春烙

寒いなあ…

水の臨調 18話

2014年07月02日 23時48分12秒 | 新なる神


「あっ」
「あ、真希ちゃんおはよう」
「おっ、おはよう」

 昼になって起きて顔を洗うために客間から洗面所へと来た真希は、先に来ていたこうきと遭遇してしまいわずかに動揺した。

「えっと……疲れとかもう大丈夫?」
「うん。逆にすっきりしてるような気がするよ。こうき君は? 確か続さんの部屋で寝たんだよね」
「うん、ぐっすり眠れたからすっきりしてるよ。だってさ、水君と泳奈ちゃんがいるとあんまり寝た気にならないんだよ。じゅの君は慣れてるけど、あの二人もう結婚していいよホント」
「そ、そうなんだねっ」

 今会話しているのが自分が知っているこうきだと分かり、真希は少しだけほっとした。
 昨夜のこうきはどこか雰囲気が違っていて、悲しい表情をしていたと妹から聞いた。
 気高い女性に見えたというが、今の彼にはそんなものは一つもない。

「真希ちゃん?」
「え、あっ、何でもないよ。こうき君はそのままでいてね?」
「えー、真希ちゃんまで言うの? 昨日も姉貴とか茉理ちゃんとかに言われたけど、ロフトでホント何話してたのさ??」
「お前が知なくていい内容だ、気にするな」

 とそこに、こうきと同じように別の部屋で泊まっていた時任が薄笑いを浮かべながら現れ、こうきと真希は驚いて一歩後ろに下がってしまう。顔をわずかにだが赤くしてだが。

「時君、いつからそこにいたのさっ」
「さていつだったからか」
「時任さん、おはようございますっ」
「ああ、おはよう」
「あ、顔を洗いに来たんだよね? ごめん、退くね」
「え、あ、気にしないで」

 洗面所から出ようとする足を止め、こうきは照れくさそうな表情で振り返って真希の方を見た。

「真希ちゃん。君が紅玉に変身した時に声が聞こえて、とても綺麗だなって思ったんだよ。また聞かせてくれると嬉しいな」

 それだけ、と言って離れていき、時任は顔を真っ赤にしている女性に視線を向けた。
 こうきから告げられた言葉に恥ずかしくなるが、けどどこか、自分を安心させてくれているようなのが嬉しく思ってしまい、「う、あう…っ」と真希はその場にしゃがみ込むしかなかった。



「恵ちゃん、おはよう」
「余くんおはよー」
「あれ、薫は?」
「まだ寝てる。昨日はすっごいたくさん力使ったから、疲れたんだと思う」
「そうよね、薫ずっと飛びっぱなしだったんでしょう?」
「レストランから都庁まではこうきが運んできて、薫は真希に服を届けるためにこうきと一緒に飛んだくらいだし」
「最高速度で飛んだんだろ? 一瞬で見えなかったもんなぁ、あれはすごかった」
「うーん、いちちゃんの方が速い気がするよ」

 のんびりとそれぞれ起きてきて、リビングでゆっくりと時間を過ごす。そろそろいちや茉理もやって来てくれるはずだ。
 始もぼさぼさの髪をかきながら終がとってきた朝刊に目を通している。起きていないのはじゅのと水月と泳奈、零と薫のみ。

「兄さんったら、相変わらず寝起き悪いんだから…」
「お兄ちゃんが一番夜更かしさんだもんねー」
「あぁ、確かにおにーさんってそんな感じだよな」
「じゅの君たちは?」
「泳奈は青竜になったし、水月も能力をそうとう使ってたからな。じゅのもまあ、夜更かしってところか」

 そうこう話していると玄関からいちと茉理の声が聞こえて、末っ子組が軽やかな足取りで廊下へと出ていく。
 そしていちと茉理が持ってきた大量の荷物をくよんやあき、凍華とスバルが分担して抱えてリビングへと入ってきた。

「あら? 零さんと薫ちゃんは」
「まだ寝てるのよ」
「水月さんと泳奈さんも? もう午後なのに? 昨日そんなに大暴れしちゃったのかしら」
「あは、あはは…」
「お前のような喧しい人間はいないがな」

