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元たばこ屋夫婦のつれづれ

つれづれなるままに

第45回総選挙で政権交代が現実に

2009-08-31 | 煙草
   8月30日の第45回総選挙で、民主党が絶対安定多数を大きく上回る308議席を獲得。政権交代を確定させる大勝利を収めた。マスコミ各社の事前予想どうりの結果に驚くと共に、歴史を変える地殻変動の始まりではないかと興奮を覚えた。
   テレビ・新聞の大見出しもさまざま、「歴史が変った民主完勝」「政権交代遂に実現」「これは明治維新のような無血革命だ」「圧勝・民主政権始動」「麻生辞任・大物落選の阿鼻叫喚」「自民党湮滅・再生は出来ない」「公明小選挙区撤退ピンチ」「公明党もバチが当たって党崩壊」などなど、過激な文字が躍る。
   だがそんな簡単に歴史が変るものではないのも承知、敗れた自民・公明がやすやすと落ちるものではない事も承知の上でのこの騒ぎである。現在の日本の国情を、今こそ真剣に見つめ直すときであり、権利だけを声高に叫ぶのでは無く、責任をも考えるべきであろう。
    自民・公明の連立政権をあしざまにののしる前に、その政権を選んだのも
実は現在の国民であったことえの反省も必要ではないのか。ただ舵取りをまかし信じたのに、全て国民の為の名の下に国民不在の舵取りであったことに気がついての今回の行動であったのだと思うのだが・・・とにかくこれからの政治の動きをみつめていきたい。    

自公政権10年の歩みを見る

2009-08-17 | 煙草
   8月18日公示、30日投票の衆議院選挙は、いよいよ明日からである。政権選択の選挙と言われるが、それは同時に過去10年の自公連立政権の実績に我々が評価を下す時でもある。
   自民党は、「10年間で平均可処分所得100万円増」をマニフェストの目玉に掲げているが、では過去の状況はと調べると2008年までの9年間では、勤労者世帯の平均可処分所得は31万7千円近くのマイナス。更に10年目の今年は夏のボーナスの激変で更に可処分所得は減るのは明らかである。
   週刊朝日8月21日号で「自公政権10年間の総決算」と題して、ジャーナリスト松田光世氏が提示した資料を見ると、長期債務は約200兆円増。名目GDPは6兆円超減・・正に借金はし放題、GDPは伸ばせずとある。また景気の指標である株価は、自公政権スタートした日の株価から8月7日の日経平均株価終値を見ると41,4%のマイナスだという。
   一般企業で言うならば、財政収支は毎年大赤字で、売上げは減少しているのだから、経営破綻状態である。そんな経営者がマニフェストでどんなウマイことを言っても信用できますか・・・。
   麻生首相が言う「政権担当能力を政権選択の基準に」と言うことは、実は自らの首を絞める結果になるのではないかと心配するのである。

政権選択の夏に思う

2009-08-15 | 煙草
  都議選の歴史的大敗から麻生政権の迷走が続き、民意のかけ離れた政権与党のドタバタ劇場を最後に衆議院の万歳解散となり、いよいよ政権選択の衆議院選挙がこの8月末に行われる。
  全政党のマニフェストが出て、その採点をマスコミが取り上げているが、今回の争点は、マニフェストではなく政権政党の選択であろう。マスコミは選挙予想をあれこれ書き立てているが、どうなるか、それぞれが追い込みをかけてこれからが勝負であろう。
  それにしてもあまりにも長丁場の選挙戦である。少しだれ気味のところに酒井法子の覚醒剤事件が起こり、毎日のようにテレビ各社がニュースの争奪戦を演じている。なんでそこまで取り上げるのかと思うほど・・・いささかあきれている。たかが芸能界の出来事である。最も今は芸能人の全盛時代、どのチャンネルをひねっても芸能人が幅を利かせているのが現状。一億総白痴化の進行がただならぬのを感
ぜずにはいられない。

