こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第二部【30】-

2024年09月12日 | 惑星シェイクスピア。

(※映画「ミッドサマー」に関してネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいませm(_ _)m)

 

「世界で一番美しい少年」の中に、ビョルン・アンドレセン氏が撮影されてる場面というのがありまして……それでこちらの映画の<ディレクターズカット版>というのを見ました(^^;)

 

 いえ、これはあくまでわたし個人の感想なんですけど、ディレクターズカット版は大体三時間くらいありますんで、見終わったわたしの感想としてはですね……まあ、通常版で十分すぎるほど十分な映画の内容だったなーと思ったり。。。

 

 そのですね、「ミッドサマー」の監督さんのたぶん前作に当たるのだろう「へレディタリー/継承」というホラー映画があって、わたし、随分前にこちらを見たことがあって、「キリスト教的価値観含め、やたらよく出来たホラー映画」と思って感心してたので――その同じ監督の新作ということで、その時から気にはなってたんですよ

 

 でも何かこう……人に話を聞いたところによりますと、「んー、なんか微妙?」、「つか、うまく説明できねえ」みたいに言われたことがありまして、面白い映画に関しては「超面白れぞっ、絶対見ろっ!!」みたいな言い方をする方々なので、反応的に見て「あ、これたぶんそんなに面白くないってことなんだな」みたいに思ったわけです。

 

 で、今回見た――のはいいのですが、ビョルン・アンドレセン氏はとりあえず思った以上のちょい役で、最初のほうにちょっと出てきてすぐに死んじゃうような感じだったりするんですよね(笑)。それはさておき、まずはあらすじ紹介から

 

 >>妹と両親が心中を図り、家族全員を一度に失ったアメリカの女子学生ダニー。悲しみに沈む彼女は、恋人のクリスチャンが男友達とスウェーデンの田舎で行われる夏至の祭りに行くと聞き、その旅に同行する。美しい花が咲くのどかな村で住人たちの歓迎を受ける一行。やがて、一日中太陽が沈まない白夜の最中、90年に一度の祭りが幕を開ける。だがそれは、次第に不穏な空気に包まれ、徐々に想像を超える悪夢へと変わってゆく……。

 

 その~、とりあえず見た方のほぼ全員が思うのが、おそらくは「こゆー内容とは思わんかった」、「そうなるとは思わんかった」的なことではないでしょうか。ちなみに、わたしの中の価値観としてはこれ、特にホメコトバではありません(^^;)というのも、ラストに近づくに従い、「そうなるとは思わなかったーっ!!」という、ホラー映画に特有の「意外性がある」といったことではまるでないからなんですよね(ただし、これもわたしの中の比較として、という意味です)。

 

 もうずっと、「これほんとにホラー映画なの?」というくらい、とにかく内容的に淡々としてまして……いえ、最初のほうに主人公のダニーが妹と両親を心中によって失う場面というのがあって、「そのトラウマを彼女がどのようにして癒すか」という映画ではあるんですよ、確かに(^^;)

 

 それで、ホラー映画らしく一緒に北欧の田舎にあるのだろう村へ行って、ひとりまたひとりと友人が行方不明となり殺害されていたとわかる――のはまあ、ホラー映画の展開としては定番とも思う。ただ、このスウェーデンにある村というのが、かなり特殊な伝統を守り続けている村であり……どうもこう、村の儀式的なものに乗っとって、この村人たちが笑顔or平常心で、特段悪いことをしていると感じるでもなく殺人を順に犯していったのではないかと思われること、この点がまあ特異な点といえば特異なのかな~といった程度の印象。。。

 

 まあ、自分的にDVDパッケージのダニーの顔の表情が結構なところ映画の「鍵」と思ってまして……映画見終わったあとわたし、映画のコピーとして<持つべきものは友>とか思っちゃいました(笑)。何故かというと、こんな田舎の特殊な村が、突然にして外部の人間を受け容れるはずなどなく――彼らの大学の友人ペレという男が、「自分のスウェーデンの田舎に来ないか?」的に誘っていたらしく。で、このペレ、なんだか常に落ち着き払ってて、完全犯罪を犯す知能犯っぽいような冷静さを持った人物なんですよね(^^;)で、彼の妹マジャが写真でダニーの恋人であるクリスチャンのことを見てすっかり好きになってしまい、彼との間に子供が欲しい……といったような理由により、クリスチャンは彼女の陰毛入りの食事をしたのち、ある種の性の儀式による種付け(?)というのか、性交をするということに。

 

