岩山の頂上にそびえる鷹ノ巣村、マルバオン
晩秋になると、栗の収穫とビーニョ(ワイン)の新酒が出来上がる。その二つの味覚を楽しむ祭りがマルバオンであるというので出かけた。
我が家から北へ車を飛ばして4時間弱。マルバオンはポルトガルの中ほどに位置し、スペインとの国境まで数キロという国境の村。しかもそそり立つ岩山の断崖絶壁の上にある、鷹ノ巣村だ。
そこには城壁に囲まれた村と古城と教会があり、普段はひっそりと隠れるように生活が営まれている。
この城壁からは下界の様子が手に取るように見える。昔は天然の要塞として、下から攻め上ってくる敵兵を簡単に発見できたのではないだろうか。
山裾一帯には栗の木がびっしりと植えられ、栗の特産地となっている。村へ登る道の両側は黄色く染まった栗林、その下には熟した栗の実がたくさん落ちている。
生栗の量り売り
すごい人出だ。
城壁にたどり着くずっと手前から山を切り開いた特設の駐車場がいくつもできているが、そこに行く間も交通整理と渋滞。やっと車を止めて、坂道を徒歩で上る。途中には観光バスが十数台も駐車している。
城壁の門をくぐり祭りの入場料1ユーロを払って、村の中へ。
特売場では生栗やリンゴの量り売り。出来たばかりの新酒のビーニョ。竃で焼いたどっしり重い田舎パン、羊のチーズや素朴な甘いお菓子。農家の庭先からちぎってきたばかりの、まだ硬そうな柿も並んでいる。どれも特別安い。
村の消防隊が太鼓やラッパを鳴らし、そのリズムに合わせて踊る子供や大人。
城壁に向かって上る道のあちこちから煙がもうもうとあがっている。栗を焼いているのだ。
出来立ての新ワイン
上へ上へと登って行く人びとに揉まれながら石畳の狭い路地や急な階段を上ると村役場と教会のある広場。
以前この村に来た時は、ベンチにひっそりと腰掛けている老人の姿しかない、静かな見晴し台だった。でも栗祭りの開かれている今はびっしりと様々な屋台が立ち並び、人びとがビーニョの入った陶器のコップを片手に、焼き栗を食べながら店をひやかしている。周りでは威勢の良いスペイン語が飛び交う。国境の村なので、スペインからバスを連ねて団体客がたくさん来ているようだ。
栗を焼く煙が立ち昇る断崖絶壁の村
広場の一角からもくもくと立ち昇る白い煙、そこに大勢の人たちが群がっている。草ぶき屋根の小屋では二箇所の籠で薪を燃やし、大きな鉄なべで大量の栗を炒っている真っ最中。小屋の周りには簡単なカウンターが作られ、そこで栗を食べながら小さなコップに入ったビーニョを飲んでいる人々。
タンクから陶器のコップにビーニョを注ぐのに忙しい
私たちもそうしようとしたら、まず隣の小屋で引換券を買わないといけないという。焼き栗が70センチモ、ビーニョが50センチモ、そして陶器のコップが1ユーロ50センチモ。合計2ユーロ70センチモ。約350円! 手作り陶器のコップが付いてこの値段。それになんといっても焼き栗の値段がびっくりするほど安い! リスボンなどでは12個入りで2ユーロする。この袋には50個以上入っているのだ。
カウンターには焼き栗を買う人たちが群がって我先に買おうとする。
「あんた、おとなしく並んでたらあかんわ?、もっとぐいぐい詰めな?」とまわりのスペイン人のおばさんたちが陽気に笑いながら言う。まるで大阪のおばちゃんたちの迫力! 私の前の男性もおとなしく並んでいたが、一人で数袋も注文したので焼き栗は底をつき、ついに売り切れてしまった。
薪をくべて次々に栗を焼く係の男たちは20キロ入りの袋から大鍋に生栗をどさっと入れて、籠に薪を次々とくべる。みんな汗だくでビーニョをぐいぐいあおりながら必死。 でも焼きあがった栗はいったん籠に移し変えて、その上にもう一つ籠を置いて、別の鍋の焼き栗をそこに入れる。焼きあがった熱々の栗をいったん押さえつけて蒸しているのだろうか? それから計り始めるので、時間がかかる。