 へらりと笑みを浮かべる時任に、茉理がギッと睨みつける。その顔に若干の赤みがあることに気付き、「気にしてるなあ~」とこうきは真希の方に顔を向けた。

「真希ちゃん、体調でも悪い?」
「へ」
「顔色良くなかったけど」
「う、ううん。ちょっと考え事をしてただけ」

 こうきと真希の姿をちらりと見つめて、れいなは傍にいる続に声をかける。

「おい、色男」
「……名前で呼ばないだろうと思ってましたが。何か用ですか」
「ちょっと時間をくれないか? 話がある」

 真剣な表情を浮かべている女性に、続は黙ったまま首を縦に振った。

「あれ、お兄ちゃんたちは?」
「あら、じゅの君も来てるの?」
「うん、昨日着替えを持ってきてくれてね」
「まだ寝ているぞ、三人一緒で」
「……三人で?」

 時任がこくりと頷かせるのを見ていちが顔を引きつきかけたその時、何気なく客間に入ろうとしている茉理に真希が見つけて慌てた。

「ま、茉理ちゃんダメ!」
「?」
「兄さん、寝てるときは半裸だから!」
「え!?」

 妙齢の女性にそんなものを見せてはいけない、とばかりに真希が焦って止める。
 それを聞いて茉理はきょとんとしてから少しだけ頬を赤くした。さすがにそれは恥ずかしいと思ったらしい。

「え、零さんって半裸で寝ちゃうの?」
「うん、昔っからの習慣なんだって。えーとアメリカで暮らしてたからだっけ?」
「いえ、あの……アメリカ人全員が半裸で寝ているというわけではありませんよっ」

 スバルに訂正を入れられ、そっかと恵は笑っていた。

「映画とかだとそんなイメージあるけどな」
「それは映画の中だけだと思うよ、多分」
「なんだ、天風はアメリカに住んでたのか」
「ええ、何年か。その時に身に着いた習慣らしいんですけど」
「身に着いたものはなかなか直せないからな」
「僕だったら落ち着きませんね」
「ああ、色男には無理だろうな」

 時任がフッと笑みを見せ、れいなと続は視線だけをぶつけ合っていた。

「真希ちゃんも苦労してるね」
「いえ」
「……あれ、似たような人いたよね?」

 アメリカという言葉を聞いて首を傾げるあきに、凍華がしかめっ面で口を開いた。

「バカ女じゃないの。あいつ見てると恥ずかしいからさ」
「凍華ったらっ」
「本当の事だから当然なまでだよ、お兄様」

 ふらりと消えた女のことなんかと、心の中で毒突いていた。
 そんな中、いちが眉間に皺を作りながら、なぜか不機嫌そうな声を上げた。

「……ちょっと、あの三人起こしてくるわ」

 ふわっと風が吹いたかと思えば、いちの姿は消えてしまい。
 彼女が能力を使ったのを目撃して、れいなとこうきは慌てて茉理の方に視線を向けた。
 時任は慌てずに、ただ笑みを浮かべてじっとしていた。

「あ、茉理っ。今のは…っ」
「……実際目の前でやらされると、心臓に悪いかもねえ」

 驚こうとせず肩から息を吐き出す茉理に、こうきはあれ? と首を傾げてしまう。
 始や真希も不思議そうにしているが、あきが戸惑いながら竜堂家に来る前の事を話し出した。
 来る途中で茉理と出会い、凍華が自分の正体をバラしたという。それで仕方なくと思い、いちやくよん達も話したらしい。

「茉理さんだって、僕たちと知り合った一人だよ。今話しておかないと、後から後悔するのって彼女や僕たちだって思わない?」
「ふむ。話しておいた方が、能力も使いやすいしな」

