goo blog サービス終了のお知らせ 

元たばこ屋夫婦のつれづれ

つれづれなるままに

タバコの話題・震災で主要銘柄に欠品が?

2011-03-25 | 煙草
     地震関連の話題ばかりだが、長年、お世話になったタバコ業界のニュースを一つ取り上げる。3月25日に日本たばこ産業は、タバコの全銘柄97品目の出荷を3月30日から4月10日まで一時的に停止すると発表した。

     これは、今回の東日本大地震で、全国6工場の内、2工場が被災した為で、その復旧に時間がかかることが判明。銘柄によって欠品が生ずるためで、この処置を講じたようである。小売店の在庫は、このところ押さえ気味なので、出荷停止期間には店頭から姿が消える銘柄がでる気配。

     4月11日からは、6,7銘柄の出荷を再開、5月中旬になってマイルドセブン・セブンスターなどの主要銘柄25製品が出荷できるという状態。なお、ピアニシモなどの72銘柄は出荷再開のメドが現状では立っていないという。

     被災工場は、宇都宮市と福島県郡山市の2工場。建物や生産設備が損傷、操業が出来ない状態。また,タバコの半製品やフィルターなどの材料にも生産工場の被災や、東京電力の計画停電による操業縮小など、今までにない事態が発生している。
 
     5月中旬に出荷の予定の銘柄25品目は、タバコ売上の65%を占めているもので、東海工場などの残りの工場で総力を挙げるようである。大変なのは各地域の担当者、この事態にどう処して行くのか頭を痛めていることであろう。お世話になった担当者の姿を思い浮かべている。
     
     そして今回の地震の被害がいかに未曾有の事であったか、広範囲に及んでいるかを知る。
 

大幅値上げでも喫煙者は減らず

2011-02-09 | 煙草
     昨年10月に行われたタバコの大幅な値上げは愛煙家に大きな負担を強いた。その後の喫煙者の動向に注目する厚生労働省研究班は追跡調査をしていたのだ。その調査結果が新聞で報道されていたが「禁煙ではなく、節煙にとどまったようだ。」との見解が示されていた。
     鳥取大学の尾崎米厚・准教授(環境予防医学)等は、昨年11月から12月にかけて、全国から無作為で選んだ成人男女1146人に喫煙の有無や喫煙本数などを面接調査した。その結果、値上げ前の一昨年の同じ月に調べたデータと比較したところ、喫煙率は値上げ前後で殆んど変化が見られなかった。
     一昨年の調査時には、値段が2倍になったら禁煙するとの回答が男性36.8%女性53.9%もあったが、、この決意は守れていないことが判明。ただ、喫煙本数が少なくなった事が記録されたという。
     愛煙家と共に大きな打撃を受けたタバコ小売店の売上減少は、その後も続いている、タバコ産業のいばらの道もまだまだ続く。予防医学の旗をかかげての調査は、何を目論んでいるのか、片手落ちのタバコ行政の次の手が注目である。

高齢化社会とさびれゆく商店街の姿

2010-11-16 | 煙草
    このところ、車を休ませて、自らの足の力を活用している。昨年から申請して取得した「東京都シルバーパス」を生かして都営の交通機関を利用。体調管理と周辺の道路のつながりを確認する楽しみしを覚えた。
その反面、また厳しい現実を直視することも多くなった。ひとつは高齢化社会の急速な流れである。利用始めたバスに乗ると、日中の利用者のほとんどが、シルバーパスを提示している。ゆっくりした乗り降り、耳に入る会話も生活疲れのぐちが多い。なんともいえないよどんだ空気が充満している、たまに明るい元気な会話にほっとする。駅に出て行き交う人々をみても、心なしか肩が落ちている熟年が多い、はつらつとした若い人の姿を探している自分に愕然とする。
    自分が商店経営をしていたので、外出するといつのまにか足は商店街に向く。人の流れ、店内の品揃え、雰囲気、客足の状態、店主の明るさ、瞬時にみてとる。このところ、
気がかりは寂しい商店街の姿が多くなってきたこと、地方ばかりではない都内のいたるところに衰退の影が忍び寄っている。かって商店街はその街の顔と言われたが、その顔が消えていくような危機感をおぼえるのである。






































