京の一枚

京都 紅葉100シリーズ 下鴨神社 糺すの森 NO.6


今年の猛暑も過ぎ ようやく過ごしやすい朝晩に成りちょっと京都ぶらり女の1旅散策に・・・。




あっという間に過ぎゆく短かった秋を惜しみ、初冬の風情に浸ろうと葵祭で有名な下鴨神社を訪ねてみました。


京都で最も古い神社のひとつに数えられ、平安時代には王城鎮護の社とされました。


1994年には「古都京都の文化遺産」として世界文化遺産に登録された美しい神社です。






下鴨神社の境内にある糺の森。


12万平方メートルの森にケヤキ、ムク、エノキなど。


色とりどりの紅葉が秋のシンフォニーを奏でています。


樹齢600年にもなる大樹は荘厳な雰囲気さえ感じさせます。








下鴨神社と上賀茂神社の謎




下鴨神社には、「糺の森(糺すの森)」というところがある。


また、木島坐天照御魂神社には「元糺の森(元糺すの森)」というところもある。


「糺の森(糺すの森)」なぜ「糺す」なのであろうか?


また「糺の神(糺すの神)」とは、京都下鴨神社の御祭神、東殿「玉依媛命」と西殿「賀茂建角身命」のことであろうか?、「賀茂別雷神」のことなのであろうか?。


八坂神社の御祭神は、「糺の神(糺すの神)」(八坂神社の祭神・スサノオ命・須佐之男命・素盞鳴尊)とも云う。


何か関係あるのであろうか?


糺(ただす)の森の「ただす」は只州とも書く。


賀茂川と高野川の二つが合流して鴨川となる。


その合流点にできた三角州を「糺の森」と呼ばれていた。


後にこの「糺」は「人々の争いを糺す」という地名伝説が生まれるようになった。



つい最近まで日本の裁判官の冠や服に糺の森に自生するヒカゲノカヅラの曲線が飾りとなって付いている。


「カヅラのようなつる草を解きほぐすように難しい紛争を解決する」の意味からだそうだ。


源氏物語の中で「憂き世をば 今ぞ別るるとどまらむ 名をば糺すの神にまかせて」と光源氏は歌ってる。


また、『枕草子』には「いかにして いかに知らまし 偽りを空に糺すの神 なかりせば」と中宮定子は歌っている。




下鴨神社は由緒書によると、古代の豪族賀茂氏の氏神で、「賀茂御祖(みおや)神社」と言い、賀茂別雷(わけいかづち)(上賀茂神社の祭神)の母・玉依姫と祖父建角身命(たけつぬみのみこと)を祀るとある。


古代に賀茂別雷命(かもわけいかづち)が糺の森で、民衆の争乱を聴き質して調停したと言う伝説があり、下鴨神社は朝廷の尊崇も篤かったと云われている。


夏至には、この下鴨神社のある糺の森ではちょうど比叡山(四明岳)の方角から太陽が昇る。


そして、冬至にはちょうど松尾山の方角に太陽が沈む。


さらに、この下鴨神社と松尾山(松尾大社)を結ぶ線の上に「三柱鳥居」で知られる木島坐天照御魂神社の「元糺の森」がある。


太陽が昇る方向と沈む方向、祖霊が眠る方向を重視するということは、死と再生を表している。


また、木島坐天照御魂神社の「三柱鳥居」は、元糺(もとただす)の池に立っている。


タダスとは 下鴨神社の森の呼称で、その内の河合神社を指しているそうだ。


元糺の森と糺の森を結ぶ直線は四明岳←→松尾山(四明岳は比叡山系の山で、比叡(日枝)山も秦氏に係わりがる。


松尾山は秦氏の氏神の松尾大社が鎮座する)の直線になり、ヒエイ山から昇る朝日が「タダサス」(一直線にさす)地であり、冬至に松尾の地に日が沈む。










■アクセス


京阪鴨東線「出町柳駅」下車徒歩10分


市バス「下鴨神社前」「糺の森」下車徒歩3分


■電話 075-781-0010(下鴨神社)




下鴨神糺の森


色づきはじめ


11月中旬から12月上旬









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