東京湾要塞写真館        

東京湾要塞地帯に残っている戦争遺跡について撮りためた写真を掲載します。往時の雰囲気を味わっていただければ幸いです。

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三浦半島戦争遺跡めぐり 海軍のまちDEEP GUIDE TOUR

2020年09月03日 | 戦争遺跡

 

観光タクシーで手軽にめぐる 横須賀の海軍遺構の旅です。

詳しくは、こちらをご覧ください。

http://yokosuka-kanko.com/pickup/2020/09/post-49.html

 

 

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東京湾要塞砲台巡り 参加者募集中!

2020年09月02日 | 戦争遺跡

詳細はこちらをごらんください。

https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2490/komisen/komisen/uraga/toukyouwannyousaimeguri.html

 

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今見ておきたい砲台ベスト8 「三軒家砲台」

2020年07月04日 | 戦争遺跡

今見ておきたい砲台ベスト8の第5位、三軒家砲台です。

観音崎の砲台群の中では一番新しい砲台です。
明治27年起工で29年竣工。つまり日清戦争には間に合っていません。
備砲は当時の最大砲であった27㎝カノンが4門据え付けられました。当時の日本の技術力では製造できずフランスからの購入砲でした。補助砲台として12㎝速射砲2門も備えていました。
関東大震災で被害を受けましたが、強力な砲台であったことから廃止とならず、復旧工事を受けて昭和9年まで存続しました。

現在の三軒家園地がその跡地ですが、3つの砲座と地下砲側庫や観測所、井戸や便所の跡など多くの遺構が残っています。
更に、昭和になって設けられた掩蔽部や監視所なども残り、一つの砲台で明治中期と昭和初期の両方の遺構が残るという全国的に見ても大変貴重な砲台です。

 

 

 

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今見ておきたい砲台ベスト8 「富津元洲砲台」

2020年06月12日 | 戦争遺跡

東京湾要塞生誕140年周年、今見ておきたい砲台ベスト8の第4位は、千葉県にある「富津元洲砲台」です。

房総半島で最初に築かれた砲台で、28㎝榴弾砲6門の編成です。
また、東京湾要塞のなかでも6番目に築かれた歴史ある砲台です。
東京湾に鳥のくちばしのように突き出した富津岬の付け根部分に造られました。


その大きな特長は、五稜郭のように周囲に壕を巡らせた5角形の堡塁で、濠の水は東京湾から海水を導いています。この形式は明治以降の近代砲台では唯一の遺構です。

現在でも、砲座を含む堡塁と濠はそのまま残されていて、展望台からその雄大な姿を望むことができます。

 

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今見ておきたい砲台ベスト8 「千代ケ崎砲台」

2020年06月07日 | 戦争遺跡

第3位の千代ケ崎砲台です。

明治25年起工、28年竣工。要塞の基準砲といわれた28㎝榴弾砲6門砲台です。

モリソン号事件の際に発砲した平根山台場があった場所です。

戦後、海上自衛隊の送信所として使われていたため、当時の遺構が良好に残っています。

特に、砲座背面の重厚な地下施設は一見の価値ありです。

平成27年3月10日、猿島砲台とともに国史跡に指定されました。

写真は、地下塁道の最南端部ですが、右手の部屋は貯水施設です。

ここのアーチ部には、レンガをねじって積んだ、通称「ねじりまんぽ」と呼ばれる構造が見られます。

砲台ではほかにないと思われる貴重な積方です。

 

 

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今見ておきたい砲台ベスト8 「観音崎第二砲台」

2020年05月30日 | 戦争遺跡

新型コロナウイルス感染第二波の心配から、外出自粛の方向が続いています。
なので、出かけるのは収束の暁にはということになりそうですが、
今見ておきたい砲台ベスト8の2番目、東京湾要塞で最初に築かれた観音崎第二砲台を紹介します。

明治13年5月の起工という日本近代砲台の嚆矢になります。竣工は明治17年6月。
24㎝カノン6門編成という立派な砲台で、日清・日露戦役で戦闘配備についた後、関東大震災により損傷を受け、大正14年7月に除籍になりました。

明治初期の砲台なので、切石とレンガで構築されています。地上部分は切石、地下施設がレンガなので見た目にはレンガがほとんど分かりません。勿論、レンガ積はフランス積みになります。砲台建築でフランス積みレンガを使っているのは東京湾要塞の明治10年代建築の砲台のみという貴重な遺構です。

現在は、県立観音崎公園のなかにあって、鬱蒼とした木々に囲まれてひっそりと眠っています。

公園主催のガイドツアーの際に貴重なレンガ造の地下施設を見ることができます。

 

写真は第一砲座の現況です。

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狙撃用洞窟陣地

2020年05月03日 | 戦争遺跡

太平洋戦争末期、三浦半島の沿岸には、帝国海軍によって多くの狙撃用の洞窟陣地が造られました。

来る本土決戦に備えてものです。三浦半島は海岸まで丘陵が突き出しているため頑強な横穴式陣地が掘れたのは幸いでした。

湘南海岸では砂浜中に造るので苦労されたようです。

写真は、三浦市の蛭田の鼻に残る銃眼です。

この穴から機関銃などで砂浜に上陸する敵兵を狙撃する計画だったのです。

 

 

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横須賀海仁会病院(現 聖ヨゼフ病院)

2020年04月19日 | 戦争遺跡

2014年にも紹介した「横須賀海仁会病院」

戦前から残る海軍の病院建物として貴重なものだったのですが、

残念ながら解体されることになりました。

この優雅なカーブもいよいよ見納めです。

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地下壕はコウモリのねぐら

2020年03月31日 | 戦争遺跡

太平洋戦争末期に、全国あちこちに掘られた横穴式地下壕。

戦後放置されていましたが、防犯上や安全上の観点からかなりの数が埋め戻されました。

しかし、まだまだ、そのままの地下壕は多くあります。

そんな地下壕は、いまやコウモリの格好のねぐらになっています。

調査の途中で良く出会います。

 

 

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第56震洋隊 震洋艇格納壕消滅

2020年03月24日 | 戦争遺跡

三浦市の江奈湾に進出した第11突撃隊所属の第56震洋隊(岩館部隊)。湾沿いに震洋艇を格納する横穴壕を掘削したのですが、それが現在まで幾つか残っていたのです。しかし、残念ながら、一番目立っていたバス道路(県道215号上宮田金田三崎港線)沿いの壕が、先日の道路拡張工事で消滅しました。また、一つ戦争遺跡が失われました。

 

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