折、この金山の秘密を守るために、五十人以上居た近くの遊郭の花魁を集め、張り出して設置した舞台もろとも、川に丸ごと沈めて皆殺しにしたという場所だ。

最後まで読むと祟られるという、碑看板の近くに止めて、車を降りた。

今回の面子は、いつもの通り嬉々としてツアーを取り纏めたモリヤマくんを筆頭に、男3人(モリヤマ・おいら・アシスタント仲間のAくん)と女2人(おいらの彼女・Aくんの彼女Bさん)の編成だった。

言葉少なに、花魁の霊を鎮めるお堂までの道を降りる。比例して周りの崖がどんどん高くなっていく。
中ほどまで来たとき、何かの囁く声が耳元で一瞬聞こえた。不安に思って辺りを見回す。
見ると、みんなも同様だった。みんなにも聞こえていたのか。いや、気づいたのは男3人だけだった。

「下見ろ、下!ライト消せ!」
モリヤマくんが、おいらをつついて囁いた。

懐中電灯を消して、こそこそとしゃがみこみ、藪の中から崖の下を覗き込む。

まだ深い崖の底に、真っ黒な川が流れて、仄暗い淵を作っている。

しかしほぼ真上にある月明かりのおかげで、角度によってはテラテラと光る水面もあった。
ここからの距離は50メートルくらいか。


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水面に影が見えた。岩じゃない。さっき崖の上から見たとき、そこには何も無かった。
…人影だ。

遠目には解りにくいが、髪は長く解けて…女の様だ。

目が慣れてきた。向こうをむいて俯いているのが判る。後ろ向きの顔は、濡れ髪にも隠れて良く見えない。

それは、そのままの格好で、音もなく沈んだり浮かんだりしていた。


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…生きている人間ではない。

この辺の水深はまだ10メートルはある。深い淵なのだ。
何十人もの花魁を溺れさせ、皆殺しにしたくらいに。

目を凝らすと、次第にソレの体が、こちら側に向いてきているのが判った。

…気付かれたらお終いだ。暗い藪越しに、皆、息を潜めた。
それはしばらくして、浮き沈みを止めた。上半身だけ浮かべたまま静止している。

そして突然、それが顔を上げた。腐ったように真っ黒い眼が、濡れ髪越しにおいら達を見ていた。

「うぅーーうーっ」

女性二人が、ほぼ同時に腹を抱えてうずくまった。
おいらとAくんがそれぞれの彼女に駆け寄った。
どうしたのか尋ねると、あの目を見た途端、急にお腹が痛くなってきたのだという。

おいらとAくんは顔を見合わせた。女二人同時にか?今この状況では、非常にマズい。

「…ヤバい」

一人で、崖の下を注視していたモリヤマくんも、緊迫した顔で振り返った。
「気付かれた。今、岸を揚がった。崖を登ってる」

「下のお堂を抜けた…あいつ、こっち来るぞ!」


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大慌てで今まで来た道を引き返そうとした。だが女性陣が動けない。可哀相だが、彼女を無理矢理に急かした。
AくんもBさんの手を引こうとして、悪戦苦闘してた。

でも、おいら達は30メートルも動けなかった。車まではまだ、だいぶ遠い。
さっきまで居た暗い藪が、ガサガサと揺れた。来る。このままでは追い付かれてしまう。

「ダメー!お腹が痛くて動けないー!」彼女が泣き出してしまった。
こっちは焦る。
こんなとこで泣いてられないだろ。仕方ない、背中を貸した。あそこまでおぶって走れるか?

「ここに連れてきちゃいけなかったんだ。女を」
荒い息で、横を走るモリヤマくんが言った。

「あいつは女に祟る。聞いた事があったのに、忘れてた」

強引にいくつも藪を抜け、車までの道をショートカットした。彼女をおぶって後ろ手に組んでいるおいらの手がヌルヌルしているのに気付いた。うわーと思ったが、構うもんか。

駐車場の明るい所まで来て、5人とも力尽き、アスファルトの上に座り込んでしまった。

「…消えた。気配がしない」とモリヤマくん。
あたりを伺っている。

「あいつ、消えた?マジ?大丈夫?」
「多分…」
モリヤマくんが言うのなら、大丈夫だろう。ホッとした。

駐車場の街灯の明かりで見ると、おいらの腕に血がベッタリと付いているのに気付いた。


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彼女の脚も血に塗れていた。…そんなに傷が酷いのか、幾筋も血が流れている。
恥ずかしがってる場合じゃない。何処を怪我したのか調べるから、脚を見せろと言った。

「いや私、大丈夫だから…絶対だめ!」
「いいから見せろ!」
「ダメだったら…!」

押し問答の末、最初は拒んでいた彼女も、観念しておいらに従った。
だが、様子がおかしかった。


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彼女の何処にも怪我は無かった。AくんとBさんのカップルも同様だった。
かなり出血しているのに、痛がるところが無い。どういう訳か判らない。

おいらとAくんは、まさかとは思いながら、こっそりとそれぞれの彼女に聞いた。
「もしかして、アレか?」
彼女達は恥ずかしそうに、無言で頷いた。

ごめんなさい。聞くんじゃなかった。


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一方、車のエンジンをかけながら、モリヤマくんはいかにも残念そうに言った。
「ここにも来なかった。もう帰りましょう。あ、席にはビニール敷いてね。汚れるから」

なんだコイツ。
もうちょっとデリカシーというか、女性を気遣ってもいいだろうに?
こっちの女の子達の方は、急に二人して多めに来ちゃったというのに。

近くの深夜のコンビニで、女の子用品を大量に買って帰途についた。

女性陣は二人とも、目茶苦茶に不機嫌だった。
泣いていた。
なだめすかすのに苦労した。

それから彼女達は、二度とモリヤマくんの誘いには乗らなくなった。
そりゃそうだ。



その後、通常の生活に戻ってから半年間、彼女に生理が来なかった。
生きた心地がしなかった。


ちなみに現在、花魁淵付近の道路はがけ崩れが多いということで、今後廃道になるそうだ。


-終-

オカルト小噺 「踏切」

2012-08-07 01:00:18 | オカルト



【踏切】

遮断機が降りている。
赤い点滅が辺りの闇を染め、のんのんのんのんと渇いた電鐘の音が鳴り響いている。
列車進行方向指示器の矢印が、「←」で光っている。K崎行きの上り電車が来る。

横に女性が並んだ。見たところ学生?大学の帰りか。急いでいるようだ。
チラ見すると、チェックのスカートから伸びる脚が、暗がりに赤く点滅して、眩しい。
独り身になってしばらく経つよな…。ああ、彼女がホスィ。

催眠効果でぼーっとした車が入り込まないように、点滅と鐘の音のタイミングは微妙にずらしてあると聞いたことがあったな。…まあいいか。
おいらとその女子大生は、そのまま待ち続けた。
その時から、少しぼーっとしていたのかも知れない。

…。

……。

おかしい。一向に電車の来る気配が無い。何分待たせるんだこの踏切?

右手にヘッドライトの明かりが二つ見えた。やっと来たか。
轟音をあげて、目前を通り過ぎるN武線上り電車。
乗客の数は多くない。夜の電車は車輌の照明で中の様子が良く解るが、妙だったのは、乗っていた客がみんな、こちらを向いていたことだ。

+++++

おいら達を見ていた。
全ての車輌の全員が、こっちを見つめていた。


その何人かと、はっきりと目が合った。口を開け、何か言いたそうな顔をしていた。

ただ一人、最後尾の車掌さんだけ、後ろの方を指差していた。
「あれを見ろ」とでも、言いたげな顔をしていた。

赤い点滅と電鐘の音、電車通過の轟音の中、ぼーっとそれを見送った。

…何だったんだ今のは?…だめだ、イマイチ解釈出来ない。
点滅と鐘の音はまだ止まらない。また「←」の矢印が赤く光っている。
また上り電車かよ。この赤い点滅と音で思考に蓋をされた中、いい加減イライラしてきた。
横の女子大生が何かブツブツ言っているのに気付いた。彼女も結構イラついているらしい。
そりゃそうかも。

右手を見ると、今度は赤い光が二つ、近づいてきていた。
この時一瞬、思考が回った。おかしい。赤は尾燈の色だろ?遠ざかるはずだぞ?
しかし、その赤い光は確かにこちらに向かって来ている。
…あの光は電車じゃない。別の何かだと直感した。

耳がキーンとしてきた。

すると突然、横の女子大生が遮断機を押し上げて、踏切の中に入り始めた。
「あ…危ないっすよ!」
流石においらも危険を感じて、腕を掴んで引き戻そうとした。だが、できなかった。
彼女はブツブツ言いながら、無理やり中に入ろうとしている。引き寄せられない。
女性とは思えない、すごい力だった。

