ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

026. アルザス・ロレーヌの旅の味

2018-11-12 | エッセイ

 10月の始め、フランスのアルザス・ロレーヌ地方に旅をした。
 ガレやドームなどが活躍した「アールヌーボー」の町ナンシーが目的地だったが、ついでにナンシーから汽車で一時間半程行った、ドイツとの国境の町ストラスブールにも足をのばした。
 美術館などについてはビトシが詳しく書いているので、私は食べ物のことをお知らせしようと思う。

ナンシー



 ナンシーのホテルは予約時に確かめた地図の印象と、実際に歩いた感じとがかなり違った。
 駅からどんどん遠くなり、「駅から5分」と書いてあったはずなのに15分ほども歩いてやっと見つけた。
「車で5分」という意味だったのだろうか。

 ナンシーの町は小さい町だと想像していたのに、実際歩いてみるとずいぶん広い。
 見所が駅を挟んで両側に点在している。
 歩きつかれてホテルに帰り、夕食時にはまた町の中心まで出ないといけない。
 ホテルの前を超モダンなトラム(ドイツ式の低床電車)が5分置きぐらいに行き交っている。
 町もだいたいは歩き回ったので、今度はトラムで行ってみよう!

サンテーヴル教会のステンドグラス 

 トラムに乗るとあれだけ遠かったはずの町の中心地には10数分で着いてしまった。
 マルシェ(市場)が目に付いた。
 ポルトガルのメルカドは午後3時で閉まってしまうが、ここは夕方6時まで開いている。
 生牡蠣を売っている店もある。
 でもそろそろ終わりのようで、どの店も片付けを始めていた。
 レストランが開くまではまだ時間がある。
 市場の横の広場に出ている露天市を冷やかしたあと、その前のカフェに入った。
 外のテラス席にはちょっと柄の悪そうな男達や、市場帰りの女性たちが座っている。
 私たちもその間に座った。テーブルも椅子も使い古されてガタガタしている。
 斜め向うの女性たちの席にウェイトレスが注文の品を運んできた。
 瓶ビールと一緒にレモンの輪切りの入ったグラス。
 女性たちはグラスにビールを注ぎ、ストローでレモンをつぶしながら飲んでいる。
 周りをみると、柄の悪そうな男達のテーブルにも同じものが並んでいる。
 ウェイトレスに「あれはいったいなんですか?」と尋ねると「ビアブラン」
 「白いビール?」
 珍しい物にはすぐに飛びつく私たちはさっそく注文した。
 凍りついたようなラベルのビアブランとレモンの味のカクテル!
 なんとも頼りない、不思議な飲物である。


ビアブラン(白ビール?)

 太陽がどんどん傾き、広場の露天商も実に手際よく店仕舞いをして、次々と引きあげて行く。
 そろそろレストランも開く時間だ。私たちも腰を上げて旧市街へ向った。

 

工事中のスタニスラス広場

                

スタニスラスの凱旋門

 スタニスラス広場は大規模工事の真っ最中。その脇を抜け、凱旋門をくぐると、左手の路地にレストランが数軒見えた。
 その路地は両側にレストランが建ち並び、様々な定食メニューを店先に展示してある。
 観光客がぞろぞろと歩きながらそれぞれのメニューを確かめて、あっちの店、こっちの店へと吸い込まれて行く。
 私たちは通りの最後まで見て歩いた。
 最後の店は何となく地元の人が多そうだ。
 そこに決めて、テラス席に座った。
 周りをビニールテントで囲ってあるから寒くはない。それに中はすでに満席のよう。

 定食は、前菜、主菜、デザート付きで22ユーロ(2970円)。
 それぞれ3種類ずつあり、その中から一品ずつ選んで注文する。
 前菜はだいたい見当がついたけれど、主菜はいったいどういう料理なのかさっぱり分らない。
 若いウェイトレスに尋ねると、「私は英語は話せないから」と言って、奥から別のウェイターを連れてきた。
 がっちりした体格の、素朴な感じの男で、見かけによらず小さな声でぼそぼそと丁寧に説明してくれた。
 でもどれも肉料理ばかり。魚料理は鮭だったらできるという。
 鮭はあまり食指が動かない。
 ちょっと珍しいものは…?
 「鴨料理はどうか」と勧めてくれるので、二人ともそれにすることにした。
 前菜は、「エスカルゴのスープ」と「フォアグラ」をそれぞれ注文。

 私たちの席の隣は初老のカップルで、店の常連らしく、店主がしょっちゅう喋りにやってくる。
 向こう側の席には四人づれの女性客が陣取って前菜を食べている。彼女たちは観光客のようだ。
 その手前には中年の女性と若い女性の二人づれ。親子ではないかと思う。
 運ばれてきたサラダをナイフとフォークで二人ともカチャカチャと音高く切り刻んで、矢の様に喋りながら食べている。その動作がそっくり。
 ぜったい親子だ!

