たか☆ひ狼のいろいろ

ファンタジー小説とか、動物園撮影紀とか、アリクイとか。

ワラビーV3話《ディグロード》

2005-10-31 20:47:53 | オリジナル連載小説
─街のメインストリート─

いつも騒がしい街なのは、コユキは百も承知だ。
だけど今日に限って、喧騒の空気が一段と《濃い》。
「今日なんかあるの、おばちゃん?」
顔なじみの食料品の露天で缶詰を物色していたコユキは、店番をしていた初老の女性に話しかけた。
「おや、あんた知らないのかい? この街のスタジアムで久々にディグロード開催されるんだよ」
「ディグロード?」コユキにとっても聞きなれない単語だ。
「そ、MT同士の派手などつき合いさ、賭け師もいるってんでみーんな大騒ぎだよ」
あぁなるほど、とコユキは思った。
元来人が絶えないはずのこのメインストリートなのに、店で買い物をする客がひどく少ないのだ。
あろうことか男共は、目抜き通りの遥か先にあるスタジアムへと、まるで取り付かれたかのように我も我もと歩んでいる。
「ギャンブルねぇ…これだから大人って嫌いなんだよなぁ」
その男たちを横目で見ながら、コユキがポツリとこぼした。
「だよねぇ、あたしの亭主だってそうさ、朝早くっから特等席陣取るからって言うんで店任せっきりだよ」
コユキを見つめる彼女の目は《気が合うね》と言わんばかりに、悪戯っぽく微笑んでいた。

「あ! いた! コユキーっ!」

突然背後から聞きなれた声がするや否や、強烈なタックルがコユキを襲う。
「どわぉ!」
抱えていた十数個の缶詰がどわっと吹っ飛ぶ。
そしてもちろん、コユキもぶっ倒れた。
「おやおや元気いいねぇ、あんたの弟さんかい?」
突然の豆台風にも動じず、倒れているコユキに店主はマイペースで語りかけた。
「違うよ…ちょっと前に拾ってきたんだ、一緒についてきてるだけ」
口に入った砂をぺっぺっと吐き出しながら、コユキはさらっと応えた。
けど、その《拾った》という言葉に店主は驚くわけでもなかった。

この時代が、この街自体が、拾ってきたもので構築されている…それが普通なのだから。

「ね、コユキ! 銃買えたよ銃!」
支払いを終えて車に戻るコユキの後を、独特の足音を響かせながらビャッコが付いてくる。
爪先が開いたブーツの織り成す、パタパタと言う足音が。
「へぇ買えたんだ、見せてみろよ」
たったっとコユキの前に立ち、ビャッコは買ったばかりの銃を見せた。
「…これ、銃?」
「うん、銃」
コユキがよくお目にかかる拳銃とは全く違うモノ。
異様に小さいわ、トリガーがむき出しだわ、さらに弾が2発しか入らないわ。
正直、彼女の目にはおもちゃの銃にしか見えなかった。
「ふん…ま、いいんじゃねーの、お前小さいしね」
軽くため息を残して、ビャッコにポイと投げ渡す。
「これでさ、ぼくも強くなれるよね?」

「…え?」
コユキの足が止まった。
「ん…とお前、強くなるって言う意味履き違えてな…」
最後まで言おうとして、コユキは口ごもった。
いつもへの字状態なビャッコの口元が、今日は少しばかり微笑んでいたから。
機嫌を損ねてしまうという意味ではないにしろ、この言葉を言ってしまうのはちょっと酷かも。

しかしコユキが代替の言葉を探そうと模索しているとき、立っていた地面が突然…

揺れた。

地面だけが揺れているのではない、耳元を覆う空気すらも揺れているかのような、そんな感覚が2人を覆った。

揺れる空気。
それは何千もの人々が織り成す歓声だった。

ウオォォォォォォォォ!!!!

2人が初めて体感するその歓声。
それは明らかに、前方に建つスタジアムから響き渡っていた。
「ディグロードか…!」
コユキはさっきの店主の言葉を思い出した。
「でぃぐろーどってなに?」
足元でビャッコが問いかける。

「MT同士が戦うんだってさ、このスタジアムでな」
「えむてぃーってなに?」

相次ぐ質問に、本来行く気の無かったコユキもちょっと方針を変えようとした。

しょうがねぇな…と。

「行ってみるか、あそこ」
「うん!」

天獣戦記譚マサムネ  3話

2005-08-06 22:45:52 | オリジナル連載小説
「─で、お前はマサムネが嫌いになって、それで突発的に家を出ちゃったってワケなんだな?」
黙ってコクコクとうなづくショーゴ。
だがしかし、その瞳は相変わらず伏せたままだった。
「マサムネかぁ、確かにあいつは結構血の気多かったし礼儀作法なってなかったし言葉遣いも最低だったなぁ」
以前リンカが言っていたこととほぼ同じだ。
「マサムネとは…あっちの世界で一緒にいたことはあるの?」
ひざを抱えたまま、ショーゴが尋ねる。
「いんや、面識はほとんどなかったけどよ、ただあいつのウワサだけは結構耳にしたんでね」
「そうなんだ…」
「でもまぁしかしだ、今回のトラブル、お前にも原因っていうか責任はちょっとばかしあるんだと思うぜ」
ミドリはショーゴに、ピッと人差し指の羽根を突きつけた。
「僕にも…責任が?」
ショーゴが少し驚いた顔で、インコを見つめる。
「あいつの性格から思うによ、マサムネもかなり気にしてるんじゃないかって感じるんだ」
「なんで…また?」
「あいつは確かに無頼漢だけどよ、けどその反面、子供がすっげー好きで面倒見がいいって話はしょっちゅう聞いてたんだ」
そう、それも以前リンカが言ってたことと同じ。
しかしそれがなんでまた…
「あいつは絶対に女子供に手は出さない、それがいきなりそのトラブルだろ?だとしたら…な」
ミドリが初めて沈黙した。
方術のせいか、炎が爆ぜる音も一切しない。
相変わらず、屋根を激しく打つ大粒の雨たちの音だけが響き渡っていた。

