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SPIRO中嶋の日々を綴った日誌


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鴨居玲

2006-11-12 | 日常
という画家にハマりそうです。
つい昨日、楽器の練習しながら音を消して見ていたTVで、
たまたま彼の特集をやっていたんですが。。
練習の手を休めて見入ってしまいました。

”こんな心地の良い生温い日本では絵は描けない”

といってヨーロッパへ行き。腰を下ろしたのがスペインのなんたら?という貧しい町(ドン・キホーテの舞台となった町だったけど名前を忘れた)。そこの町にいる底辺で懸命に生き続ける大勢の人達を沢山キャンパスに描きました。その中のいくつかを画面を通して見ましたがなんとも言えない苦しそうな表情でした。笑顔の人もそういった含みのある顔。
彼は「ここに居れば絵の題材に困ることは無い」と言っていたそうです。
散々書き続けたところで「スペインの”黒”はもう飽きた」と言って、
神戸に戻ってアトリエを構えました。
”東京で個展を開く”という目標を持って。

その頃から彼の集中力は病的で、
描き始めると人とは会わず、まともな飯を食わず、
興奮のし過ぎで夜寝ることが出来ず、アルコールをあおって、
身体はボロボロ。

ようやっと準備期間2年をかけて開いた
自身の個展を見に行って、彼はがく然としたそうです。
「俺の才能はこんなものか」といって、
彼は絵を持ち出し、黒く塗り潰したそうです。

その辺りから彼は死を口にし出して、
寝室のふすまにクビを吊った自画像を描き、
それからこの絵『私』を描いて
http://www.tunic.co.jp/rei/rei-01.htm
1985年に逝きました。
最後の絵、彼自身の表情とその周りのスペイン時代に出会った人物で彼の画家としての人生をまとめ上げようとした作品という様なことを説明していました。
僕は素晴らしい絵だと思いました。

画家らしい人生と言えばそうですが、
彼の「こんな生温いところでは‥」という言葉が、
今日はずっと僕の頭の中で繰り返されていました。

僕は(ここ数年特に)、他人の意見を誰彼構わず耳を傾け過ぎていました。
心を入れ替えて音楽に打ち込もうと思います。

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