東京湾要塞写真館        

東京湾要塞地帯に残っている戦争遺跡について撮りためた写真を掲載します。往時の雰囲気を味わっていただければ幸いです。

【9/10限定】三浦半島、戦争遺跡めぐりツアー①軍港の中心「海軍工廠」界隈 横須賀中央・汐入編

2022年08月20日 | 戦争遺跡

お知らせ!三浦半島戦争遺跡めぐりツアー再開。

3回シリーズで横須賀に残る戦争遺跡をご案内します。
第1回は、9月10日(土)開催。JR横須賀駅から横須賀軍港に沿って戦艦三笠までを歩く王道コースです。途中戦艦陸奥の主砲や防空壕跡、海軍工廠の施設、海軍工機学校の遺構等々見所沢山の内容。内緒ですが横須賀海軍病院も観ちゃいます。コロナ対策としてイヤホンガイドを使用しますのでご安心を。
申込は先着順です。お早めにお申し込みを。詳しくはこちらをご覧ください。

 

【9/10】三浦半島、戦争遺跡めぐり 横須賀中央・汐入編 – 横須賀市観光協会

【9/10】三浦半島、戦争遺跡めぐり 横須賀中央・汐入編 – 横須賀市観光協会

横須賀市観光協会 –

 

 

 

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掩体壕(茂原海軍航空基地)

2022年08月16日 | 戦争遺跡

 

茂原海軍航空基地の跡には、有蓋掩体壕が10基ほど残っています。全国的に見ても多い数です。

そもそも掩体壕とは、飛行機を敵機の攻撃から護るためのもので、無蓋と有蓋の2種類があります。

もちろん、有蓋の方が防御性は高いですが、造るのが大変です。

よって無蓋の方が多く造られたのですが、無蓋の掩体壕はほとんど残っていません。というか残っているという情報を知りません。

有蓋壕は、撤去するのが大変と言う事もあり、全国的にもかなりの数が地域の戦争遺跡として残されています。

茂原基地跡に残る掩体壕は、民家の庭先や農地の中などで、個人の所有になっています。

しかし、茂原市はそのうち状態の良いものを1基借り上げて保存しています。

写真は、それではなくて、田んぼの中に長閑に残る掩体壕。覆土も残り往時の姿を一番伝えていると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

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観音崎砲台ガイドツアー 参加者募集!

2022年06月20日 | 戦争遺跡
【募集中】7/23(土)「砲台ガイドツアー」

【募集中】7/23(土)「砲台ガイドツアー」

 「砲台ガイドツアー」で「海の守り」の歴史を学びませんか? 観音崎公園内に残る砲台群跡を東京湾要塞研究家のデビット佐藤氏がご案内致します。 砲台群は、幕末から明治期...

 

 

 

観音崎砲台に特化したガイドツアーです。

今回は参加費無料。また、我が国明治期砲台の嚆矢である第二砲台の砲側弾薬庫を特別に御案内します。

先着20名です。お早めにお申込み下さい。

 

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【6/4限定】横須賀まちなか歴史旅 ~横須賀中央・汐入編~

2022年05月08日 | 戦争遺跡

コロナも落ち着いてきたので、いよいよ開催します。

軍港のまち横須賀の歴史旅。路地裏を廻り、軍港横須賀名物の階段を上り下りして、ガイドブックには出てこないディープな横須賀を御案内します。

是非ご参加ください。

フジテレビ「何だこれミステリー」でも紹介された謎の鉄板にも迫ります!

<ツアー概要>

【開  催  日】2022年 6月4日(土)
【出発時間】①または②よりお選びください。
      ①9:30出発 / ②13:30出発
【集合場所】京急 横須賀中央駅 東口改札
【定   員】各回20名 *先着順 *最少催行人員15名~
【代   金】おひとり様あたり@1,800円

詳細及び申し込みは募集ホームページをご覧ください。

 

【6/4限定】横須賀まちなか歴史旅 ~横須賀中央・汐入編~ – 横須賀市観光協会

【6/4限定】横須賀まちなか歴史旅 ~横須賀中央・汐入編~ – 横須賀市観光協会

横須賀市観光協会 –

 

 

 

 

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特攻戦隊地下壕

2022年03月06日 | 戦争遺跡

太平洋戦争末期に編成された第11突撃隊の基地跡に残る地下壕です。

海軍は震洋や海龍という特攻兵器を備えて連合軍との本土決戦に備えていたのです。

苔むす岩壁に歴史を感じますが風化させてはいけませんね!