 これは、ペレの妹マジャの恋人になるとか婚約者になるとかいうことではなく、何分閉鎖した雰囲気の村でのこと、時々はこんなふうに外部の血を中へ入れる必要があり、マジャはすでに村の人たちに性交渉の承認を得ているという。。。

 

 普通の若い、健康的な男性であれば「えっ!?ただでセックスさせてくれんの?」みたいになっても不思議はないわけですが、クリスチャンは一言でいえば性格の「いい奴」であり、ペレの妹マジャは色白の可愛いおにゃの子でもあるのですが、「なんか変だ、この村」といったようには彼もわかっており、この時点ですぐ目が性欲で血走るとか、そうした感じでもないんですよね(^^;)

 

 話のほうは最初に戻るのですが、実はダニーとクリスチャンの関係はずっとうまくいっていません。ふたりは交際してもう四年にもなるのですが、クリスチャンは実は一年も前からすでに別れることを考えており、それは他の旅に同行した友達のマークやジョシュやペレなどにもよくわかっていることでした。というのもダニー、妹が双極性障害で、その妹の症状に悩まされ、両親もすっかり参ってしまい、これが家族が心中してしまった理由でもあり……ひとり残されたダニーですが、妹が生きている間はずっと彼女もまた色々と悩みの相談に乗ってあげたりと、それはダニーが悪いことではないけれど、おそらくデートしてても妹がライン的なもので色々なことを訴えてくる。それが自殺を匂わせるものだったりすると、「ごめん、ちょっと……」みたいに何度となくなっていたのでしょうし、ダニーもまた恋人のクリスチャンに重く依存するような形で「妹がまたこんなこと言ってるんだけど、どうすれば……」とか、色々な形でずっと相談してきたのだと思います。

 

 で、クリスチャンは基本的にすごく「いい奴」なので、ダニー本人が悪いわけでもないのだし、誰より妹に迷惑かけられて可哀想な恋人を「別れよう」とすっぱり切ることも出来ず……ズルズルここまでつきあい続けてきたけれど、本音を言えば若者らしく(?)、カジュアルにセックスを楽しめるような恋人が欲しいまた、そんなことを友人のマークやジョシュたちにずっと相談してきたらしく、それで友人たちはみんな「別れたほうがいい」みたいに助言していたという。

 

 今回のこの旅行に関しても、本当はダニーは同行する予定ではなかった。そして、クリスチャンがペレの妹マジャと儀式的性交をすることになったのも、強い性欲の高まりに負けたとか、発情期の馬が目の前にぶら下がる人参に齧りついたといったようなことでもなく――何かこう、薬草の入った飲料があるのですが、それに催淫剤的なものが混入されていたのではないかと思われるわけです(^^;)

 

 この頃、ダニーはダニーで薬草酒的なものを飲んで、ダンス生き残り戦(?)みたいなもので最後まで倒れず残ったことで、夏至祭の女王のような存在となっている。ところが、この時ダニーはクリスチャンが年は老婆から中年女性、若い女性と混じっていたと思いますが、あれ何人いたんですかね……十二人くらいの全裸の女性に見守られる形で、ペレの妹マジャとセックスしている場面を覗き見てしまい、ショックを受けるあまり吐いてしまう

 

 こののち、90年に一度の儀式の締め括りとして、9人の犠牲を捧げる的な展開となり、その9人の中には当然、奇妙な形で儀式的に殺害されたと思しき、マークやジョシュも含まれていて――最後のひとり、誰を犠牲とすべきか選ぶ選択権が夏至祭の女王であるダニーに与えられる。もしクリスチャンが(いや、わたし的にはあれ、仕方なかった気はするんですけどね^^;)ダニーのことを裏切らなかったとしたら、あるいはペレの妹とセックスしたことがこの時点でバレてなかったとすれば……ダニーの答えは「誰かを儀式の死の犠牲になんて出来ない。てか、最初から思ってたけど、あんたたち頭おかしいよ!!」的なものだったのではないかと思います。

 

 でも、間接的に「クリスチャン、ペレの妹と浮気したらしいぜ」と聞いたりしたというのでもなく、ズバリ犯罪現場……じゃないけど、とにかく浮気現場を見てしまった直後のダニーとしては――選んでしまったわけですよね、ずっと恋人関係がうまくいってなかったクリスチャンのことを

 

 で、この映画、すでに死んでる死体含め、まだ生きてる人間も納屋みたいな場所に安置し、藁に火をつけるような形で生贄として捧げる……みたいな場面で終わるのですが、変な熊みたいな着ぐるみの中、炎に包まれるクリスチャンのことを思い、ダニーが奇妙な笑いを浮かべている場面がラストシーンです

 