さようなら・・・最後の自動販売機を撤去

2010-09-23 | 煙草
   9月22日の正午、最後の自動販売機の撤去が始まった。作業服に身を固めた業者が2名、約束より30分早く到着。照りつける日差しをものともせず、段取りもすばやく、まるで流れ作業をみるような手さばきに感心する。気持ちの良い撤去であった。
   作業車に乗せられた自動販売機を見送り、”さようなら”の言葉をつぶやきながら寂しさよりもなにか踏ん切りが付いた気持ちになった。
   午後からは店内の飾り棚の取り外し午後1時に業者が顔を出した。大型看板の取り付け・撤去を専門としているそうで「業界の大手とつながりがあるので仕事が切れないが、独立の看板屋さんは経営が厳しい」という。そんなやり取りをしながら、作業を見守る。店内なので取り外しも順調、小さな修復で完了。広くなった店舗を見渡しなが忙しかった在り日に思いを走らせた。やはりさびしいのだ・・・
   その中に国政調査資料一式が箱で送られてきた、近所の担当者にはすでに三日前に届いているので、心配して板橋区役所の統計資料課に問い合わせをしていたので一安心。直ちに国勢調査のお知らせを担当地区に配布した。昔のアパートが多いので調査が大変のようである。とにかく決められた通りの職責を全うする。
   店舗閉店と国務の作業が重なっているので、ここしばらくは自分の自由時間が制約されると覚悟している。店の残像がすべて消えたこの日・9月22日は記録に留めおかねばと思う・・・

自動販売機2台撤去いよいよ残り1台

2010-09-08 | 煙草
   7日の午後3時、かねて連絡があったフィリップモーリス社の自動販売機2台の撤去が行われた。急に視界が広がると同時に妙な寂しさがよぎった。いよいよ残りは1台。二週間後の22日に業者が入る予定である。
   立会いの為に店を開けると、通りかかったなじみの方が声をかけてくれる「夜はこの店の明かりが落ちて、真っ暗。寂しいという表現では物足りないくらいショックですよ・・残念です・・・」と。何か悪いことをしてしまったような気持ちが生ずるが・・・「いやいやこの店はそれだけの存在感があったのだよ、光が消えて初めて失ったものの大きさを感じているのだよ・・・本当にご苦労様でした」とその決断をたたえてくれる方もいる。
   会社勤めだと定年があるが、自営業者にはその決まりがない、それだけに難しい。会社勤めの人からは、羨ましがられたこともたびたび、商人の自負心がくすぐられ、疲れを忘れて頑張ってきたのだが、70歳代に入ってからの体力・気力の低下は如何とも出来ず、ついに閉店に至ったのである。
   思うに商業環境の激変と消費者動向の変化はあまりに大きく、その流れを見失い転換も出来ずに苦闘する老いた商人仲間の多いこと、将来の街の事をを考えると、その顔ともいうべき商店街の加速的衰退は必ず大問題になる時が来るであろう・・
   閉店の挨拶状を読んだ方から「よく決断されましたね、”開店するよりも閉じるときのほうが、何倍も大変だぞ”と、つい最近同業の先輩に言われたので・・実は自分たちも検討段階にきているが、なかなかふんぎれないでいるんですよ」と・・・。なんと応えたらいいのか戸惑う日々である。