右を見ると、二つの赤い光はもうそこまで来ていた。それは電車ではなかった。

+++++

大きな、黒い口だった。

赤く光る双眸が、おいら達を見下ろしていた。何だコイツは?
なんだかワニの口のように見えた。確かに爬虫類の感覚があった。何故かは判らないが。

ヤバい。彼女の腕を掴んだ両手に、渾身の力をこめて、こっちに引き戻す。
ビリリと彼女のブラウスが肩口から裂ける音がした。ブラウスの袖が抜けた。
彼女の腕はおいらの両手からすっぽりと抜けて…そのまま彼女は線路の上に踊り出た。

風を切り裂く音が耳をつんざく。バキバキグモバキ!骨肉が砕ける音がした。
その黒い口は、目の前で彼女を頭から飲み込み、そのまま走り抜けていく。
チェックのスカートと、そこから伸びた白い脚が、瞬間目に焼き付いた。

おいらはちぎれたブラウスの袖をもったまま、そいつが闇に消えて行くのを、茫然と見送るだけだった。

訳がわからない。ただ目の前で女性が一人、線路をやって来た大きな黒い口に「喰わ」れた。
くそ、こんな事があったのに、まだ頭がぼーっとしている。動け頭。

電鐘の音が止む。遮断機が上がり始めた。
線路を越えた向こうに誰か居る。暗がりに目を凝らすと、女性だ…ブラウスの片袖が無い。
さっき喰われた彼女だった。ポカーンとしている。

よかった…無事だった。思わず駆け寄った。
「大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」
「あ…あの、すみません、私…どうかしましたか?」と彼女。
自分が何をしようとしていたか、どうなったか覚えてないらしい。
こっちもまだ心臓がまだバクバクしていたが、息を整えながら、鈍くなった頭で経緯を思い出せる限り説明してやった。

+++++

説明している間じゅう、不思議な気分だった。ばあちゃんや女の子の霊、ワケの判らないモノは見たこともあるが、あんな怪獣のような具体的な化け物はこれまで見たことが無い。

それも、結果的に見ず知らずの女子大生を助けてしまうとは…。
一種、運命的なものを…感じちゃっていいのかしら?おいらw

「またやっちゃった…気をつけていたのに…」
彼女は胸の真ん中をギューっと握りしめた。…お守りか何かなのか?
またやっちゃったって?何なんだこの女子大生?

今の独り言を聞く限り…この子は「訳アリ」の部類に入る。曰く付きの…という意味だ。
「ブラウス、破いてしまってすみません」というと、
「あ…」
今更、引き裂かれたブラウスに気付いて、恥ずかしそうに肩口を引き合わす。色っぽい。

取り敢えず近くの交番まで送り、名刺だけ交換して別れた。
思った通り女子大生だった。ミカドさんていうのか。大学のゼミの名刺だった。
「S大学民俗学フィールドワーク」もしかすると、ここも色々と訳アリなゼミなのかも知れない。大変興味深い。

ただ、おいらはここで致命的な間違いを犯した。何と言うことをしてしまったのか…。
いまさら、どうしようもない。あの時、頭が冴えてさえいれば…と後悔した。
ヘコんだ。
流石にその後、何日間か寝込んだ。

+++++









彼女の携帯の番号とメアドを交換するのを忘れていたのだ。

悔やんでも悔やみきれない。

-終-

オカルト小噺 「アシスタント その2」

2012-07-21 21:36:19 | オカルト

【アシスタント その2】


酒を買いに行っていたモリヤマくん達が帰ってきたのは、1時間後だった。
ビールとツマミを、新聞を敷いた床にガラガラとあけて酒盛りが始まったのだが…

静かだ。

皆、さっきのことを聞きたくて仕方がない。だが、誰も切り出せない。
モリヤマくんは一人だけ黙々とビールを腹に流し込み、平気で柿の種をバリバリ喰っている。

「なあ…さっきのは…」堪りかねて話しかけたのは先生だった。
この人、実は相当に我慢弱い?

モリヤマくんの手が止まった。
「あの写真を見せるんじゃなかった。ふざけてて油断してました」
「最初に言いましたよね。あれを見て思ったことを口に出すとヤバいと」
「だから、説明することができない」
「口にしただけで、またすぐにあれが来ます。俺には来るのを止められない」
「言っときますけど、あそこはマジですから。ホントにシャレになりません」

二人が心霊写真を撮ってきた「K野神社」は、この辺りではほぼ最凶の有名なスポットだ。

彼いわく…。
「あそこは関東の西の要。ここら辺を東西南北に通る、霊道の交差点みたいなもんです」
「あそこを通る連中には、時折、凄いのが稀に居ます」
「よく判らないけど、<すごく冷たくて速いやつ>とかも居る。そいつが通った場所は、一瞬で空気が無くなる…それで物が裂けたり、凍ったりする。現象的には「鎌鼬」に結構似ているやつです。さっき来たのが、まあ…そいつですけど。」
おい、やけに詳しく説明してないか?また来ちまうだろ、そいつが。

+++++

ということは、近くにいて失禁気絶したアシさんは、本当に運が良かったに違いない。
モリヤマくんの言ったものに、まともに当たってたら、冷凍バラ肉だったかも。

「本当にすみませんでした。止められなくて」
殊勝にも、モリヤマくんは改めて、そのアシさんに土下座までして、謝罪してた。

先生も、しまいに天井を見上げながら言った。
「もういいわ。これ以上聞くと、俺が引っ越さなきゃいけなくなりそうだ」
確かに、ここ先生の自宅だしな。これ以上、事が深刻になると仕事に触るだろう。

モリヤマくんは少し黙って、表情を曇らせた。
「まあ、あいつのことなら…少しは話せます。逆に、理解してやって欲しいし…」
スズキさんのことか。

「最初、中学であいつに会った時、俺も本気で心配になりました」
「クラスみんなで最初に自己紹介やった時も、あいつだけ事故紹介ですって言って笑ってやってましたから」
「霊媒体質っていますよね。よく色んなのが憑いちゃって、肩を重そうにしてる人」
「でも普通は自分の魂の嵩分、そうそう入っては来れません」

「あいつの場合は、憑け込まれる場所…というか容量が普通の人より大きいんです」
「…ていうより、スカスカなのでスポンジみたいにどんどん入ってきちゃう」

「この前、あいつのアパートに行ったら、順番待ちが部屋の外まで溢れてました」
「笑っちゃったのが、外に溢れた連中が、列作って待ってるんですよ」
順番待ちの連中ってなんだ?スポンジみたいにスカスカってどういう意味だ?

+++++

モリヤマくんは話を続ける。
「俺、あんまり音の方は聞こえないんです。逆に耳が良すぎて雑音が入ってくるんで、感じられないんです。どっちかというと見えちゃう方」

「六つ子くらいの胎児みたいなやつ、何があったかパンパンに膨れた女、ずーっと叫んでるような顔してるおばさん、潰れたゴキブリ、良く分からない白いブヨブヨしたもの、青ざめた顔でドアをノックし続けてるハゲ、5メートルくらいの顔のない人、脳みそが出て首をカクカクさせてる小学生、首も手足もないけどジタバタしてる肉塊、首が50センチくらい延びちゃって上向いてる人、ハラワタの出たネコ、同じ場所を回り続けてる小人、頭から足の生えてるカラス、人の形をした焦げた皮、あ、あと手とか足だけってやつも居ました」

「そいつらが全部、あいつに取り憑く順番を待ってた」

ぶぅげえぇおええ!さっき気絶したアシさんが、今まで飲んでたものを吐いた。

「色んなのが入ってくるので、あいつの何が主体の憑きものか、俺にも判りません」
「すみません。これ以上は詳しく言えません」
いや、もうかなり詳しいだろ。こっちにゲロかかりそうだったし。そこまで言うな。

おいらは、再びあれを呼び込まないように、思わず口に出さないように注意して、自分なりに頭の中だけで推理してみた。
…あの影は悪魔じゃない。
スズキさんに入ってくる、その色んなものが、影になって写ったのだ。
…キメラだ。

鼻をすすりあげる音が聞こえた。
モリヤマくんだった。いつの間にか彼は涙ぐんでた。
そしてグシャグシャに泣きながら、言った。
…いったい、これをどう解釈すればいい?