「マサムネは口には出さないけど、その記憶…思い出せないことで、相当ピリピリイラだってるんだと思うんだ、俺様はそう感じるぜ」
「そんな風には…全然見えなかった」
「でだ、そんなときにお前がつい焦るあまりアルバム見せちゃったワケだから、もうイライラが一気に爆発、ってことよ」
「……」
確かにミドリの推理は的を射てる。
そう、自分は自分のことしか考えないで、ひたすらマサムネの絆の回復しか考えていなかったこと。
「マサムネも悪いしお前も悪い、まぁなんつーか、車の事故でいったら、7:3ってトコぐらいかな?」
「……」
こらえていた涙がまたあふれ出す。
「や、やべ、いやそんな、お前を泣かせるつもりはなかった!謝る!」
ミドリはトットッとスキップでショーゴの元に近づき、その大きな翼で少年の小さな肩を優しく包んだ。
「ぼく…今までマサムネのこと思ってあげるの忘れてた…自分のことだけしか…」
ミドリが軽くため息をつく。
「まぁなんだ、あいつの性格が悪いのも一つの原因だな、あーいう奴は自分の悩み打ち明けることは絶対にしねぇ、全部自分の心の内にしまいこんじまうタイプだ」
「……」
「この雨がやんだらお前の家に連れてってくれ、仲直りのお手伝いしてやっからよ、な?」
翼でポンポンと、小さく震えている少年の肩を叩いた。
「ミドリ…」
「へっへへ、こんなワケのわからん場所で2人めぐり合えたのもよ、何かの縁ってやつだな」
「ありがとう…ミドリ」
涙で腫れたショーゴの頬が、少しだけ優しく緩んだ。

「あ、そうだ」
またもやミドリが小さく飛び上がった。
「お前の名前聞くのすーーーーーーーっかり忘れ…」

ドン!!!!

ミドリの言葉が終わらないうちに、正面の神棚に繋がる戸が、勢いよく開けられた。
いや、叩き破られたといった方が…
「わぁっ!」
「うっ!」
突き飛ばすような風がミドリとショーゴを襲う。
そして方術の火もかき消され、辺りはまた薄暗くなった。

「なんだなんだ!風か…!?」
言いかけたミドリの身体が、緊張で凍りつく。

「…!」
そして立ち上がったショーゴも。



ギギ…ギギギギギ…

鉛色の空を背に、一匹の蟲が立ちふさがっていた。


天獣戦記譚マサムネ  3話

2005-08-04 23:38:13 | オリジナル連載小説
廃屋と化した神社の中、ショーゴは一人ひざを抱え、泣いていた。
「マサムネなんか…!もう絶交だ…」
しかしそのひとり言すら雨の音にかき消され、そこかしこから今度は雨漏りの音が聞こえてきた。
そして廃屋を揺さぶる風…いよいよ台風が上陸してきたのだろう。
ふと帰ろうかと思ったのだが、この状況ならば、この中にいたほうが無難かもしれない。
「マサムネ…追いかけてくるかな」
一瞬そう思ったショーゴだが、慌ててぶるんぶるんと首を振った。
「ここに来たって追い返してやる…!」

ドン!

突然、正面の木戸に何かぶつかる音が聞こえた。
「マサムネ…!」
だが違う、遥かに軽い音だ。

ドン!ドン!
ボールのようなものを何度も投げつけるような音。
「何だろう…」
立ち上がり、木戸を開けようとする。
足はかなり痛むが、幸いにも積もった埃がクッションのようになっていて、歩く際の痛みを和らげてくれていた。
「まさか…蟲?」
念のため、落ちていた角材を手に取り、応戦する準備を整える。
そして軽く深呼吸。
「いくぞ…!」
空いた左手で、勢いよく木戸を開ける。

ガラッ!

「だわわわわわわわーーーーーーっ!」
謎の物体は猛スピードで廃屋の中に突進し、そのまま縦横無尽に跳ね回った。
「わわあぁぁ!しゃべったあぁ!」
角材を放り投げ、伏せるショーゴ。
そしてその鼻先に、謎の飛行物体がポトリと落ちた。
「!!」
「どわぁ!」
反射的に飛びのくショーゴと謎物体。
そして…つかの間の沈黙が。

「あ、人間??」
「…イ、インコ??」
薄暗い中、よく目を凝らしてみる。
インコとは言っても、それはクリームイエローの体色と顔つきだけ。
大きさはずっと大きく、カラス並みだ。
「え…っとあの」先に口を開いたのはショーゴ。
「っていうか一体全体何だよお前、なんだってまたこんな変なトコに一人でいるんだ?ホームレスか?家出か?それとも脱獄か?」
口を開いたと思いきや、マシンガンの如く言葉が連射されてきた。
「ちょ…ちょっとそんないっぱい言わないでよ!僕だって聞きたいことあるのにさ」
「いやだから俺様だって聞きたいぜ、お前みたいな子供がどーしてこーしてすっげー台風だってーのにこんなへんぴな場所にいるんだかってのをな」
「えっとその…君もあの、あそこから来たの?」
獣天界のことを言い出せなかったショーゴは、慌てて上を指差した。
「おー!お前俺様のいたトコ知ってるんだ!すっげーじゃん!」
敵意がないのを分かったと知ると、そのインコはぴょんぴょんとショーゴの隣に寄り添ってきた。
「知ってるって言うことは、お前もパートナーいるわけ?」
「……」
ショーゴの顔が曇った。
「え???俺様何か変な事言っちゃった?」
「ううん…大丈夫」
悲しい目で、ショーゴはかぶりを振った。

幸いにも絆同士知っているからか、インコはすぐにショーゴと打ち解けた。
彼の名前はミドリ、隣町に住んでいる会社員の家族が飼っていたインコということまで教えてもらった。
「ミドリって…どこが緑色なの?」
「いーじゃねーかよ!俺様だってこの名前の理由は知らないけど結構気に入ってるんだぜ!」
いたずら半分に聞いてみたショーゴだが、至ってミドリの顔は真剣そのものだった。
そして…
「へぇ~、お前のところ権師匠がいるんだ、じゃもう百人力だな~」
「権師匠…権じいのこと?」
「おいおいおいおい、権じいなんて呼べねぇぜマジで、なんてったってあのお方は俺様の法力の師匠なんだからな」
「法力…?」
ショーゴは今までの権じいの戦い方を思い出していた。
確かにメインで戦ってはいなかったが、バリヤー張ったり、菜乃のケガをあっという間に治したり…
「って、魔法のこと?」
「ん~、まぁお前たちの世界ではそうとも言うわな、あっちの世界じゃみ~んなひっくるめて法力って呼んでるけどよ」
「で、ミドリもその法力って言うのつかえるんだね」
「まぁな、俺様が学んでいたのは防術ってやつでよ、障壁張ったりとか空飛ばしたりとか、どっちかって言えば援護だな」
屋根を激しく叩く雨の音にも負けないミドリのマシンガントーク。
正直聞いてて疲れるのだが、けどショーゴはうれしかった。
こんな時、そしてこんなへんぴな場所で、マサムネ達の仲間に出会えるなんて。
「で、なんでミドリはこんなトコに来たの?」
「あー、ついさっきまで俺様と仲間でよ、蟲退治していたんだ」
蟲退治と聞いて、ショーゴは一瞬緊張する。
「いたんだ…蟲が」
「そんな対したやつらでもなかったからアッという間に終わったけどよ、いきなりこんなすっげー雨じゃん、もぅ大急ぎで雨宿りしなきゃって思ってな、そしたらここに来ちゃったってワケよ」
「そうだったんだ…」