にぎやかな送別会に感謝

2010-09-05 | 煙草
   9月2日の午後7時、商店街のスナック静で、高島平に移る私たち夫婦のために送別会を開いてくれた。第一町会の理事・松村氏と商店街の前会長吉田氏が発起人となって20名の方が参加、2時間に亘りにぎやかに談笑・途中からカラオケも入って一段と盛り上がり、終始笑顔につつまれるなか、午後9時・盛大な拍手に送られて会場を後にした。
   町会関係者7名、商店街の仲間13名の顔ぶれをみて、ここ成増での歩みを思い出していた。振興組合当時・一緒に汗を流した行事の数々、話は飛び飛びであるが、楽しいことの話題は,昨日のようによみがえるものである。
   「涙を流す、しめっぽいのはさけて下さい」と頼んだかいがあって、笑って笑っての集いに大満足であった。色紙を回してのサインの数々をいただいて、新しい生活への勇気が湧いてきた、何よりの記念品である。皆さん有難う・・・。

タバコ自動販売機の撤去始まる

2010-09-05 | 煙草
  またまた折角打ち上げた記事が投稿と同時にどこかに消えてしまった。なぜこんな事態になるのか、不明である。設定のミスではないのかと調べたが、異常は見当たらなかった。
仕事の合間をぬってのことなので、残念である。
  気を取り直して、最終日の店の状況をまとめてみる。8月31日は火曜日、東京信用金庫の小高君が、最後の入金受け取りに顔を出してくれる日。前日までの売上からの入金である。その時もとき、裏手の常連客の一人・小高氏が来訪、顔を合わせた。偶然のこととはいえ不思議な出来事であった。
  この直後、商店街の中央のヘアーサロン・イワタを経営する岩田夫妻が、大きな花束を抱えて別れの挨拶に来てくれた。添付された小さな封書を開くと「もうすぐ9月ですね、白石さんの店がなくなってしまうのはとても寂しいです。長い間お世話になりました、有難うございました。お体に気をつけて、ご家族との時間を大切に過ごしてください。」とあった。二人の結婚式に招待されてからのふれあいであるが、こんな気持ちでいてくれたのかと胸を熱くした。
  このあとは、顔を見せてくれる人の大半が常連の方で、「今日が最後ですね・・・」との別れの言葉と激励を重なり合うようにいただいた。中でもびっくりしたのは、横田伸二氏中学時代から顔を出してくれていた長いお客さん、どちらかというと無骨なタイプだが、突然「お餞別」を置いて去った。何でこんな気持にさせたのかと慌てたが、なんともいえない感情がこみあげてきた。
  続いて小森さん親子が訪れた。舟和の芋羊羹の包みに「タバコ屋のおじちゃん・おばさんに」との幼い文字がきざまれていた。”今日が最後なので・ご挨拶に来ました、いろいろと子供たちが可愛がって頂きまして、有難うございました。ほんのきもちばかりですが・・寂しくなりますが・・”と挨拶を頂く中に、小学3年の美貴華(みきか)ちゃんが涙をぽろぽろ流してこちらを見つめて動こうとしない、その姿にひかれて・抑え切れない感情があふれ出て、もらい泣きをしてしまった。お母さんに諭されて、手を引かれて泣きながら去っていく後姿を見送りながら、また涙があふれ出た。                     この後に親子ずれで顔を出してくれた高橋さん、”お体に気をつけて元気にお過ごしください”と健康米セットを下さった。横に立っていた娘さん、”ちいさい時によく付録を頂き嬉しかった・・”と言葉を添えてくれました。些細なそんなことを思い出してわざわざクルマで来てくれたのである。
   ボランティアの活動をされている桜井さん、アレンジした花を手に立ち寄ってくれた。立川から足を伸ばしてくれた女性である。その合間を埋めるように立ち寄ってくれた日本たばこの担当者二人の心のこもったアドバイスと激励は、外国タバコの担当者とは比較にならないものであった。
   一番驚いたのは、板橋区役所の尾科さん、わざわざ高級酒を携えて挨拶に来てくださったことである。商店街の振興組合設立からその後のイベント・特にアーチ完成の式典に石塚区長をお招きするに至るまで、汗を流してくださった方である.躍動していたかっての商店街活動の在り日が鮮明によみがえった。現在は担当部署も替わり課長として活躍されているのに、貴重な時間を割いてくださったのだ・・・。感激でいっぱいになった。
   商店街の常連さん、綱島タバコ店さん、最後のひとときを惜しんでくれたこと忘れません。自動販売機の撤去・日本たばこから始まり、9月2日の午後に一台・姿を消した。長い間ご苦労様、綺麗にほこりを払った。さようなら・・・。残りはあと3台である。