「…あいつ…、元から半分なんですよ。魂が」                  

-終-

オカルト小噺 「場末の呑み屋でPeaceを叫んだジジイ」

2011-10-31 09:15:21 | オカルト


【場末の呑み屋でPeaceを叫んだジジイ】

行きつけのバーがある。
大将は頑固者だが、気さくで、老若男女から人気があった。
こじんまりしたカウンターだけの店には、古くから各界の人々が三々五々集まり、すぐに顔見知りになって、酒と肴を楽しんでた。
おいらも、通い始めて数年になる。

その夜は、小雨の降る肌寒い日だった
「ごめんねババア」の事故以来、ずっと胸にサポーターを巻かされ、息もろくに出来ない状態で、おいらは結構消耗していた。

何故か、急に熱いものが苦手になった。風呂に入るとき、コーヒーを飲むとき、決まって左胸の折れた肋骨の周りが、ギューっと疼く様になっていた。

もうニヶ月以上、この状態が続いている。
不気味なことに、胸には痣のようなものまで出て来た。
病院で言われた通り、どうも右手のような形にも見えてくる。

…考えすぎだ。

気味が悪いが、取り敢えず気のせい、ということにしていた。
こりゃ、冷酒で凌ぐしか楽しめない。
客も殆ど居ない。裸電球も数人の影を投げかけるだけだ。
小雨のはずなのに、音がやけに大きく聞こえる。
カウンターの向こうの大将も、「こりゃ早仕舞いだな」という。

その時、引き戸がカラカラと鳴って客が入って来た。

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見慣れない顔。一見だろうか?
年齢は多分七〇を過ぎている。店の大将と同じ位か。
その割には、Gジャンに濡れたサンダル、ほぼ総白髪を真ん中から分けた長髪で、ヒッピーがそのまま年とった感じの風体だ。

「席はー、あいとるかのう?」
まるで広島弁の三船敏郎がやって来たような声だった。

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「平和が一番じゃ!のぅ、そう思わんか?」
「ピースじゃ!ピース!ピース!ピース!はははははは!」
うるさいジジイだ。
何が楽しいのか、一人で騒ぎ散らして、さっきからピースを連発している。
いつもは朗らかな大将も、顔をシかめている。こういう客は迷惑だ。

「あのー、すみませんが…少し静かに呑めませんか?」思い切って諌めてみる。
そのジジイはきょとんとして、暫くおいらを見つめ、ついで興味深そうに目を細めた。

「にーさん、かなりヤバくなっとるのう」
「何がです?」
「後ろのも、かわいそうに…おぅ、にーさん、もうフラフラじゃ。勘弁してやれぇ」

「?…そんなに呑んでませんよ」
最初の言葉は上手く聞き取れなかった。
てっきり、酔っ払ったおいらのことを言われていると思った。

「違うわ、わかっとらんのー」
ジジイの表情が険しくなる。
「コリャいけん。のぅ、表に出よっとかい、ワレ」

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あー、ヤバい。

殴られる、と思った。
何か言い訳を取り繕って、この場を凌ごうと思った。

言葉が出ない。

睨み付ける視線に完全に縛り付けられていた。
意識に反して、身体が席を立ち、視線に逆らえないまま、店を出てしまった。
雨の中をしばらく歩く。じわじわと身体が湿ってくる。雨の音が、さっきより更に大きくなった。

前を歩いていたジジイは振り向きざま言った。
「にーさん、何でそげなモンにつかれおる?」
「かわいそうにのぉ。じゃけん、おんどれはそこに居たらいけん」

言われるや否や、ドンッと凄い音がして、おいらは胸をドつかれた。
折れた左の肋骨にモロに響く。息がつけずにうずくまった。
おいらのすぐ後ろにあった、別の飲み屋の看板がバリンと音を発てて倒れた。

「!」

振り返ると、壊れた看板の中に、モゾモゾ動く小さなものが見えたような気がした。
目を凝らしたが、灰色で捕らえどころがない。ちっぽけなイキモノのような。
そいつは、確かにギィィイッと微かに一声叫んで、ヨロヨロと暗がりに逃げて行った。

ジジイは言った。
「…オカッパ髪じゃったのぅ」

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唖然と立ち尽くしていたおいらは、促されるままに飲み屋に戻って、ジジイと話をした。ようやく身体の自由が効いてきた。

そして、ごめんねババアの経緯を話した。肋骨に絡み付いている白い手の話も。
「オカッパって…女の子ですか?」
「おう、五歳くらいのな。あいつは元の場所に戻るじゃろ。気にせんでええ」

ジジイいわく、強い恨みは感じられない。しかし自分が死んだことに、気付いていないのではないかと。
しかもジジイには、火傷の跡が見えたらしい。その女の子の直接の死因も、多分それだという。酷い火傷を負って、程なく亡くなったのだろうと。

「そこら辺の辻には色んなモノがおる」
「来るモノは四方から集まって来よるが、ハテ、その後、そいつらはそれから逝き先を決められん。何処へ向かえばいいのか」

「ゆえに溜まってしまうんじゃ。昔からのぅ」

そこはモノが溜まりやすい四辻で、気をつけて運転しているのに関わらず、ちょっとしたタイミングで出合い頭の事故が絶えないのも、ほぼ同じような理由だという。

結局のところ、あの時ぶつかった瞬間、あの女の子は偶然にもおいらに乗っかってしまったのだ。

「じゃ、あのバアさんは?」
「母親。ずっとその娘と一緒におったと思う。戦争の時から、六〇年以上、ずっと」
いきなりの「戦争」という単語に驚いた。
雰囲気出しの裸電球が一瞬、瞬いたような気がした。

おいらはシャツを捲くり上げて、左胸に浮き出した痣をジジイに見せた。
案の定、それは消えかかっていた。
内心ホッとしながら、「この右手にアバラを掴まれていると思う」と告白する。

痣の跡を見ながら、ジジイは言った。
「違う。ソレは左手じゃ」

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「は?」
この痣は、あの白い手が掴んでいたのは、前からではなかった。

左手ということは…つまりあの娘は、おいらの背後からしがみついていたのだ。
おいらとぶつかった瞬間、女の子は母親から振り飛ばされ、とっさにおいらにしがみついたのだろうという。
肋骨が二本折れるほどの強い力で。

『マ・ッ・テ・オ・カ・ア・サ・ン』
解った。あの声の意味が。

でもあの時、バアさんはこっちを振り返らなかった。自分の娘が見ず知らずの男の背中で叫んでいたのに。
なぜ、それに気付かなかった?母親なのに?

「気が触れていれば、それも解らんよ」

いずれにしても…、とジジイは言葉をつなぐ。
「にーさんは、その娘をおぶって、知らずにずっと逃げておったのよ」
「何から?」
「熱い、熱い、熱気からじゃ。空襲の火災のな」
これにも妙に納得した。
近頃、熱いものが苦手になっていた理由。

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あのバアさん…母親は、空襲から逃げているときも、ずっと背中の娘に謝り続けていたのだろうか?
多分、もう息のない娘に。「ごめんね」「ごめんよ」と。

あの暗闇に消えた白髪頭を思い出した。

娘を死なせ、おかしくなった頭で、今もその亡骸を背負って、半世紀以上も、永遠に続く空襲から逃げ惑っているのか。

今では自転車に乗って。
この街の、そこかしこの四つ辻を巡って。


-終-


オカルト小噺 「祟り社」

2011-10-25 22:36:00 | オカルト

【祟り社】

よく行く飲み屋で知り合ったメグは、西の方の生まれだ。今は常磐線沿いに住んでいるそうで、飲むと笑い上戸になる彼女は、文字通りチャキチャキだ。
どこの飲み屋でも、常連になると自分の生まれのお国自慢大会になることがよくあるが、彼女はあまり自分の田舎のことを話したがらなかった。

その彼女が先日、実家のことをしんみりと話し出したことがある。

「ねえ、知ってる?祟り社って」声を潜めて言われた。
「知らない…聞いたことない」
「あのな…うちには弟が居たんよ」
関西弁はよく知らない。過去形に聞こえたのが気になったが、おいらは先を促した。

彼女、実は「訳アリ」だった。

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メグの実家は写真屋を営んでいた。明治から続いた写真館で、戦中戦後の古い写真も残っていたそうだ。写真館の隣には、一風変わった神社があり、メグと弟はその境内でよく遊んでいたという。

その神社に、ちゃんとした神主さんがいたかどうかは、わからない。写真館よりも後、終戦直前くらいに慌ただしく建立されたため、それ程伝統がある訳でもなし、何の神様を祭っているのかすら、宗派もよく解らなかった。

ただ、浮浪者のような格好をした、住み込みだかのおじさんが、ときどき境内を掃き掃除していたという。メグの両親や祖父は、あまりその神社のことを良く言わなかったといい、行事やお参りには、敢えて別の神社に行っていたそうだ。

ある年の正月明け、その神社の神殿が開けられ、大掃除というか、虫干しがあった。
手伝う人もおらず、そのおじさんが一人で掃き出しをしていたそうだ。
それをメグとその弟が見ていた。冬の寒空に野積にされた、宝物というには余りに貧相な、一見ガラクタの山。
そのうち、ちょっとした隙に、弟がそのガラクタの山の横から妙なモノを物色して、さっと持ってきて、自慢げにメグに見せた。

朱塗りの円筒だったという。丁度、ちょっと大きめの茶筒のような。それほど古い感じはしなかったが、蓋は白く粉を吹いた蝋のようなもので、どろどろに、がっちりと封がしてあった。
重さもそれほどではなく、むしろ軽い。振ってみると、紙か乾いた布か、枯草のようなモノなのか、中でカサカサ・ワサワサ、時折コトッ・コツッと音がしたそうだ。

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それを聞いたおいらは、取り敢えず口を噤んでいた。
箱の中の様子は、おいらなりの妄想で容易に想像できた。
いわゆる、「コトリバコ」系の逸品だ。

だが、カサカサ、ワサワサという音というのがよく判らなかった。
あの箱、そんな音するって言われてたっけ?

