「「おはようございます!」」
「ああ、おはようくよんちゃん、恵ちゃん」
「おっしゃ、遊ぶぞー!」
「楽しみだね、二人とも」
「うん!」
「そうだね~」
車に乗り込んで後部座席でテンションも高く会話を続ける年少組に、始と続は苦笑するしかない。
ついに夏休みに突入し、約束していたフェアリーランドへと行く日になってしまった。相当に混雑しているだろうが、はしゃぐ彼らを見るとまぁいいかとも思う。
「そういえば恵ちゃん、けっこう荷物大きいけどどうしたの?」
「あ、これ? 薫お姉ちゃんがね、皆さんにお世話になるからって。お弁当を作ってくれたんだよ」
「ありゃ、恵ちゃん弁当持ってきてたんだ。私、泳奈お姉ちゃんに頼んで作ってもらったんだけど」
「泳奈さんって、前にじゅの君と一緒にいた人だよね?」
「料理うまいって、いちやれいなさんが言ってたよな」
「おかず多めに入れてくれてたみたいだよ」
「わあ、楽しみ!」
二人が持ってきた弁当の容器は紙製で捨てられる物らしく、食べてしまえば荷物はなくなるのことだった。
本日、泳奈は部屋の整理を、薫は落ち着かずに休みを楽しめないため夏休みの宿題を片づけるということだった。
「じゅの君は?」
「お兄ちゃんは凍華ちゃん達と遊ぶんだって。水月お兄ちゃんは家でお仕事みたい」
「お兄ちゃんもお仕事だよ、出たくないって文句言ってて学校に行ったけど。真希お姉ちゃんはれいなお姉ちゃんと茉理お姉ちゃんとお出かけ、って言ってた」
「あっそれ、こうきさんが言ってたよ」
昨日会って聞いたと、くよんはそう言った。
「こうき君はどうしているのですか?」
「図書館で涼しむんだって~。本当は竜堂家の書庫を漁りたいけど人がいないのはちょっとって。それをれいなお姉ちゃんに言ったら、叩かれたんだって」
「それは痛そうですね」
「痛いよ~。凍華ちゃんも言ってたし」
ふと、じゅのと凍華は二人一緒にいるが付き合っているのかと終は思った。
目線だけで伝わっている、どこか自分達と似ているようで気になってしまう。
「スバルさんとか、いちは?」
「いちちゃんはあきちゃんと家のお掃除、スバルちゃんは午前中勉強した後はピアノの練習だって」
「ピアノ?」
「ああ、こうき君からスバル君はピアニストだと聞いてますよ」
「学生でピアニストなんだね、スバルお兄ちゃんって」
「そう見えないけど、あの人」
「ピアニストとしてのスバルちゃんはカッコいいよー。切り替え早いっていうか、別人になるっていうか」
そんな事を話しているうちに、6人を乗せた車は目的地へと辿り着こうとしていた。
昨日、気象庁が梅雨明けを宣言しメジャー施設であるフェアリーランドは想像通りものすごい人で溢れていた。
東京湾岸に位置する大遊園地で、一人八万人ほどの行楽客でごったがえすという。
入場して瞳を輝かせてどこに行くか相談を始める年少組を見守りつつ、あまりの人の多さに始と続は目を細める。
「天風の気持ちがよく分かるな」
「そうですね、これだけ人が多いと。終くん、行き先は決まりましたか?」
「やっぱ最初はがつん、といきたいよな!」
「くよんちゃんと恵ちゃん絶叫マシーンは大丈夫?」
「うん、好き」
「私も~」
目的のエリアに駆け出していく弟達を追いつつ、続はふと周りに目をやって足を止めた。
しかしそれをすぐにやめて、終たちが痺れを切らす前にまた歩き出す。
その後ろを横切る、見覚えのある二人を含んだ学生集団には気づかずに。
「おいしい!」
「そうだね」
「泳奈お姉ちゃんのお料理は天下一品だからね~」
絶叫マシーンを端から端まで楽しみ、やっとテンションを落ち着いてきたところで昼食をとるくよん達。
「聞いてたけど、ほんと美味いなあ」
「薫さんのも美味しいよ~」
「終くんは美味しければ何でもいいんですよ」
「そうだな」
「あ、そのからあげちょうだい!」
「そっちの卵焼きくれたらいいよ!」
酷いなあと文句を言う終の横で、くよんと恵は楽しそうにおかずを交換していた。
