時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、少し我儘に人生は後半戦が面白い。

没収される供託金は1億円超

2024年06月18日 | 時のつれづれ・水無月

多摩爺の「時のつれづれ(水無月の36)」
没収される供託金は1億円超(東京都知事選挙)

ここんとこ、連日報道されるニュースによれば、
今週の6月20日に告示され、来月の7月7日に投開票される予定の東京都知事選挙に、
約50名もの立候補予定者が・・・ 待ち構えているらしい。

約50人の立候補者の大半は、大変申し訳ないと思うが、いわゆる泡沫候補であり情けないが、
曲がりなりにも、この国の首都のトップを目指すのだから、
それなりの志と、練られた政策には期待したいものの・・・ いくら時間に余裕のある爺さんでも、
50人もの政見放送を聞くほど暇じゃないので、この人数には如何なものかと云わざる得ない。

とはいうものの、300万円の大金を供託してまで立候補する・・・ その一点だけに着目すれば、
供託金が戻る可能性はゼロではないが、99%戻らないことが分かって立候補するんだから、
視点を変えてみれば・・・ 都知事選を売名に利用した、一つのイベントとして捉え、
その対価として、都の一般財源に300万円を出してくれる、太っ腹な方々なのかもしれない。

メディアの報道によれば・・・ 東京都の有権者数は、約1,100万人だと云うから、
投票率が前回並みの55%だとすれば、投票総数は約600万票であり、
その10%の60万票の獲得ができなければ・・・ 供託金は没収されるのである。

また選挙には、当選が認められる法定得票数というものがあって、
都知事選挙の場合は・・・ 有効得票数の25%の得票率が必要となり、
凡そ150万票(600万票X25%)を取っての当選でないと、当選者としては認められず、
選挙そのものが不成立となって、やり直し(再選挙)となってしまうのである。

ということを踏まえて、メディアが発する情報を整理すれば、
預けた供託金を没収されない候補者は、当選者を含めて数名程度となり、
約50名の立候補者が預ける、約1億5,000万円(300万円X50名)の供託金は、
選挙後に東京都の一般財源に組み込まれ、その使途については制限も制約もついてないのである。

よって・・・ 品格に欠けた物言いで恐縮だが、 
東京都民としたら、多くの方々が立候補していただける都知事選挙は、
煩いし、耳障りだし、目障りかもしれないが、それに見合う利益率を踏まえれば、
財政的には実にありがたいイベントであって、2週間そこそこの我慢は受け入れざる得ないだろう。

さて・・・ 大安の本日(18日)、
二人の有力な女性候補者が、待ちに待ったと云えば優しく聞こえるが、
待ちくたびれた感が否めない政策を、ようやく発表するらしい。

メディアやネットは、ここにきて・・・ 仁義なき女性の戦いだとか、
「赤いきつね」と「緑のたぬき」の戦いであるとか、話題作りに余念がないが、
選ぶのは有権者であって、メディアは公正かつ公平な情報を提供していただければそれで良いので、
あまり出しゃばらず、必要以上に前のめりにならないことだろう。

二人の有力な女性候補者が、発表するであろう政策について、
私なりの着眼点は、どちらが主体的に東京都を見ているか、東京都をどうしたいかが重要であって、
だれかと、だれかであったり、どこかの政党と、どこかの政党を比較した、
相対的な政策ではないということである。

候補者を比較して選ぶのは有権者であって、
候補者は・・・ なにをどうしたいのか、どんな東京都を作りたいのか、
具体的に分かり易く、それを語れば良いだけのことである。

たしかにいま、政界を揺るがしている裏金問題は大問題ではあり、
そこを争点にしたい気持ちは分からんでもないが、
冷静に直視すれば、政治資金やキックバックは、けっして違法ではなく、
不実記載だったことが違法であって・・・ 訂正するなり、罰則を受ければ済むことである。

また、争点になりそうな、神宮外苑の再開発に至っては、土地の大部分を持つ明治神宮が、
協力会社(独立行政法人や、商社、不動産会社など)と一緒になって進めた計画であり、
そもそも東京都の土地じゃなく、都は再開発の申請を許可しただけなので、勘違いしてはダメだろう。

個人的には神宮外苑の再開発を、再検討することには反対ではないが、
それについてもの申すのは東京都ではなく、明治神宮であり、
それは知事になるまでもなく、いますぐにでも声を挙げ、行動することは可能なので、
つべこべ云うことなく一汗掻いていただければで、それで済むことなんじゃなかろうか?

都知事選挙の役者が出そろったいま、メディアに取り上げられる度に、
なんだかんだと、東京都とは直接関係ない争点を持ち出し、
メディアの後押しを受けて、独り相撲を取ることに、都民はそろそろシラケ始めている。

やりたい政策、やらねばならない政策があるから立候補するのであって、
「立候補する。」と云ってから政策を作るのは・・・ 順序が逆ではなかろうか?
なにが目的で、なにが手段なのか?
いま一度、熟慮してみる必要があるような気がしている。

然は然り乍ら(さはさりながら)・・・ 今回の東京都知事選挙における、国民の期待は、
政治と金の問題に決着がつけきれない、政権与党の逆風が如何ほどのものなのか?
政治と金の問題だけをワンイシューにしたい、野党第一党の追い風が如何ほどのものなのか?
それを見極めたいことなんだと思う。

都民は、国政と都政は違うことを理解し、そういった視点で見ていると思うが、
都民じゃない人々の視点は、この国の首都に暮らす我々に、
政治と金問題の、リトマス試験紙を担ってほしいということなのかもしれない。

旬な話題かなと思って、タラタラと能書きを垂れてしまったが、
本文はあくまでも個人的な思いであって、
コメントを頂戴しても、議論するつもりはないので、ご理解いただければありがたい。

追伸
公正を期すため、立候補予定者の個々人について、論評することは控えるが、
私には意中の東京都知事が二名いたので記しておきたい。

その一人は、報道番組のコメンテーターとして活躍されている、中央大学の野村修也教授であり、
もう一人は、10年ぐらい前に、厚労省の事務次官を務められていた村木厚子さんである。
このお二方のどちらかが立候補を表明されていたら、
たぶん街頭演説に足を運び・・・ 応援していたと思う。


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