「オ○○サマに、何しとるんか!」
(○○の部分は良く聞き取れなかったらしい。あるいはトか、ツと言っていたかも…とメグは言っている)

顔を真赤にしたおじさんが、すごい剣幕で追いかけてきた。メグと弟は逃げ回ったあげく、その茶筒を賽銭箱の横に放り出し、アカンベしたそうだ。

「このばかもんがー!何が起こっても知らんぞ!」
参道を走って逃げ、鳥居の下をくぐったとき、その柱がピシィッ!と音を発てたような気がしたという。

偶然と思いたいが、その翌日。
メグが住んでいた町一帯は大きく揺れた。

早朝だった。

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「アレでうちの家も燃えてん」
火災で写真館が焼けてしまったため、写真屋はその後廃業してしまったそうだ。

…それと…
「あのとき、その隣の神社の鳥居が、うちの家の方に倒れてきたんよ」
「鳥居の笠木が、一階の屋根をぶち破って、うちらの子供部屋の半分を潰してん」
「そして一緒に寝ていた弟が、その下敷きになって死んだ」
「青い縞々のパジャマを着た足だけが瓦礫の中から見えてた」
「うちのオトンが、うぉーって叫びながら、瓦礫を避けようとしたんやけど、弟の上に乗っかった笠木がすごく重くて、全然動かへんかった…」

周りの隣家もみんな同じ状況で混乱し、手伝ってもらえるような状況ではなかった。
そうこうしているうちに、辺りで失火した火災の勢いに押され、一家は泣く泣くそこから避難した。
逃げるとき、隣の神社も火に包まれているのが見えた。
社守りのおじさんは、凄い奇声を上げながら、燃え上がる社殿に飛び込み、それっきり行方は判らなかったという。

おいらは言葉が継げなかった。
メグが続ける。
「今までこの話はしたことないんやけど…うちら、弟の遺骨、上げられへんかったんよ」

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余震と火災が収まって戻ってみると、実家の写真館は見事に焼け落ちていた。
信じられないことに、瓦礫の何処を探しても、弟の遺体が見つからなかったという。
消防も来てくれて、一緒に捜索したが、結局、骨の欠片すら見つけられなかった。
潰れた弟の上に覆いかぶさっていた、鳥居の朱い笠木も無くなっていた。

跡形もなく。

メグの家族は、仕方なく空の棺で弟の葬式を出した。
いまでも弟がここに居るからと、写真館の跡地を整地して、もう一度家を新築した。

一方、神社のあった隣の土地は、そのまま更地になった。当の神社は別の場所に移されたらしい。移転した先の場所は解らなかった。メグの家族は、神社のその後を知ろうとはしなかった。

しかしメグは一時期、弟を殺した鳥居の朱い笠木を捜そうとして、復興中の街を自転車で走り回ったそうだ。
「焦げた朱い笠木を戴いた鳥居が、きっと何処かにあると思ってた」

「それで、見つけたの?焦げた笠木の鳥居?」
「いや、うちのオトンに言われた。止めろって。知り合いのおじさんから忠告されたって」
「あの神社は普通じゃないって。これ以上追っかけるとヤバい。祟り社だって」
「あの頃はまだ厨房だったから、怖くなって…それで…諦めた」

ただ、メグは今でも忘れられないという。
妙な隣の神社。祟り社。弟を潰した朱い鳥居。弟が見せた朱塗りの円筒。

神社のおじさんが、それのことを多分、「オツノサマ」と呼んでいたこと。

-終-


オカルト小噺 「壁」

2011-10-15 15:00:06 | オカルト


【壁】

大学のころ、彼女と同棲を始めるにあたって、広めの物件を探しまわっていた時期。
「やっぱ、住むなら学生の街でしょ」ということで、大学には遠くなるが、そういった小洒落た場所をもとめて、中央線沿線で良さそうなところを物色していた。

一旦電話をし、物件の概要を聞いてから、駅前のとある不動産屋に足を運んだ。
間取り図を見せて貰う。二階の201号室と202号室が空いていた。
「奥の203号室に住居人がいますが、それだけです。静かでいい環境ですよ」

なるほど、確かにこの間取り、2K風呂トイレ付きで4万は、ここらでは破格に安い。
だが、自分は付き添えないので、カギは開けてあるから、勝手に見てきてくれという。

現地へと歩いた。駅前のその不動産屋から徒歩7分。駅にも遠くない。
目指すは二階の202号室。
2つ空いている部屋のうち、真ん中を選んだのは日当たりと、間取りの問題だった。
2つの部屋は壁1枚で隣接しており、その壁を軸にして対称に間取られている。ただ201号室の方は、バスとトイレが同部屋のユニットバスだった。
彼女にはこれがNGだった。
不動産屋は、2部屋とも開けてあるから両方見てから決めていいと言っていたが。

階段を昇って通路から見た感じ、扉は→□□外壁□という並びになっている。
手前から201号室。不動産屋の言ったとおり、2室とも鍵は開けてあった。

まず202号室から入る。2階の真ん中の部屋な割に、壁に素通しのガラス窓が嵌まっているのに気付いた。その向こうは、同じく空いているという201号室だ。
現在そこは塞がれていて、目隠し用なのか、ベニヤ板が貼り付けられている。
変だな。何故、壁に窓なんか付けるんだろう?嫌な感じがした。

----

持ってきたビー玉を床に転がしてみる。案の定、それはコロコロと転がって、玄関の土間のタタキにコロンと落ちた。部屋自体も傾いているということだ。
ここは良くない。他のもっとマシな物件を当たろう。

「ここはダメでしょ」と言いかけた時、彼女がビクっとして腕を掴んだ。
「何だよ?」
「あの窓…」
彼女が恐る恐る指さしているのは、ベニヤ板でハメ殺している、例の窓だ。

「人が覗いてた…」
「はは、馬鹿な。向こうは空き部屋じゃん」
「見たんだもの…あのベニヤの隙間から誰か覗いてた…」

思い切って近づいて調べると、窓はちゃんとこちら側から施錠されている。
しかし板は…目隠しのベニヤ板は、向こう側から貼り付けられていた。
これ…ベニヤを剥がせば、こっちの室内が…アレとかソレとか丸見えじゃん。
覗かれるのが嫌なら、こっちからも目隠しを張るしかない。ありえない。気分が悪い。

向こうは…201号室は空き室の筈だ。
じゃ、さっき彼女が見た、向こうから覗いていたというのは誰だ?
不動産屋か?近所に住むとかいう、ここの大家か?

カギを開けて少し窓を開き、その先を塞いでいるベニヤ板に触ってみる。少しタワんだ。
しっかり留められていない。内装も杜撰だ。ふざけるな。
向こうの住人がその気になれば、簡単にここから覗ける。
さっき彼女が見たという人影、たぶん大家が様子を見にきたのだろう。
ちゃんと打ち付けておけよ、この板。まあ、ここに住む気は無いが。

----

試しに、もう少しベニヤを押してみた。動く。三角形に開いた隙間から、201号室の奥、床の様子が少しずつ見えてきた。
光が射さず、真っ茶色に変色して毛羽立った畳、それが縦に4畳ほど繋がっているようだ。
そこは超・細長い四畳半だった。
この隙間からはユニットバスにも、別の部屋にも繋がるようなドアは見えない。
家財道具も置いてあるようには見えなかった。
正真正銘の「ウナギの寝床」だ。人が住んでいる気配は…無いよな、空き室だし…
でも、この部屋と対称な間取りの201号室が、こんなに狭い筈が-

バァン!

ベニヤ板が、向こう側から思い切り叩かれた。もう少しで指を挟むところだった。
心臓が縮み上がったが、覗いてたこっちが悪かったかも。やっぱり大家かな?
「すいません、誰かそっちにいますか?…大家さん?」とノックした。
「ねえ、やばいよ」彼女が泣きそうな顔で、逃げの体勢になっている。

バァン!

凄い勢いでベニヤ板を叩き返してきた。この野郎。その窓を施錠して、部屋の外に出た。
すぐ隣の201号室の玄関のドアを叩いた。

「ちょっと!止めてくださいよ!怪しい者じゃないです!大家さんでしょ?」
「隣の202号室を見に来た者です!●●不動産の紹介で…」

バァン!バァン!まだ聞こえる。そいつは叩くのを止めない。おい、聞こえてないのか?
ドアノブを回した。玄関を入って201号室の中を見たとき、流石に凍り付いた。

----

確かに、202号室と対称に間取られた、ごく普通の部屋だった。
さっき見たような「ウナギの寝床」なんかではない。床も畳ではなくてフローリングだ。
誰もいない。室内を見まわした。大家はどこだ?

バァン!

叩く音が止まらない。音の方を見ると、今まで居た202号室側の壁から聞こえてくる。
こちら側に貼ってあるはずのベニヤ板が無い。

普通の白壁だった。

…さっき見た部屋は、この部屋じゃない。
201と202の間は壁一枚だけだ。

…あの壁の間で、今もベニヤ板をバンバン叩いているのは…?