心に響く惜別の声

2010-08-30 | 煙草
   いよいよ閉店まで数日、店先に設置の自動販売機4台の撤去準備に入る。タバコを抜き取り在庫商品に加え、商品管理は完了。あとは閉店の日まで売りつくすだけである。
   一つ一つ片付けるたびに、店の空間が増える。「こんなに広かったのだ・・きれいな店だね、ああもったいない」と、しみじみと見回す。片隅に設けた席を勧めると、ほとんどの方が腰を落としてくれる。普段は立ち話だけだった人が、ゆとりからか、心に触れる語りを残してくれる。それが何よりも嬉しい贈り物である。
   左隣の渡辺さん夫妻、お子さんを連れて挨拶にこられた。フラワーアレンジメントの贈呈を受け「ここに移ってきて隣が白石さんで本当に良かった。色々と大変お世話になりました。こんなに早く別れが来るなんて思いもしなかったのに・・・」その言葉を聴きながら出会いから今日までの触れ合いのさまざまを想起していた。貴重な生活体験を生かして将来に夢の実現を祈るばかりである。
裏手の板倉さんからは、お母さんが見えた「娘から預かってきた物です、色々と親切にして頂き有り難うございました。この店が無くなるのはたまらなく寂しいけど・・・どうぞお元気にお過ごし下さい。」とのご挨拶と「虎屋の羊羹」を頂いた。毎日、愛犬数匹を二手に分けて朝夕運動に出る若き婦人、わざわざ池袋に出ての心配りである。
   和光市の若き美女・境野さんからは「白石様・お疲れ様です」とのコメント付きの可愛いフラワーアレジメントを頂いた。タバコを介しての出会いである。成増駅と自宅は自転車で結ぶ、その途中に当店があったのである。いつも微笑を絶やさなかった・・・あの微笑は忘れない・・・。
   こんな中に、きちんと店に立ち寄り、「最後ですね、長い間お世話になりました。お元気に楽しい生活を送って下さい」と挨拶を下さる方が、次々に見えた。普段は口の重い人が、改まってのご挨拶に、こちらも二人で答礼である。あの青年が、きちんとした挨拶をくれるなんて、いつの間に成人になっているのが嬉しかった。
      

次々に来店くださる方々の語り

2010-08-28 | 煙草
   8月25日を過ぎると、注文を出してくれた常連のお客様が次々に来店くださり、パーセルで5本・10本・20本・50本と抱えて帰られた。今のところ一番多い方が100本、ダンボール2箱、次が50本でダンボール1箱である。
   そして「これが最後かと思うとなんとも寂しいよ・・」と言いながら、必ず・この店に通い始めた頃からの数々の思い出を語り始める。老年の方々は、何故か生い立ちからの歩みにまで遡って、昔を懐かしみ始める。そして椅子に腰を落とすと30分・50分。その間に出入りする人々との会話で途切れるが、かまわず語りつくし、思いを遂げたような満足げな表情で席を立つ。
   7月で雑誌・新聞の販売を打ち切り、来客数が減ったことから、じっくり応対できる喜びが生まれた。そればかりか、戦前・戦後の歴史的な話題に遭遇したり、貴重な体験談に引き込まれたりするのである。
南満州鉄道の募集に15歳で挑戦。親元を離れ海外での厳しい試練に耐え、終戦後・民間人として引揚げてきた生々しい苦闘の体験を通して現在の政局批判に至る。また夫に先立たれてからの生活の変化と、悪戦苦闘の中で掴み取った今日の充実した生活ぶりを披瀝する婦人。もと大手デパートの営業担当責任者のバーゲンセールの仕組み、カラクリのような不思議な世界を泳ぐ、生々しい語りは、時を忘れる。
   焼きたての鯛焼きを持参してくれた若夫婦、下赤塚駅前の商店街の一角で「鯛焼き」の店を開いているという、将来の夢に向かってのひたむきな商人魂があふれていた。会社勤めから独立して箱型の商用車で自動車部品の販売に汗を流す30代の方の結婚報告などなど
お店での語りは実に楽しい。あと数日でこの語りとも別れがくるのだ・・・
 

