はんかくさいんでないかい。

八つ当たりブログである。だから誤爆はある。錯誤もある。情報の正確性も保証しない。でも、変なことは変だと言いたいのである。

頭を打つ

2013年12月28日 | 日記

体のあちこちにガタがきている。脳梗塞の後遺症もある。瞬間的な糖尿病であるし、高脂血症気味でもある。高血圧である。腎臓が弱っている。胆嚢は炎症を起こしたので切除している。その切除跡、腹膜の回復が遅れてヘルニアを二度発症している。胆嚢切除のための腹腔鏡手術跡が裂けてのヘルニアであり、二箇所開けた腹膜の穴から時を置いてヘルニアが発症した。左目の眼底出血を二度起し、二度目は手術が必要となる。硝子体の戦場と網膜のレーザー焼付け治療と白内障の手術を一度に行う。子供の頃には動脈間開存症という大動脈と大静脈に余分なバイパス血管が残っていたので、それを塞ぐという手術を、札幌医大胸部第二外科で受ける。診断を下したのは、そのほとんど一年後、あの心臓移植手術を行った和田寿郎教授である。執刀医はあの移植手術後、和田教授のスポークスマンをしていた当時講師だった小松医師である。

最も最近行ったのが、前述している眼科の手術である。現在は、その回復期である。そのため、今メガネを作成しても、度が合わなくなることは確実だという事なので、現在はもう45年ぶりぐらいにメガネをかけぬ生活をしている。毎日起きている間は5時間毎に、三種類の点眼薬を目に挿す。三種類は同時ではなく順序があって、なるべくそれぞれ5分程度の間を置くことが望ましいとされている。

そんなわけで、椅子に座って上を向くことが多い。そうした時に、脳梗塞を病んでから時折起きるフラつきが生じると、普段ならば踏ん張って回避できる後方への椅子ごとの転倒は起きないのだが、間が悪いとこれが重なる。普段はなんとかなるのだが、今朝はどうもちょっと違った。

ということで、今朝は椅子ごと転倒し、後頭部を打つ。それなりに腹筋で頭を強打するのを防ごうとするのだが、何しろ腹筋はヘルニアによる手術で、ほとんど役立たない状態に近い。モロに今朝は後頭部を打つ。

こうして後頭部を打ったのは、あの東日本大震災が起きる二ヶ月前の2011年の1月下旬、路上のアイスバーンで転倒し、右手の骨を折った時以来だ。あの時も後頭部を帽子はかぶっていたが強打している。リュックを背負っていたが、リュックに入れてあった安物デジカメもお釈迦になる。

腕は折っていないし、物品も破損は無いのだが、こうも簡単に体のバランスが採れないようでは困るのだ。コケるのは仕方がないにしても、コケ方が悪い。今の時期は足元が悪いから、逆に注意して歩く。2011年のように注意して歩いていても、腕を折ることはあるのだが、問題は夏場のクッションが無いようあ路面で転んで頭を打って頓死するようなときである。

オレ自身は、葬式も不要だと思っているし、墓も不要。墓地埋葬法とか、そんなワケノワカラヌ法律がなければ、火葬の時間をちょっと眺めにして、骨の形状が残らぬように灰にしていただき、密かにどこかにばらまいてくれれば良いと思っている。海でも山でも勝手に散骨をしてくれ、という気分である。誰にも知らせる必要はないし、知らせる相手も特に居ない。

先天的なポンコツなのであるから、それを跳ね返そうという気力は沸かなかったのである。ポンコツはポンコツなりの生き方をしていたら、ポンコツの生き方そのものになったから、それじゃぁ死ぬ時もポンコツで十分だ、と思うだけなのだ。これを「負け犬の考え方」というヒトがいる。ワタシの亡くなった父親もそうだった。でもねぇ、「勝ち負け」だけでしか人生を測れない、そんな秤しか持たないのは、ちょいと寂しいと思う。成り上がりたいヒトは成り上がっていい。同時に、ポンコツ人生をポンコツのまま終えてもいいのである。ヒトはそれぞれ。快、不快はあるだろうけど、それはそれ。あと45億年もすると、地球そのものが太陽に飲み込まれ無くなるのよ。