都議選大惨敗の自民党に思う

2009-07-16 | 煙草
   国政選挙の前哨戦として注目された東京都会議員選挙は、予想を上回る自民党の大敗と民主党の大躍進で幕を閉じた。ある程度予想された選挙結果であるが自民党の選対は、その判断が大甘であったと言わざるを得ない。
   その後の自民党の狼狽・迷走は、あまりにもひどい。みんなで担ぎ上げた麻生首相をぼろぼろにしながらの大幹部の右往左往は、そのまま自民党のリーダー不在を天下にさらしているのだが、それすら感知できないのは、情けないを超えている。
   永い間、日本丸の舵を取り続けた政党が、かくも無残な状態になるとは・・だがこの政党を支持し、全てを託してきたのは、だれあろう大多数の国民である。みんなが選んだ議員達の資質がさらけ出されている現実を、どうとらえるか、我慢しながらも今後の動向を厳しく見つめていく義務がある。
   そして今後の選択をどうするのか、極めて大事な局面を迎えることになることを知るべきであろう。日本の将来よりも党利党略、自己保身の事しか考えない議員は、国政ゆだねる任にあらず、その選択のマナコを磨かなければと思う。
   また、今日の政治風土を生み出した要因にマスコミの責任は大である。いまのテレビの喧騒は見るに耐えないときがある。全国に多くの知事が汗を流しているのに、宮崎県の東国原だけを取り上げる無節操。それに乗って恥をかいた自民党、
マスコミの報道の真意を判断する政治意識の向上を求められているのは私たちなのである。
 

都議選の選挙活動に思う

2009-07-09 | 煙草
   都議選が始まった。いつもと変らぬ選挙運動が繰り返されている。この頃になると必ずといっていいほど、見知らぬ人がニコニコと笑顔で店に入ってくる。二人乃至三人の婦人グループである。言わずと知れたある政党の投票依頼である。商店街の店と言う店を歩く「また来たよ、これで3組目だよ」が挨拶言葉になる。政治意識も薄いような人たちの選挙活動、ある宗教団体の会員の奉仕活動である。
都政の現状、問題点をどのように解決していくのか、立候補者の信念と都政への取り組み、そんなことは少しも知ろうともせず、知人が顔を出して頼まれたから一票を入れるという選挙が、いつまでもまかり通るのでは情けない。いい加減にしてほしいと思う。国政とも深いかかわりがあり、都民の生活に直結する都議選に真剣な一票を投ずるのは、都民の責務である。

未来の夢を語り合う社会を

2009-07-04 | 煙草
   このところ毎日のように夢を見る。それも日常生活とは、全く縁のない世界に飛んでの出来事。時空を超えるとはこんな事か。
   幸いにして、おもしろ楽しいので癒されるが、目覚めて何であんな夢を見たのだろうと思うことが多い。しかし人に聞かせようとするときには、筋立てがままならない、時には蜃気楼のごとくかき消えている。
しかし、高島平の義母は、記憶力が抜群で、日替わりで夢の話をする、まるで昔を偲んでいるように話し始める。途中から話を聞くと昔話かと思うが、さにあらず夢である。もっとも妻の一言は、その夢を砕くことがある。「あの話は、何回も聞いているので全部知っている」のだと、あとでそっとささやくのである・・・
   私は同じ夢を見たことがないが、人によっては夢もさまざま。人生いろいろ、夢もいろいろなのだ。
   ところで、夢は夢でも自分で描く夢がある。この夢は、未来に伸びる希望でもある。その夢に向かって全力で取り組んだ若き時代の爆走を静かに振り返りながら、なお現在も夢を追う熟年である。
   このところ、夢を持った人に出会うチャンスが少ないが、近いうちに会えるような気がする。とくに若い人の夢は聴くのも楽しい。果てしなく未来にのび続ける夢は、胸を躍らせる。
   商店街の現状、企業家の3ヶ月も仕事がないという深刻な悩み、日本の政界
の姿をみると夢が見えてこないのが寂しい。希望が大きくふくらむような夢が欲しいのは私ばかりではないと思う・・・