ショーゴの言葉が終わらぬうちに、ミドリは自分の羽根を一枚口で引き抜き、ポイと部屋の中に放る。
「よっと、《龍火》!」
ひらひら落ちた羽根に突然火がつき、廃屋を明るく照らす。
「うわわぁ!火事になっちゃうよ!ちょっと!」
慌てて後ずさりするショーゴに、ミドリは笑って答える。
「あ~、大丈夫大丈夫、これあ俺様の方術さ、どこにも引火しない炎なんだぜこれ」
「え…?」
キャンプファイヤーのように勢いのいい炎なのだが、木製であるこの床にも、そして天井にも全く火は移っていなかった。
「さぁさぁ、寒くなっちまったからあったまろーぜ、お前もびしょ濡れじゃねーか」
「あ、うん…」
ショーゴは炎の前に腰掛けた。
ミドリは若干離れた位置に腰掛け、身体中に付いた雨粒をプルプルと払う。
「でよ、お前は一体なんでまたこんなトコにいるんだ?」
ミドリは、ショーゴの上から下まで、舐めるようにじっと見つめた。
「うん…」
「俺様には分かるぜ、お前すっげーーーーーーーーーーワケありだろ?な??」
翼をあご先にあてながら、まるで探偵のようにウンウンとうなづくミドリ。
「え…と、その」
「第一よ、台風上陸だってのに一人でこんな場所、なおかつ靴も見当たらないし、な?」
慌てて自分の足をパッと隠すショーゴ。
「で、家出か?はたまた兄貴か誰かとケンカしたか?それとも虐待にでもあったか?」
ショーゴは、ミドリに目を合わせぬよう、うつむき加減で答えた。
「…全部、正解かも」

「なにーーーーーーーーーーーーッ!?」
ミドリは飛び上がって驚いた。

天獣戦記譚マサムネ  第3話「マサムネなんか大嫌い」

2005-08-04 20:15:30 | オリジナル連載小説
いつもの公園の先にある、廃屋と化した神社。
正直怖くて入りたくないのだが、この大雨をしのぐにはもうここしかない。
「だれ…も、いないよね?」
ひとり言を言いつつ、湿気で軋む木戸を開ける。
キイィィィイ…
薄暗くかび臭い廃屋の中には、いかにも何か出そうな雰囲気を漂わせた木箱たちと、古ぼけた神棚。
「おじゃま…しますね」
もふっ、もふっと、床を踏みしめる。
積もりに積もった埃たちが舞い上がり、思わずショーゴは口をふさいだ。
埃がじゅうたんの様に積もっているせいか、ちょっと足の裏がくすぐったい。

隙間だらけの壁から差し込む光で、中はほんのりと明るかった。

「はぁ…」
安堵感で、途端に身体中の力が抜け、床にしゃがみこむ。
裸足のまま外へ飛び出したおかげで、傷だらけの足の裏がすごく痛む。
そして痛みとともに、胸の奥から悲しみも込み上げてくる。

台風で勢いづいた雨は、まるで砂利のように地面を跳ね回っている。
「マサムネなんか…大嫌いだ…」

涙とも雨粒ともつかないしずくが、ショーゴの頬を伝っていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
─数時間前─
「あ~、ったくもぉ、いい加減やまねーのかよこの雨!」
マサムネ達がこの世界にやってきて、1ヶ月経った。
絆を持たぬマサムネは、周辺の住民に奇異な目で見られたが、権じい等の説得と洗脳(?)によって、どうにか打ち解けることが出来た。
今はショーゴの暮らす日下家に居候兼お手伝いとして、いろいろありながらもどうにか均衡の保たれた生活をしていた。

「なんつーかよぉ、こぉ、雨ばっかだと毛がすっげージメジメしてくんだよな」
「仕方ないよ、台風が接近してるって言うんだからさ、ここ通過する今日一杯は我慢しなきゃ」
2階の窓越しに広がる雨雲を見渡しながら、2人の会話は続いた。
「何だったらシャワー浴びる?ぼくが背中流してあげるよ」
「やーだね、濡れちまうのだけは御免だってぇの」
「それだったらいちいち文句言わないでよ」
「へぇへぇ、分かりましたよ」
と言ってゴロンと、ショーゴのベッドに寝転がる。
いつの間にか、マサムネ用に設置したベッドはショーゴ専用に、今までのショーゴ用のはマサムネに変わられていた。
寝床が逆転しているのにも関わらず、ショーゴは文句一つ言わなかった。

「それにしてもおかしいね…あれほど出てきた蟲、ここ1週間ばかし出てこなかったでしょ」
「まぁな…他の場所に散らばった仲間が頑張っている証拠だろーな」
そう、蟲退治に天界から降りてきたのは、マサムネ達だけではない。
日本…いや、世界中に《人の姿を借りた獣》が戦うために降りてきているのだ。

「そういえば、マサムネの仲間たちって…みんな絆持ってるの?」
「あぁ…」
なんとなく口からこぼれ出た言葉なのだが、マサムネの表情は固かった。
「ごめん…」
雨はますます勢いを増し、TVの向こうの世界も、だんだん特番中心へと変わっていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気まずい雰囲気は続いていた。
「マサムネ…ちょっと来てくれる?」
「んぁ?」
1階の居間に降りた2人は、奥のタンスの中から何冊かの分厚い本を取り出した。
「遅れたけど、これ…見てもらいたいんだ」
手にしたのはアルバム。
表紙には《翼護とマサムネの成長アルバム》と書いてある。
「これ…お前の写真集か?」
「うん…ぼくと、飼ってたマサムネの写真なんだ」
一瞬以前のマサムネの名を聞いて不審な顔つきになる。
「一体…何で俺にそれを」
「これを見たらさ、きっと思い出せると思って…君の記憶を」
「……」
思い出せないんだったら、思い出させるしかない。
事故以来封印していたそのアルバムを敢えてまた開き、マサムネの本当の記憶を取り戻せたら…と。
「一緒に見ていこうよ、僕が一枚ずつ話してあげるからさ…ね」
「!」

バンッ!!

