ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

036. ようやく雨が…

2018-11-22 | エッセイ

 今年はほんとに雨が降らない!
 例年なら8月の終わり頃には西の空に黒雲が湧きはじめ、やがて大粒の雨がボツボツと突き刺さり、カラカラに乾いた地面はたちまち潤っていく…はずだが、それが9月になっても一度も降らず、10月になってもまだ降らない。

 先日アレンテージョのモンサラスに行ったが、その途中の牧場は一面に黄色く枯れた草ばかり。
 それも牛や羊たちが舐めるように、根元からかじり取るので地面の土が出ている所もあるほど。
 これは土地が砂漠化する危険な兆しだ。
 衛星写真によると、ポルトガルとの国境近くのスペインの南部海岸沿いでは毎年砂漠化が広がっているという。

 いつもだったらひと雨ごとに緑の草がぐんぐん伸びて、畑でも野菜が育っているころだ。
 しかし雨が降らないので、モンサラスの麓に広がるダム湖の水も水位がかなり減っている。
 今まで水没していた周囲の斜面が黄色い地肌を見せているのが痛々しい。
 水位が数メートルも減っているのではないだろうか。

 ダム湖の南に位置する町、ベージャでは困り果てた農民たちがとうとうデモを始めて、幹線道路を封鎖して警官隊ともみ合う騒ぎまで起こった。
 こんなに雨が降らないのは、雨をもたらす低気圧がどこか違うルートに替ったとしか思えない。
 たしか9月頃にはスイスやルーマニアなどで豪雨が降り、洪水被害が出ている。
 その雨のほんの一部でもどうしてポルトガルに来ないの!と言いたかったほど。
 私は雨がきらいだから、いつまでたっても雨が降らず、毎日が真夏日なのは嬉しいのだけれど。
 それでも雨が降ってほしいと思った。

 家から眺める風景がいつまでも黄色い枯れ草ばかりではどうも落着かない。
 水道局の屋根の上にもいつまでたっても緑の芽生える気配がない。
 でも同じ雑草でも日照りにも負けずぐんぐんと伸びているものもある。
 地面をはうように四方へ触手を伸ばしていく。
 上から見るとまるで緑の蜘蛛みたいだ。
 この雑草に種が実ると鳩の群れがやってきて、みんな夢中で突付いている。
 よほどのご馳走らしい。
 今まで鳩のために毎日、三階の窓から身を乗り出してパンを投げ落としていたセニョ-ラの家が売りに出している。
 彼女が引っ越してしまうのは鳩にとっては一大事だ。
 これから毎日の糧を自分たちで探さなくてはならない。

 雨が降らないので10月になったというのにまた山火事が数箇所発生した。
 今年の夏は驚くほど山火事が多発して、ポルトガルの北部山中の小さな村がいくつも村ごと焼けてしまった。
 村人たちのほとんどは老人なので、すべてを失ってこれからどうするのだろうかと気にかかる。
 そうした村にはフランスやスイスなどに出稼ぎに行って貯めたお金で、老後を故郷で過ごすために立派な家を建てた人たちもかなりいる。
 そんな新築の豪邸も火に囲まれてどうしようもなく燃えてしまった。

 このごろTVのCMで、家のまわりの50メートル四方にある木は切るように…といった政府広報を目にするようになった。
 そのすぐ後に、市の作業員たちがやってきた。
 我が家の周りには下から吹き上げてくる風を防ぐために松の林がある。
 隣の一戸建ての家などはせっかく南向きなのに、太陽も当らないほどうっそうとした松の木に囲まれている。
 その松林の一部が我が家のベランダに迫っていて、いつも「火事になったら危ないな」と心配の種だ。

 市の作業員たちは3人。そのうちの一人が命綱も無しに素手でスルスルと高い枝に登り、長いロープと滑車を上に引きあげた。
 滑車を太い枝にくくりつけ、その滑車に通したロープを使って下からチェーンソーを運び上げ、それを外したロープを次は、切ろうとする枝にくくりつける。
 切られた枝はドサッと一気に下に落ちないで、ロープを付けた状態で下の仲間が引っぱって予定の場所に下ろしていく。
 そうやってまず枝を落としてから、幹は下から切るのかと思うと、そうではない。
幹も1~2メーターほどの長さで短く切り刻んでしまう。
 周囲がひとかかえもある、高さも10数メーター以上もある松の木は、根元から切れば立派な材木が取れると思うのだが。
 それを無雑作に切り刻むのはとてももったいない。
 暖炉の薪にしかならない。
 建材スーパーでは一枚板はけっこう高い値段がする。しかも北欧からの輸入材が多い。

