熊野神社の杉原宮司からいただいた「杉田十境眺望図」。一恵斎芳幾の浮世絵だ。開港当時の根岸湾から眺めた風景が描かれている。主な名所にはそれを示す名称も入っているが、中にはよく分からないものも。
そこで、『磯子の史話』を紐解いてみたら……
杉田十境として、こんなことが書いてあった。
1 刹干樹 東漸寺の仏殿前の大杉、樹齢千年という大樹で、里見兵乱の時に旗を立てたという。昭和18年惜しくも枯死した。
2 虎渓橋 (東漸寺)総門内にある橋をいう。今名残の弁天池の流れがあって、参道に橋があった。総門と山門(桜門)の間にあった。
3 琵琶池 (東漸寺)仏殿前の弁天池のこと。形が琵琶に似ていたか、中の島に弁天祠があったからか。
4 屛風ヶ浦 門前の杉田・中原と続く美しい砂浜、沖に房総の山を望み、白帆が点綴。
5 桐ヶ谷 中原の奥地、丘に囲まれ、北原田の水田を前景、大霊山を背景とする美しい景。
6 凌雲峰 桐ヶ谷の西側の山で、緑の木々に囲まれ、頂に滄海を一望する観瀾亭があった。
7 北湖峰 屏風の海を洞庭湖に見立て、湖を北から抱くように見える森の離れ山。または不動山のこと。
8 南湖峰 洞庭の湖水の南側にある山のことで、妙観寺山のことであろう。
9 伽沙羅山 北湖峰のうしろ、海に迫った断崖の山、浅間神社のある山をいう。
10 吐月峰 南湖峰のうしろ、南方富岡境の海に迫る断崖の崎山のこと。
凌雲峰というのは、桐ヶ谷の西側の山とされている。現在は開発されていて昔の風景を見ることはできないが、埼玉大学の今昔マップで大体の様子を探ってみた。
左の地図は明治36年測図、同38年製版の「杉田」地図。右は現代の地図。
桐谷の地名のところに鳥居の記号がある。これが熊野神社だ。その北西方向に標高が書かれている。50、60、65.2とあるが、どうやらこの65.2メートルがいちばん高い所のようだ。もしかしたらこれが凌雲峰なのかもしれない。
『磯子の史話』では「緑の木々に囲まれ、頂に滄海を一望する観瀾亭があった」と書かれている。「瀾」というのは「らん」と読み、大波を意味する。ここは根岸湾の波を眺める絶好のポイントだったようだ。
また、南湖峰というのは、洞庭湖の南側にある山のことで、妙観寺山のことを意味しているという。その南湖峰のうしろ、南方富岡境の海に迫る断崖の崎山が「吐月峯」だという。
で、その「富岡境の海に迫る断崖の崎山」とは……どこを指すのか?
調査はまだまだ続く…
by うめちゃん
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