春烙

寒いなあ…

風の斬撃 2話

2014年11月23日 23時50分57秒 | 新なる神


「あの、これはどこに……」
「じゃあ、こっちに置いてくれないか」
「これはここで良いですか?」
「ええ」

 竜堂家へと遊びにやってきた神家の双子と河野兄妹は、茉理が差し入れてくれた食事をテーブルに並べている始と続の手伝いをしていた。
 遊びの差し入れで持ってきた料理を並べているいちの手が止まっていることに気付いて、麦茶を置いてあきは不思議そうに訪ねた。

「お姉ちゃん、どうしたの?」
「いや、ここに入った瞬間に嫌な視線を感じてよ……夏なのに寒気するわっ」

 不機嫌そうに眉間に皺を作る姉に、そうなんだと首を傾げる。
 いちは人一倍視線や気配に敏感であり、それのおかげで敵の位置もすぐに分かり反撃することが出来る。
 だが、日常で嫌な視線を感じるのはどうも気持ち悪いらしく、気にするなと言われても気にしてしまうようだ。

「いちちゃんも大変ですね」
「あっ、あはははっ…」
「あ、そうだ。どうせだし、これも並べようか?」

 と言って、凍華は持ってきたリュックからタッパを取り出してテーブルにのせた。
 蓋を開けると、カボチャの煮物が入っていた。

「それは?」
「お昼に食べようと思っていたので、よかったらどうぞ」
「それはすみません」
「誰が作ったんだよ?」
「え、えっと……実はっ」
「ほとんどお兄様だよ」

 告げようとしたスバルの口を手で塞ぎながら、凍華が微笑みながらそう言ってきた。
 彼女の不可思議な行動に、いちは「ふーん」と目を細めていた。

「どうせ、終にほとんど食われてしまいそうだしね」
「凍華お姉ちゃんったら…」
「いえいえ、凍華ちゃんの言ってる事は一理ありますね」

 と、その時。
 裏庭でひとしきり人声がし、それに驚いてスバルが持っていた皿を落としてしまいそうになった。

「わっ、と!?」
「大丈夫ですか、スバル君」
「は、はい!」
「なんか終にーちゃんと余の声がした気がすんぞ?」
「一体何だろうねぇ……」

 凍華が不機嫌そうに顔を歪めていると、終と余、そして薫と恵が賑やかにリビングへと駆け込んできた。

「どうしたんだ、騒々しい」
「隣のおばさんが、潜望鏡で風呂場をのぞいてたんだ。追い払ってやったのさ」
「お隣、ですか?」
「花井さんというらしく、アメリカの方に行っていたようでして」
「……あっ。あたしが感じた視線って、そのお隣さんのか」

 スバルと薫の会話を聞いてポンッと手を叩いていちが納得していると、風呂場を掃除していた茉理が姿を現した。

「女が風呂場を掃除してるのを女がのぞいて、何がおもしろいのかしら」
「変態のやることはわかんねえよな。きっと欲求不満で、始兄貴か続兄貴が昼風呂にはいってるところをのぞこうとしたんだぜ」
「それ、お隣さんに言ってみなよ。怒られるよ?」
「じゃあ、スバルさんで」
「なんでお兄様を入れるのさ……僕が怒るよ?」
「冗談だって!」

 凍華と終の話に対して、始は苦笑するだけにとどめて茉理に外の様子を尋ねる。
 交差点に戦車がとまり、道行く人や車を睨みつけている、という説明に終たちも補足していった。
 そうしていると、茉理が終の手元に視線を送る。

「で、何を借りてきたの?」
「殺人カボチャの反撃!」
「あっ、知ってる、おもしろいんだってね。終くん、君はB級映画を鑑賞する眼力があるわよ」

 そうかなあと、頭をかきながら凍華はそう思っていた。

「つか、カボチャって凍華たちが持ってきた差し入れと同じだし」
「あ、煮物だ! 美味しそう~」
「茉理ちゃん、風呂掃除は後で俺がやるよ。欠食児童どもが叛乱寸前だから、まず食事をいこう」
「それもそうね。じゃあみんな、手を洗ってきて」
「「はーい」」

 元気よく返事をした末っ子組が洗面所へと向かい、その後ろを終がついていった。

「あ、薫ちゃん。今日は真希ちゃんは?」
「家で雑務を。洗濯物とか、溜まってしまっているので……」
「ああ、大暴れの連続だったもんな。そりゃ」
「こうき君はどうしていますか?」
「こう兄は今、父ちゃんの実家に泊まってて。電話したら、来るかもしんないって言ってた」
「実家って、じゅの君たちが住んでる?」
「そっ。れい姉だけじゃなくて、トラおじちゃんたちも海外に飛ぶことになってさ。昔トラおじちゃんが暮らしてたらしくて、その部屋に泊まるんだとー」