「頭いてぇ……」
「メリーゴーランド乗ってすぐの絶叫マシーンは、気持ち悪いわね」
「体の中が空っぽになりそうやぺ~」
「本当人が多いことだね。沙耶、はぐれないでよ」
「うん。アイス何味にしよう?」
「半疑問やめろっ」
「冷たいもので落ち着きた~いっ」
「休んだら次はどこにする」
「そうだな……」
と、帽子をかぶった女性の黒い瞳が、くよんの赤い目をぶつかり「あっ」と声を重ねた。
「お兄ちゃん!」
「……お前等もここだったのかよっ」
「偶然ってこわいなー」
「棒読みだよ?」
じゅのは帽子を深くかぶり、凍華はおっとりとした少女に「君は半疑問だけどね」と同時にため息をついてしまう。
「あれ、くよんじゃない?」
「くよ姫も来てたんやなやな~」
「久しぶりね、くよん」
「元気そうだね、皆も」
「くよんちゃんの知り合いなの?」
じゅのと凍華と一緒にいる人たちと親しげに話すくよんに、恵は不思議そうに訪ねていた。
じゅのの隣にいる金髪の男性が、竜堂兄弟と恵を見て「こいつらが……」と小さく呟く。
「うん、前の学校でね」
「ああ。お前今別の学校だったよな?」
「そうだよ~」
「ねえ、じゅの」
凍華に目線を向けられ、じゅのは「ああ」と頷いた。
「休憩後は自由行動でいいぞ」
「悪いね。誰かさんを見張らないといけないから」
「誰かって誰だよっ」
自覚してないんだねえと、凍華は終を見下すような口振りで言っていた。
大変だなと思っていると、冴島沙耶が服を引っ張ってきたので「どうした?」と尋ねる。
「私も凍華ちゃんと一緒にいていいかな、じゅの君?」
「別に構わないが。なんでだ」
「くよんちゃんと久しぶりに会ったし、遊びたいから?」
「半疑問はやめなさい、半疑問はっ」
ため息つくじゅのに、赤髪に水色の瞳をした青年が「俺も残っていいか」と言いだしてきた。
「ナギもくよんと遊びたいのか?」
「それもあるが……ちょっと気になってな」
ちらりと竜堂兄弟と恵を見る火神ナギに、じゅのは疑おうとせず「構わない」と告げた。
「沙耶に変な知恵を与えないようにしてくれ」
「了解した」
「あれ、ナギ君も残るんだ~」
「ああ、お前が沙耶におかしな事を教えないためにな?」
酷いー! と頬を膨らませるくよんに、凍華は笑ってしまい、沙耶は首を傾げていた。
フッと微笑むと、じゅのは始と続の方に顔を向けた。
「すみませんが、凍華達3人を一緒に連れていってくれませんか? アイスを買った後でですが」
「ああ、いいだろう」
「こちらもくよんちゃんと恵ちゃんを預かっている身ですからね。けど、よかったのですか。一緒に遊んでいたのでしょう?」
「本人の意見を尊重しないと、こいつらの隊長が勤まりませんから」
「そう、そう~」
と、淡い赤の髪と目をした少女がじゅのの後ろに抱きついて笑いながら言っていた。
金髪の男性が自分を睨みつけている事を気付いていながらも。
「じゅのは、私たちの隊長だもんね~」
「蓮那、重い」
「ひーどーいー! 私重くないけど!?」
「重い」
「いい加減どけろ」
離れろっと言わんばかりに、金髪の男性は安部蓮那をじゅのからはがした。
「ギドったら、嫉妬?」
「これパス、来栖」
近くにいた青年に突き出された蓮那は、「これとか酷くない!?」と怒鳴っていた。
怒り声を無視しながら、ギドと呼ばれた男性はじゅのの腕を掴んで歩きだした。
引っ張られる状態で歩きだすじゅのは、自分の腕を強く掴んでいる男を見上げた。
「どうしたんだ、ギド?」
「別に。ちょっとした条件反射ってやつだ」
「違うと思うが、それ」
うるせーと言い返してくるギドに、じゅのはどこか嬉しそうに微笑みを浮かべていた。言ってはくれないが、自分のことを心配しているんだと思ったから。
「ちょっと、先に行かないでよね! 行くよ、来栖!」
「アイサー、蓮姫さまー!」
「チッ、しばくわよ」
「沙耶の面倒頼んだぞー」