小池和夫氏のお別れ会に参列して

2009-06-30 | 煙草
   株式会社フレンテ取締役名誉会長・小池和夫氏のお別れ会のご案内を頂いて
6月16日(火)に千代田区紀尾井町のホテルニューオータニに商店街から一人参列した。会場は伝統と格調を誇るニューオータニ本館1階の豪華な大広間「芙蓉の間」であった。見上げるような76mの高天井・そして豪華なシャンデリアに飾られた会場中央に「小池和夫氏」の在り日の笑みを湛えた写真が、祭壇いっぱいにひろがる白い菊の花に囲まれて、待っておられた。まさに店に訪れられた時の表情そのもので、ひときわ懐かしさがこみ上げた。
   祭壇の前には、横に長い献花台が用意され、会場に入ると四列ごとに並び、
手渡された白い菊の花を手に順番を待った。その4列×4の12人が誘導されて祭壇前では一列になって献花となった。見上げると私はちょうど真ん中、写真の真下で献花をする栄に浴した。何たる巡り会わせであろう、万感胸に迫り手を合わせながらご冥福を祈った。
   その会場を後にするとき、舞台そで横の弦楽四重奏の奏者をみて、静かにながれる葬送の調べはここからであったと感じ入った。このあと、立食パーテイ会場「鶴の間」に案内され、参列者一同がそれぞれの場で、元気な在りし日の想い出を
偲び、グラスを空けた。その鶴の間には、小池和夫氏の足跡が、年表のように写真
と共にまとめられていた。
   氏は、長野県諏訪市の生まれ、韓国光州で育ち、終戦と共に引上げ、その後
に菓子メーカーに就職。ここでトップセールスとして名を上げ、やがて27歳で独立、菓子業界にその英才発揮の第一歩を踏み出した。1954年創業・1958年株式会社・湖池屋を設立。故郷の諏訪湖に思いを馳せ"あの大きな湖のような企業に
なるのだ"との思いを込めて社名を「湖池屋」とされたという。最初はあられ・おこのみ揚げ・などの製造から、日本人の嗜好にぴったりのポテトチップスを生み出し、それが大ヒット商品となり、東京のトップメーカから一躍業界のリーダー的存在となった。テレビをひねると湖池屋のポテトチップスのコマーシャルが流れ
出たという記憶がある。その株式会社湖池屋さんが地元成増の企業であったのは誇りでもあった。
    創業時の写真は、地元の人でなければ分らない、現在の社屋からは想像もつかない、なつかしいものであった。ポテトチップスの大衆化・馬鈴薯農業振興に関する功績が称えられ2000年には黄綬褒章を受賞しているの知り改めて創業者の素晴らしさ、その人柄を偲んだ。
    参列した多くの人たちのさまざまな感嘆の声を背に会場を後にした。さようなら小池会長・・・どこかの世界でまだ活躍しているのでは・・・



捨てられた子猫を探し当てた母猫

2009-06-27 | 煙草
   6月25日の午後10時、店から戻った高島平の自宅の玄関口が、いつになく土で汚れているのに不審を抱き、なんだろうと付近を見回してみると生後1ヶ月位の子猫がうずくまっていた。「あれ、だれがこんなところに猫を捨てていったのだろう、困ったね、でも可哀想だから牛乳でもあげたら」と言うので、手を差し伸べたら、後ずさりして狭い軒下に逃げ込んで出てこない、やむなくそのままとなった。
   翌朝7時頃、気になって、逃げ込んだ軒下を探したが、姿は見当たらなかった。「どこかにいってしまったようだ、でも自力で動いていくほどの力があったとは思えないが・・・」と言いながら部屋に戻ると、廊下の方から「みゅうみゅうみゅう・・・」と鳴く声が耳に入り、あれこんなところに移動していると探ると草花に挟まれてうずくまっていた。お腹をすかしているだろうと、少し温めた牛乳を小皿に落として出すと、また後ずさりするので、30センチばかり離して、扉を閉めて様子を見ることにした。
   すると別な泣き声がするので、ミルクを飲んで少し元気になったのかと、静かに戸を開けると、きらきらと目を光らせた同じ毛色の大きな猫がこちらを見つめて、たじろぎもせず私を見つめているのみて、子猫を探し当てた親猫と判断、だまって戸を閉めると、素早く子猫の首当たりを咥えて身を翻して去っていった。前の家の庭を通りぬけたようで、少しの間、猫の鳴き声がする方をさがしたが、わからなかった。
    子猫を捨てたのは、人間、必死に捜し求めて連れ去ったのは母猫のようである。無責任時代の現在の世相を風刺するようなある日の出来事、妻は大変感動して、何かを決意したようである。   

 