 こうきの姉であるれいなは、現在時任と千薙が拠点にしているアメリカに飛び立っている。
 両親もいない家に息子一人だけ置いておくのも心細いというわけで、父親が以前住んでいた神家にお世話になっているという。

「ちなみに、トラおじ様のトラというのはあだ名らしくて、お父様や他の人もそう呼んでいるらしいよ」
「親がトラだとしますと、れいなさんは豹かライオンになりますかね?」
「……違う、と思うけど」

 あきの素朴なツッコミに、スバルは苦笑するしかなかった。

「ていうか、借りてきたビデオ、見たことあるけどもう少し刺激がほしいよ」
「凍華、お前、ほんと刺激を求めるよなっ」
「求めたくなるからね、過激もだけど」
「両方求めんなよっ、怖いから」
「怖い方がいいじゃないか、ホラーブレイクできそうで」
「凍華……それだけは、やめなよ?」
「それはじゅのか蘇芳に言って下さい、お兄様」

 無表情な顔でスバルにそう告げてくる凍華に、肩をくすめてあきは薫と一緒に廊下に出ていった。



 食後の後片づけを終えて、凍華はビデオ鑑賞しているリビングには行かずに二階の和室で昼寝しようと階段を上がっていた。
 二階に上がったタイミングで、自分の携帯が鳴り響きだした。ディスプレイを確認すると、凍華は目を細めて通話に出る。

「まさか、君から電話がくるとは思ってなかったよ」
<おや、そうですか?>
「まあね。大抵じゅのかくよんにかけるだろうに」
<僕だって、他の人にもかけますよ。嫌がらせ程度でですけど>
「そこが怖いからだよ、蘇芳」

 和室へと足を進めながら、凍華はため息をついて用件を尋ねることにした。

「で、何かようなわけ? くよんならこっちにはいないよ」
<おや、今竜堂家にいるのですか。くよんさんがいないのは残念ですけど>
「狙っているからねえ、くよんの事を、君は」
<ええ、狙ってますよ、学校が別になった今でも>
「そうだと思ってたけどね」
<用件としましては、四人姉妹のことです。じゅの君が四人姉妹の招待を受けましたので、ご報告をと思いまして>
「じゅのが?」
<竜堂家と仲良くなった、天風家でしたっけ。そこの長男さんとマリガン代表と共に昼食をとったらしくて>
「ああ、零さんと前に食事取ったって聞いたけど、あれマリガンの一人とだったわけね」

 和室に入り、片手で枕を掴みながら凍華は通話を続けていた。

「零さんじゃなくて、じゅのを招待するとは。何を考えてるのやら」
<僕も分かりませんが。相手はこちらの事を知っているようですし、何か掴めるかもしれないというのが、じゅの君の考えらしいですよ>
「天上界の事を知っているのは、確かにそうだね。その招待はいつって?」
<明日だそうです。一日その方と一緒にいるようなので、ギド君が大変機嫌を悪くしておりまして>
「それは……大変だね」

 ギドじゃなくてじゅのが、と枕に頭をのせて全身を倒していく。
 執着心の塊のような男だと凍華から見たギドのイメージで、機嫌直しには苦労しそうだと思ってしまう。

<ええ、そうですね。軟禁もしくは監禁などしなければいいのですが>
「蘇芳が言える言葉じゃないけどね」
<酷いですね。僕は親友のことを思って言ったまでですよ?>
「どうだか」
<ところで話は変わりますが、くよんさんは竜堂家ではなくどちらにいるか分かりますか?>
「て、結局くよんの事になってるじゃないかっ」
<はい。竜堂家と天風家の末っ子さんたちに捕られたくないものでして>
「君の方が執着心の塊かもね」
<それはギド君の方だと思いますがね>
「ギドとは別の意味で、だよ。確か家にいるって言ってたから、一応電話した方がいいと思うけど」
<そうですか。でしたら今から向かいますかねえ、ちょうど外にいることですし>
「……蘇芳、君さ、分かってて言ってるだろ?」
<おや、さすがはじゅの君のパートナーをしているだけのことはあって、理解出来ますね>
「そりゃあ、じゅのの身代わりをしているくらいだし……。蘇芳、くよんと彼らを引き離そうとはしないでよ。くよんもやっと心を落ち着かせる場所を作ったんだから」
<ふふっ……ええ、分かってますよ?>

 怪しい笑い声を最後に通話を終え、凍華は携帯を横に置いた。
 雪蘇芳は掴めない男だというのが、凍華の印象であり苦手な相手だ。腹の内を見せようとせず、自分の目的を隠すようにして動いている。
 じゅのの母親と彼の母親は親友関係で、自然と二人も親友になったという。

「ほんと、分からないなあ……」

 そう呟いて、凍華はゆっくりと目を閉じた。
 何かするようであれば自分が止めに入ろうと決意を決めながら。



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