職業としての学問

2016-12-06 00:27:38 | 本のこと
職業としての学問(マックス・ウェーバー)を読みました.
今まで読もう読もうと思っていて,なかなか読むことのできなかった本.

手に取った瞬間こんなに薄い本だったのかと驚いたが,
読んでみるとあとがきや訳注が多く,実際はたったの73ページでした.
なぜ今まで読めなかったのか...

先週の講義の後,勇気を出してM先生に教育者・研究者として生きていくためにおすすめの本はありますかと聞いたとき,
この本と加藤陽子先生の「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」の2冊を進めていただいた.
この尊敬する先生から薦めていただいたのが励ましとなり,読み終えることができました.
やっぱり,動機づけって大切ですね.

正直,今の自分にはまだ消化しきれていない箇所が多々ありますが,
逆に今の自分でしか捉えられない側面もあると考えて,
今後に活かせそうな文章を抜粋します.

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いつも適任者が多い.

ある講師が教師としてはだめだという評判をとったならば,
たとえかれが世界第一の学者であったとしても,
多くのばあい,大学に職を奉ずるものとしては死刑の宣告を受けたに等しい.

問題をみずから考えていくように解説するということは,
おそらく教育上もっとも困難な課題であろう.

有能な教師たるものがその任務の第一とするべきものは,
弟子たちが都合のわるい事実,たとえば自分の党派的意見にとって都合のわるい事実のようなものを承認することを教えることである.

われわれが教壇に立つのは教師としてのみである.
教えることと指導することは別の事柄であり,・・・.

ある大学教授が,自分の天職を学生たちにたいする助言者たることであると考えており,
しかもかれらの信頼を受けているようなばあいには,
かれは学生たちとの個人的な付き合いにおいてかれらのために尽くしてやるがいい.

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いつも適任者が多いは,前後の文書が長すぎたため省略して抜粋したのですが,
要は公的機関における人選は一番適任だと思われる人が選ばれることは少なく,
第二ないしは第三候補の人がなることが多い.
しかしその結果は決して間違っておらず,むしろ適任者を選んでいることが多いということです.
これは,間接的に人生は自分の思ったようには行くことは少ないけれど,
置かれた立場が一番自分に適してると考えて,
目の前の仕事に打ち込むべきだということと,
もし選ばれた時点では相応のレベルに達していなかったとしても,
立場がその人を成長させるのではないかという2つの意味が込められていると感じました.

だから今は,Drのレベルとして全くの底辺当たりを彷徨っていて,
このまま成長できるのだろうかとふと考えることもあるのですが,
そんなことを気にする時間があったら,目の前のことに集中して,
着実に実力を付け目標がいつか叶うという考え方にシフトしようと思います.


また,大学で働くひとは研究が世界一できても,学生からこの人から何か学びたいと思われるような教師でないと存在意味がないということに対しては,
現段階では研究も勿論大切だけど,それは教育のための一つの手段であり,目的でないと解釈しました.

でも,教師と指導者が違うというのは今の自分には理解しがたいことで,
今までご指導していただいてきた先生方は,研究に関する知識だけでなく人としてどうあるべきかなどの考え方も多く教わりたい先生方でした.
これは,個人的な付き合いに入るのか?






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