商店街の長・横田氏の来訪

2010-08-23 | 煙草
   成増北口商店会の発足当時から役員を務めた横田氏、三代目の鈴木会長の時には副会長、その実力を認められて会長に就任したのが昭和50年代初期。以来平成8年の振興組合設立に理事長として就任するまで会長職を全うした人物。
   振興組合活動は、まさに法人化にしての真剣勝負の一年一年であった。事業計画の組み立て、予算のバランス、円滑な役員人事、商店街の活性化、地域に溶け込む商店街への模索。掲げる理想と現実のギャップに悩み,苦しみを分かち合った同士である。
   「九月二日の集いに出られないのでと・・・」といいながら、箱入りの桃を持参で顔を見せてくれ恐縮した。「私とあんた、どっちがかけても、あの事業はできなかったね・・色々な事で話し合い、悩み、打開して事を成してきた。あの当時の迫力がなつかしい・・」
「今の商店会は、その面影もない。商業環境の大きな変化に問題山積で大変だ・・・」など等現状を分析する・・・。
  商店会長を退いたとはいえ、やはり商店街の事を忘れられない長である。ただその横顔に苦渋の影があるのが気がかりであった。

商店会活動を支えた根岸夫妻の来訪

2010-08-21 | 煙草
   金曜日の夜、商店街の中央で(元印書館に近い)ヘアーサロン・ケントを開店されている根岸夫妻の来訪をうけた。丁度店も閉じたところで、久々に何の気兼ねもなく楽しい語らいの時が生まれた。
   二人は、商店街仲間ではどちらかというと穏やか、仕事は誠実そのもの・黙々と筋を通す人柄。振興組合設立から数々の事業展開の推進を、大きく支え続けてくれた。特に誰も引き受けたがらない会計の重職を連続して勤めてくれたご主人、婦人部をまとめて商店会の前線で活動続けてきた奥さん。振り返ればその存在の大きかった数々のことを思い出す。
   「声をかけてもらった9月2日の集まりに出られないので、今日二人で出てきました」との挨拶を皮切りに、にぎやかな談笑となった。
    話題は商店街の過去の活動から、あちこちに広がり・ときには飛びにとんで、旅の出来事、それぞれの家庭での一こまを映し出した。時のすぐるのも忘れかけて、10時を過ぎて席を立ちました。そのなかに、店の経営の中で老父母の介護をしながら、少しもそれを表に出さない二人の心根の優しさ、二人の絆の深さを目の当たりにした。
    高島平に戻る車の中で、改めてこの成増の地には、私たち夫婦の生きてきた多くの歩みが深く刻み込まれていることをかみしめた。だから、ここを出るのは、店を閉じるのは、たまらなく寂しい・・・。

