ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

045. チビ黒ジェシー

2018-12-01 | エッセイ

  チビ黒ジェシーを初めて見たのはずいぶん前のことだ。
友だちと外で立ち話をしていると、小さな黒い犬がやってきて足元に飛びついた。
まるで飼い主に甘えるように、初対面の私たちに愛敬を振りまく。
「わっ、この汚い犬はどこの?」
小さくて可愛い犬だが、なんとなく薄汚い。
「野良犬かな~」と話している間もしきりにジャンプして飛びつくのでGパンが汚れてしまった。

  その後も、外に出ると何処からか走りよってくる。
尻尾をちぎれんばかりに振りながら、親愛の情を込めて見つめられると、私もついつい「家で飼おうかな~」という気になったりするのだが、しょっちゅう旅に出るので生き物は飼えない。

  ある日、ロドリゴさんとこの娘のおむこさんジョゼが水道局の周りを散歩しているのを見かけた。
彼の後ろをとことこと犬が歩いている。
どこかで見たような…?
チビ黒だ!
ロドリゴさんとこに養ってもらうことになったのかな?
それとも初めからロドリゴさんの飼い犬だったのだろうか?
どっちにしても雨風をしのげる家があってよかった。
それから毎朝のようにジョゼさんとチビ黒が散歩するのを見かけた。

  半年ほど過ぎて、ジョゼさんとこに赤ちゃんが生まれた。
可愛い女の子で、覗き込むとニコ~と笑う、物怖じしない赤ちゃんだ。
名前はフィリッパという。
よちよち歩きを始めると、ジョゼさんが手を添えてゆっくりゆっくりと散歩を始めた。
その周りをチビ黒が嬉しそうに駆け回っている。

  ロドリゴさんは定年退職して郊外に家と畑を買って引っ越した。
チビ黒も同時に姿を見かけなくなったから、夫妻に連れられて行ったのだろう。

  時々ロドリゴさん夫妻は小型のトラックに乗って、娘一家に会いにくる。
もちろんチビ黒も一緒だ。
小さな身体に似合わず、かん高い大きな声で吠えるので、チビ黒が来たのはすぐわかる。
外にいて、他の犬にちょっかいをだされると猛然と立ち向かっていく。雌犬なのに…。

  なにしろ身体が小さいので相手が本気を出したらチビ黒が完全に負けるだろうが、相手はチビ黒の気迫に押されて面倒になるのか、そのうちどこかへ行ってしまう。

  気の強いチビ黒が太刀打ちできない相手、それはフィリッパだ。
よちよち歩きを卒業して、走り回るようになると、フィリッパはチビ黒を捕まえて、馬乗りになって遊びだした。
上から乗られたチビ黒にとってフィリッパは脅威の存在、でも嬉しい遊び相手かもしれない。

  夏になるとポルトガル人はフェリアス(休暇)を二週間以上取って、バカンスに出かける。
道路は交通渋滞と事故が多発し、バカンス先のホテルやビーチは人が押しかけて大混雑。

  そんな時、田舎暮らしのロドリゴ夫妻はセトゥーバルにやってくる。
チビ黒を連れて。
数日を娘夫婦や孫と過ごしたあと、娘夫婦は田舎の家に行き、ロドリゴ夫妻はそのまま残って数週間を過ごしている。
これはすごくいい方法だと思う。
田舎に住んだらたまには町暮らし、町のマンション暮らしから、一年に数回は田舎の一戸建てに住んで畑仕事。
お互いに家を交換して、バカンスを過ごしている。

  チビ黒はマンション暮らしを楽しそうにエンジョイしているようだ。
馬乗りになるフィリッパは田舎に行っているし、ロドリゴさんは散歩に連れて行かない代わりに、チビ黒を外にほっぽり出す。

  外で遊びあきたチビ黒はどうするかというと、玄関のドアの外にべったりと腹ばいになって、マンションの住人の誰かが出かけるか、帰ってくるのをじっと待っている。
そんな時、私たちが帰ってくると、「待ってました!」と立ち上がり、「早く中に入れてちょうだい」と言わんばかりに、わずかに開いたドアの隙間をすり抜けて玄関に入る。
そして私たちを振り返り、「家のドアも早く開けてちょうだいな」と催促するのだが、それは無理だ。
「自分でなんとかするんだね」とチビ黒に言いながら、私たちは階段を上って行く。
チビ黒は不思議そうに私たちを見て、今度はロドリゴさんのドアに向かって吠えると、しばらくしてドアがスーと音もなく開いて、チビ黒はそのわずかな隙間から家の中に入っていく。
ドアはまた音もなくスーと閉まるのだが、その間ロドリゴさんの声も聞こえないし、もちろん姿も見えない。

  ロドリゴさんは身体は大きいが、とても無口だ。
奥さんはロドリゴさんの分も喋るし、愛想もいい。
飼い犬のチビ黒はそれに輪をかけて賑やかで社交的。
二人と一匹、ちょうど良い組み合わせのようだ。

MUZ
2006/09/28

©2006,Mutsuko Takemoto
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(この文は2006年10月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

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