二人の後を追いかけるように、蓮那たちは走り出した。
いってらっしゃーいと沙耶はのんびりとした声で手を振り、凍華とナギはため息をついて年長組の方に顔を向けた。
「まあ、あっちはあっちで大丈夫だから。途中からですが、よろしくお願いしますね?」
「構わないが……」
「俺は火神ナギていうっす。そっちにいるのは冴島沙耶なんで」
「こんにちは?」
「半疑問やめろっ」
首を傾げて挨拶する少女に、ナギは軽く叩いた。
「沙耶ちゃーん、アイス買いに行くけど一緒に行かない?」
「あ、うんいいよ?」
「凍華ちゃんとナギ君は~?」
「俺は飲み物にしとくわ」
「僕が行かないと、沙耶に悪い影響が及ぶからね。特に、終には」
「なんで俺なんだよっ」
「だって君は問題児だろ? 沙耶が終みたいになったら、怒られるよ」
「俺はそこまでしないって」
沙耶の両手を繋いでアイス屋へと歩いていくくよんと恵の後ろを余はついていき、凍華と終は舌戦を繰り広げながら追いかけていく。
始と続は食事で充分満足していたため、アイスではなく飲み物でも買おうかとナギのいる自販機へと向かった。
すでに購入し飲みだしているナギは、二人の姿を見て軽くお辞儀をして場所を譲った。
「終くんたち、楽しそうでよかったですね」
「あぁ。くよんちゃんと恵ちゃんのおかげもありそうだが」
「そうですね。余くんがあんなに楽しそうにしているのは、僕もあまり見たことありませんし」
続の言葉に頷いて購入した飲み物に口をつける。年長組の話を横から聞いていたナギは、感謝したいのはこっちの方だと思った。
悲しんでいたくよんに、また笑みを浮かび上がらせてくれた。他の奴らがなんと言おうが、俺はあいつの笑顔が見れて嬉しかったからありがとうと言わせてくれ、と。
だがじゅのに関してはまた別だ、と目を細めている。
「余くんも思春期ですし、そろそろそういうのがあっても、おかしくないかもしれませんね」
「ぶっ………。続、お前さんなぁ」
「今までなかった方が不思議じゃありませんか? 終くんだってもう高校生ですし」
思春期とか高校生とか関係あるのだろうかと、ナギは顔を引きつけてそう考えてしまった。
「それを言ったら、一番なくて不思議なのはお前だろう」
「ふふ、兄さんには茉理ちゃんがいますから?」
「続」
わずかに目元が赤くなった兄に楽しそうに笑って、続はアイスを手に駆け寄ってくる余たちに手を振った。
空になった缶をナギは軽く投げてゴミ捨てに入ると、近づいてくる沙耶に声をかけた。
「沙耶、何味を買ったんだ?」
「えっとね。余くんと同じバニラ味にしたよ。恵ちゃんはイチゴで、くよんちゃんはミックスだよ?」
「半疑問はやめろよな」
軽くこついでやると、くよんと凍華たちの方に目を向けた。どうやらパレードまで残るらしく、夜が長そうだと思いナギは空を見上げる。
夏の日差しが彼らを、照りつけていた。
部屋の整理をしていた泳奈は、引き出しから出てきたある物を見つけて笑っていた。
「何を笑ってるんだ、泳奈」
後ろから腕をまわすと、水月は妹が持っている写真に目を向けた。
「確か、その写真は……」
「引き出しの中を整理しましたら、出てきました。この頃は、楽しかったですね」
「そうだな。特にあの二人から宣言された時は、驚いたものだった」
「そうですね。でも、ちょっと嬉しかったです」
顔を少し後ろに傾けて、泳奈は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「本当に子供が出来たみたいで」
「確かに本当の子供がいるようで、俺も嬉しかったな」
ちょっとじゃなくてな、と頬にそっと口づけを落とした。
見つけた写真には、数年前の水月と泳奈をくっつけるように左右から押し合っている、紅い髪の少女と真っ白い肌をした少女の姿が描かれていた。
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