成増商店街の長老のつぶやき

2010-08-20 | 煙草
   昨日のこと、商店街の長老のひとり戸村氏が顔を出してくれた。商店街の坂上で割烹料理店を開いている店主、その前身は鮮魚店で、生き生きと魚をさばいていた人。酒が強く宴席では必ず美声を披露するにぎやかな人である。80才を超えた現在は、やや老いが見えるが、現役であることには変わりはない、今も商用車で走り回っている。
   「閉店のご挨拶を頂いたので・・・ 私も考えていることがあるので、そのときは、きちんと挨拶が出来るようにと・・・」「それにしても、ここまで大きくした店を閉じるのは大きな決断をされたね。・・・」との始まりから商店街活動に入り「あんたは元気だったね、商店街の活性化を叫んで、次々に事業を起こして進めたときは凄かった。少し反発を感じたこともあったけど、ぐんぐんやり遂げたものね・・よく頑張ったよ・・・」
   商店街の法人化に取り組み、振興組合を設立。そこから始まった事業の数々のことを、見ていてくれたのである。一緒に汗を流した役員の方々の姿が鮮烈によみがえって胸が熱くなった。

思いがけない手作りのプレゼント

2010-08-19 | 煙草
   パソコンの操作ミスなのか、昨日打ち込んだ記事が失われているのに気付いたのが只今、19日の午後4時45分、まだまだ未熟なのです。ぼやいてもしょうがないので、ふたたび気をとりなおして打ち直しである。
   お客様の言葉は、率直で飾りがない、それだけに味があり・深みがあり・心に響く。「先代のおじいちゃんを知っているよ、商人そのものの風格があったよ、大きな風呂敷包みを背負って成増駅まで歩いていた姿を記憶している。上野に店があるとか・・・」「その後を引き継いだのが娘さんだったのだ・・」「その頃はあんたの顔はみえなかったね・・」
   昭和39年の開業であるから、40年代に入っての事を知っているお客さん。相当長いご利用である。ありがたいに尽きる。「タバコの値段も信じられないくらいに上がってね、何でなのかと、そのつど疑問を感ずることがあった。最近にいたっては、タバコは健康に悪いとかで、まるで吸うのが悪い人のような風潮、おかしいのではないか、私はこのように元気
で、仕事の合間の一服は堪えられないね。なんでも食べすぎ・飲みすぎ・吸いすぎがいけないんだよね、タバコだけをとやかくいうのはおかしいね・・・」
   「ところで、さびしいねーここが無くなると商店街も暗くなるね、タバコ屋はさがせばあるけど、心を許して話し込めるところは、めったにあるものじゃない、それが残念だ」と肩を落とされた。こんな話を聞かされると、たまらなく寂しくなるのはこちらなのです。
   そんな中に、自転車で飛んできた熟年男性、「ああよかった間に合った、長いあいだお世話になりました、新聞・雑誌・タバコをここで買っていました。閉店のご挨拶を受けて気持ちを表そうとこんなものを作りました、受け取ってください」と差し出された袋には、手作りの筆立てと小さなテッシュー入れの箱二つ、あわせて三個の品物でした。手作りとは思えないきれいな仕上がり、しかも箱底に工夫がされていました。きちんと製作者の刻印が押されていました。その製品を手にしながら、なんともいえない感動を覚えました。早速礼状をしたためました。お客さんの一人として商人の当然の礼を取っていたのに、こんな気持ちで私達を見ていて下さったのだと・・・。


