春烙

寒いなあ…

水の臨調 2話

2014年01月24日 14時05分09秒 | 新なる神


 夕方になり、二時間かかって入れたゴシックハウスにて、年少組7人は卵型のポッドに乗り込んで暗黒の地下回路を進んでいた。
 機械仕掛けの怪物たちや、最新技術を使った様々な演出を楽しんでいたのだが、途中で余が小さく首を傾げる。

「ね、終兄さん。何だか変だ。僕たちの乗ってるやつだけ、コースをはずれちゃったみたいだよ」
「はずれたんじゃないぞ、余。誰かがはずしたんだ」
「終お兄ちゃん、楽しそう」
「そうだねー」
「どうやら俺たちだけ特別招待ルートに乗せられちまったらしいぜ」
「うわあ、そんなコースがあるんだあ」
「「ないない」」

 感心する沙耶に、凍華とナギは素早く否定していた。

「追加料金とられるかなあ?」
「とられたらまずいかも!」
「うわあ、お金持ってないよ~」
「冗談! こっちから代金を請求してやるさ。ショーのエキストラになってやるんだから」

 危険を知らせるシグナルに瞳をきらきらと輝かせて笑っている三男坊に、凍華は呆れてため息をついた。
 自分がいうのもなんだが、終はトラブルと親友付き合いをしていると思う。
 そしてポッドががくんと揺れて停止した。暗闇の中、遠くから他のお客の楽しそうな悲鳴や笑い声が聞こえてくる。
 そこで別の遊園地とは無縁そうな下品な声が聞こえてきた。

「おりろ、ガキども」

 すごみのある声を出しているつもりなのだろうが、年少組からすると何の威嚇にもならない。現に、沙耶が不思議そうに首を傾げているのだから。
 暗がりの中に一ダースほどの人影が自分たちを囲んでいるのを、くよんと凍華とナギの視力は正確にとらえていた。
 終もとらえていたようで思わず口元がほころびそうなのをこらえてるのに気付いて、凍華はフッと少し笑みをこぼした。
 危機的な状況であるように見えて恐怖を感じないのは、自分もこういうのが好きなのだと突きつけられるのだ。

「さっさとおりろ! 銃がきさまらを狙っているんだぞ」
「銃が意志を持ってるのかな?」
「ないない」
「銃とバレンタインデーがこわくて、いまどき高校生がつとまるか。お前等が誰か知らないけど、命令されるいわれなんてないや」
「君がおっかないのは、お兄さんの睨みなんだよね?」
「ちょ、それ言うなって。せっかくカッコつけてたのに」

 ボケる沙耶にナギがツッコミを入れ、口に出さなかった事を凍華に言われてしまい終はムッとしていた。
 くよんと余と恵をうながしてポッドからおり、そのまま立ち止まらずに7人はさっさとその場を去ろうとする。

「小僧、そこを動くな!」
「やだね」
「誰が聞くもんか」

 銃を構えた男の脅迫を凍華と終は一言で否定して歩き出しかける、その途端に銃声がこだまして、足元で銃弾が跳ねた。
 凍華と終はそれを静かに見つめていたが、くよんと余は傍にいる沙耶と恵を引き寄せて自分の身体を盾にしていた。

「さあ、これでも動けるというなら、やってみろ」
「もうやってるよ」

 火薬の匂いが鼻をくすぐる中で、ナギが男の後ろに立っていた。すでに他の誰かから奪ったであろう銃を手にしたまま、男の右手首を外側に九十度に曲げてやって足を払った。
 男が悲鳴を上げている間に、くよんは恵の、余は沙耶の手を引き、凍華とナギと終はその周りを囲んでポッドが入ってきた通路を逆方向に駆けだしていた。

「恵ちゃん、おんぶしても大丈夫?」
「うん、くよんちゃん達が本気で走ったらついていけないもんね。ありがとう」
「沙耶ちゃんもいいかな?」
「私は大丈夫だよ。一緒に走った方が楽しいからね」

