れいの如く

朝鮮半島関連の所感を書きます。

横田滋さん

2020-06-28 21:22:28 | 雑感
 横田滋さんに初めてお目にかかったのは、確か川崎市で行われた小さな学習会だったと思いますーいや、もしかしたら、それ以前に行われた講演会だったかも知れません。いずれにしろ20世紀(笑)のことでした。
 その頃の滋さんは、お世辞にも話し上手とは言えませんでした。それはそうでしょう、引退した普通のサラリーマン男性が人前でうまく喋れるわけがないのです。それどころか、こうして人前で話すことは、とてもしんどいことだったと思います。筆者自身、人前に出ることは嫌なので理解出来ます。
 そうした方が敢えて人前に出たのですから事の重大さを実感しました。と同時に、横田さんたちを支援している関係団体の人々はこうした心情が分かっているのかと思いました。この思いは今もあります。
 人間とは環境に慣れていくものですね、筆者が講演会や集会に行くたびに滋さんは話すのが上手になりました。それは悲しいことでした。何故なら、それほど長い間、問題が解決しないということなのですから。
 他の被害者家族の方々もそうですが、横田さんは自分の苦しみのみを訴えませんでした。家族を奪われた悲しみと共に、このような酷いことをするかの国に暮らす国民の苦難にも深く心を寄せていました。それゆえ、北に家族がいる在日の人々からも共感を得たのだと思います。
 滋さんの訃報がメディアに流れた時、多くの人々が「御冥福をお祈りします」といっていましたが筆者はとても口に出来ませんでした。
 最愛の娘に会えないまま世を去らなければならないことをどれほど悔やんだことでしょう。とても安らかに眠ることなど出来ないでしょう。
 滋さんの胸中を思うとつらく、そして改めて自身の無力さも感じるのでした。
 しかし嘆いてばかりはいられません。自分の出来ることを少しでもしなくてはと思っています。