春烙

寒いなあ…

聖なる夜に

2008年12月25日 23時56分26秒 | 外伝小説

 12月のある日。
「今度の水曜日、空いていますか?」
 居間のソファーで本を読んでいる泳地に、水奈が聞いてきた。その一言で、翼乃・ジュン・壱鬼・アスカ・佑希は耳を傾き出す。
「水曜か。来週からは何も仕事は入っていないが」
「そうですか」
 言葉を聞いた水奈は、何か安心したかのように笑顔を見せた。
「何かあるのか?」
「え、ええ。まあ……」
 頬を赤く染める水奈を見て、ジュンが『心読み』で翼乃に話しかけてきた。
「(なあ、翼乃。今度の水曜って)」
「(うん。あの日だよ)」
「実は…これ……」
 水奈はポケットから1枚の紙を取り出して、泳地に渡した。
「高級ホテルの、ディナー券か?」
「福引をやっているお店で当たったんです」
 当ててきたの間違いじゃないのかっと、翼乃・ジュン・壱鬼・佑希は思った。
「1枚で二人までで……期限が今度の水曜までなので。そのっ」
「別にいいが。俺でいいのか、ほんと」
 どこまで鈍いんだよっと、4人は泳地を見てそう思った。
「兄さんじゃないと、いやなんですっ!」
「…わかった。じゃあ、行こうか」
『(んな早く答えるかよっ)』
 泳地の無表情な単純と言うくらいの答えを聞き、4人は突っ込みを入れたが。水奈はその言葉でも嬉しく思い、「はい!」と笑っていった。
「よかったね、みずっち」
 壱鬼の膝の上で座っているアスカが笑って水奈に言った。と、その時。
「今度の水曜日、は――!」
 どこから入ってきたのか(『瞬間移動』)、従姉弟である玲花が現れて佑希に抱きついてきた。
「抱きつくなっ!」
「嬉しいくせに」
「なんだと!?」
「その日は、イヴ―― クリスマスイヴよ!!」
 いっちゃったよ、この人! という目で、翼乃・ジュン・壱鬼の三人は玲花を見た。
 イヴの事を言われてしまった水奈は、急に目を閉じた。
「(知られた――!)」
「どうした」
 何も感じていないのか。泳地はソファーから立ち上がって近づき、何食わぬ顔で水奈に言った。
「い、いえ…何も」
「そうか」
「あ。あの、兄さん――」
 謝ろうとする水奈より先に、泳地が耳元で何かを呟いた。
「……!!」
 聞いているうちに、水奈の頬が少しずつ赤く染まっていく。
「水曜。楽しみだな」
 水奈の頭をポンと軽く叩くと、泳地は居間を去っていった。
「…兄さん……」
 兄が出て行くのを見送ると、頬を赤くしたまま水奈は別の場所から出て行った。
「………どうしたんだ、あいつ?」
 二人が出て行った後、ジュンは隣にいる翼乃を引き寄せて話をした。
「さぁ。何か言われたんでしょ」
 翼乃はそう言って、呆れ顔になっていた。

「……なぁ」
 12月24日。その日の空は、とても明るく晴れている。だが、神家では、暗い空気が漂っていた。
「本当に、その服で行く気なのか?」
 居間で兄を待っている水奈の姿に、ジュンは驚いて聞いていた。水奈が着ている服が、どこからどうみても女性用のドレスだったのだ。
「ええ。そうですよ」
「……ありえへんだろっ」
 そのドレスというのが、他人が見惚れてしまうほどの鮮やかな青い色で、ドレスの丈が膝より長めのところにのばしてある。しかも。
「化粧してどうすんだよっ」
「えっ。化粧しているの!?」
 ジュンの言葉を聞いて、アスカは驚いて水奈の顔を見た。ほんの少しだけだが、水奈は薄く化粧をしているのだ。
「ええ。でも火宮君、僕が化粧している事を見破るなんて思ってみませんでしたけど」
「京都を甘く見んなよな。まいこはんは化粧をするんだからよ、その仕方を教えてもらったんだ」
「へえ~」
「てめぇが見ぬけられるんなら、兄貴は絶対にわからねぇな」
 自分のソファーに寄りかかりながら、壱鬼は吐き捨てた。
「まっ。翼乃がいなくて正解だ。水奈兄貴の姿を見たら、何ていうか」
「たしかにな。どこかで会ったら知らないけどな」
 と、その時。仕度を整えた泳地が居間に入ってきた。
「わぁ~。かっこいいよ、泳地!」
「よかった。まともだ」
「何がだ?」
「気にしないで下さい。あ、兄さん。ネクタイが曲がっていますよ」
 そう言って近づき、水奈は手を伸ばして兄のネクタイを整えた。
「悪いな」
「いいですよ、僕がやりたいだけですから」
「そろそろ、行くか」
「ええ」
「留守番。頼むな」
「はーい」
 アスカは返事をし、あとの2人はこくりと頷いてみせる。
「イヴだからって、緩みすぎんなよ。特に何か考えてる奴みたいにっ」
 壱鬼はジュンを睨みつけながら、忠告した。壱鬼に見透かされてしまったのか、ジュンは目を逸らして口笛を吹いていた。
「はぁ、まったく」
「クスッ。じゃあ、行って来ますね」
「いってらしゃい~」
 アスカに見送られながら、二人は家を出て行った。