水漏れ災害に電気系統の故障でブログもストップ

2009-06-25 | 煙草
   二階に設置の給湯器の事故で、天井から水が流れ落ち、バケツを数箇所に置いて対処、工務店に緊急連絡で処理を依頼。二日目に原因を探り当て水が止まる。その騒ぎで階下の壁面、床、電気系統に被害が発生。そのあおりを受けてパソコンも一時、使用不可となる。したがってブログも休みとなった。
   現在、その修復工事にかかっているので、疲れ気味である。また北坂戸の弟の自宅リフォームの段取り決定までの一連の動きは大変だった。大量の廃棄物を生み出した整理では、妹を中心とする女性の力のすごさを改めて知る機会となった。
六月前半から息も抜けない連続の活動に不覚にも24日、めまいを生じて医者の手をかりてダウン寸前でふみとどまった。26日の本日、かねて申し込んでいた埼玉県戸田市の介護老人保健施設「コスモス苑」に介護認定1の弟を入所させた。面接を受けて入所生活の様子を知らされた後、この苑での最上級の個室に入り、担当職員の懇切な説明を受けて、本人も安心の様子を見せたのでひとまずホッとしたところである。今晩は久々に熟睡出来そうである。
   しかし介護の現場を見ると、急速な高齢者社会のひずみを感ぜずにはいられない。自らの健康管理をもっとしっかりしなければと言い聞かせながら帰途に就いた。   




プレジデントで「今こそ日本人の原点に学べ」特集

2009-06-09 | 煙草
   月二回(第二・第四の月曜日)発行のプレジデント6/15号では、創刊700号記念として、"今こそ「日本人の原点」に学べ"の特集を組み「先人の教えに触れると、わたしたちが日々、いかにちっぽけな悩みにとらわれすぎているかがわかってくる。忙しければ忙しいほど、迷いが深ければ深いほど、歴史書や古典を読んでじっと考えよう。歴史を深く吸い込み、未来に向けてゆっくりと吐き出す。それが迷いを晴らす助けになるだろう。」として、歴史・古典への入門を訴えている。
     平成に入ってから続いた不況、更に世界同時の未曾有の経済危機にさらされている日本。この難局をどう克服するのか。日本再生のヒントが、歴史をひもどくことから見えてくるのではないのか、かっても困難な状況を見事に乗り越えた経済再建の成功者が実在する日本である。国民の信託を受けた政治家、なかんずく指導者たる識者よ、今こそ激烈なる努力をするべき時である。

明治時代に"とうけい"と呼ばれた東京

2009-06-04 | 煙草
   江戸東京物語の中の面白い記事の中に、東京を「トウケイ」と読んだ文人がいたとある。その文人とは森鴎外、二葉亭四迷などで、鴎外の史伝中の傑作「伊沢蘭軒」の中で"九日(明治6年3月)。磐(いわお)は全家の東京(とうけい)に寄留せむことを静岡県庁に稟請し・・・・・東京(とうけい)に於ける寄留先は・・・麻布南日窪町医師伊沢信崇方・・・"とある。また二葉亭も有名な「浮雲」の一節に"捨てる神あれば助すくる神ありで、文三だけは東京(とうけい)に居る叔父の許へ引取られる事になり・・・"とある。
   何でこんな呼び方をしていたのかと言うと「一般的には西の京都に対する"東の京都"という受け取り方で"トウキョウ"だったが、漢詩文に親しんだ文化人の間には"トウケイ"派が多かった。これは漢文で、前漢の都・長安に対し、後漢の都・洛陽を東京(とうけい)という異称で読み慣わしていたからであろう」「明治の新政府は、京都人の反発を恐れて東京への遷都を公表しなかったが、北海道や東北地方を含めた新しい日本の首都として、ほぼ中央に位置する江戸=東京が首都にふさわしいと考えていた・・・」とある。
   京都・大阪の人の東京人に対する意識は現在も変わりないのかも知れない、プロ野球・阪神タイガースの東京巨人戦の球場を揺るがす異常なほどの熱狂的な応援に、その意識を垣間見るのは、私だけなのかな・・・





