Sの放浪記

成り行きで40代にして言葉も分からない中国へ来てしまった。漫然と今後を模索中。国外引越しに伴いブログも引越すハメに。

北京に戻ると秋になっていました。

2012-10-07 20:43:48 | 北京

日本最後の夜は急遽第一通訳のお仕事のヘルプで心も体も疲れました。僕が包丁握ってガリ(生姜の酢漬け)を作ることになるなんて考えもしなかった。SPAMや彼女の実家の干しエビやスルメも有ったから、水で戻してプテチゲ(韓国部隊チゲ)やヒラヤーチ(沖縄お好み焼きもどき(今回は鰹だしじゃなくて干しエビとスルメの出汁になったけど、個人的には美味しかった))も作った。日本にいる中国人達は中でもガリ作りに並々ならぬ関心を示していた。砂糖と生姜と酢が有れば誰でも作れるのに。冷蔵庫で冷やしているのに頻繁に扉を開けて、スライスした生姜が黄色からピンク色に変わる様子の写真まで撮ってた。美味しかったのかどうか分からないけど、お客様から苦情は出なかったようです。ガリはヒラヤーチに添えました。

話は変わって北京はすっかり秋です。Tシャツ一枚で帰ってきたらさすがに肌寒い。今はいつの間にか店頭に並んでいた栗を買い求めてワインを一杯(一本)やってます。甘栗では無く焼き栗で、結構おいしい。

帰りの飛行機で隣に一見東北系(モンゴルっぽい格闘系の感じ)の中国人が座ったんですが、僕が中国語の本を見てたら「你是不是中国人?(お前は中国人か?)」と聞いてきたので、「不是儿,日本。(いや、日本。)」と答えました。すると、「なんだそうか、何で北京方言がわかんの?」と小慣れた日本語で話しかけてきました。(ここには書いてないことが色々とあって、僕の話す中国語は標準語ではなく、北京方言と河北方言になってしまっているようです。知らず知らずに覚えた単語とかが辞書に載って無いことが多いです。それに、とにかく語尾に「儿」が付いてしまいます。)彼は一見中小企業の若社長と言うか北朝鮮の若い指導者にも似てる感じですが、第一通訳に色々教えられているので私には結構ヤバい人間だと薄々感じられました。左手薬指の太い指輪の下からこっそり見えた刺青のマークが、、、、。その後、話は止まったのですが、出発前にドリンクは如何かと乗務員(中国人)がお盆に載せて持ってきた際に、彼は中国語で熱いお茶をリクエストしました。そしたら、乗務員がいまは手元に無いから、この中から選んで欲しい旨を答えました。すると彼の口から、「つべこべ言ってねえで、さっさと熱い茶入れて持ってこい!」と、目を閉じているとまるで下町の親方の様な流暢な日本語が飛び出し、慌てて駆け寄ってきた日本の乗務員が直ぐに対応しました。その後も、一悶着ありました。離陸前に後ろの方の座席の赤ん坊が五月蠅く泣きはじめました。私も正直鬱陶しい気持ちだったんですが、いきなり彼が後ろを振り向き、「うるせえんだよ!そのガキの口をさっさと抑えろよ!」と飛行機中に響くような声で叫びました。慌てて近寄って来た中国人乗務員が彼に謝りました。彼は冷静に乗務員に対して、何故あんな赤ん坊を乗せるんだ?子供の虐待じゃないのか?何で他の乗客は誰も怒らないんだ?と矢継ぎ早に質問していました。正直僕自身も彼の質問内容には深く同意します。中国人乗務員の回答は、日本人の乗客は怒らないんです。そうです、日本人も彼の様に怒るべきなんです!以前、韓国の偉い人から教えて貰ったんですが、20年位前に他人の子供を怒ってはいけないとか、先生が生徒を殴ってはいけないとかそういうような訳の分からない風潮をマスコミを通して日本に蔓延させて、日本の国力を削ごうという狙いが有ったそうなんです。勿論米の国の狙いらしいです。その時は聞いててそんな馬鹿な?なんて思いましたが、どうやら威力を発揮しているようです。飛行機に赤ちゃんを乗せたりしたら絶対に耳(鼓膜)とかに悪影響があるし、第一子供が小さいんだったら無理やり飛行機に乗せることなんかないという意見が有ってもいいと思う。それに周囲の客に迷惑千万です!中国や韓国だったら絶対に怒られるな。無理やり世の中の年功序列みたいな習慣を潰されたり、この数十年で結構滅茶苦茶な国になったなとさびしい限りです。老人が立つ前でシルバーシートに堂々と座って化粧してる若者なんて中国や韓国には存在しません。その彼の振る舞いは別としても、マトモな考え方には共感できたので30分位は話をしました。関東を中心にマッサージ業や金融業を手広く営んでいらっしゃる方でした。日本の各方面の人々との色々な軋轢を経て日本語も上達したようです。第一通訳と同じく、年間に日中10往復みたいな感じでした。彼は私と逆で、私は文章の読み書きの方が得意で会話は下手なんですが、彼は会話は流暢でも読み書きはかなり苦しいようです。多分、中国人の中では統率力の有る人間だと分かります。日本人も行儀がいいとか悪いだけを唯一の物差しにするだけじゃなくて、言動や実績の中身を振る舞いよりも重視する懐があってもいいんじゃないかな?

とにかく人の多さを見て、北京に戻ったなと実感できた。とあるバス停の今日の夕方の様子です。

 

 

 

二階建てバスや、二両編成バスが立てつづけにやってきても、人の集まるスピードが負けていません。

そういや今日は交差点の歩道で面白い清掃車も見つけました。運転手も掃除よりも運転を楽しんでる感で、時折ドリフト走行も見せてくれた。

 
 

今日の北京の人の多さが印象に残った反面で、我が町大阪の年々寂れていく様子がやるせないな。帰国2日目だったかな、羽田から沖縄便が台風で欠航になって、急遽里帰りした時に阪堺線に乗る機会が有った。僕が高校に通う時はこの阪堺線と同じ南海電鉄の上町線で通ったけど、同じように寂れていると思う。下の写真に痴漢に着いて書いてあるけど、誰がこんなガラガラの電車で痴漢すんねやと突っ込みたくなった。

 

 

北京にいるせいか、大阪がどんどん田舎に見えてくる。それに服装や持ちも北京に比べて貧相に見えてしまう。ほんまに寂しいな。上の写真は大阪市内ですよ。だけど、僕にとって故郷の居心地は何物にも代えがたいけどね。食い物もいいけど、なにより大阪弁は心底落ち着く。大学進学で上京するまでずっと生まれ育った町だし、頻繁に帰省してたから。何より、町で人間見ててこんなにおもろい場所はないと思う。 

 

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