二人で速攻で逃げ出した。預かったカギも無かったので、一気に駅まで逃げ帰った。
その間じゅう、ベニヤ板を叩く音は止まなかった。
不動産屋に文句を言う気にもならず、素通りして中央線に飛び乗り、帰宅した。

その後、その不動産屋には二度とこちらから連絡しなかった。
結局、別の場所に住居を定めた。その後、転居も数回している。

その物件は、壊されてなければ、まだ吉祥寺にある筈だ。

だが、いまだにその不動産屋から、物件の仲介のDMが届く。
いい加減にして欲しい。


-終-

オカルト小噺 「ごめんねバアさん その1」

2011-10-10 11:24:12 | オカルト


【ごめんねバアさん その1】

最寄の駅から、おいらの会社まで、自転車で通ってたことがある。
その日は、仕事が結構早めに終わって、少しずつほの暗くなってくる路地裏を自転車に跨がって帰路で急いでいた。

蒼い宵闇が降りてくる。境界線を見えなくするにはちょうどの時間帯だ。
空間とモノと、それ以外との。
懐の携帯が鳴った。
この時、ちょっとの手間でも自転車を降りていれば良かったと、今更思う。

番号非通知。
どこからだろうか。
「もしもし?」
「…ゴォォォォォォォオオオオ!!!!」
何か、飛行機の爆音のようなすごい音が左耳をつんざいた。

なんだ?

そのとき、四つ角の左手から黒いチャリが突っ込んできた。
無灯火だ。気づかなかった。
避けようとハンドルを切ったが、片手を離してたおいらの自転車はバランスを崩して、マヌケな恰好でその場にコケた。

-----

「…つ…!」
息ができない。

おいらのチャリは?…ある。
鞄の中は?…無事だ。
ぶつかってきたのは? …よかった、衝突はしてない…
…て、あれ?

突っ込んできたチャリは、そのまま右手の暗がりに消えて行こうとしていた。
乗っているのは…白髪頭の後頭部が見え、そしておばあさんの声がした。

一心不乱に、謝罪の言葉を独り言の様に叫んでた。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんよ、ごめんね、ごめんよ、ごめんね…」

白髪頭がキーコキーコと消えていく。

信じられないことに、一度もこちらを振り向かずに、ただ「ごめんね」が暗闇に消えていった。
なんてババアだ。ふざけんな、何が「ごめんね」だ!
こっちは大ケガだ!謝って済むか!かなりムカついた。

いきなり、すぐ耳元で、かすれているにも関わらず、高く低く頭にすごい声が囁いた。

「マ・ッ・?・オ・カ・ア・?・ン」
確かに、そう聞こえた。

-----

うわっ!誰だ!
すぐ後ろを振り返ったが、そこには暗がりだけ。
うっすらと光を投げかけてる電柱の明かりを透かして目を凝らしたが、通行人もいない。
ちくしょう、やられた。
こんな下町の路地裏で遭うなんて思ってなかった。油断してた。

左胸を強く打って息のできないおいらは、ようやく立ち上がって、転がっている自転車を起こした。
サドルの位置がなんか違う。よく見るとシートポストに繋がるサドルのパイプがありえない方向に、見事にグニャリと曲がってた。クロモリ製のレールが。溶けたみたいに。

うー、これに当たったのか…こんだけ曲がれば胸にも響く。
苦しい息の中、なんとか自転車を駐輪場に止め、電車に乗り継いで帰宅した。
でも夜中になって、どうしても我慢できなくなって、自分で車を運転して救急に駆け込んだ。
「うー、これは…折れてるかも」

自転車でおばさんとぶつかって胸を強打したことを問診票に書く。その後レントゲンを手早く撮られ、診察室に呼び込まれた。ぼさぼさ髪の若い外科の先生は陰険な顔で目を細めた。
「肋骨2本。骨折ですね」

机の上の先生のパソコンに映った写真を二人で見た。
鎖骨に近い肋骨が、脇の方で2本折れてた。見事に黒い筋が入ってる。
「うー、そのくらいは覚悟してました」

「まー、全治2ヶ月ってとこだね。胸なんでギプスする訳にいかないから、サポーターを出すよ。あと痛み止めね」
「はい。うぅー」

「で、これってなに?…君、何にぶつかったの?」

-----

「は?」
おいらは、もう一度その写真をしげしげと見た。そしてぎょっとした。

うっすらとだが、しかし気付いてしまったら、そうとしか見えない、ちょっと小さめの、白い節くれだった手が、俺の折れた肋骨をガッチリと掴んでる様に見えた。

おいらの手が写ってしまったのか?そんなこと無いよな。

小さい子供の手にも見える。右手、それとも左手?
そもそも、なんで?

耳がきーんとしてきた。なんかおかしい。
これはヤバい。

「うー、この白い影、手に見えますけど」
「やっぱり、そう見える?けど、おかしいよね?」
「さっきレントゲン撮った時には、自分の手が写るような角度じゃ…」
「そりゃそうだ。これは君の手じゃない」
「人間の手だったら、骨が透けるはずだよね?」

先生が言った。
「この子供の手には骨がないもの」


-終-



オカルト小噺 「高校の彼女との結末」

2011-10-08 01:20:02 | オカルト



【高校の彼女との結末】

高校の頃の話。

「あなた、大矢方の人だったんですね?」
「は?何それ?」
当時、付き合っていた後輩の彼女に、喫茶店(まあ、モスバーガーとも言うが)いきなりそう言われた。
何のことか判らない。

「ごめんなさい。私、そっちの人とは付き合えない」
「あの、訳わかんないんですけど」
「私達、敵だから…」

すみません。敵ってなに?何言ってるんですか?
「だから…昔、敵同士だったって話。私の家、そういうのダメなの…」

冗談だろ?山口生まれと福島生まれの二人は、会えば必ず喧嘩になると言われているが、それも今ではおフザケでの話だ。いまさらマジに喧嘩する奴なんて見たことないぞ。
ましてや、ここは北海道だ。昔からの家柄を気にする連中が拓いた場所じゃない。

「本当にごめんなさい。さよなら」
ねぇ、ちょっと待って。本当に洒落になってませんよ、これ。

この間、まさに5分。スピード失恋の新記録だ。当時の再俊足、カール=ルイス並だった。
そして、おいらが部長をやっていたその部活も、彼女は翌日には辞めてしまった。

----

以前、部員を自宅に集めて、部活の合宿をやった夜。
クモ膜でボケて死んだばあちゃんが、彼女の布団の上に正座していて、凄く怖い顔でじーっと、彼女の寝顔を見つめていたことがある。
ばあちゃんは消える直前、こちらを振り向いて何か言いたげな顔をしていたが、彼女の話と何か関係があるのか?
彼女と、その家と、死んだばあちゃんの関係が、おいらの知らないところで絡んでいるというのか?

-----

彼女がおいらを拒んだ理由は是非知りたかったが、ネットなんて便利なものが無かったあの頃、そう簡単に調べものなんてできる環境ではなかった。家系の問題だとも思えたので、図書館に行ったが、何から調べればいいのか皆目見当も付かない。
そのうちに、なんか馬鹿らしくなって結局止めた。

そもそもの話、おいらの姓は大矢ではない。
「ウチの親戚に大矢って苗字いる?」お袋にも尋ねたが、そんな親戚は居ないと言ってた。

当然、それ以来彼女とは音信不通だ。本来、家系なんて気にする家の子には見えなかった。
親がそうなのだ。こちらの家の系譜すら調べ上げて、いろいろ、ネチネチ誰何するような。
そんな家の子だったのだ。きっと。

まあ、振られた方の言い分なんて、こんなもんだ。

-終-


オカルト小噺 「ばあちゃん」

2011-10-01 00:34:48 | オカルト

【ばあちゃん】


なぜか、親戚の死に絡んで、不思議な目によく逢う。
最初は、高校学園祭の準備をしているときだった。
クラス対抗の行灯行列用に、角材の骨組みにカナヅチを振るっていると、グラウンドの木立の影に、誰か立ってこちらを見ているのに気づいた。
顔はよく見えなかったが、一瞬でばあちゃんだと解った。

「ああ、ばあちゃんか」と思って釘の頭を叩いたとき、はっとした。
こんなところに一人で来れる筈がない。ばあちゃんは、入院しているのに…
すぐにその木立の方を振り返ったが、そこには誰も居なかった。

-----

そのふた月ほど前、休日の昼間、ばあちゃんが自宅の台所で倒れているのを、遊びに来ていたおいらが最初に見つけて救急を呼んだ。動かさない方がいいと漫画で読んで知っていた。
症例にも心当たりがあった。
案の定、クモ膜下出血だった。(有難う、手塚先生)

幸い、命は取り留めたものの、その後のボケ具合はかなり強烈。畑仕事で鍛えた体は何処も悪くなかったため、病院内でゾロゾロ徘徊してしまい、大変だったらしい。
伯母さん、お袋、小母さんの三姉妹は交代で付き添った。
時折、記憶がフラッシュバックするのか、ばあちゃんは目を見開いて、お袋達を口汚く罵ることすらあったという。