久々に温故知新の感動を味わう

2009-06-02 | 煙草
   北坂戸に出向いて不在ところに、中学時代のクラス会の幹事として共に支えあってきた友人が大きな病を克服して社会復帰の証拠を見せに店を訪ねて来てくれた。妻の報告では「少し痩せたようだけど、気力はいつもと変わりない様子、久々に歩いたので少し足が疲れたようだといっていた」とのことで、ほっとした。
   その彼が「興味あるのではないか」と、江戸東京物語(1~3)を三冊置いていったので、さっそく頁をめくって見ると新聞のコラムをまとめたような文体で、実に読みやすくすらすらと入るので、最後尾をめくると「本書は大成建設株式会社の提供で、1982年11月より<週刊新潮>に掲載中の、庭野静雄・羽鳥昇兵両氏による連載コラム「タワークレーン」を新潮社が編集したものです」とあり納得した。
   第一巻は、都心篇で日本橋界隈、銀座・築地界隈、丸の内・皇居界隈、神田・御茶ノ水界隈。第二巻は、山の手篇で赤坂・麻布界隈、新宿・四谷界隈、早稲
田・牛込界隈、本郷・小石川界隈。第三巻は、下町篇で上野・浅草界隈、本所・両国界隈、向島界隈、深川界隈、芝・新橋界隈である。
とりあえず第一巻から読み進めるが、最初から面白い「1972年代早稲田大学の学生3人が京都三条を出発し、野宿しながら東海道五十三次を歩き続け15日目の夜に東京・日本橋に到着した。500キロに15日かけているから、一日約33キロのペースである。元禄14年(1701)3月14日、江戸城中での浅野内匠頭が吉良上野介に対して刃傷に及ぶ事件が発生した。国許へ急を知らせるため早打ちカゴで原惣右衛門らが播州赤穂へ向かった。昼夜兼行のゆられ通しで国許家老の大石邸へたどりつくのが19日。155里(約620キロ)を5日たらずで走っているから、1日120キロ強のスピードになる。」「当時、東海道で一番の特急便は幕府直営の飛脚便だ。飛脚のリレーだが、最高56時間つまり2日と8時間で江戸から京へ駆け抜けている。」と。
   最近は花の箱根駅伝を中心に、駅伝ばやりであるが、先祖には並外れた体力と韋駄天が存在していた事を知り、驚きと共に昔の何かが欠けてしまった現在を見直すことにもなるやもと思いながらページをめくっている。

気にかかる老人ホームのトラブル急増

2009-05-30 | 煙草
  70歳になったばかりの弟の脳梗塞発症からはや3ヶ月、何かに追われているような日々が続いている。介護認定も要介護1との査定が下され、介護支援を受けながらの日々を送る生活に入っているが、埼玉県北坂戸の一人住まいなので万全とは言い難い。心配を始めると際限なく不安が広がるので、きちんとした有料老人ホームを探し始めた。妹・弟たちも同じ気持で、一緒に飛び回ってくれている。
  探している我々も60代から70代、体力気力も壮年期の活力はないが、ハンデを抱えた弟の姿が浮かぶと自然に体が動くのである。しかし無理は出来ないのはそれぞれが認識しているので、早めに道をつけねばと、インターネットで検索した上で数箇所の施設を見てまわった。施設長の説明も明快で、良いとこずくめに見えるが不安もある。高額な入所金、月々の基本の使用料、介護サービスの判断などなど、きりがない。
  そんな最中に朝日新聞一面に「老人ホーム苦情急増・10年で5倍・入居者保護、後手」の記事が出た。1998年からの統計では、5倍以上。年間400件を超えていると言う。主なトラブルは、入居時に払う保証金などの返金や解約の事項。また介護型なのに健康状態が悪化すると退去を求められた。待遇は説明と現実の差が大きい。などなどである。「可能なかぎり見学や体験入居をしてからの契約を・・・」との注意がでていた。
   さっそく、これを実行に移してみる事にする。何事も初めてのことであるが将来に必ず生きると思う。 



  