 ホテルに着いた二人は、最上階にあるレストランで食事をとっていた。
「この料理、おいしいですね」
「……ああ」
 自分を見ず、ただ料理を黙々と食べている兄の姿が、がつがつと食う翼乃にどこか似ていると思うと水奈はクスッと笑った。
「(食べる速さは違っても、料理を味わっているところは似ていますね)」
 食事が終わっても二人は席を立つことはなく、最上階から見える景色を眺めていた。
「食後に見る景色も、たまには良いですね」
「そうだな」
 空になったグラスをテーブルに置くと、泳地はポケットに入っているものを手に取り、水奈の前に差し出した。
「何ですか?」
「クリスマスプレゼントだ。開けてみろ」
 泳地に言われて、水奈はゆっくり箱を開ける。箱の中には、小さなサファイヤがはめ込まれた指輪が収まっていた。
「これ……」
「何がいいのか分からなかったから、翼乃に相談してみたんだ。そしたら、『指輪なんかいいんじゃないの?』て言ったからさ」
「それで、指輪ですか?」
「ああ。けど、選んだのは俺だからな」
「ええ。わかっていますよ」
 クスクスッと笑うと、水奈は手のひらにのせた指輪を泳地に見せてこう言った。
「つけてくれませんか?」
「ああ」
 泳地は受け取ると、水奈の左手の、薬指に指輪をはめ込ませた。
「お前にぴったりだ」
「綺麗…」
 水奈は自分の目の色と同じ石がはめ込まれた指輪をじっと見つめていた。
「……俺には、何もないのか?」
 ハッと我に返った水奈は、自分でラッピングした小さめの包みを泳地に渡す。
「僕からのクリスマスプレゼントです」
 包みを開けると、毛編みの黒い手袋が入っていた。
「兄さん。今の手袋が穴だらけになっていましたよね?」
「そうだが」
「買おうと思ったのですが……なんだが気が落ちなくて。それなら編んでみた方がいいかなぁと思って」
「お前が編んだのか」
「えぇ……思いを込めて…」
 胸の辺りで手を握り締める姿は、何かに祈りをささげている女神のようだと泳地は思えた。
「大事にする」
「……嬉しい……」
 微笑みを見せると、水奈はもう一度ガラスの向こう側を向いた。
「もう少し、兄さんと一緒にいたかったです――」
「……そうだな」
 泳地は悲しみを浮かべる弟の横顔を、ただ見つめていた。

 エレベーターから降りると、赤いとんがり帽子を頭につけた少年が近づいてきた。
「――兄さん」
「翼乃、君?」
「お前。なんで、ここに」
「料理はどうだった?」
 翼乃は帽子の先を手で後ろに払うと、笑みを浮かべた。
「美味しかった?」
「ええ。まぁ」
「ふーん。今度行こうかなあ~」
 そう言いながら、翼乃は手に持っていたものを2人に見せた。
「このホテルの部屋のキー。ここって、結構高いよね」
「何考えてるんだ、お前」
「俺からのクリスマスプレゼント――。別に考えていないけどね」
 本当はちゃんとした物はあるけど……と言って、翼乃は泳地に鍵を無理矢理渡した。
「帰ってきてから渡すよ。ホテルは二泊分、とってあるから」
「いいのか、本当に」
「あのね。一泊でも高いのに、兄さん達のためと思ってわざわざ二泊払ったんだよ。おかげで俺、お金があんまりないのっ」
 無駄にしないでよ、と捻くれて言うと、水奈は翼乃を抱き締めて言った。
「ありがとう。翼乃君」
「……泣かないでよ。化粧が落ちるからさ」
「その帽子、とても似合っていますよ」
 帽子の先を持って、翼乃は片目を隠した。
「ホテル代は、帰った時にやるからな」
「利子つけてよ。マジで高かったから」
「ああ、わかった」
 解放されると、翼乃は2人に背を向け、4・5歩くらいで足を進めて。
「メリークリスマス。泳地兄さん、水奈兄さん」
 肩越しで振り返って微笑みを見せると、小さなサンタクロースは外に出て行った。
「……泊まっていくか」
 翼乃が去ると、泳地はホテルのキーを水奈に見せて聞いていた。
「せっかく、翼乃君がお金を出してくれましたし。泊まらないと、怒られちゃいますからね」
 水奈は笑いながら、心の中で翼乃に感謝の言葉を呟いていた。
「(ありがとう、翼乃君。メリークリスマス――)」