閉店によせて、心に残る言葉の数々

2010-08-15 | 煙草
   閉店の挨拶状を郵送配布したのが、7月1日であるが、どうしたことか届きはじめたのが3日の午後。1日に届くようにわざわざ6月30日、板橋西郵便局の窓口に直接持ち込んだのに、この有様。不審に思い局に理由を尋ねると、ふてぎわが生じて配送遅れを出してしまったとの事、翌日この配送遅延が全国的であることがニュースになっていたのには驚いた。
   これに併せて来客の方々に、言葉をおかけしながら一枚一枚、挨拶状を手渡しました。「えーえーうそでしょう、なぜなの」「嘘うそ、そんなことダメです」「信じられない、信じられない・・・」「やめないでください。何とかならないのですか」「さびしい、さびしすぎる・・・」・・・・・矢継ぎ早に浴びせかけられる言葉に「事情はこの挨拶状にしたためました、どうかご理解ください・・・」と、頭を下げるのみでした。
   こんな状態の日々が7月中は続いていました。中にはその場で挨拶状を開き「残念ですね、でも事情を知ると、わがままいえませんな、ここえ来るのが楽しみだった、声を交わして何かと話題が生まれ、疲れが取れる店が出来たと、娘に話していたのに・・・8月いっぱいでおわりになるんですね・・今日は雑誌とタバコを買って行きますよ」
   「おじさんの店に来たのは、中学生の頃から週刊誌を買いに自転車で来ていたんです
よ、あれから20年になるかな、今はタバコと週刊誌。いろいろお世話になりました・・」
と下田さん、そのあと長い間ご苦労さまでしたと「シュークリーム」を届けてくれました。
「僕が本屋として始めて入ったのが、この店、コミックを友達をと一緒に買い求めて、後ろのタイヤ公園でみんなで読んでいたんです、なつかしい想いでがあるんです、今は中南海を買いに来てますがね・・」と大石さん。
   「お疲れサマ・・暑いのにご苦労様・・これから出勤ですか、いってらっしゃいとさりげなくかけてくれたあの一言が僕にとっては元気のもとになりました、有難うございました。この店がなくなるのがたまらなくさびしい・・・」飛騨高山から上京・就職しているA青年。いつもアメリカンスピリットを愛用している。
   競馬新聞と雑誌を毎週買い続けてくれたKさん、「介護は大変です、これは実際にされてる人しかわからない問題です。しかも自宅での一緒の生活は、忍耐の要ることですね
どうかご自分の生活も大事にして下さい・・・さびしいけれど・・・」と。(続く)

 


「奥さん、ほんとに店やめちゃうの」

2010-08-14 | 煙草
    「そうなのよ」「どうして」
   「もう年だから」「まだ若いじゃない」
   「私は若いわよ。でも主人だって74才過ぎてるのよ」
   「ここに住んでいるんじゃないの」「私の実家から通って
    いるのよ」
   「そうだったの」
   「94才の母がいてね」「長生きねェ。でも元気なんでしょ」
   「90過ぎて元気なわけないじゃん」「そりゃそうだ」
   「主人がやさしいからこうやっていられるけど、通い店っ
    て大変なのよ」
   「ここ住んでいるんだと思っていたわ」
   「母からもサインが出てるし、自分も体力的に限界なの」
   「商売は続けたいと思うけどなかなか思い通りには行か
    ないのよ」

    店を何年か前にやめた年上の人がケーキを持って来
    てくれました。
   「私は1年前からやめることを決めたんだけどね。ひと月
    前まで悩んでいたのよ」
   「ほんとに店をやめるのは大変だと貴女が言っていたけ
    ど今その最中なのよ」
   「長い年月、自分が努力してきたのをやめる時の気分と
    いったらなかったわ」
   「つらかった」「あの時、私に相談に来たもんね。70才にな
    るんだから、どうにか食べていけそうならやめなさいって
    言ったわ」
   「そうね、でもこの通りでこの店が閉めたら本当に暗くなっ
    ちゃうね」

   閉店を表明してから、近所の人や友人たちが来てはおし
   ゃべりをしていきます。
   主人と閉店にあたって、近隣やお客さんに300通近くの人に
   文書で出そうじゃないかと話し合い、そのあとは店の前を通
   る人が声をかけていってくれます。ずい分多くの方々と親し
   みふれあい、守られてきたと心から感謝しています。

   でも物事には大抵始めと終わりがあります。
   入学があれば卒業。入社があれば退社あり。
   私たち商人は自分でやめる時を決めねばなりません。
   その時なのだと自分に言い聞かせ閉店準備に忙しく過ご
   す毎日です。