 時任が慌てなかった理由は、『予知』でこうなることを知っていたからだった。

「でもね。私はれいなやこうき君たちの正体は知らないわ」
「えっと、どういうこと?」
「れいな姉様たちの事を話そうと思ったんだけど、茉理さんに止められてね……」
「本人の口から言ってくれないと、私、信じない主義なの。話してくれるまで待つ自信はあるから、安心してね?」

 ウインクをする茉理に、れいなは口先を引きつかせて、「まいったなあ」とこうきは苦笑していた。
 それは始や真希たちも同じで、不安を取り除いてくれているような気だった。

「お前の大胆さには感服するな」
「あら、それは褒めて下さってどうもありがとう、でいいかしら?」
「ああ褒めてるさ。俺は滅多なことでは褒めようとはしないからな?」

 ククッと薄笑いをする時任に、くよんがあっと声を上げた。

「時任お兄ちゃん、面白いって思ってるでしょ?」
「おお、よく分かったな?」
「日本に戻ってから、時任お兄ちゃんよく笑ってるんだもん!」
「はあ? こいつはいつも笑ってるだろっ」
「あ、俺も分かりましたっ。時任さん、普段笑った表情をしてますが、普段とは別の、なんといいかすか……楽しそうな笑顔だとっ」

 すみませんっと頭を下げるスバルに、凍華が携帯で撮ろうとするが「ダメだからね?」とこうきに止められた。
 スバルの言葉に時任は目を開かせていたが、おかしく思ったのか高笑いを上げていた。
 笑みを浮かべている表情がアドバンテージではあったが、まさか笑顔になっているとは思わなくて。
 ここまで笑わせてくれた人物にどうしようかと考えてしまう。

「日本にいる茉理ちゃんっていう子な、きっとお兄と相性抜群だとおもうんねん。お兄を笑わせる意味でな!」

 日本に行く前の千薙に告げられた言葉に、ああ確かにそうだなと思った。

「お前といると窒息死してしまいそうだなっ」
「だったら勝手にどうぞ!」

 ふん! と怒鳴って赤くなった顔を背ける茉理に、時任は笑いを止めようとしなかった。
 アメリカに戻ったら、妹にお礼を言わねばならないなと心の中で決めながら。



『瞬間移動』で二階の和室にやってきたいちは、そこで寝ている人物達に不機嫌に目を細めていた。
 一人は身体を丸めており、後の二人はお互いを離さないように抱きしめあって眠っている。
 いちはスゥーと息を口に入れると、和室全体に広がるように大声で響かせた。

「おいこら、起きやがれええええええ!!」

 怒鳴り声が聞こえ、水月が耳鳴りを抑えながら上半身を起こす。泳奈もゆっくりと目を覚まし、じゅのだけは身体をピクリとさせただけで起きる気配はなかった。

「……ああ、いちちゃんか」
「じゃねえよ、こら」
「いちちゃん、おはようございます」
「おはよう、じゃねえよ。もう昼だぞ、昼っ」
「ああ、もうそんな時間になっていたのか」
「昨日は力を使いましたからね」
「あそこまでやったのは初めてだな」
「そうですね」

 起きてすぐに二人だけの世界に入ってしまい、また怒鳴りそうになる思いを押し止めながらいちはもう一人の従兄弟に視線を向けた。
 部屋いっぱいに大声が響いたというのに、布団と一緒に丸まっているじゅのを見て、おっかしいなあーと頭をかく。

「さっきので起きると思ったんだけどよ」
「きっと夢でも見てるのだろう」
「そうかもしれませんね」
「……ルシナ…」

 身体を縮ませながら発せられた寝言に、三人は顔を見合わせまた戻した。安らかに眠っているじゅのに、もう少しこのままにしておこうと考えた。

「そうそう。茉理さんにあたしらの事話したわ、ただし一緒にいたメンバーだけだけど」
「ああ、そうか」
「着替えたら私たちも話しましょうか、水月兄さん」
「そうだな、きりなとかるらの分も話しておきたいしな」

 水月と泳奈が服に着替え、じゅのを残していち達は和室を後にした。
 三人が出ていった後、寝返りをうったじゅのの目から一筋の涙が流れたことを知らずに。



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