 その~、わたし的に宗教的な深さや哲学的深さはまるで感じなかった映画なんですけど、唯一心理学的にのみ「深い」と、このラストシーンを見て思ったというか。また、ダニーが心理学を大学で専攻していることから見ても、映画のスタッフさんたち的には「狙いどおり」で淡々とここまで脚本通り撮影してきた――という、何かそんな感じなのかもしれません。まあ、わたしにはこの映画、ちょっと前に感想書いた「ミスト」と違って、なんで☆五つ評価で5を入れる方が結構いるのか理解できないんですけど(笑)、まあワカル人にはアリ・アスター監督が意図したのだろう、その深いところがワカルということなのかどうか(^^;)

 

 ただ、自分的に最後のダニーの奇妙な笑顔、その奥底にはDVDパッケージの泣き顔が隠れているのだろうと感じられること、その点についてのみ、高く評価できるように思っていて……で、これはあくまでわたし個人の感想ではあるものの、ダニーやクリスチャンのようにではなくても、この世界の多くの方が「精神をこの上もなく抑圧された現実を生きてる」ということが、実際のところ結構あると思うわけです。仮に今現在はそうでなくても、過去にはそうした地獄を経験したことがある、あるいはダニーがそうだったように、身近な誰かが地獄的鬱を経験していてそれに否応なく引き摺り込まれるなど……そうした精神的抑圧を、古来から人間はなんらかの「祝祭」、「祭り」を通して癒してきたところがあるらしい(必ず死者が出るというリオのカーニバルみたいなものですよね、たぶん。一年の間、とにかくその頂点を目指して人々は生きてる的な)。

 

 わたしたちの今の日常でいえば、「他人の不幸は蜜の味」とばかり、ネットで誰かが叩かれたり炎上してるのを見て、「きししし☆ざまあッ!!」と、表面上は「あらあ~、お気の毒」、「可哀想~!!」なんて同情しつつ、裏では満面笑顔!!なんてことが時々あったりもするわけで。これもまた、あくまである部分は精神的ガス抜きといった部分があるのでしょうけれど、ようするに「他人のなんらかの犠牲」ですよね。そんなものをテレビなどを通して見て、癒されることが実際のところあったりする。もちろん、震災とか戦争とか、そうした深刻な不幸については心から言葉もなく深く哀悼の気持ちを感じるにしても……でも、そこまでではない他人の不幸であるとか、彼らの「ちょっとした犠牲」や「多少の傷つき」によって自分の心が癒されることがあると自覚する時――それを人間として「恥かしい」といったように後悔するのではなく、むしろ徹底的に相手が貶められ、最下層に落ちるようなところを見てスッキリしたい……というところまで落下するような心の暗闇を、実はわたしたちひとりひとりが持っているのではないかという暗黒心理について、なんだか連想されるところがあったりするわけです。

 

 そうした種類の、誰かの犠牲が今この瞬間もどこかで捧げられていることと(でも、他人ばかりでなくそうした順番というのは必ず自分にも回ってくる)――この、スウェーデンの特殊な村ホルガで一年に一度捧げられる犠牲との間には、何か共通点があるように感じること、そうしたところがわたしにとって、心理学的深さを感じさせるところがあるにはあったような気がしたり(^^;)

 

 以上、何か色々書いてみましたが、「じゃあ、これからちょっと見てみようかな」といった方がいた場合、とりあえずわたし自身は「え?あんな映画見るんだったら、他の映画見たほうがよっぽど有意義だよ」と答えるだろうことは間違いなく……ゆえに、本当の意味で特段誰にも薦めようと感じない映画であり、前の「ヘリディタリー/継承」がわたし的にホラー映画として「よく出来てる」と感じるものだっただけに――「同じくらいの冴えが欲しかったよなあ」と、見終わった今は思っているような次第であります。。。

 

 それではまた~!!

 

P.S.ここ書いたあと、ちょっとした確認のためにウィキを見たら、他でもないアリ・アスター監督自身の言葉として、映画のラストの意味が書いてありました。つまり、その「ラストシーンの意味」と照らして言えば、↑に書いたことは解釈違いということになりますが、わたし的にはこの監督の見解こそ「なおのこと一層救いがねえ」と感じられるものであり、一本の映画見て何を感じるかは見た側の自由という意味で……自分なりの解釈だけで十分だな~とあらためて思ったような次第でありますm(_ _)m

 

 ↓これ、あとから思ったことなんですけど……もしかしてクリスチャンは、ハーブ酒みたいなものでマジャの姿が恋人のダニーに見えていた……でも彼はその後、他の植物の粉末か何かで口もきけず、体も動かすことが出来なかったことから、そのことをダニーに説明する機会すら与えられなかった、とか。いえ、どっちにしろ悲劇であることには変わりないというか、見ようによっては悲喜劇であるってところが、この映画のなんとも言えないところです(笑^^;)。

