京の一枚

京都 晴明ゆかりの名所-3


6)真如堂(しんにょどう)




真如堂




晴明蘇生の図 ・・・蘇る晴明、その伝説に迫る


晴明神社から北へ5分。


「堀川今出川」のバス停から203系統に乗り、東へ約20分。


「真如堂前」(暗くなったら「錦林車庫前」からの方が無難)下車。


橋を渡って北西に、石段を上ると真如堂(9:00~16:00・拝観\500-)にたどり着く。


本尊は阿弥陀如来、紅葉で有名なお寺だが、ここに晴明が閻魔大王からいただいて蘇生したという秘印と晴明蘇生の掛け軸がある。


さらには晴明の念持仏と伝わる不動明王像が安置されている。


この中で常時拝観できるのが、内陣に安置されている「晴明蘇生の図」の掛け軸。


閻魔大王の従者からうやうやしく金印を受け取る黒の束帯姿の安倍晴明と、瀕死の晴明を助けた念持仏の不動明王が色鮮やかに描かれている。


江戸時代に『真如堂縁起絵巻』を参考に描かれたといわれるこの掛け軸。


原本は従者が巻物を持っているのに対し、掛け軸の方は印に変わっているそうだ。


掛け軸の下には晴明がいただいたといわれる御朱印が展示されている。


本堂では五芒星が刻まれたこの御朱印と由来書(\400-)がいただける。


由来書によると、「真如堂の不動明王は安倍晴明の念持仏で、晴明が亡くなった時に、不動明王が閻魔大王に晴明の命乞いをする。


閻魔サマはこの願いを聞き入れ、晴明に横死の難を救い、亡者を極楽浄土に導く秘印を与える。


これにより晴明は生き返る。


不思議なことにその金印が晴明の懐に入っていた。


晴明はその後85歳の長寿を保ち、秘印によって、人々の苦しみを救った。


大往生の後、秘印と不動明王像は真如堂に納められた」


また『真如堂縁起』(7/25のみ公開)には後日談が記される。


「『室町時代に晴明の子孫・安倍有清が天皇に真如堂の不動明王像の返還を求め、勅使が真如堂から唐櫃に入れた不動明王を運び出す途中、鴨川辺りで櫃が急に軽くなり、帰って開けてみると中身は空。


不動明王は真如堂の方に戻っていた。


それを聞いた天皇も諦めるように晴明の子孫におっしゃった。」


そして晴明の念持仏は真如堂に安置されて今に至るそうだ。


この不動明王は11月15日にのみ公開されており、残念ながら今回は出会えなかった。


が、ちょうど紅葉も美しい時期。


再び訪れて、ぜひとも拝見してみたいものだ。







7)陰陽寮跡(おんみょうりょうあと)




・・・散策のひとときに晴明の通勤体験




楓の若葉が美しい真如堂から徒歩数分「東天王町」のバス停から204系統に乗り、丸太町通りを西へ約20分。


晴明が勤務していた陰陽寮の跡へ向かう。


陰陽師といえど国家公務員。晴明は天文博士として中務省に属する陰陽寮で仕事をしていた。


当時の陰陽寮は大内裏の中にあり、現在の京都の地図と重ね合わせてみると、その位置には現在NHKの建物が建っている。


青空を突くテレビ塔を見ながら、天を読み、占術を司った晴明の事を偲ぶ。


晴明の住居(現ブライトンホテル)から陰陽寮(現NHK)までは約1.5km。


徒歩25分くらい、充分歩いて行ける距離。


ブライトンからNHKまで散歩して、晴明の通 勤体験をしてみるのも通なコースだ。


陰陽寮跡からほど近い、二筋上がったところ、千本丸太町北西の交差点には大極殿跡の説明板がある。


児童公園の中には平安京の大極殿跡の碑。


現在子供達が無邪気に遊ぶ公園に、平安時代は壮麗な大極殿が建っていたというわけだ。


現在の千本通が平安時代は朱雀大路と呼ばれ、平安京の中心だった。


大極殿跡から千本通(朱雀大路)を南に10分ほど下ると、JR二条駅。


ここに朱雀門がそびえていたということになる。


その二条駅から嵯峨野山陰線に乗って約10分、いよいよ嵯峨野の晴明の墓に向かう。










8)安倍晴明公 嵯峨墓所




・・・流転の末の安住の地


JR嵯峨嵐山駅前より南へ徒歩約7分。


住宅地の間にひっそりと安倍晴明公・嵯峨墓所はたたずんでいる。


夕日を受けて輝く五芒星をあしらった美しい石塔だ。


稀代の大陰陽師・安倍晴明の墓石は比較的新しく、裏に回ってみると昭和47年建立の銘があった。


没後、松原橋→三条大橋→東福寺と流転を繰り返してきた晴明は今、この嵯峨野にひっそりと眠っている。


現在は晴明神社の管轄で横の小さな五輪の塔のところに「お賽銭は確実に晴明神社に届けます」との立て札があった。


毎年晴明の命日に当たる9月26日には「嵯峨墓所祭」が行われるそうだ。


夕闇迫る石塔に、ここが晴明の安住の地になりますようにと、晴明の冥福を祈りつつ、石塔にそっと手を合わせ、嵯峨の墓所を後にした。


※写真は全て過去のものです。



















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