マサムネは、ショーゴの差し出したそのアルバムを平手で叩き落した。
剥がれ落ちた写真が、まるで秋の枯葉のように部屋中に舞っていく。
「マサムネ…!」
「ンなもん俺に見せて一体どうなるっていうんだ…!」
「だって…だって、僕たちには絆が…」
「お前、まだ俺との間に絆があると思ってるのかよ!」
ショーゴの目に涙が浮かぶ。
「いいか!お前と出会って1ヶ月も経ったっていうのに、俺はこれっぽっちも記憶なんて取り戻せてねぇ!判るかその理由が!」
「……」
「答えは簡単だ、ここは俺のいたところじゃねぇ…」
「権じいだってリンカだって言ってたじゃない…マサムネはここにいたんだって」
耐え切れない悲しみが、居間の床に涙の跡を転々と残す。
「あんな連中の言ってることなんて理由になるかってんだ!」
ショーゴの悲しみに追い討ちをかけるように、雨は力を増していった。
「マサムネの…カ」
「あ?なんだ」
「マサムネのバカ!マサムネなんて大嫌いだ!」
手に残っていたアルバムをマサムネの鼻面に叩き付けると、ショーゴは目の前のガラス戸を勢いよく開け放ち、そのまま外へと走り去った。
「痛っ…って、おい!」
鼻先を押さえながら後を追おうとするが、水のカーテンの如く降る雨は、たちまち少年の小さな背中を隠していく。

ふと、後ろを振り返る。
部屋中に散らばった写真たち。
その一枚一枚、ショーゴ一人の写真もあれば、犬と一緒のもある。
「これが…昔の俺なのか」
しかしマサムネの頭の中は、未だ空白の記憶が多くを占めていた。


「追わなきゃ…マズいよな」

天獣戦記譚マサムネ 2話エピローグ

2005-07-29 19:57:22 | オリジナル連載小説
「ほうほう、これがはんばーがーかの、いい匂いしておるな」
「ここ来るの久しぶりだね、ショーゴ」
「んっふっふ~、またシェイクおかわりしちゃおっかな♪」

また…マーフィーズに戻ってきちゃった。
今度は権じいとタクトとマサムネが加わって、なおかつ僕のおごりってことで。

しかしリンカや権じいはいいにして、唯一の問題、マサムネ。
絆を持っていないから、みんなマサムネを変な目で見るんでヒヤヒヤしちゃった。
けど、上手いこと菜乃が機転利かせてくれたんで、正直助かった。
「この先のショッピングセンターでぬいぐるみショーあるんです、で、ちょっとお散歩に」
驚いてた店員さんにすぐさま菜乃が答えてくれた。
なるほど…そういうカバーの仕方があるんだね。

そうそう、菜乃の捻挫は1時間もしないうちに治ってた、さすがは権じい。


…っと、もう一つの問題が。
マサムネだけ、全品XLサイズで注文しちゃったんだよなぁ…

お金が…はぁ。

「では、いっただっきま~す!」
リンカの一声にあわせて、みんなで一斉にハンバーガーをぱくり。

ま、いいか。

なんかみんなのおいしい顔見てると、心配事も吹き飛んじゃう。

そう、少なくとも今は忘れよう。

「マサムネ、バーガーおいしい?」
相変わらずムッツリ顔しているマサムネにちょっと聞いてみた。
「朝食ったアレより何倍もうまいぞ、こっちの方が」

あー、そうですか。

「で、これって一体どうやって食うんだ?」
マサムネが超特大シェイクを抱えながら、僕に聞いてきた。
「これは食べるんじゃなくって飲むんだよ、このストローを挿して…」
「あーめんどくせぇ!ンなみみっちいやり方で飲めるか!!!」
マサムネはカップのふたをカポッと外して、一気に飲もうとする。

けど…

ずるっ…ずぼちゃ

「モグァーッ!」
「うっわ、バカマサムネ、何やってるのよ全く!」
「ふう…相変わらず短絡的じゃのぅ」

あーあ、シェイクが一気に顔面に投下されちゃった。
っていうか…帰ったら洗わなくっちゃ駄目かもな…

「がワーッ!顔が冷てぇ!息ができねぇ!!!」
マサムネ…

ふと、さっき見た夢を思い出した。

もし、今のマサムネが本当のマサムネだったら…
ううん違う、もし絆が戻ったら…
そう、あの時のことをもう一回聞かなくっちゃ。

ねぇ、あの時マサムネは…なんて言おうとしてたの?って。


ねぇ、マサムネ。



天獣戦記譚マサムネ 2話《ねぇ》 終わり。



天獣戦記譚マサムネ:2-10話

2005-07-29 19:55:58 | オリジナル連載小説

「ショーゴ、マサムネのお散歩行ってくれる?」
1階から母さんの声。
はぁ…これから観たいTVあるのに、なんでまたこんな時に限ってビデオ壊れちゃったんだか。
「ショーゴ!お父さんいないんだから、分担して散歩行く約束なんじゃないの?」
分かってるんだけどさぁ、でも今日だけは勘弁してよ、母さん行ってよ。
「ショーゴ!聞こえてるんでしょ!?」
あぁ…もぉ!!

と、階段からいつもの足音が。
マサムネ…上ってきたんだ。
あ~あ、いつもの目つきでじっと見てるよこいつ…

─全く、全然来ねぇと思ってたらTV見てんのかよ。
そんな目で僕を見ないでよ。

─いいんだぜ俺は、別に散歩1日くらい我慢できらぁ
何でお前、いっつもそういう目で僕を見るのさ…
友達の家の犬見ててもさ、みーんな言うこと聞くよ?
マサムネ…お前って、僕の言うこと全然聞かないね。

僕が生まれた時、マサムネはもうこの家にいたんだよね。
だからかなぁ…僕より兄さんだって思っているの?

─オラ、どーすんだ、行くのか行かねぇのか早く決めろ。
「ショーゴ!お母さん今手が離せないんだから、早くしてくれる?」

分かったよ…行きゃいいんでしょ、全く。

「マサムネ…」
─ンだよ?俺に何か言いたいことあるのか?


「ちょっと急ぎたいんだ、最短コースで我慢ね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて…と、ビニール袋持ったし、行くかマサムネ。
─今日はどこ行くんだ?川沿いか?それとも学校か?

「10分で済まさないと最初っからTV観れないから…今日だけ我慢ね」
─おい、いつもとコース違うぞ!こっち行くぞこっち!
相変わらずマサムネの力は凄い、でも僕も負けてられない!
「だ、か、ら!今日だけお願い!10分でトイレ全部済ませて!」

ちょっと車の通りが激しい道へ出た、僕の秘密の最短コース。
─いや違う…こっちは通るな!バカ!
「何だよマサムネ!まだ抵抗するの?」
─違う違う違う!変な予感がするんだ、引き返すぞ!
「ほら、こっちでトイレ済ませて早く帰るよ」

─!!!!!!