20分以上も待たされてやっと私の番が来た。これでもスペインのおばちゃんたちが係の男をせかしたお陰でかなり早くなったのだ。
焼き栗は特大のカップで山盛り計り、それを電話帳の2ページを張りあわせて作った袋に入れてくれる。
ところがこの袋、電話帳にしてはちょっと変だ! とても字が小さい。しかも袋の裏は白地。普通の紙にわざわざ電話帳のページを印刷して袋を作ってある。
後で聞いたのだが、このごろ電話帳で食べ物を包むのは衛生上問題があるということで、禁止になったそうだ。そこでひとひねりした電話帳そっくりの紙袋が登場。言われなければ分からないほどよくできている。
途中で気が付いて写真を撮ったので、栗もビーニョもかなり減ってしまった。紙袋は、普通の紙にわざわざ電話帳のページを印刷して作ってある
真っ黒にこげた栗の皮は渋皮ごとぽろりとむけて食べやすい。ビーニョもコップになみなみと注ぐので、泡だってこぼれそう。完熟の甘い栗と出来立てのビーニョはとてもよく合う。
その他の出店ではいろんな物が実演販売。卵を使った甘いお菓子を売る店が圧倒的に多いが、栗を使ったお菓子が数種類もあり、中でも見た目は日本の栗饅頭に良く似たものがコンテストで一等賞を勝ち取っていた。
甘いあま~い栗のお菓子
コンテストで一等賞を勝ち取った栗のお菓子
教会の周りでは男女一対のギガンテ(巨人)人形を先頭に大太鼓、小太鼓の楽隊が練り歩き、中世の服装をした楽隊も笛や太鼓を打ち鳴らし、警察の軍楽隊やその他にもまだふたつ以上の楽隊が演奏しながら村のあちこちを歩いていた。
以前は荒れ果てていた古城はりっぱに修復されて、その下の展望台にはフランス風のきちんと刈り込みされた公園ができている。そこに焼き栗とビーニョを持った人びとが次々とやってきて、生垣の縁などに腰掛けて食べている。
断崖絶壁の鷹ノ巣村から下界を見下ろし、熱々の焼き栗と出来立ての赤ワイン! 最高に美味い!
男女のギガンテ(巨人)人形と楽隊はアマランテから応援に駆けつけた
中世の服装で練り歩く鼓笛隊
ポルトガルは大昔からエコの国だった。
大西洋に面した小高い丘には帆を張った風車が回り、粉をついた。
風車の丈夫な帆布を応用して風の力で走る帆船が作られ、大航海時代は世界の半分を制覇した。
その他にもエコエネルギーとして、潮の満ち引きを利用して粉を挽く水車が使われていた。それが私の住むセトゥーバルに残っていて、今は博物館になっている。干満の落差をうまく利用し、水車を回して杵を上下させる仕組みだ。
現代はもっと進んでいる。まだ実験段階らしいが、波の打ち寄せるエネルギーを利用した発電装置が大西洋の沖合いに設置されたという。
ポルトガルはその気になればエコ資源はどっさりある。
大西洋の荒波、海から吹きつける強風、そして焦げ付くような太陽光線と長い日照時間。
風を利用した巨大風車発電装置を私が最初に目にしたのは南のアルガルヴェにある小さな村だった。広大な土地に数十基のモダンな風車がずらりと立ち並ぶ姿に圧倒された。それは日本の会社が設置して、風車には日本企業のマークが印されていた。
その後いつのまにかどんどん増えて、リスボン近郊や大西洋岸にニョキニョキと群れになって立ち並んでいる。でも残念なことに日本企業のマークではなくなった。
ポルトガルはヨーロッパの中でも日照時間が長く、しかも太陽光線も強い。特にアレンテージョ地方の夏の暑さは強烈で、時には40度を超えたりする。
そこに巨大なソーラーパネルが立ち並ぶ発電システムが完成したという。いったいどんな規模のものだろう!太陽熱を利用して電力エネルギーを作るエコシステムとはどんな所にあるのか確かめに行こう!