 私たちのテーブルに前菜とワインが運ばれてきた。
 ワインはこの地方で唯一の赤だという、「ピノ・ノアール」軽めで、あらゆる料理に合うらしい。
 「エスカルゴのクリームスープ」、ちょっと野生的な味。カタツムリの身がたくさん浮いている。

エスカルゴのクリームスープ

 「フォアグラ」はレタスとチシャのサラダと一緒に盛ってある。
 それに鴨のゼラチンとトーストが4切れ。
 全部食べたらこれだけで満腹、主菜が入らなくなってしまっては大変。
 まったりしたフォアグラとパリッとしたサラダの組み合わせはとてもいい。
 「ピノ・ノアール」がどんどん減っていく。

フォアグラ

 隣のカップルの女性が急に外に出て行った。
 入れ替わりに四人の労働者風の男達が入ってきて、私の後ろの座席に座った。
 でもなんだかガタガタやっているので後ろを見ると、大きな男達が狭い隅っこの席に窮屈そうに斜めに座っている。
 「これは気の毒!」
 私の席も狭いけれど、できるだけ椅子を引いた。
 うしろの男は「だいじょぶ、だいじょぶ」と言いながらも、「メルシ、マダム」とニコッと笑った。
 仕事が終って皆で食事にやってきたようだ。
 店の主人とも親しく挨拶を交わしているところをみると、地元の常連らしい。
 さっき出て行った隣の席の女性が携帯電話を片手に戻ってきた。
 そして私の後ろの男達と挨拶をしている。
 隣のカップルと四人の男達は知り合いで、店の常連なのだ。
 そこへ店の主人も加わって、急に周りが賑やかになってきた。

 メインの「鴨のロースト洋梨ソース添え」というのが運ばれてきた。
 ほんのり甘い洋梨のソースと鴨肉がよく合う。
 片側に白いふわふわした、層になった一切れが添えてある。
 その時はなにげなく口に運んだが、今になって、あれはキッシュロレーヌの一種ではないのだろうか…と気がついた。
 卵と生クリームと牛乳でできたナンシーの名物料理が、ジャガイモのかわりにお皿の付け合せになっていたのだ。

鴨の洋梨ソース和えキッシュロレーヌ添え

 メイン料理を食べ終わると、次はデザートとしてチーズとサラダ。
 そして甘いデザートまで出てきた。
 ワインは別料金だが、あとは全部定食に含まれている。
 ナンシーのこのレストランは味といい、内容といい、大当たりでした。


ストラスブール

街角のレストラン(ストラスブール)


 ストラスブールはナンシーとはがらりと違う雰囲気の町。
 去年旅行したブリュターニュ地方とそっくりの木組みの家が建ち並んでいる。
 予約していたホテルグーテンべルグもそうした古い木組みの家(コロンバージュ)で、私たちの部屋は五階の屋根裏部屋。
 向かいのコロンバージュの苔むした大屋根とカテドラルの尖塔、グーテンブルグ広場が見える。
 料金が安い(二人で64ユーロ・8640円)ので全然期待はしていなかったけれど、予想に反して、全館リメイクされて、とてもモダンでこぎれいな宿。
 値段は二つ星、設備は三つ星!

ホテルの窓から見えるカテドラルとグーテンベルグ広場

ホテルの階段付近


 しかも町の中心なので、どこに行くにもスイスイと歩いて行ける。
 と言っても、ナンシーでできた足裏の豆が石畳の角に当って、その痛さに時々飛び上がったりしながら…。

 町はごうごうと流れる水の豊かなイル川に囲まれて、ちょっと歩くと気持の良い川べりに出会う。

運河べりのレストラン

 夕食は流れの早い川に突き出るように建っている店に入った。
 伝統的な木組みの大きな建物で、各階の窓辺にゼラニュームの花が咲き乱れている。
 中に入ると、窓辺の席は長テーブルと長椅子で、レストランというよりもドイツのビアホールといった感じの店。
 まだ時間が早いので食事をしているお客はチラホラとしか見かけない。
 ストラスブールの名物料理は「シュクルート」
 収穫したキャベツを冬に備えて塩漬けにして発酵させた保存食が「ザワークラウト」で、たとえば、日本の漬物みたいなもの。
 それを刻んで豚肉やソーセージなどといっしょに煮込んだ料理が「シュクルート」。
 もともとはドイツの料理だが、ストラスブールはドイツに併合されたり、フランスに戻ったりと、複雑な歴史の中で生き残ってきた町なので、文化的に入り混じっている。
 塩漬けキャベツ「ザワークラウト」は缶詰めでも売っている。
 昔、ヨーロッパをキャンピング旅行していた時に、この缶詰めとソーセージとを煮込んで食べたのを思い出す。