突然、マサムネが僕を…もの凄い勢いで押し飛ばした。
目の前が真っ暗に。
それと

ゴシャアアアァァン!!!

耳が張り裂けそうな金属音!

僕は…一体?

あ…
ここ、用水路…か。
細長い溝に、僕だけすっぽりはまってる。
そして黒い、ガソリン臭い屋根。
屋根と僕との間に…マサムネが…

…え?
マサムネ!?



何?何か言いたいのマサムネ?



どうしたんだよマサムネ、そんな弱った顔しちゃってさ…

え…なんだこれ?

生温かい…マサムネの方からこぼれてきてる。



何なんだよこれ…それに何言ってるんだよ!



ねぇ…何を言おうとしてるの?マサムネ。


ちょっと…こんな時に寝ないでよ…一緒にここから出ようよ。

起きてよ…こんなとこで寝ないでさ。

ねぇ、マサムネったら。

起きて…起きてってば…

ねぇ、マサムネ…






「マサムネ…」

「お、気がついたようじゃの」
「よかった~、どっか触っちゃったんじゃないかと思った」
「大丈夫ショーゴ?意識ある?」

「ショーゴ…よかった」

青空の下、僕の周りをみんなが囲んでいる。

権じい、リンカ、タクト、それに菜乃。
みんな心配そうな顔で僕を見てる…何でだろう?
「夢…?」

どうしたんだろう僕…確か蟲に囲まれた後、マサムネに抱かれて…?
「そうだ…マサムネは!?」
僕が尋ねると、リンカはちょっと笑いながら数m先を指差した。

…大の字になって倒れてた。
そうか…僕を抱えながら突破したんだよね…
でもよかった、マサムネも無事で。

と、隣にいた権じいがおデコにシワを寄せて、僕を杖でゴツンと。
「全く…マサムネがいち早く察知してくれたからいいものを、自殺行為じゃぞ!」
「ごめんなさい…」
「うむ、じゃが…まずそれはマサムネに言わねばの」
「うん…」

それを聞いていたのか、マサムネも起き上がった。
「全くよ…気絶して夢見てるなんていい身分だぜ」
「ごめん…マサムネ」

マサムネ、僕と目を合わすの避けてる…やっぱ怒ってるんだ。

「さて…」
「どうしたのじゃ?マサムネ」
「腹減ったからな、メシ食いに行くぞ」
突然僕の方を見て、ニヤリと怖い目で微笑んできた。

「…罰としておめーのおごりな」

「えええええええ!?」


努力結実!ワラビーV 2話

2005-07-24 21:37:59 | オリジナル連載小説
「どうするコユキ、買い物して出るか?それとも泊まるか?」
人ごみをかき分けつつゆっくり運転するハッサク。
一応自分らのギルドに申請した期日は、明日一杯まで。
ここで旅の疲れを落とすにも、お金を落とすのも自由だ。
「んじゃ両方とも」

「買い物して泊まって出る、だな」
「あぁ、よく分かってるじゃんハッサク」
「お前と何年組んでんだ」
「まぁな」

言葉少なながら、ハッサクはコユキの会話の要点を巧みに心得ていた。

今日一泊する宿にお金を払い、3人はとりあえず自由行動となった。
ガレージとシャッターもある、誰かが車を盗ろうとしても(ある程度は)大丈夫だ。

「くぁ~、変な道ばっか走ってたからさ、ケツが痛いのなんのって」
「サスがいい加減駄目になってきたからな、家についたら全部バラさないと」
車から降りて、まずはお決まりの大あくびと背伸び。
そしてやることはいろいろある、楽しみな買い物に、温かい食事とシャワー。

「ねぇねぇ、コユキ」
ビャッコが彼女の服のすそをぐいぐい引っ張る。
「お前…そろそろ服買い換えたら、いい加減ヤバいぞ?」

ビャッコはお世辞にも、あまりいい身なりではない。
だぶだぶの長袖Tシャツの上に、これまた大きめの軍用ベスト。
カーキ色のその上着には、昔は弾薬を入れていたであろう、無数のポケットがついている。
足首丈の太いバギーパンツは、ベルト代わりに腰もとをロープで結わえ付けてある
左右サイズ違いの軍用ブーツは、ワニの口のように底がパックリ開いている。
もうずっと履き続けているのか、ブーツからはみ出た裸足の爪先は、土埃まみれで真っ黒だった。
そして、いつもかぶりっ放しの戦車兵のヘルメット。
目深にかぶったその顔は、目が半分隠れて、いつも睨みつけているようにしか見えない。

「ううん、ぼく他に買いたいのがあるから」
「何買うんだ、服か?それとも靴?」
ビャッコは大きくかぶりを左右に振った。
「銃買うんだ」
「へ?銃??」
一瞬、コユキはビャッコが冗談でも言ってるのかと思った。
ビャッコはベストのポケットから、彼の身なり同様薄汚い、小さな袋を取り出した。
じゃらんと重い音・・・財布代わりだろう。
そして、その袋をコユキにぐいと突きつけた。
「銃って・・・お前、ンな金持ってんのかよ?」
コユキは、ビャッコの手からその袋を取り上げた。
「枚数数えてあるからね、盗ったって分かるから」
「大丈夫だって、おめーの金なんて盗りゃしねぇよ」
袋の中には、大小さまざまな硬貨と、何枚かの札が詰め込まれていた。
「ふん・・・」コユキは、ぽいとビャッコに袋を投げた。
「・・・盗ってないよね?」上目遣いにじーっと睨み付ける。
「盗りゃしねーっていったろ!だけど・・・銃買えるかどうか難しいぞ、それに・・・」
「それに・・・何?」
「銃買っていったい何すんだ?」ビャッコの大きなヘルメットをぽふっと叩く。
「・・・やだ、教えない」ビャッコの口がへの字になる、すねている証拠だ。
「あ、まさか俺らが寝てる最中襲ったり?」いつしかコユキのそれは笑いに替わっていた。
「コユキもハッサクも撃ったりしないよ、仲間なんだし」
「じゃ、俺ら撃たないとしたら何撃つんだよ?トカゲか?」
「教えないもんね!」言うや否や、ビャッコはたっと駆け出す。
「あ、おい!待てよビャッコ!」後を追ってコユキも走った・・・が、すばしこく小さなビャッコにたくさんの人手。
あっという間にコユキは彼を見失ってしまった。
「ま・・・いいか、買い物したら戻ってくるだろうからな」
コユキもまた、自分の買い物へと足を運んでいった。