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観音崎砲台ガイドツアー

2021年11月18日 | 戦争遺跡

新型コロナの影響で休止していた「観音崎砲台ガイドツアー」再開します。

気軽に参加できる2時間程度のガイドツアーと座学を含んだ充実のガイドツアーの2種類です。

いずれのコースも日本初の近代砲台「観音崎第二砲台地下弾薬庫」の見学を含みます。

応募は先着順です。お早目のお申込みを。

詳しくは、

https://www.kanagawaparks.com/kannon/event/20211117165637.html

 

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点灯窓

2021年11月07日 | 戦争遺跡

観音崎第四砲台の点灯窓です。

弾薬庫内から見たものです。

明治10年代最後の砲台であり、レンガはフランス積みです。

 

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猿島8㎝高角砲台

2021年09月30日 | 戦争遺跡

要塞島「猿島」には陸軍砲台のほかに2種類の海軍の高角砲台も残されています。

なかでも、昭和11年に設置された8㎝高角砲台の遺構はとても貴重です。

砲座の背後にあった弾薬庫は知る限り、土で埋まっていたのですが、近年横須賀市が発掘してくれたおかげで、階段を含め全貌が明らかになりました。

予想通りでした。

 

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戦争遺跡 浄土寺の梵鐘

2021年08月20日 | 戦争遺跡

庫裏の玄関脇に鎮座している梵鐘。延享4年鋳造の歴史ある梵鐘である。太平洋戦争中に供出されたが、紆余曲折を経て帰ってきたという奇跡の梵鐘なのだ。

昭和20年7月、門徒らに見送られ盛大に供出されたのだが、すぐに敗戦となった。海軍工廠に置かれていたのを、進駐してきた米軍が戦利品としてであろうか、米国に持ち帰り、アトランタの公園に展示されていたそうである。

たまたまある日本人が、刻印から横須賀の浄土寺のものであることを知り、地元のロータリークラブを通じて返還されることになったのである。日米修好100年の時期であったのも幸いした。横須賀への輸送は第七艦隊の軍艦によって行われ、昭和36年5月に帰国。同寺にて盛大な返還式が行われた。

 

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東京陸軍兵器補給廠田奈填薬所(田奈弾薬庫)

2021年06月13日 | 戦争遺跡

横浜市青葉区にある「こどもの国」。

もとは、東京陸軍兵器補給廠田奈填薬所であったところです。

通称「田奈弾薬庫」と呼ばれ、陸軍が使用する砲弾の製造・保管を行っていました。

敷地に走る二本の谷戸に沿って施設が設けられていましたが、作業エリアと保管エリアと大きく二つに分かれていました。運搬用に長津田駅から軍用鉄道線が引き込まれ、西と東と停車場が二つ設けられた大規模施設でした。

今の東急こどもの国線がそのなごりです。

西側の製造エリアは、遺構はほとんど残されていないのですが、保管エリアには横穴式弾薬庫が現在も10数基残っています。

構造は二つの横穴の奥を繋いだコの字型で、コンクリート製です。全部で33基造られました。

開口部はかさ上げされたステージ状になっており、運搬トラックの荷台を横付けできるように工夫されています。

この弾薬庫は、横穴を掘ったのではなく、丘陵の崖面を開削、平坦な土地を造成し、そこにコンクリート製弾薬庫の構造物を造り、完成後に覆土したものです。

用地買収は昭和13年頃から始まり、昭和16年にはほぼ完成したようです。

戦後は米軍に接収され朝鮮戦争の際に活躍しました。

 

 

 

 

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