エコシステムを見るのに、値上がりの激しいガソリンを撒き散らしながら行くというのも変な感じだが…。
その場所はスペイン国境の近く、モウラにあるらしい。
家を出るときはヒンヤリと涼しかったのに、東へ向かうにつれて日差しがどんどんきつくなる。アレンテージョ地方は完全に猛暑。
モウラに着くと、ツーリスモ(観光案内所)でソーラー発電設備のある場所はどこか尋ねたのだが、それはモウラからさらに26キロ離れたアマレレイジャ村にあるという。
田舎の道をのんびり走る。道の両側はオリーブ林やコルク樫の森、そして広大な牧場が続く。牧場には茶色や白い牛たちが木陰で気持ち良さそうに寝そべっている。日なたは暑いが、木陰に入るとさわやかで過しやすい。
アマレレイジャ村の入り口にさしかかったが、あたりにはソーラーシステムは見当たらない。そうとう巨大な設備らしいから、すぐに目に付くだろうと思っていたが。村の中心広場で車を止めて、誰かに尋ねよう。
それにしても暑い!強烈な日差しの当たる広場には誰もいない。古びたカフェの軒先に隠れるように老人がぼんやりと座っている。その隣に小さな店があり、アイスクリームの看板が見えた。
冷たいアイスクリームで一息ついて、ソーラー発電所の場所を尋ねた。
おかみさんは外に出て「ここの道をずっと行って教会の横を左に曲がったら、後はまっすぐまっすぐ行けばすぐ見つかるわよ。歩いても5分、車なら2分よ」とあっさり教えてくれた。この様子では村の誰に尋ねても知っている感じだ。
教えられたとおり教会の横を行くと、すぐに村を出てしまい、さらに畑や空き地の中を進むと遠くにそれらしき固まりが目に付いた。
畑の間のトラクターしか通らない地道を走ると巨大なソーラーパネルが何百と立ち並ぶ場所に出くわした。でもその位置は真後ろにあたり、ソーラーパネルは全て後ろを向いている。しかも小さな川が間にあるので、車では渡れない。
元に戻って正面に行ける道を探して大回りをした。
やっと一本の農道を見つけて左折。ここも地道で、しかもパウダー状の砂で覆われて砂埃がもうもうと巻き上がる。それでも狙い通りぴったり真正面にたどり着いた。
巨大な青い鏡のようなパネルが等間隔でずらりと並んでいる様子は圧巻!
でもまだ完成はしていないようで、遠くで新たな取り付け作業をしている姿が見える。 ソーラーパネルの真横に立つとその巨大さが実感できる。何百枚、いや千枚以上あるかもしれない、数えることさえできない!すごいスケールだ。
でもこの土地の面積もすごく広い。元々はこのあたりはコルク樫が立ち並ぶ森と羊の牧場地帯だったらしい。それがこのソーラーパネル発電所を設置するために切り倒され、周りの空き地に積み上げられて、そこで炭を作っている。
森だった所が潰されて、しかも木を燃やして炭を作っている。
森だった土地は水分を失い、まるで砂漠のよう。これではエコシステムとは逆行している。
砂漠を作るのではなく、砂漠に木を植えて二酸化炭素を酸素に変え、ソーラーパネルは建物の屋根に取り付けて発電すれば、こんな広大な土地を占領する必要はない。
ところが個人の屋根にはソーラーパネルはほとんど見かけない。個人で取り付けようとすると値段が高すぎるのだろう。こんなに強い太陽が降り注いでいるのに、もったいない!
そういう我が家も付けていない。
帰宅してから考えた。このところガスも電気も水道もどんどん値上がりしている。毎日入る風呂を沸かすガス代をなんとかできないものかと頭をひねった結果、我が家の手作りソーラーシステムのアイデアが出た。
というとすごいことに思われるかもしれないが、実は簡単!
南向きのベランダに五リッター入りのペットボトルを14個並べて置くと、夕方にはまずまずの風呂用のお湯が出来上がる。
これで真夏の風呂はエコ風呂!
風呂のあとの水はバケツに汲んでトイレの水に流す。一晩に使う風呂の水が、翌日のトイレの水としてちょうど使い切る。毎晩捨てていた風呂の水とトイレの水の量はかなりのものだった。
問題は毎日14個のペットボトルに水を入れてベランダに運び、それを風呂に入れた後、また水を入れてベランダに運ぶ手間と体力。いつまでつづくかな~。
ずらりと並んだソーラーパネルを後ろから。
コルク樫の森を切り開いて設置されたソーラーパネル群
何百枚と並ぶ巨大なソーラーパネル
ソーラーパネルの横に立つ人と比較するとその巨大さがわかる。
まだ取り付け工事は続いている
リスボン郊外の巨大風車が立ち並ぶ丘