「あんなに昔のことなのに」
「だって、そのころは母さんも生まれてないでしょ?」
「オオタニ」
「よく覚えていたもんだね」
「あれが、ばあちゃんの本心だったのかも知れないね」

制御の効かなくなった頭から溢れ出る、「正」も「負」もごった煮の、ナマの感情。
それを、マトモにぶつけられた娘三人の心労と負担は、計り知れない。
ある夜、三人揃って、夜中泣いているのを見たこともある。疲れているのがわかった。

基本的におばあちゃん子だったおいらが、見舞いに行きたいというと、逆に言われた。

「見舞いに行っても、お前とは解らないだろう。行ったところで仕方ない」と。

-----

…ゆえに状況を詳しく知らず、のほほんと高校生活を勝手にエンジョイしていたおいらも、その時は持っていたカナヅチを放り出し、何か不吉なものを感じて速攻で学校を早退した。
家に帰り着くと、親父も弟も早引きしてきたらしく、慌ただしく身仕度している。

「もしかして、ばあちゃんか?」
「今学校に電話しようとしてたところだ。どうして解った?」
「学校に、ばあちゃんが来た」
親父は「そうか」と言ったきり、それ以上話さなかった。

通夜と葬式は無事に終わったが、出棺のとき、霊柩車の最後の別れのクラクションが故障して、しばらく鳴り止まなかったのを覚えてる。
それからはいろいろと奇妙な事が立て続けに起こった。仏壇から手が出ているのが見えたり、微妙にばあちゃんの遺影の表情が変わったり。
それまでは不思議と嫌な感じはしなかった。だって、おいらのばあちゃんだもの。

-----

そうこうしているうち、高校三年になって、おいらに彼女が出来た。
弱小部、部長の権限で一年生の後輩を運よく引っ掛けて…まあ自宅同士だったし、当然Hもない、今でいえば清い交際だ。
その頃、祖父母が亡くなって残ったのは全部女の三姉妹。既に全員が別の家に嫁いでいて、母方の実家が空く状況になり、結局、おいらの親父が嫁方の墓を守るという約束で、
おいら家族は札幌の借家を引き払い、祖父母の家に代わって住むことになった。

…急においらの家は広くなり、文化系である我が部活は、合宿しようということになった。この家で。

ちょっとばかり隠しておいた酒も飲み、いざ就寝というときも、男部屋女部屋を区別するでもなく、一間のまま一階の広間に、有りったけの布団を敷いて雑魚寝をした。
部員同士、おいらと彼女が付き合っていたのは明白・公認だったので、当然彼女の場所はおいらの横。衆人監視の中、どうのこうのできる筈もなく、ぎりぎり隠れて手を繋ぐくらいで眠りについた…と思った。

その夜中、生まれて初めての金縛りにあった。意識ははっきりしている。横に彼女の頭が見える位置だった。

気配がした。
誰か居る。
見下している。

-----

だけど、その視線はおいらに向けられたものじゃなかった。

ばあちゃんだった。
すぐ横に寝ている、彼女の上に座っていた。

そのままの実感のある、いつもの姿で彼女の上に正座している。ギーっと目を見開いて、彼女の顔を眼前まで覗き込んでいた。
彼女は寝息を立てている。気づいていなのか?重くないのか?
いや、ばあちゃん、そもそもなんで出てきたの?よりにもよって今夜に。それも彼女の上に座って、何してんの?

「!!!!!#$&%@#$!!!!!」
声にもならない呻きを振り絞った。多分何かの音になったと思う。
ばあちゃんは、目を見開いたまま、おいらの方に振り向いた。
正直、恐ろしかった。あんな顔と、目を見たことは今まで一度もなかった。
目をそらすことができない。ばあちゃんは目を見開いたまま、彼女とおいらを見比べてる。

-----

「俺を想ってくれるのは嬉しいけど、もう、そうやって出て来るのは止めて下さい!」
汗だくになりながら、ようやくそこまで言い終えた。
それまで目を見開いていたばあちゃんは、それが聞こえたのか、一瞬固まった様に見えた。
そして少し小首をかしげ、何か言いかけたまま、スーッと消えた。

結局この後、おいらのこの声でみんな起きだしてしまった。こっちはこっちで、急に恥ずかしくて堪らなくなった。これはウチの家族の問題だ。他人を巻き込むことじゃないし、寝ていた彼女にも本当のことなんか言えない。しかも、部長たる自分の家での一件だ。

これは誰にも話せない。

今でもおいらはひどく後悔している。ばあちゃんは何か言いたかったのか?それを聞けなかった。
そしてもう二度と、ばあちゃんにはこの世では会えないだろう。そうボンヤリ確信している。
何故なら、おいらが言ってしまったのだから。「もう会いたくない」と。
あんなに好きだったのに。

今更どんなに謝っても、届かない。


-終-


オカルト小噺 「遙か、満州に」

2011-09-10 12:35:49 | オカルト


【遥か、満州に】

1945年8月。
中立条約をを破ってR国が攻めてきたとき、じいちゃんは技師として中国で発電所を建造中だった。召集はなかったらしい。
当の発電所は、ほぼ出来上がっていたという。

「R助の鬼が来る」
当時はその噂で持ち切りで、日本人集落は震え上がっていた。
日本軍は守ってくれるのか?ここの住人はどうなる?
しかし関東軍は、その時にはいつの間にか引き揚げてしまっていた。
いつもは偉そうな軍人さんなんて、誰も残っていなかった。
ようやく、混乱の窮みになっているだろう開拓団総本部から指示が来た。
発電所の工事は無期限に中止。
開拓団は急ぎ、内地への引き揚げの準備をせよ。
建造途中の発電所施設ハ、軍機ユエニ敵ノ手ニ堕チルコト能ハズ。

破壊セヨ。と。

この集落に居る皆は、日本人で在るが故に、ここで作り上げた全てを捨てて、ここを引き払わなければならない。今すぐに。
ここで頑張っても、犯されて、略奪されて、殺されるだけだ。
ここまでだ。
同僚数十人と発電所に向かう折、じいちゃんは泣き叫ぶ、まだ子供だった伯母さんとお袋を抱えたばあちゃんに、一振りの刀を渡して、言った。

「R助の鬼が来て、酷いことをされそうになったら、これでみんな死ね」

じいちゃん達は急ぎ発電所に向かう。まだ敵の姿は見えない。
その朝は夏なのに霧が濃く、不気味なくらい静かだったそうだ。

じいちゃん達は泣きながら、運びきれなくなった、自分で引いた設計図を全て燃やしたという。
そして殆ど出来上がっていた施設を、殆どぶっ壊した。

埃だらけで帰ってきた時、幸運なことに、まだ「鬼」は来ていなかった。
泣き疲れた娘達を、上がり口の板敷にそのままの格好で寝かし、ばあちゃんは一人、暗がりの中で目を爛々とさせ、刀を携え、息を潜めて正座して待っていたという。
そしてそのあと家族は文字通り、鞄一つで逃げた。

-----

夏が終わって秋が来て、瞬く間に10月にも関わらず地面が凍り始めた。
道端に生えている、痩せて凍ったニンジンは、リンゴの味がしたという。

延々と続く冷たい泥に足を取られながらも、ようやくごった返した港に出た。
中国人の人買いが寄ってくる。ここまで来たのに、ここで力尽き、とうとう手放された子供達を狙ってる。
切符を買うために鞄の中身は殆ど無くなった。
命からがらようやく乗り込めた舞鶴行きの船は、最後から二番目だったそうだ。
じいちゃんの口から聞けたことは余りに少ない。それ程じいちゃんは語るのを拒んでいた。

思う。
どんな恐怖の中で、どれだけの悲しみと怒りと絶望を置いてきたのだろう?

遥か、満州に。


-終-


オカルト小噺 「塵芥;ごみ」

2011-09-05 22:55:39 | オカルト


【塵芥;ごみ】

日付も変わってしばらくした真夜中。飲み会の帰りに、夜道を自転車でとばしてた。
かなり飲んでいた。夜風が気持ちいい。でもこの先のあの交番の前を通ると捕まるかも…
今日は別の道を迂回して帰ろう。

遠回りして、小路のカーブに差し掛かろうとしたとき、ドテラを着てゴミを両手で胸に抱えた、茶髪の若い女が、正面からとぼとぼと歩いているのに出くわした。

ぶつかる程に危険な距離とスピードではなかったが、時刻はまだ日曜日の未明。
ここら辺のゴミの回収は月曜日だろ…とか思い、一瞬、何を捨てるつもりなのか気になってそちらを注視した。

暗がりの向こうに見える彼女が抱えていたゴミは、まるまると布にくるまれていた。
人の形をして、あーあーとか細い声で泣いている。ゴミではなかった。
赤ん坊だった。

『ああ、夜泣きして、外にあやしに出たんだな。若いのに大変だな』当然、おいらはそう思ってカーブに進入しようとしたそのとき、真横で甲高い女の怒号が飛んだ。
叫び続けている。声が後ろに遠のいていく。