 久しぶりに本場の「シュクルート」を味わってみよう。
 二人前注文した。
 かなり時間がたって運ばれてきた「シュクルート」は…。
 ド、ドカーン!
 大きな深皿に山盛り!
 ウェイターのジャッキーが料理を取り分けてくれたが、まだ半分以上も深皿に残っている。


ムッシュ「ジャッキー」がシュクルートを取り分けてくれる

 その前に、メニューに「カマンベールのステーキ」とあったので、いったいどんなものか白ワインのつまみのつもりで一皿取った。
 ところがこれがドーンと大きい一切れで、表面にゴマがたっぷりまぶしてある。
 チーズとゴマの組み合わせ。
 とても以外でしかも美味。白ワインとよく合って、スッスと食べてしまった。
 そこに出てきたのがこの大盛りのシュクルート!
 でもふっくりと煮込んだ肉やソーセージと塩漬けキャベツはとても美味しい。

 

カマンベールの胡麻フライ 半分の量です

 

取り分けられたシュークリート 半分のそのまた半分の量です


 ポルトガルでもその名も「ポルトゲーサ」という煮込み料理がある。
 レストランによっては毎週木曜日に「ポルトゲーサ」をその日のメニューに出す。
 畑の隅で空に向ってぐんぐん伸びていくポルトガルキャベツ(ケール)と、蕪や人参、豚足、ベーコン、そして数種類のチョリソ(ソーセージ)を大鍋でじっくり煮込んだもの。
 塩漬けのキャベツ(ザワークラウト)と、生の青い葉っぱ(ケール)の違いはあるが、よく似た料理だ。

 いつの間にかどの席にもお客が座っている。
 そのほとんどのテーブルにシュクルートの山盛りがあり、ビールやワインを片手に盛り上がっている。
 ウェイターのジャッキーはワインの栓を開けたり、シュクルートを取り分けたり、てんてこ舞いの様子。
 窓辺の長テーブルを二人で占領していた私たちはそろそろ引きあげ時だ。
 外に出て橋を渡ると、イル川がたっぷりと水をたたえて流れていた。
 ストラスブールは豊かな水の都だ。

 
サンマルタン橋とブラッセリー・サンマルタン                                            

 

現代美術館からの眺め 

 翌日、アルザス博物館に行こうと歩いていたら、その隣の店でなんだか不思議なものを見かけた。
 薄くペラリと引き伸ばした変なものを女性客が美味しそうに食べている。
 変な物にはすぐトライしたくなる気持がウズウズして、お昼はこの店に決めた。
 それはストラスブールの名物料理「タルトフランペ」という。
 お昼の定食、サラダ、飲物、デザート付きで約1280円。
 やがて長方形のベニヤ板に無雑作に乗せたタルトフランペが出てきた。
 簡単に言えば、「玉ねぎとベーコンの入ったピザ」だが、この薄さには驚いた。  3mmほどしかない。
 しかもお皿のかわりにまるで画板のような大きさのベニヤ板。
 なんとも個性的!
 ビトシは画板の上で絵を描くのではなく、ナイフとフォークでガリゴリとタルトフランペを切り、美味そうに食べていた。

 
タルト・フランペ

 私が注文したのは「キッシュジャンボン」
 卵と生クリームと玉ねぎとベーコンが入ったキッシュロレーヌ。
 ふわふわとした卵焼きのような感触のキッシュにロースハムが添えてある。
 キリッと冷えた一杯の白ワインとよく合うのです。

キッシュ・ロレーヌ 

 その店の奥の部屋にはかなり旧式のディスクトップパソコンが数台並べてあった。
 ストラスブールのインターネットカフェがこんなところにあったのだ!

MUZ

 

©2004,Mutsuko Takemoto
本ホームページ内に掲載の記事・画像・アニメ・イラスト・写真などは全てオリジナル作品です。一切の無断転載はご遠慮下さい。

 

(この文は2004年11月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに少しずつ移して行こうと思っています。)

 

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