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見かけはこはいが、とんだいい人だ!

酒とROCKと文庫本・・・。仕事と家庭と趣味の三位一体を目指す、働くオヤジのブログです。

城山三郎氏 逝去

2007-03-23 | ニュースを考える
大学1年の夏だった。親父から、「読んでみろ」と渡された本がある。城山三郎「一歩の距離」だ。

子供の頃、毎年8月になると、TVはどのチャンネルでも「玉音放送」を流していたし、「8.15シリーズ」なる映画も、毎年、新作を封切していた。我が家に於いても、予科練で終戦を迎えた親父は、「大儀の、無節操とも言うべき大いなる転換」に戸惑い続けながらも、その影響を色濃く残した人生を送っていた。「戦争体験」は、折に触れ、家庭で語られていたのだ。

「一歩の距離」ー親父が拘ってきたことの、ひとつなのかもしれない。以降、城山三郎氏は、私にとって、「親父が教えてくれた」特別な作家となった。

社会に出ると、城山氏の経済小説が愛読書になった。何冊、読んだろう。特に「乗っ取り」の疾走感と、デカダンスが好きで、何度も読み返したものだ。

「バブル崩壊」以降、価値観・倫理観の大いなる転換を感じる昨今、「名著」と呼ばれる経済小説を読み返す時、「現代では通用しない」モチーフも多い。しかし、その中でも、「不変」のこと、「不変」であるべきことを語ってきたー城山氏は、そんな作家ではなかったろうか。

「指揮官たちの特攻」が上梓された時、「これが最後の小説でもいい」とまで仰ったそうだ。嗚呼!

「気骨の作家」=城山三郎氏のご冥福を心よりお祈りいたします。


<時事通信より>

『経済小説の第一人者で「落日燃ゆ」「毎日が日曜日」などの著書で知られる作家の城山三郎(しろやま・さぶろう、本名杉浦英一=すぎうら・えいいち=)氏が22日午前6時50分、間質性肺炎のため神奈川県茅ケ崎市の病院で死去した。79歳だった。名古屋市出身。自宅住所は非公表。葬儀は親族のみで行い、後日、お別れ会を開く。喪主は長男有一(ゆういち)氏。

海軍の特別幹部練習生として終戦を迎える。戦後、東京商科大学(現一橋大学)に進み、愛知学芸大(現愛知教育大)講師などを務めた。商社員の過酷な仕事ぶりを描いた「輸出」で文学界新人賞、1959年には企業の裏側を描いた「総会屋錦城」で直木賞を受賞し、経済小説の先駆者として注目された。

63年から文筆業に専念。実業家渋沢栄一の伝記「雄気堂々」や、A級戦犯として処刑された広田弘毅元首相の生涯を描いた「落日燃ゆ」(吉川英治文学賞、毎日出版文化賞)など、実在のモデルを主人公にしたノンフィクション風の小説を執筆。
自らの戦争体験を原点に「大義の末」などの戦争文学も手掛け、幅広いジャンルで活躍した。「黄金の日日」はNHKの大河ドラマになった。96年に菊池寛賞。個人情報保護法案の審議中には、「表現の自由を脅かす」として強く反対した。』 

ネット音楽配信が、シングルCD抜く!

2007-02-25 | ニュースを考える
CDが登場したのは、1980年代。86年には、過半数のシェアを占めていたようです。多少の労力と、それなりの出費と、何かしら思い出のあるレコードの数々。そして、それらと、「まるで旅のように引越す」ことの多かった20代の頃、とてもじゃないですが、買い換えていく気にはなりませんでした。

時代に抗いながらも、忘れもしない89年。新譜の販売が、CDのみ(一部を除く)に移行していきます。やむを得ず、CDプレイヤーを購入しました。中古でしか入手できなかった名盤が、次々とCD化されるにつき、いつの間にか、買い揃えていき・・・。その頃、友人と話したものです。「俺達が生きている内に、もう一度、フォーマットの変革があるだろうね」と。こんなに早いとは、思いませんでしたが。