-----

茶髪の母親はこう叫んでいた。
「この野郎!いくらおべっかを使っても無駄だ!」
「おまえさえ居なければ######!」
「だからお父さんに@@@を%%%される!」
「おじちゃんそれは止めて!」
「だからどうした!」
「い、いぃぃ、いいいーー!」
「俺が嫌いなのか?」
「がぁあ、ああ!」
「お母さん、お母さん!」

育児ノイローゼか?それとも統失か?
若い母親だしな。もしかしてDQN親か?父親の方は、ほったらかしかよ…。
あんなことを赤ん坊の頃から怒鳴られ続けるなんて、可哀想だな…
やはりDQNはDQNの輪廻からは逃れられないな…
なんて思いつつ、カーブを曲がり切り、ペダルを踏み込んで加速しようとしたとき、

うしろでゴキュ!という音がした。

面倒くせぇ。音の原因なんて知りたくもない。おいらはもう眠い。帰りたい。
どうせDQN親子の問題だ。おいらは関係ない。
気持ち悪い。猛烈に頭が痛い。割れる様だ。
酒の勢いを借りて、我慢して振り返らずに、無理やりそのまま家に帰った。

家に着き、バファリン飲んでとっとと寝ようと歯を磨いている時、遠くでサイレンが鳴りはじめた。頭が痛い。
洗面台の鏡に写る自分を見て、涙が出た。
止まらなかった。

-終-

オカルト小噺 「アシスタント」

2011-09-02 01:00:43 | オカルト

【アシスタント】

一時期、大学のサークルの関係で、アシスタントのバイトをしていた時期がある。
高円寺の北にある先生の自宅に伺って、5人くらいの編成で、一人一晩1万円。
おいらの担当は背景とトーンワークだった。内容は、まあ推して知るべし。
そのアシ連の中に一人、結構「強力」な人がいた。名前をモリヤマくんという。
黒ブチのメガネをかけた、フツーの好青年だ。彼もまだ大学生だった。

そのモリヤマくんは来る度に、にこにこ笑いながら、何かと心霊写真を持ってくる。
これが毎回、なかなかにエグい。
彼がアシに来ると、先生もその輪に入ってしまい、なかなか仕事にならない。
だがこの日、彼が持ってきた写真は、いつにも増してヤバかった。

「この前、K野神社で撮ってきたんですよ。天気も良くて。いやーすごかった」
フィルム2本で48枚のプリントは、冗談でなく、全てがおかしかった。
まず、全部粒子の色が泡立っている(砂地のように見える)。
どの樹木を写しても、木の葉の影に髑髏が無数に見える。
階段を撮っても、そこに落ちる木立の影が、牛の頭の骨に見える。

写真のどこかに霊体が…というレベルではない。全ての写真の全面に写っているのだ。
ここまで来ると、皆黙りこくってしまった。普段はスゲーだのヤベーだの騒いでいる先生も静かになっている。息を呑む作品群だった。
夏の暑い日、窓を開けているのに部屋の温度がどんどん下がってきてるのが判る。

「いいスか、次の写真は絶対に論評しちゃダメっすよ。口にするとヤバイ。マジで」
モリヤマくんは、この日の取って置きをペラリと出した。
「…これ、誰ですか?」
「ああ、彼?一緒に行ったスズキ」

…あまり悪い事は言いたくないが、正直、素人目に見ても、彼は長生きできないのではないかと、本気で心配になる写真だった。
いや、このスズキという人物、本当に人間なのだろうか?それすらも怪しい。
心霊写真を見ただけで、涙ぐんでしまったのは、これが初めてだった。

平らな場所に、そのスズキさんが両手を後ろ手に組んで、こっちを向いて笑ってる。
太陽は彼から見て右手の頭上にある。故に影は彼の左下、つまり写真に向って右下に伸びるはずだ。だが、この影がとんでもなかった。

まず、彼の影が彼の足元に繋がってない。ここから既におかしい。
影の片手が上がっていて、長い杖みたいなものを持っていて…なんですか、これ?
背中に、一際大きな影が…コレは翼でしょうか?
頭には角のようなものも…もうカンベンしてください…
駄目押しに、尻尾のようなものが腰から…これでは、まるで…悪--

同じ言葉を、よりにもよって先生が呟いてしまった。
「…これは…まるで、ア…」

「それを言うなァア!!!」
モリヤマくんの、鋭い声の一喝が響いた。
びっくりして振り向くと、鬼のような形相で部屋の片隅を見つめている。
顔を真っ赤にして、冷や汗をかいてブルブル震えている。

-----

「その窓を閉めろ!」
言われるがまま、弾かれるようにアシの一人がその窓に駆け寄った瞬間、カーテンを引き裂いて、何か白い塊が飛び込んできた。
それは凄い速さで部屋の中を通り抜け、向こうの開いている窓から飛び出して行った。
本当に一瞬だった。
一番間近にいたそのアシさんは、失禁して気絶していた。
おいらたちも、さすがに腰を抜かして、しばらく立てずにいた。

「…もう、大丈夫ッス」モリヤマくんの一言でようやく皆、無言で自分の位置に戻る。
それから誰も話をしようとしなかった。

「…これじゃ仕事にならねえな…」先生が呟いた。まあ、確かに。
「今日は終わり。これで酒買ってきて。でもみんな朝まで居てくれよ。俺が怖いから」

その後は怖がってる先生を囲んで酒盛りになった。モリヤマくんは足の竦んだアシを2人引っ張って酒を買いに行く。気絶したアシには先生のトランクスとジャージを貸してシャワーを浴びさせている。
まだ放心している先生は座らせておいて、おいらは酒盛りの用意をし始めた。
それまで皆が使っていた飲み物のコップを、一回洗っておこうとしてギョッとした。

誰かの麦茶の飲み残しが、ガチンガチンに凍りついていた。

-終-

オカルト小噺 「ピンジ」

2011-08-31 00:47:15 | オカルト
【ピンジ】

満州から引き揚げて、新潟に居を構えたおいらの母方のじいちゃんは、犬を飼いはじめた。
終戦後の混乱はいまだに尾をひいていた。
特に日本海に面している新潟辺りでは、他にも大陸から色んな人々が上陸しており、治安は決して良い方ではなかったという。
家族が住んでいた家の近くにも、それらの人達の集落が出来上がっている。
当然、番犬としての役割もあって飼いはじめたのだ。
雑種の仔犬の名前はピンジと命名された。
当時の写真を見せて貰った。誰が付けた名前か、おいらははっきり聞いてない。
伯母さん、お袋、小母さんの三人で可愛がっていたそうだ。引き揚げて来て、恐らくは始めてのペットと言うか、家族の一員が増えたと、みんなで大切に育てた。

何年か経ったある日、ピンジがいなくなった。じいちゃん含めて家族全員で探して廻った。
だが、見つからなかった。
数日して、もう見つからないのかと諦めかけていた、ある日。

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お袋達三人の姉妹が歩いていると、畦道の向こうに、誰のものか判らないスコップが転がっているのを、小母さんが見つけた。
その先に何か載っているのが見えたという。
小母さんは小走りに、何か確かめに行った。

ギャーーーーー!
という小母さんの声が聞こえた。
ピンジーーーー!
スコップの先に載っていたのは、犬の頭。
間違いなくピンジだった。
小母さんが取り落としたスコップから転がり落ちたその首は、きゃんと一言、哀しそうに鳴いたという。
三姉妹は泣きながら、そのスコップでピンジの頭を埋めた。

あいつらは犬を喰う。
人のウチの飼い犬でも平気で盗んで喰う。
じいちゃんは、そういうこともあって、今でもあの国の連中を許さないのだ…と、
後年、お袋から聞いたことがある。

-終-

オカルト小噺 「紅月の鬼」

2011-08-24 19:51:09 | オカルト

【紅月の鬼】

今はもう亡くなってしまったばあちゃんの話。

終戦後、中国から内地に引き上げて来て、新潟に居を構えた母方の祖父母だ。
じいちゃんはなんとか仕事に復帰し、家族はようやく何もないところから人並みの暮らしで再出発ができようとしていた当時のこと。
じいちゃんの帰りはいつも遅かった。

夕暮れ、お袋の妹(おいらにとっては小母さん)が熱を出して寝込んでた。たぶん風邪をこじらせたらしい。
なかなか熱が下がらず、苦しい息で布団のなか喘いでいる。

風通しを良くしようと、それぞれ東・南・北に向いた障子窓をすこしづつ開けておいたという。
東向きの障子窓の隙間からは、昇りはじめた紅黒い満月が大きく顔を覗かせていた。
月明かりを受けた赤暗い部屋のなかで、ばあちゃん、伯母さん、お袋は三人揃って小母さんの看病をしてた。

障子窓から、風がひゅうと吹き込んできたのに気づいた伯母さんが、それを閉めようと東向きの障子に手をかけたとき、外に何かを見た。

なんだろ?