裏通りのさらに奥。
そこには遥か昔に戦争で使われていた兵器たちの残骸が、数少ないジャンク商たちによって捌かれていた。
しかしそんなものには目もくれず、ビャッコは一心不乱に銃を売る場所を探していた。
「あ・・・」
息を切らした少年の前に、多数のライフルや大砲を並べている露天が姿を現した。
雑然とハンドガンを積んだテーブルの後ろには、白い顎ひげをたくわえた50過ぎのオヤジが、ぷかぷかとパイプをくゆらせている。
「はんどがん・・・ましんがんその他対・・・戦車らいふるもあり…弾薬その他は要…相談」
何度かつっかえながらも、看板の字を読み取る。

「ほほぉ…その看板の字が読めたとはな、なかなかのモンじゃねぇか」
「う、うん、字の勉強はしたよ、ちゃんと」
店主の思いがけない優しい言葉に、ビャッコはちょっと照れた。
「おぉう、そいつは感心だ、で、この店に何か用でもあるのかい?」
「銃欲しいんだ、ちゃんとお金はあるよ」
「ぬお!?」
店主は驚いた、大人とかが銃を買うのならともかく、こんな小さなガキが・・・と。
「しかし銃といってもピンからキリまであるぞ、どんな銃が欲しいんだ?」
「えっと・・・強いの」
「強い??」オヤジは目を真ん丸くした。
「強いのが欲しいんだ・・・いいのないかな?」
強いといっても、この子のサイズと所持金額にはキリがある。
「いくら持ってんだ?」
「えっとね・・・」
テーブルの隅のスペースに、ビャッコはさっきの袋の中身をじゃらじゃらと出した。
「これで全部」
「よしよし、じゃあ数えてみるか」
店主はビャッコの金を数えた。
・・・だが、全て安い硬貨ばかり。
「う~む・・・」考え込む店主。
「・・・足りる?」ビャッコは心配そうな顔をして聞く。
(いくらこのチビから金取るにしても、限度ってものがあるな・・・)
しかしそこそこの拳銃を売ったにしても、弾薬はその何十倍の値段だ。
さらにそんな銃を持たせたところで、この小さな身体で扱うことは不可能に近い。
店主はビャッコの顔をチラリと見た。
懇願するその目に、心が揺れ動く。

「よっ、しゃぁ!」
「あるの?」
何かをひらめいた店主は、テーブルの下から何かをがさごそ探し出す。
そしてようやく探し出した銃。
それはとても小さな、手のひらサイズのハンドガン。
「なにこれ?」初めて目にする小さな銃に驚くビャッコ。
くるりと丸みを帯びたグリップに、銃身が二つ、それとむき出しのトリガー。
埃まみれだが、ところどころ銀色に輝いていた。
「お前さんにピッタリのサイズの奴だ、珍品だぞ!」
「でもなんていうの、これ?」
「えっと・・・何だったっけか・・・な」
「知らないの?」
「いや、まぁとにかく!コイツは珍品だ!それに威力最強、オマケに小さな手にもぴったりのサイズだ!」
店主はビャッコの小さな手にそれを渡す。
しかし小ささの割にはずっしりと重い。
「わぁ・・・」ビャッコの瞳がたちまち輝く。
きっとボディの銀色がダイヤの輝きに見えたであろう。
「それと弾10発でボクのお金全部と交換だ!」
オヤジがどこかの倉庫から拾ってきた銃。
それはデリンジャーというポケットサイズの拳銃だった。
弾丸を加えても大したことの無い値だが、ビャッコの全財産と交換してちょうどいい位だろう。

「ありがとうおじさん!」
ビャッコは渡された銃と弾をポケットにしまうと、ダッシュで表通りへと消えていった。

「ま、いいか、動作は保障できねぇ…骨董品みたいなもんだ」
店主はまたパイプをふかしなおした。


努力結実!ワラビーV 1話

2005-07-24 21:36:59 | ワラビーV
もはや「砂漠だけの国」と言った方が分かり易いかも知れない。
右を向いても、左を向いても、そこにはもう砂と、入道雲のようにそそり立つ岩山がまばらにそびえ立つだけの、殺風景な場所。
ギラギラと絶え間なく照りつける太陽。
時おり吹き抜ける、砂混じりの乾いた風。

その乾いた地面の至る所に刻みつけられた車の轍が、まだ人がいる証拠を教えてくれていた。
とは言っても、今走っているのは一台の、赤錆まみれのジープだけだが。
ガタつくが固い地面を選んで、しかもスピードを緩めずに、ただひたすらまっすぐに。
運転席に大柄な青年が一人、そして助手席で鼻歌を歌っている少女。
そして後ろの荷台には、小さな荷物がいくつか積んであった。
薄茶色のタンクトップに赤銅色の肌が映える青年は、わき目もふらずに黙々と、巧みなハンドルさばきで進んでいく。
それに対する用に、助手席の少女の方はというと…
「ふんふ~ん♪」満面の笑みで札束を数えていた。
少女というにはちょっと不似合いな、短く刈り込んだ焦げ茶の髪。
戦争で使われた迷彩色の軍服の両袖を取り去ったその服装、ちょっと見では女性には見えない感じだ。
「いい加減に札数えるのやめないか?もうこれで10回目だぞ!」ジープの騒音にかき消されないよう、青年が大声で怒鳴りつける。
「わーったわーった!耳元で怒鳴るのやめ!ただでさえお前の地声ってでけーんだから」
怒鳴る時に唾が飛び散ったのか、札束の少女は手のひらでで顔を拭きながら、嫌々答えた。
「でもさ、今回の仕事はラクだった割にはもらったお金多いんだよね、ニセ札入ってんじゃねーかって思って・・・」
そういうと、少女は札束を1/3位に分け、青年に渡した。
「じゃハッサク、これがお前の取り分ね」
「あぁ」青年=ハッサクは、確かめもせずにもらった札をそのままズボンの尻ポケットにねじ込んだ。
「んで・・・残りが俺の分とババァの…っと」残りの札を胸ポケットに入れる少女。

ふと、後ろの座席においてあった小さな荷物が、ぴょんと起き上がった。
「ちょっと、ボクのは?」
明らかに前の席の二人とは年齢が違う、まだ子供同然だ。
「ねぇ、僕だって働いたじゃん、なんで分け前くれないのさ?」
「ビャッコ・・・お前そんなに働いたか?車のとこで張り番してただけだろうが?」
背もたれにあごを乗っけて、からかうようにその小さな荷物に話し掛けた。
「でも働いた!」その子供=ビャッコは、小さな手を助手席の少女の胸ポケットへと伸ばす。
「フコーヘイだよ!ルールイハンだよ!ボク買いたいものいっぱいあるんだから!」
「ひゃっ!バカ!どこさわってンだ!」突然に胸を触られ、少女は必死に抵抗する。

 ガン!

