武本睦子あっちこっちポルトガル

ポルトガルあっちぶらこっちぶら報告です。

古代遺跡がごろごろ

2012-01-16 | 各国いまどき報告


過日、アレンテージョのおじさんアカペラ合唱団を見に行った時、バックスクリーンにモンサラシュ周辺がスライドで映された。
それを見て「あれっ」と気になった一枚の映像。
真中に大きな石がすっくと立ち、それよりも低い石がその周りを円形に囲んで立っている。
それはストーンサークル、正式にはクロムレックというらしいが、かなりスケールの大きいものだ。
そのスライドはモンサラシュ周辺だけを取材したものだから、クロムレックがどこか身近に存在するということだ。

それから気になっていろいろ調べてみた。
有史以前の巨石文化遺跡はイギリスのストーン・ヘンジやフランスのブリュターニュ地方カルナックの巨石群が有名だが、イベリア半島の方がもっと古いらしい。
ポルトガルに、しかもモンサラシュ周辺にも紀元前5,000~2,000年ごろの遺跡があるという。
エヴォラの近くにあるアルメンドレス遺跡群はイベリア半島で最も古いそうだ。


イベリア半島に残る巨石群のなかで最も古い、紀元前5,000年のアルメンドレス巨石群(エヴォラ近郊)。イギリスのストーン・ヘンジより更に2,000年古い時代に、このあたりで精霊巨石文化が栄えていた。森の中にあるので全体の遠望写真が撮れなくて残念。


以前からあちこちにアンタ(古墳)があるのは知っていた。
モンサラシュの麓にも簡単な石組みのアンタがひとつだけある。
そのあたりはオリーヴ畑やコルク樫の森が広がり、あちこちの木の根元に大きな石が寄せ集まっている。
角の丸くなった石がほとんどだ。ということは地中から出ていた石を掘り出したのではなく、あたりにころがっていた大石を木の下に集めたような感じである。
たぶん下草刈りなどの作業にじゃまになるので木の下に集めたのだろうが、その数はおびただしい。
原っぱの真中にまるで組み立てたような塊もある。ひょっとしてこのあたり一帯にたくさんのアンタ(古墳)群があったのではないだろうか。

残っているたったひとつのアンタはおおよそ5メートル四方のもので、巨石で壁を囲い、屋根には平たい大石を乗せてある。今の状態からは想像もつかないが、そこからは200個以上の壺など副葬品が発掘されたそうだ。古代の有力者の墓だろうと思える。


モンサラシュの麓、コルク樫の森にあるアンタ(古墳)。多くの副葬品が発掘された。

ところでアンタ(古墳)以外にクロムレック(ストーンサークル=環状列石)がどこかにあるというので、それを探しに再びモンサラシュ周辺に出かけた。
ツーリスモ(観光局)が発行している全国地図には城や教会などの見所が載っていて、アンタのマークもかなりの数付いている。
でもどれも同じマークなので、全部がアンタだと今までは思っていたのだが、その中のどこかにクロムレックがありそうだ。

モンサラシュの麓には別の村がある。
いつもはそれを右に曲がるのだが、地図上のアンタのマークを目指して左に曲がった。少し行くと角家の壁に茶色い表示板を見つけた。「メニール・デ・ブリョワ」とあるから、アンタとは違うものがあるようだ。
そこからしばらく走った牧場地帯に続きの表示板があった。
矢印は牧場の中を指している。
入り口は簡単に整備されて牧場の中に向かって通路があり、通路を進むと突き当たりは円形になっていて真中に大きな石が立っている。
石は先の方が少しカーヴした刀の先に似た形で、高さは4メートルほど。これがメニール(メンヒル=巨大な立石)だろう。
周りには腰を下ろせるほど低い石が円形に取り囲んでいる。
でもここはスライドで写った遺跡とは違うようだ。あれはもっと規模が大きかったと思う。


メニール・デ・ブリョワと、遥か彼方の小高い丘の上に見えるモンサラシュの城塞村。

地図を見ると、モンサラシュにもっと近い場所にもマークが付いている。
元に戻って、モンサラシュ村への上り口で標識を見つけた。
標識に従ってまっすぐ行くと、巨大な看板があり、クロムレックの写真が載っている。スライドで見たのと同じものだ。こんな所にあったのだ! 
すこしはなれた丘の上にたくさんの石が立っているのが見えた。
車はそれ以上行けないので、野原の中を歩いた。
周りには背の低い蓼(たで)のような草が生い茂り、まるで赤い絨毯を敷き詰めたように丘を染めている。その間にいろんな種類の花が咲き、背丈10センチほどのアヤメも混じっている。


谷間からモンサラシュの入口に移されたクロムレック(ストーンサークル=環状列石)遠望。


クロムレックの真中に立つメンヒルは4メートルほどの高さ。
それをぐるりと囲んで少し低い巨石が50個ほども円を作って立っている。壮観な眺めだ。
クロムレックは原始時代に神事を執り行なった場所ではないか…と言われている。
真ん中に立っているメンヒルは子孫繁栄のシンボルだという。
太陽が沈みかけてメンヒルを照らし、メンヒルの影が東側の石まで伸びている。それは巨大な日時計とも思える。


モンサラシュ村入口のクロムレック。真ん中に、高さ4メートルのメンヒル(巨大な立石)が立っている。


こんな石器も転がっていたが、いったい何に使われたのか?


入り口の看板の説明を読むと、このクロムレックはもともとは丘の麓の谷間にあったという。
それがモンサラシュの谷間を流れるグワヤキル川をせき止めてアルケイヴァダムを作ったために、谷間一帯が広大なダム湖になってしまい、このクロムレックの立っていた場所もダム湖の底に沈んでしまった。
クロムレックはまるごと今の場所に移されたそうだ。
でも他にもまだ発見されていない古代の遺跡があったかもしれない…と思うととても残念な気がする。なにしろ巨石文化時代の遺跡があっちにもこっちにもごろごろある地帯だから…。







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