向こうの畦道から、提灯の明かりが近付いてくる。
紅い月明かりの逆光で、誰だかは判らない。
目を凝らすと、何かをずるずると引きずっていることに気づいた。


「お母さん!お父さんが帰ってきたよ!」
小母さんの氷嚢を変えながら、ばあちゃんがいう。
「お父さんはそっちの道からは帰ってこないよ」

「じゃあ、あれはだれ?」
提灯の明かりは、次第に近づいてくる。そしてその速度が速くなってきた。
こちらに走って来ているのだ。
ずるずるずる!ずるずるずる!ずるずるずる!引きずる音も大きくなる。

お袋も、この音に反応して不安そうに叫んだ。
「お父さんは、出る時、こんな音のする荷物持っていかなかったよ!」

おばあちゃんはとっさに、障子窓に飛びつき、横で動けないでいる伯母さんに叫んだ。
「●子(伯母さんの名前)!早くそれを閉めなさい!」
ぴしゃり… 言われるまま障子を閉めた、その途端、

バァアアン!

すごい音がして、閉めたばかりの障子戸が大きく歪んだ。障子紙が吹き飛んだ。
まだ身体の小さかった伯母さんは、後ろにのけぞって尻もちをついてしまった。

ゴロ…ゴロゴロ…ゴリゴリゴリ!
次いで、漆喰の外壁を削り取るような音が、向って右手の壁の向こう側を、南へと移動し始めた。

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その先には南向きの別の障子窓がある。
今度はばあちゃんが、転がるようにその窓にとりついて、しっかりと身体で抑え込んだ。
ゴリゴリという音はそこを通り過ぎ、西側に回り込んでくる。
その先はもう一つの部屋に続く、西向きの引き戸だった。

「○○(お袋の名前)!そっちの戸をしっかり閉めなさい!」
必死に戸を押さえつけるお袋のすぐ向こうを、ゴリゴリが通り過ぎる。
その先には北向きの窓があった。

「お母さん!」
「●子!北向きの窓を閉めなさい!」

伯母さんは泣きながら北向きの窓を抑え込んだ。
間一髪、その向こうをゴリゴリが通り過ぎた。

ゴリゴリは、とうとう家の周りを一周して、北の窓から再び、東向きの最初の障子窓にやって来ようとしている。
だが、三方を三人で守っているため、窓を守れる人はもういない。

部屋の真ん中では、小母さんの喘ぎがひどくなってきた。

障子紙も破れてる。
その向こうに、血のように紅い、大きい満月がこちらを向いていた。
表面のあばたが、意地悪そうに笑っているように見えたという。

「お母さん!」
「それを見るんじゃない!」
それぞれに南・西・北を守っていた三人は、しかし東向きの破れた障子窓から目をそらすことができなかった。

障子紙が破れたその格子の向こうに、金棒を振り上げた影がこちらを見ていた。

赤い鬼だった。

3人はそのまま気絶した。


朝、目を覚ますと、3人は真ん中に小母さんを置いたまま、3方向の窓や戸を掴んだまま倒れていたという。
おじいちゃんが朝方に帰ってきたとき、自分の家の壁に横向きに何かを擦ったような深い傷がついていて、びっくりしたそうだ。
それ以降、おじいちゃんはなるべく早めに仕事を切り上げて帰ってくるようになった。

幸いなことに、小母さんの風邪は、そのまま次第に完治したそうだ。

-終-

オカルト小噺 「カクシュ」

2011-08-14 14:10:31 | オカルト


【カクシュ】

友人が以前、日本酒の酒蔵に見学に行ったとき、そこの杜氏さんが教えてくれたという話。
見学の後、旅館で宴会をし、そのまま二次会に入って、部屋で呑み続けるのが普通の流れだという。いつもは杜氏さんは一次会でお帰りになってしまうのが常だった。
あの仕事は朝早いから。
だが、今回出席された、そのかなりお歳を召した杜氏さんは帰られない。
聞くと、今年の仕込みも終わり、これで引退を考えているので、明日は休みを取ったとのこと。杜氏さんと夜更けまで酒が飲めるなんて中々出来ることではない。
仲間は皆めちゃくちゃ喜んだという。
酔った勢いか、「ココにゃー、恐ろしい酒がある」と、杜氏さんが口を滑らせた。
皆即座に食いついた。

その酒蔵はT県にあり、純米吟醸としては、結構な石高を出しているところだが、そこの蔵の奥の古蔵には、見るのも呑むのも禁止された、禁断の酒があると言うのだ。
「カクシュ」と杜氏さんは呼んでいた。
杜氏さんいわく、自分も飲んだ事はない。しかし若い頃、箱の封印を解いてその酒瓶を見た事があるという。

杜氏さんの言ったことを要約すると以下の如し。
口の広い、白い陶器製のカメに入り、同じ陶器製の蓋がはまっていた。
それは大きな骨壷の様にも見えて、気味が悪かった。
凡字のようなものが書かれた細い帯で、何重にも厳重に封印されていた。
かなり古いもののようだった
振るとジャボジャボンと音がした。ゴツっという音も時折する。
蓋を開けると、何か骨のようなものが漬けられていた。
原酒のような、かなり高いアルコール濃度の酒のようだった。
匂いを少し嗅いでみると、気が遠くなった。
何かヤバい気がして、口をつけることが、どうしても出来なかった。

「そこまでしながら、どうして呑まなかったのですか?」と聞くと、畏れ多くて呑めたものでは無かったという。
杜氏さんはその後、当時の杜氏長に、めちゃくちゃ怒られたそうだ。
もう少し匂いを嗅いでいたら、呪いと毒で本当に死んでいたぞと怒鳴られた。
長は、若い杜氏さんに泣きながら説教したそうだ。

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「なんだったんですか?結局?」皆は興味深深。
「変な動物の骨と角を漬けてあった」と、杜氏さんは答えた。

以下はその杜氏さんが杜氏長から内々で教えて貰った、その骨と角の話。
聞いた後、全て忘れろと言われたという。

1800年代。当時T県の山奥の村では飢饉に喘いでいた。時は天保の大飢饉の頃。
平地では食えるものは全て採り尽くしたあと、食用になるものを求めて、ある樵が山中をさ迷っていたとき、山道の向こうから、牛と猿の合いの子のような動物がこちらにトコトコ歩いてきているのを見た。

樵は思った。
丸々と太ったその動物を仕留めて持って帰れば、村全体が暫くは凌げる。
それともウチの家族だけで独り占めしようか。肉を塩漬けにすれば数ヶ月は持つだろう。
どうやって連れて帰ろうか?ここで殺すか?俺に卸せるのか?
樵の思案を読んだように、その動物は言葉を喋ったという。

「俺を喰っても美味くはないぞ」
「おまえの村に残っている小豆を、少し喰わせてくれたら、おまえの村を救ってやる」と。
樵は考えあぐねた挙句、取り敢えず村まで連れて行くことにした。自分独りでは、この言葉を話す動物は手に負えないと思ったから。
そいつは、お気楽な感じで素直にトコトコついて来たそうだ。

既に小豆など、とうの昔に食い尽くし、もう何人も食いぶちを間引いていた村人は、樵の話などに耳を貸さず、早速にこの動物を殺して卸そうと殺到した。
十数人がかりで打ち据えた。
でも、その動物は鎚や鍬で頭を何回叩かれても死ななかったという。
腹を裂かれ、体をバラバラにされながら、その動物はずっと静かに呪いの言葉を唱えていたそうだ。
結局、その動物の肉を喰った村人は、じきにその全員が血と自分の臓物を吐いて死んだ。
その肉にありつけなかった女子供や、力の弱い村人だけが逆に生き残ったのだと。

その後、その動物の屍骸はどうなったか?
杜氏長の話はここまでだったという。

何故、忘れなければならない話を俺にしたのかと杜氏さんが問うと、アレを見た者はその謂れを知る必要があるからだ。と杜氏長は言った。

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酒蔵というものは、本来年貢として徴収されてしまうはずの米の、少しずつの上澄みを小作から集め、酒にして売り、その金を小作に還元することが出来た数少ない庄屋さんが前身の場合が多い。村人にとっては当時の現金収入は、何物にも変え難い。

それが本当の意味での「庄屋さま」だ。
故に、そういった酒蔵や醤油蔵は、今でもその地域の盟主であることがが多いのだと。
この酒蔵も例に洩れず、現在は政界財界に口が聞く、その道では知られた存在だという。

ワシはもう辞める。もう、あのカクシュがあるこの蔵に来ることは無い。
アレがあの古蔵にあることは、今の若当主も知らないかも知れない。
この話もあんたたちには関係がない。忘れてくれ。
あんたたちが騒いだところで、何の影響も及ぼすことは無いし、出来ない。
まあ、そもそもあんたたちはアレを見ていないからな。及ぼされる事は無い。
そう杜氏は哄ったという。

酒には呑む以外にも、幾つか用途がある。ひとつは消毒、もうひとつは漬けた状態にしての保存だ。昔は首級も実見に持って行く際には酒樽に漬けていた。

杜氏さんはオジジにこう言われたそうだ。
あのカクシュは呑むモノじゃない。あの骨と角を末永く保存するために、清く酒漬けにしてあるのだと。

いつか誰かが、何かの目的のために、それを使うことがあるかもしれないから。

-終-