<読売新聞より>

『パソコンや携帯電話機にインターネット経由でダウンロードするネット音楽配信の市場規模が、2006年に初めてシングル盤CDの生産額を上回ったことが23日、日本レコード協会が発表した有料音楽配信売り上げ実績で分かった。

 音楽配信は前年比56%増の約534億円に達し、CDシングルの生産額(約508億円)を上回った。

 音楽配信は、曲の一部を携帯電話に取り込む「着うた」(1曲100円前後)や、パソコン経由でダウンロードするサービスが、手軽さや安さで人気を集めている。米アップルによる携帯音楽プレーヤー「iPod」の普及などの効果もあり、市場規模が急速に拡大している。 』

悪法もまた法なり。されど、悪法ならば、改めよ!

2007-01-23 | ニュースを考える
「著作権料」を支払っている方々との不公平感。それはあるでしょうね。ここまで拗れた原因は、お店にもあるでしょう。しかし、素朴な疑問ですが、徴収した著作権料は、アーティストに還元されているのですか?1曲90円?それを、どう分配しているのですか?「お客のリクエスト=営利目的」とは言え、ピアノやハーモニカでビートルズを聴き、「ああ、いいなあ。ビートルズのCD,買ってみようか」という方もいるのではないでしょうか?「売上げ」に貢献することもあるのでは?JASRAC設立は、昭和14年とのことですが、「それ以前」の作品は?「よっぽど悪質と判断された」=スケープゴート?演奏者、権利者、消費者そして管理者での論議が必要な時期ではないでしょうか。

悪法もまた法なり。されど、悪法ならば、改めよ!


<読売新聞より>

『「著作権を甘く見過ぎていた」――。ピアノの生演奏を売り物にしてきたバーの経営者に、東京地裁は22日、懲役10月、執行猶予3年(求刑・懲役10月)を言い渡した。

ビートルズなどのナンバーを無断で演奏させたことが著作権法違反の罪に当たるとされた。著作権を軽んじた“ツケ”は、あまりにも大きかった。

有罪判決を受けたのは、東京都練馬区で「ビストロ・ド・シティ」を経営する豊田昌生被告(73)。クラシック好きが高じ1981年、ピアノの生演奏を聴かせるバーを開店。地元の音大生をアルバイトに雇い、週に数回程度、ショパンなどの名曲を演奏させた。

「ビートルズも弾いてよ」。客のリクエストに軽い気持ちで応じ、ビートルズやビリー・ジョエルなどの曲も披露するようになったが、当時は違法演奏と思っていなかった。』

上から読んでも「山本山」!

2007-01-12 | ニュースを考える
特に、「相撲好き」という訳ではありませんが、オヤジが相撲好きでしたので、小さい頃は、よく見ていました。大関になる迄の、若三杉さんのファンでした。長じて、「若貴ブーム」の頃、新国技館にも、2度、行ったことがあります。

しかし、今や、かつては「ヒール」として人気だった「外国人力士」に席捲され、「国際化の波」と片付けるには余りにも奇異すぎる「しこ名」の氾濫。「名は体をあらわす」というのであれば、もう少し、なんとかならないのだろうか・・・。

そんな中、驚くべきニュースが!(笑)大学5冠の巨漢、本名=山本龍一が、「山本山」という“しこ名”で、前相撲デビュー!「相撲界初の、ネーミングライツ」か!(笑)「山本」という姓には、縁も感じるし(笑)、応援しましょうか!