運転していたハッサクの拳が、ビャッコの鼻面にヒットする。
「うぐ・・・」パンチを喰らったビャッコは鼻を押さえて、また後ろの座席へ転がり落ちた。
「コユキの言うとおりだ、あれは仕事とは言わないぞ」
「・・・・」ビャッコは黙ってハッサクを睨みつけた。
「でもな、何もやらないコユキも悪い、少しでもいいからビャッコに渡せ」
「分ったよ・・・ちぇっ」舌打ちしながら、渋々ポケットの札を1枚ビャッコに渡した。
「・・・」黙って札を受け取るビャッコ。
「礼ぐらい言えよ」コユキはむすっとした顔でビャッコに言った。

「・・・鼻血出た」
「それは礼じゃねぇ、ありがとう、だろ?」
「・・・・・・」
「鼻血ぐらい我慢しろ、そのうち止まるから」

「・・・ありがと」


陽が若干西に傾く頃、3人を乗せたジープは《隣街》の大きなゲートをくぐっていた。
戦争と地震の災厄をなんとか逃れた、数少ない街。
ゆえに、住む場所を無くした人、ジャンク品で一儲けを企む露天商らが軒並み移り住み、この街は、一つの《国》に近い存在になっていた。

天獣戦記譚マサムネ:2-7話

2005-07-18 19:41:29 | オリジナル連載小説
初めて僕たちの前に前に現われた時の武器とはまた違う。
何ていえばいいんだろう、そう…簡単に言えば右腕だけのヨロイを装着したリンカが、僕らの前に現われた。
さっきまで滑り台の上で居眠りしていたのに、いつ気づいたんだろう?

「リンカ、さっきまでずっと先の公園で寝てたのに…いつ気づいたの?」
「あたしの耳にピンって来たんだ、蟲のイヤ~な気が」
「気…?」
「うん、いわゆる動物たちの第6感…って言えばいいかな…って菜乃ちゃん!?」
そうだ、菜乃のことすっかり忘れてた。
やっぱり捻挫したのかな…さっきより辛い顔になってきているのが分かる。

「大丈夫?菜乃ちゃん」
「ん…っ」
さっき見た時より足首が腫れてきているのがはっきりと分かってきた。
どうしよう、病院連れて行かないと…
「権じいのところ行こ、いい薬持ってるから」
リンカは今にも泣きそうな菜乃を抱きかかえると、すぐさま今来た道をダッシュで。
「ショーゴ君も早く!みんなこっちにいるから!」
とはいっても、リンカ早いんだよなぁ…

5分ほど走ったとこの空き地に、権じいとタクトがいた。
「ふむ…どうやら無事だったようじゃの」
「心配したんだよ、菜乃姉ちゃんもショーゴも」
あっちの方が2歳年下だって言うのに、何故かタクトは僕だけいつも呼び捨てにしている。
菜乃の方はちゃんと「姉ちゃん」って呼んでるのに…まぁいいけど。
「それが…菜乃ちゃん転んで足捻挫しちゃったんだ…権じい診てくれる?」

空き地と言っても、それほど大きくはない。
そして…僕らが初めてあいつらに会った時のような、あの冷たい気が、だんだんと近づいてくるように感じられた。
下ろされた菜乃の足首を、権じいはじーっと眺めている。
「それほどひどくはないみたいじゃな、これならすぐ治せる」
権じいは、腰に下げていたポーチから、なにやら深緑色の小さな布切れを取り出した。
それをペタンと、腫れてる菜乃の足首へ。
「わしの調合した膏薬じゃ、ここでじっとしていなさい、すぐに治るでな」

正直ちょっと驚いた。
あんなにひどかった捻挫が…普通医者に行けば1週間はかかるくらいの腫れだったのに。
それが「すぐに治る」って…!?

「あ…」
さっきまで痛みをこらえて真っ青だった菜乃の顔に、少しずつ赤みが。
「どうじゃ?」
「え、あ…あんな痛かったのに…これ貼ってもらったら急に引いちゃって」
菜乃の顔、すっごく不思議そう。

「天界での薬をな、こっちの世界向けに調合比率を変えてみたんじゃ、用いる材料は違えども、効力は一緒じゃ」
なんか難しい言葉いってるけど…要は凄い湿布薬なんだろうな。

「…どうやらここ、嗅ぎつけられたみたい…だね」
リンカがちょびっと舌なめずりしながら辺りを見渡す。
そう、正面の通りには、さっきのダンゴ虫がわらわらと湧き出てきた。
「あと何匹くらいかな?権じい」
「あいつがどこで油売ってるのかは分からんが…お前さん含めて、もう三分の二は退治したはずじゃ」
「そっか、んじゃもうひと踏ん張りしてくるね」
リンカは鎧の腕をブンブン振り回した、まるでバッターの打撃練習みたいに。

そして…

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
姿勢を低くした直後、もの凄い速さで蟲の先頭集団にダッシュ。
そこから…何て言えばいいんだろう。
ゲームセンターでよく眺めていた格闘ゲーム、それで言うところの「流れるような連続攻撃」
ダッシュでパンチして、ひざ蹴りした後に今度は回し蹴り。
相手がひるんだところに、あの鎧の腕の、とっても重そうな一撃。
「はっ!たぁっ!っりゃあっ!!!」
流れるようにタンタタンタンと攻撃、そしてフィニッシュ。
ダンゴ虫は崩れ落ち、そして砂のようにサラサラと崩れていった。

「す…ごい!」
思わず僕の口からも、驚きの声が。
「格ゲーの多段コンボ見てるみたいだね、ショーゴ」
そう、僕が思っていたことと同じ思いを、タクトも感じていたみたいだ。
「リンカの得意とする素早さに、あの剛腕を合わせれば、無類の強さになるんじゃ」
タクトの後ろで権じいが、満面の笑みで話してくれた。

そして、集団を驚きの速さで消し去ったリンカ。
「あいつら、あんまり強くないけどね~けど大量に出てくるわ硬いわで、結構大変なんだよ」
「硬い…?」つい僕の口から、そんな言葉が出てしまった。
あの流れるような攻撃を出して、みんな瞬く間に退治して…それでも大変って一体?