 勝手な事を考えながら彼らの作業を見ていた。
 とにかくベランダの近くの木を切ってくれるのだからありがたい。
 その日は二本の木を切り倒した。
 この調子では家の周りの木を50メーター四方とは言わないまでも、ある程度切り終わるのはなかなかだ。
 しかも肝心の木、我が家のベランダに枝を伸ばしている木は手付かずのまま。
 翌日また来るのかと期待していたのだが、その気配はない。
 その木には山鳩の巣が架かっているので、思いやりで切り残したのだろうか。

 次の日から空にもくもくと入道雲が発生した。
 天気予報では「フラカオ(台風)が来る~」と騒ぎ始めた。
 ポルトガルに台風が来る~というのは今まで聞いたことがない。
 しかもアメリカのマイアミからやってくるらしい。
 今年は世界中で異常気象が多発しているから、ひょっとしたら強力なフラカオが大西洋を渡ってくるのかもしれない。

 翌日、とうとう雨が降り始めた。
 ようやく雨がやってきた。
 雨はしだいに本降りになり、乾いた土を湿らせて、たちまち小さな流れができた。
 風もしだいに強くなり、その晩は激しい雨音が一晩中続いた。

 とうとう雨期の始まりだ。
 雨は数日間は降ることだろう。
 これで水不足のアレンテージョも助かった…と思った。

 でも雨はたった一日で終り、フラカオもばらけていくつかの低気圧になり地中海に行ってしまった。
 南のアルガルベ地方では道路が一部水浸しになったらしいが…。

 それからはまた雨の降らない日が続いている。
 でももうビーチに行けるほどの暑さはなく、急に秋めいてきた。
 あわてて長袖の服を出し、毛布も一枚加えた。

 そんなある朝、「ギャ-ッ、ギャ-ッ!」と異様な叫び声が聞こえた。
 驚いて窓の外を見ると、先日切り残した松の木の枝に火のように真っ赤なものが見えた。
 「ギャ-!」
 真っ赤なものはまた張り裂けるような声をあげた。
 それは大型のオウムだった。
 30センチほどもある、燃えるように真っ赤な色のオウムが止まっているのだ。


我が家のベランダから撮影

 どっから飛んできたのだろう?
 きっとパン投げおばさんの下の階の家から逃げて来たのに違いない。
 今までも色んな鳥があそこの家から飛んできた。
 黄色いインコ、エメラルド色のインコなどが逃げてきて、我が家のベランダの手すりや洗濯ロープに止まっていた。
 そしていつの間にかいなくなった。
 真っ赤なオウムはたぶんかなり高価なものだろう。
 飼い主らしい人がやってきて松ノ木を見上げているが、なにしろ高い所に止まっているから捕まえようがない。
 もちろん我が家のベランダからもどうしようもない距離だ。
 しばらくして真っ赤なオウムは「ギャ-ッ!」と鳴いて、どこかへ飛んで行った。

 その後も雨は降らない。
 でも空気はヒンヤリと冷たく、ちょっと曇った日が続いている。

MUZ
(2005/10/16)

 追信 
 これを書いた直後パリに旅立った。26日にはポルトガルに戻って、それからHPの更新をする予定だった。
 しかし旅の終りの日、日本から緊急の連絡が入り、パリから大慌てで日本に帰国して12日間を過ごした。
 そして昨夜遅くポルトガルに戻ってきた。
 空港を出ると道路に水たまりがあちこちにできていて驚いた。
 たった今雨はあがったところみたいで、屋根からぽたぽたと雨しづくが落ちていた。
 そして今朝、窓を開けたら外の風景が旅立つ前の風景と一変していた。
 カラカラだった黄色い草地はいきいきした緑の若草に変わり、水道局の屋根の上にも緑の草が生えている。
 そしてベランダにほったらかしでからからに乾いていたプランターにも、10センチほどの緑がひょろひょろと伸びているのを見つけた。
 それはニラの葉だった。
 今年は別のプランターに新しい種を撒くつもりで、古いプランターは一度も水もやらずにほったらかしだったのに…。
 留守にしていた20日間に雨がかなり降ったのだろう。やれやれ…。
MUZ
(2005/11/09)

 

(この文は2005年11月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

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