<毎日新聞より>

『大相撲初場所(東京・両国国技館)は、早朝の前相撲からも目が離せない。「世界横綱」から「高校横綱」までそろい、とびきり高いレベルの土俵を繰り広げている。しこ名も各人各様。「目」でも「耳」でも楽しめそうだ。【藤野智成】
 「山本山」。日大時代に5冠に輝いた、新弟子検査史上最重量233キロの巨漢、山本龍一(22)=尾上部屋=に付いたしこ名だ。食品会社「山本山」(東京都中央区)の社名、商品名と同じ。名付けた師匠の尾上親方(元小結・浜ノ嶋)は「序ノ口に『山本』がいるから、こっちは後ろに山か川をつけようと思ったが、覚えやすい方がいいと思ってね」。
 これには同社広報課も「顔も相撲も見たこともない力士なので、何とも申し上げられませんが、困惑しているといいますか……」と驚くばかり。一方、山本山は「話題になるかなあ」と早くも気に入った様子だ。
 かたや兵庫・報徳学園高で高校横綱に輝いた李大源(18)=春日野部屋=は当分、本名で通すことにした。これに困惑しているのは呼び出したちだ。「読みで1字の名を呼び上げたことは私もないねえ。難しいだろうな」とは、この道38年の副立呼び出し、秀男(57)。日本相撲協会も「漢字1文字のしこ名はあっても、読みも1字というのは記憶にない」という。


 秀男によると、呼び上げやすいのは、最後が「ア」の母音で終わるしこ名。「山(やま)や川(かわ)は最高だね」。「イ」の母音は、ただでさえ伸ばしにくいのに、1字だけとなると「『りーぃーぃー』か? うーん」と苦笑いだ。
 前相撲の間は節(ふし)もつけずに、簡単に名を呼ぶだけだが、序ノ口となる来場所は若手の呼び出しが本格的に呼び上げることになる。秀男は「来場所までに変えてくれるでしょ。親方に言っておこう」。だが、師匠の春日野親方(元関脇・栃乃和歌)は「李自身がこのままがいい、って言うんでね。呼びづらくて申し訳ないとは思うけど、しばらくはこれで通させてもらう」。
 今場所の前相撲には、昨秋の世界選手権無差別級を制したロシア出身の阿覧(あらん)(22)=三保ケ関部屋、本名・アラン・ガバライエフ=ら他にもそうそうたる面々がそろった。』


なぜ「庁」、ではだめなのか?

2006-12-21 | ニュースを考える
年の瀬の喧騒に呑まれ、今更ではありますが・・・。

“私のブログ”ではありますが、「護憲」、もしくは「改憲」を、この場で述べる気持ちはありません。ただ、戦後60年以上を経た現在、「実情に合わない法律」は、いくつもありますね。また、いつになっても、「不変」であって欲しいことも。



<毎日新聞より>

「防衛庁の省昇格関連法は15日の参院本会議で、自民、民主、公明などの賛成多数で可決、成立した。内閣府の外局に位置付けられている防衛庁を省として独立させ、「付随的任務」だった自衛隊の海外活動を「本来任務」に格上げするのが柱。政府は来年1月9日に防衛省を発足させる方針で、久間章生防衛庁長官が初代防衛相に就く。
 省に移行すると、これまでは内閣府を通じて行ってきた閣議請議や予算要求などを、防衛相が「防衛の主任大臣」として行うことになる。ただ、自衛隊の最高指揮監督権者は首相のままとするなど、シビリアンコントロール(文民統制)に関する規定は変えない。
 また、これまで自衛隊法で付則に規定されていた国連平和維持活動(PKO)やイラク復興支援特別措置法に基づく活動などを「国際平和協力活動」として「わが国の防衛」と並ぶ自衛隊の任務に明記する。
 防衛庁は1954年の発足。「庁」としてスタートしたのは、戦前、軍部の独走を許した教訓や、憲法9条の影響があったとされる。
 省昇格は64年に閣議決定されたものの、国会提出は見送られ、01年には議員立法として国会に提出されたが、廃案になっている。今回は、政府が6月に通常国会に提出し、継続審議になっていた。与党に加えて、民主党も賛成に回った。」