やっと?なんとなく?
最終回を振り返ってみようかなぁ~と
思い始めました。
と同時に、
なぜだ?
と思う気持ちも込みあげてきました。
ドラマに対してどうのこうのではなく
真田幸村に対して。
幸村のように
何事にも何時でもどんな状況であろとも
諦めずに
勝つために、
家康の首一つを目指して
向かって行く姿勢は
物凄く私自身の心の支えとなっています。
大坂城へ入ってからの幸村は
明らかにそれまでの源次郎・信繁・左衛門佐ではない。
そこまで突き動かした思いとは何か?=なぜだ?
という事です。
多くの皆さんも同様な事を思っているのではないでしょうか?
真田丸や色々な関連書籍書物等にはそれぞれの見解で
その理由を挙げています。それはそれでよいと思いますが、
私自身なりにも考えたくなりました。
タイトルは第50回最終回その壱としましたが
まだまだ、このくらいの事しか書けませんでした。
とりあえず、明日(30日)の総集編をみたいと思います。
最終回を振り返ってみようかなぁ~と
思い始めました。
と同時に、
なぜだ?
と思う気持ちも込みあげてきました。
ドラマに対してどうのこうのではなく
真田幸村に対して。
幸村のように
何事にも何時でもどんな状況であろとも
諦めずに
勝つために、
家康の首一つを目指して
向かって行く姿勢は
物凄く私自身の心の支えとなっています。
大坂城へ入ってからの幸村は
明らかにそれまでの源次郎・信繁・左衛門佐ではない。
そこまで突き動かした思いとは何か?=なぜだ?
という事です。
多くの皆さんも同様な事を思っているのではないでしょうか?
真田丸や色々な関連書籍書物等にはそれぞれの見解で
その理由を挙げています。それはそれでよいと思いますが、
私自身なりにも考えたくなりました。
タイトルは第50回最終回その壱としましたが
まだまだ、このくらいの事しか書けませんでした。
とりあえず、明日(30日)の総集編をみたいと思います。