「(別に感謝しなくてもいいんだけどなー)」
 ホテルを出ると、翼乃の名を呼びながら青年が近づいてきた。
「あ、ジュン」
「渡してきたのか。あいつらに」
 翼乃がコクリッと頷くと、ジュンは「そうか……」と息をはいた。
「おかげで、お金ないけどね」
「そんなにしたのか?」
 2人はゆっくり歩きながら、ホテルを離れていった。
「二泊分……と、クリスマスプレゼントに」
「あ? ホテル代だけじゃないのかよ??」
「うん。ここのホテルって、クリスマスケーキを出すんだって。店員に聞いたからさ、宿泊代のついでに払っちゃった」
 と言い、翼乃は帽子の先で遊んでいた。その様子を見て、ジュンは翼乃の後ろからギュッと抱きついてきた。
「どうしたの、ジュン?」
「……可愛すぎだ。それ」
 腕を放すと、ポケットから四角い筒を出し翼乃に渡す。
「口紅だ。お前に似合う色を選んだ」
「これって、もしかしてクリスマスプレゼントなの?」
「ああ、そうだ」
 ふたを開け、翼乃は口紅の色を確かめた。
「(濃いめのベージュ、か。まあ嫌いじゃないわね)」
 ふと、何かを感じた翼乃は正面にいる男の顔を見た。
「(目が輝いている――。塗れっていうのか)」
 塗らないでおこうかと思ったが、ジュンの子供のような顔を見て深くため息をつき、口紅を塗った。
「(仕方ない。今回だけは……)」
 唇に塗ると、翼乃は口紅をコートの胸ポケットにしまい込んだ。
「似合う……似合いすぎだ!」
 突然ジュンにキスをされ、翼乃は肩を押した。
「ちょ、と! 人通りでやらないでっていってるでしょ!!」
「別にいいだろ。今日はイヴなんだからよ」
 と言って、ジュンは翼乃を横抱きにして、町の中を駆け抜けていった。
「ジュン!」
「早く帰りてぇんだよ! お前と一緒にケーキ食べたいしな!!」
「だっ、だったら降りるから!」
「やなこった!!」
 帽子を押さえながら翼乃は恋人の顔を見た。重ねた唇に自分が塗った口紅が残っているのを眺めて、ゆっくりと微笑みを浮かばせる。
 走り行く二人に、空から白い星が降り注いでいた――

 妹が支払った部屋で、水奈はベッドの上に座りながら外の景色を見つめていた。
「ゆき……」
 雪が降り始めた時に、泳地がバスルームからあがってきた。
「兄さん。雪ですよ、ゆき!」
「んっ。……そうだな」
 バスローブを羽織りながら泳地はベッドに行き、水奈の隣に座り込む。
「ホワイトクリスマスになるな」
「えぇ……」
 そう言うと、水奈はそっと泳地に身体を預ける。
「どうした」
「本当に。これでよかったのかな、と思って」
 左手につけている指輪を見つめながら、水奈は語り出した。
「今日は聖なる日で、キリストが生まれた日――。
 そんな日に、僕達はここにいてもいいのでしょうか? 翼乃君に悪いと思いますが、やっぱり……」
「いいんじゃないのか」
 泳地は悲しみにくれる弟の身体を自分の膝の上に座らせると、片腕で抱き締めもう片方で指輪のついた手の首を掴んだ。
「聖なる日に何をしても、神様は何も言わない。俺達も、神だからな」
 指にはめられた指輪に口付けをすると、抱き締めていた手でローブの帯を引いた。
「それに俺達は、いろんな罪を重ねてきたからな」
「……そうでしたね」
 羽織っていたものを脱がされると、水奈は白い腕を泳地の首に巻きつけた。
「すみません。変なことを言って」
「別にいい……」
 と言って、ついている物を払うように水奈の頬を撫でる。
「化粧は、自分の本当の顔を隠してしまう。あまりしない方がいいぞ」
「気がついていたのですか?」
「ああ。それとお前、女性物の服を着るな」
「どうしてですか?」
 意地悪そうに水奈が笑いながら聞いていると、顎を掴まれて顔が少しずつ近づいてきた。
「本当の女に見えるからだ」
 重ねられた唇を感じながら、水奈を抱き締めたままベッドに倒れていく。
「兄さん。愛していますよ」
「……俺もだ」

 本当は、いいと思っている。
 ずっと一緒にいたい。だって――
「お前と、同じ気持ちだ。2人だけで過ごしたい」
 あの時の、あなたがいってくれたから。だから。

 今宵。あなたと一緒に、聖なる星の下で過ごしたい――


 クリスマスSSで、泳地×水奈+ジュン×翼乃でした。
 聖なる日に過ごす、恋人達……
 やってくれますよ。この二組っ。



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