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他力本願!(週末は重賞予想・他力本願)

プロレス・中央競馬・与太話のオンパレード
ただいま3年経過。
競馬もプロレスも不滅です…たぶん。

‟アントニオ猪木 三回忌”で検索!

2024-10-01 18:50:55 | プロレス
そして、こんな記事に↓

アントニオ猪木さん三回忌法要に前田日明ら出席
「猪木さんと大西瀧治郎さん…感慨深かった」
https://www.nikkansports.com/battle/news/202409080000562.html

大西瀧治郎の名を知っているのが前田日明ならでは。
そういったタイミングで復帰を促す藤波のムチャ振りが酷いw


「近日中に前田日明がリングに復帰します!」by飛龍革命。

大西瀧治郎の名前…知りませんでした(小声で)

もう、そんなに時が過ぎたのかと。
もう、あの日々は帰らないのだと。

少しだけ、静かに安らかに眠ろうと思う。
…帰らないあの時代を抱きながら。
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1982年9月11日のテリー・ファンク&スタン・ハンセン(ロン・バスは その気になっちゃうしさ)

2024-09-23 15:57:09 | プロレス
東京・水道橋にある後楽園ホール。
プロレスのメッカとして有名なのはナイショだが
1982年9月11日の後楽園ホールは
ちょっとした遺恨対決が実現していた。

あのテリー・ファンクとスタン・ハンセンが闘う。
そう、最強タッグの遺恨を残した体で行われた作品。

…ハンセンですよ!(山田隆の声色で)

試合時間は短めなのに
余計な乱闘劇で時間を埋めた感が見え隠れ。
某・日テレジータスで再確認したのだが
そそくさと、ロン・バスがリングにいた光景が…笑える。
(笑っちゃダメなんだけど)

馬場さんの懐刀とも言える佐藤昭雄曰く
「ハンセンのタッグに於ける負け役が欲しかった」的なコメント。
そこに選ばれたロン・バス。

「ロン・バスは、その気になっちゃうしさ」

アントニオ猪木 日本プロレス除名事件の影に隠された本音。
なぁ、Gスピリッツ。

アントニオ猪木の「日本プロレス除名事件」が巻頭特集の
プロレス専門誌『Gスピリッツ』vol.72は6月26日(水)発売
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000284.000093966.html
…いまさらジロー。

メインレフェリーのジョー・樋口が失神するのはいいとして
サブレフェリーのミスター林まで姿を消すというのは
地味に粗雑だった気がする次第。

たぶん、多くのマニア筋が言いそうな予感。
「分かりやすく、ハンセンの反則負けで良かったんじゃ?」

「馬場さんなら、そんなコトしません」
…アンタがしてんじゃん!(混迷していた全日本プロレスを思い出しながら)

9月11日…いい事件簿ですな。

1985年9月11日の第一次UWF…水曜日の悦楽と革命の頓挫。
https://blog.goo.ne.jp/tarikihongan_2011/e/363dcea3b8a1893e8182650f0a569d6d
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ダンプ松本が再注目される理由…それは、その時代を知る方々が偉くなったため。

2024-09-12 19:27:45 | プロレス
…意見には個人差がありますbyさだまさし。
そして、ソースは↓

日本女子プロレス界“最高の悪役”
ダンプ松本が再注目される理由、貫いた“極悪ぶり”
https://dot.asahi.com/articles/-/233620?page=1

元プロレス関係者各位。
お願いだから、名乗りを上げて欲しい。
名前が出てこないから
この手の記事に胡散臭さも見え隠れ。

こういう時こそ 元・次長の出番なのに…感動させてよ!

>人気低迷が指摘されるプロレス界
>再び脚光を浴びるための救世主になれるかもしれない。

正直、その部分だけは同意出来ない。
同意出来ないと言い切ってしまう理由。

こういう熱気ある記事を掲載しても
若い皆々様が…乗ってこないからと推測。

再注目される理由。
偉くなった方々が、その熱気を共有。
共有してる&出来ている私たちはいいとして
その流れに付き合わないのでは?という私的な悲観的見解。

…この記事、阿部四郎にも言及してくれればいいのに。
(別の舞台で伝えてる可能性を考えつつ?)
コメント (4)
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1985年9月11日の第一次UWF…水曜日の悦楽と革命の頓挫。

2024-09-10 19:22:01 | プロレス

1985年9月11日。
いわゆるひとつの水曜日だった微かな記憶。

1991年9月4日も水曜日。
水曜日には何かが起きる…プロレス的に。

1991年9月4日の日本武道館と言えば、三沢のフェイスロック!
(若林アナの声色で)
https://blog.goo.ne.jp/tarikihongan_2011/e/27e713edc578a0fcc514d67836ebacdb

革命という言葉は美しい。
被支配階級が支配階級から国家権力を奪い取る。
雑な物言いを敢行すれば
待たざる者が持つ者との格差を是正出来るのだから。

体のいい逆転劇かもしれない。
そういった欲望と願いが、世界中のあちこちで望まれている。
…たぶん。

世界中のあちこちで望まれているエゴ。
それが溢れている日常が正しいのか、間違ってるのか。
詳細は…見つけろ、てめぇで!(by猪木イズム)

自らの体で示した猪木イズムが崩壊し
その結果、格闘するプロレスの原点を見出したUWF。
夢枕獏の言葉を使えば、運動体という答え。
運動体の意味を掴み取れていないのはナイショだが
経済的な事情で止まってしまった運動体の姿。
それが、1985年9月11日に行われたUWF後楽園大会の正体である。

…意見には個人差がありますbyさだまさし。

UWFルールを犯し、頭突きを繰り返した藤原喜明。
その真意を慮り、この舞台から去る決意をしたスーパー・タイガー。
最後の最後に繋がらなかった絆。
どちらも間違ってなかったという結論。
最終的に欲しがっていたモノは…当人にしか伝わらない事実&現実。

意見には個人差があります…いや、本当に。
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虎ハンターという言葉だけに留まらない…小林邦昭は、そういうプロレスラーである(合掌)

2024-09-10 18:20:52 | プロレス
突然過ぎて…信じられない私がいる。

元プロレスラーの小林邦昭さん死去
68歳 タイガーマスクの宿敵〝虎ハンター〟の異名
https://www.sankei.com/article/20240910-IZCKMC7WVVMDXCYFCS426KVPRA/

なお、当ブログでは小林‟邦明”にしていた事実を恥じたい。
…ごめんなさい!

初代タイガーマスクとの激闘が思い浮かぶ。
その影に隠された感がある斎藤彰俊との試合も忘れないで欲しい。

プロレスを舐め腐った男…それは、お前じゃないのかと
(1992年4月30日の小林邦明と斎藤彰俊)
https://blog.goo.ne.jp/tarikihongan_2011/e/ac9455d4fa73dbc48e4a9423ea034513

控室のドア関連から始まった抗争。
そこから始まり
気がつけば、大きな渦をまき起こしていた。
闘魂三銃士の華は認めるけど
それだけじゃない、プロレスの激しさという名の暴力が微笑ましい。
…私だけ?


初代タイガーマスクのライバルだけじゃなく
後の獣神ライガーの相手も務め、馳浩の国内デビュー戦も。
…後に控えた暴動は忘れておこう。

現役引退後、中西学と料理対決をしていた微かな記憶。
美味そうだったなぁ、カレー粉を効かせたあの肉料理。
by中西ランド

…改めまして、合掌。
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