ゆっくり追記すると書いてから。
本当にゆっくり書き進めてはいたのですが。
書いては消し。
書いては消し。
その繰り返しでございました。
↓ ↓ ↓
『生きる』ためにしなくてはならない基本的なこと。
『日常生活』を送るために必要なこと。
それが突然に出来なくなってしまった10代前半の私は
それまで無意識下で自分がしてきていたことを
すべて意識せざるを得なくなり、
激しい混乱と錯乱の中にいました。
今の時代はよく耳にする病であり
治療法もある程度は確立されているようですが、
20年以上前、しかもまだ子供だった私が
自分に何が起きているのかもわからないまま病院に行き
症状を冷静に言葉にして説明し、診断を仰ぐには無理がありました。
だってその瞬間でさえ錯乱の真っ只中なのに!
見えないものに怯え、聞こえないものを耳にして
どんどん心身が蝕まれていくあの恐怖感は
「社会」の中で『普通』に見えるであろう今現在の私の
本当の中心の芯の部分に、いつの瞬間も存在していて。
楽しくても、嬉しくても、幸せでも。
いつもどんな時でも真芯には不安が陣取っているのです。
それくらい強烈な経験でした。
それでも現在、あの頃よりも
遥かにまともに『普通』に近く生きられるようになっているのは、
『普通』に近付くための一歩を踏み出す勇気を出させてくれたのは
ほかでもない、加藤選手なんです。
20代になっても絶望の中にいた私に
勇気を振り絞って…というより清水の舞台から飛び降りる気持ちで
行動を起こすことを決断するきっかけを与えてくれたのは
1999年ワールドカップの日本vsスペイン戦で
加藤さんが翔んだバックアタック時の1本のジャンプでした。
コートの中央。
空中でふわりと浮いて止まった人。
目に焼きついて離れないそのジャンプに魅了され、
録画を何度も何度も、とり憑かれたように繰り返し見て。
心が沸き立つその感覚を、その瞬間を多く味わうことで
自分の中に「希望のある時間」を生まれさせ
積み重ねていたように思います。
清水の舞台から飛び降りる勇気をもらった、
年齢だけは大人になっていた私は
然るべき病院に行き、思っていた通りの診断を受け、
必要な投薬治療を開始し。
紆余曲折は多少ありながらも「社会復帰」にこぎつけました。
その後しばらく稼ぎはほとんど加藤さんを応援するために使いましたね(笑)。
Vリーグや全日本の試合を観に地方へも行きました。
在来線や新幹線や飛行機での移動、
ホテルを調べて予約して…etc。
社会に出て働くことも含め、それまで一切出来なかった経験を
ほんの数年で一気にさせてもらいました。
そして何より私が今でも幸せに思うこと。
それは、同じ加藤さんファンの友達との出逢い。
“青春時代”と呼べる学生時代が無い私が、
新しく誰かと知り合い友達を見付けることができた場所…
それが試合会場や、情報交換をし合うファンサイトでした。
ここでかけがえのない出逢いをもたらしていただきました。
今も連絡を取り合える、心優しき素敵な方々は
私の宝物です!
…ううん、それだけじゃありません。
加藤さんをきっかけに社会に出た私が働いた
いくつかの職場で出逢った大切な友達も。
あるがままを受け留め支えてくれる、大好きなダーリンも。
あの時加藤さんに勇気をもらい、
大きな一歩を歩み出さなかったらきっと
出逢えなかったであろう人たちだから。
加藤陽一というひとりの翼を持ったバレーボールプレーヤーが
存在してくれた奇跡に。
あの日あの時にあのジャンプを翔んでくれて
それを自分が目にすることができたという奇跡に。
本当に感謝します。
想うのは…
呪いたくなるような運命と。
それがなかったらもたらされなかった幸福な運命と。
未だ見えないこれからの運命で。
私という人間が形成されて、そしていつか消えていく事実。
きっとそれほどたいしたことではなく。
でも何気にすごいこと。
引退試合を観に行く友達に、想いを託します^^
私のぶんも応援よろしくお願いしますね!!!
指導者としてこれからもずっとバレーボール人生を歩んでいく加藤さんを
これからも、いちファンとして応援していこうと思います。
選手としては叶わなかったオリンピックの舞台にも…
いつか若い選手を率いて立てますように。
加藤陽一選手…お疲れ様でした。
たくさんの希望の光をありがとうございました。
* * * * * * * * * * *
いやはや…ここまで語らなくてはならなかったか(苦笑)。
でもだって、どれだけ私に大きな影響を与えた人かってことを
説明するためには必要だったかと思われ(汗)。
あわわ…引かないでー^^;
おしまい。
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Akiっちに出会った頃
ふわりと浮いたのよふわりと…ってとっても楽しそうに
話すあなたを思い出したわ
Akiっちが加藤さんのそのジャンプを見なければ
あたくしはあなたと出会うことがなかったのかもと思うと
加藤さんに感謝しなければと思ったりして(///ω///)♪
これからも色んな事があるだろうけど優しいダーリンと
仲間がいるからあなたは大丈夫!♪
あたくしの事も忘れないでね~(笑)
シールまだちゃんと持ってるよん(^o^)v
いつもコメント公開遅くなってごめんね
ももママとも10年以上(12年?)の付き合いになるんだねぇ^^
かけがえのない出逢いです本当に!
『縁』って繋がっていくものなんだよね…それをしみじみ実感するよ。
うちのクロネコが家族になったのも、ももママがきっかけだし
不安定な時期に不安な気持ちをメールで訴える私に、
いつも「がんばれ」じゃなく、「そういう時もあるよ」って
まんま受け留めてくれたももママ。
私は本当にたくさん救われてきました。ありがとう
これからも遠慮なくお世話になるつもりです!よろしく!(笑)
手作りプリクラのことだね!?加藤さんの
懐かしい~
Akiちゃんにとってはとっても大きな存在の加藤くん。
今更ながら、そうだったのだと。
加藤くんが居なければ縁のなかった私たち。
あの日(’98世戦)の衝撃は忘れようとしても忘れられない。
そんな存在だったものね。
これらかもずっとずっと応援しましょう!
その節は、第一報をありがとうございました
有栖さまは私よりも1年前に見付けていたんですもんね^^
98年世選の全試合のビデオをダビングして頂き…本当に感謝してます
アルゼンチン戦での圧倒的な活躍に衝撃を受けました!宝物です
VHSデッキが動くうちにDVDに残しておかなきゃ!!
有栖さま作製垂れ幕も懐かしいです。
いつか『加藤JAPAN』での試合にまたあの垂れ幕掛けたいくらい(笑)
一生続く彼のバレーボール道を一緒に応援していきましょう~