 ということで、くよんが恵を背中におぶるのを確認して走る速度を上げた。

「また、くよんちゃんと走れて嬉しいなあ」
「あ、そういえばそうだね!」
「このメンバーで走るのって初めてじゃねえか?」
「ああ、確かにそうだね」

 常識外の速さだというのに、凍華はともかく沙耶とナギは息を乱さずについてきていることに、終と余は少し目を開いてしまう。
 通路の分岐点に辿り着くと、そこで待ち伏せしていた人影が飛びかかってきた。それを難なく終が跳ね飛ばし、男の身体が機械仕掛けの魔女と狼男の上に落下する。
 そのせいで電気がショートして青白い花火が散った。

「また後ろから来たよ」
「よっしゃ、任せろ!」

 沙耶の言葉ににやりと笑って、三男坊はガイコツ男を投げつける。追いかけてきた男は不幸にもガイコツと抱き合う羽目になり、そのまま床に倒れた。
 しかしそれでは諦めずに起きあがった男は、くよんに掴みかかろうとした。それを軽く足で払うと、男の身体は宙を飛んで、ガラスの障壁に衝突してしまう。
 ただ足を動かしただけだというのに自分が吹っ飛ばされ、男は呆然としている。
 自分よりも小さく、しかも女の子がそんな芸当をして見せたのだから当然だろう。

「こ、こいつら、いったい……」

 強奪した銃で凍華とナギが男達の太股を撃って足を止め、終が片付けている間にも、各処で火花がスパークし、機械仕掛けの怪物たちが、コンピューターの制御をはずれて無秩序に動き出し始めていた。
 ポッドの動きも乱れているようで、通路をはずれてしまったり急停止したりで、客達の怒りや驚きの声が聞こえてくる。

「いろんなところがショートしてるみたいだ」
「あ、ほんとだ」
「うん、青い光がところどころ見えるね」
「なんだか綺麗だね~」
「こっちだ、余!」

 終の声に傍に走り寄った余に一本の手が伸びるが、それをナギは払いのける。それだけの動作で肩の骨がはずれ、男の身体はコマのように回転していった。
 後ろから終に掴みかかろうとした男を、凍華が軽く突き飛ばす。助骨を砕かれ、男はちょうど進入してきたポッドに叩きつけられる。
 乗っていたカップルが驚いてポッドから転げ出し、まるでそれを嘲るかのように魔女が笑い、狼男が吠える。
 もうむちゃくちゃな状態になってしまっていた。

「うわあ、すごいなあ」
「男のひとたち大丈夫かなぁ……」
「骨とか折れてたみたいだけどな」
「一気にずいぶんと病院送りにしちまったみたいだ」
「しちまったじゃなくて、したんだよ。まったく」
「楽しそうだね、みんな」
「そうだね!」

 混乱に乗じて手近の通路に飛び込む。そこをしばらく走ると扉があり、「関係者以外立ち入り禁止。ここより<とんがり塔のお城>」と書かれていた。

「とんがり塔って、ここの象徴だよね?」
「ゴシックハウスと繋がっていたんだろうな」
「わあ、そうだったんだね!」
「すごいね!」

 新しい発見に、くよんと恵は目を輝かせている。
 さっさとその中へと突入した年少組のために、今度はとんがり塔が大混乱へと陥ったのであった。

 

 そしてとんがり塔を抜け出した7人は、世界一の長さを誇るジェットコースターの軌道にいた。
 しつこい追跡者から逃れるためにも、また兄たちを探すためにも良いかもしれないと思ったのである。そんな考えに、凍華が「君でもそういうこと思いつくんだね」と言われてしまったが。

「兄貴たちは、どこでうろついてるのかなあ。弟たちがこんなに危険な目にあってるのに、無責任な保護者たちだぜ」
「始兄さんたちも、襲われてるのかもしれないよ」
「まあ、こっちも襲われたからそうかもね」
「命知らずな連中なこって」
「そうだね?」
「恵ちゃん、高いところは平気?」
「うん、こんなに高いの初めてだけど、くよんちゃんや余くんがいてくれるから平気だよ」
「そっか」