国際法・露骨に無視の北朝鮮核実験

2009-05-27 | 煙草
  異常な気配と報じた北朝鮮が國際法を露骨に無視して、25日・2回目の核実験を実施。更にこの後日本海に向けて短距離ミサイル3発を発射している。これに対して26日、国連安全保障理事会が緊急会合を開き、制裁処置を論議するという。米国・中国・ロシアをはじめ世界各国から非難声明が出されているが、こんなことに耳を貸すような北朝鮮でないのは、はなからわかっている。
  非難声明は、何時も声高だがその効力は、はなはだ頼りない。いつも腰砕けである。我々が感ずるのだから、北がたじろぐ事もない、無視を続けてわが道を行くであろう。事実タス通信によると、25日在モスクワ北朝鮮大使館当局者は"米国とその同盟国が、我が国に恫喝政策を続けるなら、新たな核実験を行う可能性を排除しない"と述べて、今後も核実験を続ける考えを示唆しているのである。
  今回の事件で、一番気にかかるのが日米韓の情報ルートの緊密度である。新聞に公表されたなかに「北朝鮮のミサイルや核をめぐって、米軍から事前に何の情報もなかったことは初めてだ」と言う自衛隊幹部の戸惑いである。
  「日本にとって北朝鮮情報は、米国と韓国が頼りで。自衛隊幹部は年に数回、米軍幹部と、また韓国軍幹部と別々に情報交換をおこなっている。ただ同盟関係がない日本に韓国が、重要な北朝鮮情報を明かすことはない。その代わり韓国は、米国とは緊密に情報交換しており、これまでも"韓ー米ー日"というルートで日本に情報が流れてくることが多かった」と読売新聞5月26日朝刊に報じられている。
   これからすると自衛隊幹部の戸惑いは、何を物語っているか、日米同盟の絆が揺らぎ始めているのは疑う余地がない。日本丸の舵取りを託している政権担当責任者の能力は大丈夫なのか、極めて心配である。
 

小沢一郎氏は本当にワルなのか・・・

2009-05-22 | 煙草
  インフルエンザ騒ぎで少しやわらいだのが、小沢一郎氏への攻撃である。大新聞はもとよりテレビが毎日のように執拗にとりあげているなかに、日刊ゲンダイだけは、比較的冷静にとらえ、また擁護の論調を掲げているのが注目される。
  「国策捜査の声が絶えない秘書逮捕の中で、なぜマスコミは闇将軍とか古い体質の政治家などと叩くのか」「大マスコミが捏造する怪しい世論とは反対に、巷の多くの選挙民は小沢一郎の反官僚・脱官僚政治の実行に大きな期待を抱いている」
「民主党には彼は絶対必要人物だ」などなど。
  5月23日号では、一面トップで「小沢一郎は悪(ワル)なのか」と、取り上げて、上記のタイトルが大見出しと囲みタイトルで埋められている。ベタ記事のなかでも「実際問題、小沢一郎がいなければ、民主党が政権を奪取することは難しい。仮に政権交代を実現したとしても、日本の政治を変えることは不可能だ。ジャーナリストの角谷浩一氏が言う。"小沢一郎が代表に就いてからの3年間で、民主党は見違えるほど成長しました。頼りないサークルから、筋肉質の体育会に脱皮した。バラバラ、足の引っ張り合い、頭デッカチの若手議員が勝手なことをやる民主党を束ね、政権をうかがう政党にまで育てたのは小沢一郎です。国民も小沢代表に期待したからこそ、参院選で圧勝させ、与野党を逆転させたのでしょう。もし小沢一郎がいなかったら、いまの民主党はない。それに、たとえ政権を取ったとしても、小沢がいなければ、巨大な官僚組織に太刀打ちなど出来ないでしょう"」と。
  また「もし、政権交代の必要性を感じているのなら、いい加減、ヒステリックな報道はやめるべきだ。賢い国民は、小沢一郎が旧田中派出身であることも、ゼネコンと関係があることも、毀誉褒貶が激しい政治家であることも分っている。それでも政権交代を実現させ、腐敗堕落した自民党政治をぶっ壊すには、豪腕の小沢一郎を使うしかない、と感じているのだ。小沢不在の民主党では、どうにもならないと知っている。政治評論家の山口朝雄氏が言う。"大マスコミは、西松事件に執拗にこだわっていますが、すでに法廷に持ち込まれているのだから、まずは判決を待つべきです。しかも多くの専門家が「国策捜査だ」「有罪にするのは難しい」と捜査に疑問の声を上げ、逮捕された公設秘書も容疑を否認している。それでも小沢一郎を攻めるのはフェアじゃない。それより何より、衆院選まで残り4ヶ月。この先、日本の政治がどうなるか、大変な時期に突入している。このまま官僚が支配する自民党政権を延命させるのか、それとも官僚政治の打破を訴える民主党に政権交代させるべきなのか・・・。大新聞・テレビは、そうした大切なことこそ、国民に伝えるべきです。大マスコミの報道は、わざと国民の視線を本質からそらしているとしか思えません」と。考える大事を提起しているのではないかと思うである。