「うん、あの蟲ね、背中の殻がすっごく硬いんだ、だから腹側からとにかく叩き込まないとダメなの」
「一旦危険を感知すると、奴らは丸まってしまう習性を持っているんじゃ…」
「そうなんだ…だからリンカの武器も…?」
「そういうこと~、だけどね…」

リンカの言葉をさえぎるように、僕らの背後から突然大きな音が!

ドッ!!!!

知らないうちに僕らの後ろに忍び寄っていた、あのダンゴ蟲。
それも今までのよりちょっと大きい。
でも…僕らを襲わないし、身動き一つしない。

そしてその蟲は、突然真っ二つに!
「ギ…」

正面から斬ったんじゃない、後ろからだ。
けど…確かリンカはこいつの殻が硬いからって…一体??

崩れ去る蟲。
そしてその後ろには、あの大斧を振り下ろしたマサムネが!

「だけどね、こいつだけは別」
リンカがいたずらっぽい笑顔で、マサムネを指差していた。


「何か言ったか?」


マサムネのバカ力だけは…例外なんだね。

天獣戦記譚マサムネ:2-5話

2005-07-13 22:18:53 | オリジナル連載小説
すごい怖い目で睨まれたけど、まだ絆のせいでマサムネはみんなに認められてないし、ってことで。
「俺のも買ってこいよな」
ってことでどうにか外出することができた。
日曜は何にもしないで家で寝ていたいんだけど…まぁいいか。

僕の家から15分ほど歩いたところにある、大きなファーストフード店、マーフィーズ。
菜乃はここのシェイクが大好きで、1週間に3~4回は行ってる。
大半は僕のおごりだけど…

「いらっしゃいませ、店内ですか?それともお持ち帰りですか?」
ちょっと店内を見渡す。
日曜だからかなり混んでるか…
「えっと、持ち帰りでバニラシェイクをMサイズ…」
「XLサイズで、それとダージリンとメイプルを1つずつ下さい~!」
Mサイズにしようかと思ったら、菜乃が脇から口を挟む。
ちょっと何だよXLって、1人で飲めるの?

ちなみにメイプルシロップ味は僕の大好物。
菜乃はその辺、ぬかりは無いみたいだ。

「ふんふふ~ん♪」
巨大なXLシェイクを抱えながら、菜乃はうれしそうに飲んでいた。
「んふ~、やっぱここのダージリンは最高♪」
「でしょでしょ、XLサイズなんて他のお店には無いからね」

おなかこわすぞ菜乃。

歩きながら飲むのもなんだから、ちょっと近くの高台にある公園へ立ち寄った。
ほとんど毎日人気の無い、小さなすべり台とブランコが置いてあるだけの、寂れた公園。
でも僕と菜乃はこの公園が大好き。
なぜかって言うと、高台から見下ろす景色がとってもきれいだから。
「んん~、風が気持ちいい~」
はるか遠くに港が見える。
そこから運ばれてくる潮風が、とっても大好きで。
菜乃はいつも高台のギリギリまで近づいて、その潮風の香りにひたっていた。

一方、リンカはというと…
「お日さまが気持ちいいね…ここはいつも変わってない…」 
すべり台の坂部分に寝そべって、日光浴をしていた。

もう少し、ここにいようかな…やること特に無いし。
「あ」
しまった、マサムネのシェイク買うの忘れてた。
あ~、あいつ怒るだろうな、急いで買ってこなきゃ。

「ちょっとマサムネのぶん買ってくる、何味がいいんだろう、リンカ?」
幼なじみだったら、あいつの好きなのわかるかも。

「んく~…」

…寝てた。

しょうがない…菜乃と一緒にもう一度マーフィーズに戻るか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「マサムネって…何味好きだか分かる?」
「ンなの、あたしが知ってるわけ無いじゃん、適当でいいよ適当で」
公園を下る長い階段、菜乃は思ったとおりの答えを僕に返してきた。
「バニラストロベリーチョコミントダージリンバナナメイプルエスプレッソマンゴーピーチ…と」
「だからさー、別に全メニュー考えなくったっていーじゃない」
とりあえずシェイクの全部のメニュー思い出す…あぁどうしよう。
「だってさぁ、昨日プリンシェイク飲ませたら怒ったじゃん、また変なの買って怒られやしないかって…」
「じゃベーシックなところでバニラでいいじゃん」
「うん…」

階段を降りきったら、お店へダッシュ。
溶けないうちにマサムネのところへ持っていかないと。
「!」
と考えてる時に、前を走ってた菜乃の足がピタッと止まる。
「どうしたの?」
「…前見て…」
驚きの色を隠せない、その顔。
菜乃に言われるままに、ずっと前のほうを見た。

「!!!」
「ショーゴ…昨日のアレ…だよね」
「うん…あれだ…」
ずっと先にある住宅の並び、その通り一帯が、あの霧に包まれていた。
白と黒しか無い、あの霧。

「逃げる…菜乃?」
「うん…戻ってリンカ呼んで…」

ワシャ

「!?」
話に割り込むように、妙なざわついた音が。
ワシャ…シャシャシャ、ジャッ!
落ち葉を踏みしめるような、軽いけど、でも大量の音。
そんな音たちが、近くに…いや周りに!

シャ…

角から姿を現したそいつ。
「これ…」
「うわやだ、これ苦手!」
黒いいくつもの節に別れた身体。
そしてその身体からは無数の脚が伸び、前でワシャワシャと音を出している。
猫背気味の身体のてっぺんには、長い触角と、電気切れかけの懐中電灯みたいに力なく光っている、黄色い眼。
「これ…ダンゴ虫…だよね」
「いやいやいやいや、これわたし大ッッッッ嫌いー!」
ダンゴ虫っていっても、その立ち上がった背丈、僕らと同じくらい。

そしてそれがたくさん、ワシャワシャと現われてきた。
その光る視線は、みんな僕と菜乃に!

「逃げよう!」
マーフィーズへの道にはたくさんのダンゴ虫でふさがれていた。
右も左も…何匹かいる。
後ろの道には何もいない、チャンスだ!
ダッシュでさっきの公園へ!

「菜乃は公園行ってリンカ呼んで!僕はマサムネと権じい呼ぶから!」
あのダンゴ虫がどのくらいの速さか分からないけど、今は逃げるしかない。

っていうか…

ワシャワシャワシャワシャ

ぺったぱったぺったぱった


あー、いつものスニーカーにしとけばよかった。
なんで菜乃も僕もこういうときに限ってサンダルなんか!

だんだんとあいつらの足音が早くなっていくのが分かる。
後ろは振り向きたくない、さっきより増えているのが音でわかるから。


あぁ…マサムネ連れてけば良かった…