 のんびりそんなことを話しながら歩いていると、ジェットコースターが突進してきた。
 乗っている客たちは叫びを上げたり、目を閉じて歯をくいしばったりしているが、恵以外の6人は気にしたふうでもなく、ひょいっとかわす。
 自分たちの足の下をコースターが轟音をあげて通過し、恵はそれにくよんの背中から手を振っているという、なんとものんきな光景だ。
 しかし遊園地はすでに混乱の中にあり、客たちが我先にと外へでようとしている。
 その騒動の中で、恵がぴくりと動いた。

「恵ちゃん?」
「始お兄ちゃんたちが来る……」
「え?」
「あ、あそこ」

 恵が指差した方向を見下ろすと、兄たちもこちらを発見したらしく顔を見上げているのが分かる。

「兄さあん、ここだよ」

 余が手を振ると、始が何やら声を発している。
 え? というように耳をそばたてると、さっきよりも大きな声で長兄が言った。

「余、飛び降りろ。受けとめてやるから飛びおりるんだ!」

 始の指示に躊躇うことなく大きく頷いて、沙耶の手を掴み余は一呼吸してからレールを蹴って、二十メートル下の地上にダイビングする。
 途中で手が放され沙耶の身体が少し浮いてしまったが、本人は気にしていない。
 始は余の両手を軽く掴み、空中で一転させ、とんと地上に下ろした。後から降りてきた沙耶は、続が軽やかに受けとめる。

「あ、すみません。ありがとうございます」
「いいえ。沙耶ちゃん怪我はありませんか?」
「はい。怪我をしたら、じゅの君に怒られますから」
「そうですか」

 くよん達の方はコースターの曲がりくねったレールの上を飛んだり走ったりして地上に着地した。それを見届けて竜堂家は走り出す。
 沙耶はいまだに続に抱っこされた状態のままだったが、恵もくよんにおんぶされているままだし、まぁいいかなあと思い受け入れた。
 園内は混乱の頂点という感じで、人々は逃げ惑い、爆発光や炎が光を投げかけている。
 椅子やショーケースが壊され、商品は略奪されて悲惨な状況だ。

「こいつはちょっとまずいんじゃない、始兄貴?」
「そうだな、損害賠償を請求されても、とうてい応じられんだろう、すでに」
「じゃ、いまさら遠慮したってしかたないわけだ」
「終くんが遠慮という言葉を知っているとは思いませんでしたね」
「知ってるけど好きじゃないな」
「ええ、よくわかりますよ」
「確かに好きそうじゃないよね」
「何気に酷いこと言ってるぞ、凍華」

 こんな状況だというのに彼ららしい会話に、沙耶はついくすくすと笑ってしまう。
 やっと出口に辿り着き、終は少し残念そうに口を開いた。

「もうフェアリーランドを出るのかい?」
「代金以上に遊んだでしょう。他人の迷惑にならないうちに出たほうがいいですよ」

 まだ他人に迷惑をかけていないかのような台詞であるが、弟の言葉に始は頷く。
 長兄の判断は一家の方針、というのが彼らには自然なことだったため、終も意義はとなえなかった。

「再建されたら、また来ようね」
「うん!」
「そうだね!」
「今度は皆で行こうね?」

 くよん達のなごやかな結論に、竜堂家はフェアリーランドを後にする。
 ふと、途中から一緒に来た凍華とナギと沙耶はどうするのかと思い出し尋ねた。

「このまま一緒にいるよ。じゃないと納得しない人物がいるからね」
「疑問、乗ってきたっていう車に全員入るか?」
「あ、そういえば」
「前に車を見たけど、まあどうにかなると思うよ」
「疑問、お前のどうにかなるは無理矢理な気がするが?」
「え、今更でしょ。ナギ?」
「凍華ちゃん、無理矢理と過激が好きだもんね?」
「ふふ、沙耶も分かってるじゃない」

 混乱の一日はまだ終わりではなかった。



コメントを投稿