 

 

 

       惑星シェイクスピア-第二部【30】-

 

「ですが先生、何故ですか!?何故急に<東王朝>へ向かうだなどと……」

 

 ギベルネスが驚いたことには、彼が考えた以上に取り乱したのはハムレットではなく、いつも冷静沈着なタイスのほうだったのである。彼はまるで、(これが座ってなどいられるものか!)とばかり、ソファセットの横を右や左へうろうろしている

 

 ふたりの居室のほうは、ギベルネスとレンスブルックの部屋より広さこそあったが、構造自体はあまり変わりなかった。厚いカーテンのような覆い布に囲まれた四柱式ベッドに、そこから階段を下りた場所にソファやテーブルが配されている。他は、隣に続き部屋があり、タイスはそちらで就寝しているのだろうと思われた。

 

「ハムレット!!おまえからも何か言え!これから我々はバロン城砦へ攻め込もうというのだぞ。この一番大切な時期に、ギベルネ先生には……いや、<神の人>には何がどうでもそばにいていただかねば困る!!」

 

「落ち着け、タイス」幼馴染みが取り乱しているのを、ハムレットは多少面白がっているようだった。そのことが彼の顔のちょっとした表情でギベルネスにもわかる。「先生には先生で、きっと何か御事情があるのだろう……そのことを先に聞いてからでもいいのではないか?何より、今のおまえのように頭ごなしに腹を立てていたのでは、ギベルネ先生も取りつく島もないだろうからな」

 

「う、うむ……」

 

 いつもはこの逆のパターンが多いだけに、ハムレットはそのことを楽しんでいるらしいと、ギベルネスはそう感じた。タイスは羞恥のためか、やや頬を紅潮させ、再びソファへ座り直している。

 

「ですが、何故ですか?何故突然<東王朝>だなどと……」

 

 タイスはあらためてそう聞いた。ハムレットは袖椅子のほうに座っていたが、ギベルネスが自分から話すまで、待つような姿勢をずっと取り続けている。

 

「星神と星母神の使いから神託があったのですよ」

 

 辻褄を合わせるために考え抜いた言葉を、ギベルネスはようやくのことで口にした。その直前まで(実は私はあなた方の信じるような<神の人>などではないのです)と言いたい強い誘惑に駆られていたが、やはりそれは賢明でないだろうとわかっていた。

 

「ほう?一体どんな?」

 

 タイスは、不信心によってではなく、(信じがたい)と言いたげに、眉をひそめてそう聞いた。

 

「とにかく、これは最終的にあなた方の益になるはずです。私が受けた神託では、<東王朝>へ向かい、そこにいるらい病患者らを救えということでした。また、ローリー・ロットバルトに薬を与え、彼が癒されたとわかれば、それがバロン城砦陥落の勝利のしるしとなるはずだと……」

 

「そんな馬鹿なっ!!」

 

 タイスは再びイライラしたように、ソファのまわりをうろうろ歩きはじめる。ハムレットももう、そうした親友の姿を笑ってはいない。むしろ、一緒になってぐるぐる部屋中を歩き回りたいくらいだった。

 

「いいですか、先生っ!!そりゃあ我々はあなたのことをご尊敬申し上げておりますよ……それも心からっ!ですが、今回の戦争に一体<東王朝>がどんな関係があります!?よしんば、我々がバロン城砦を攻め立てるのを見て、こりゃ内乱だ、<西王朝>は分裂し、弱体化しつつあるのだと<東王朝>側で察して攻めて来たとして、それとあなたが<東王朝>でらい病人を救うことと、一体どんな関係があるというのです?むしろ、俺は心配ですよ。そうこうするうち、あなたがらい病人からい病を移されて、他国でそのまま死ぬのではないかということがね!!」

 

「ですが、私が<東王朝>へ行き、神託の通りにしなければ……いや、そうしなくても、あなた方は勝つでしょう。ですが、私がこのままこちらへ留まっても、大したことは何も出来ません。それに……」

 

 ギベルネスはここでハッとして、こう付け加えた。例の占いの館の老婆が言っていたことを、あらためて思いだしていたのである。

 

「開戦前か、その直前くらいに、必ず私は戻って来ます。それに、私はらい病にはなりません。それも、神によって保証されていることですから」

 

「…………………」

 

 ハムレットは黙り込んだ。タイスはなおも何か言いたげに、今度はソファから少し離れた場所で室内をうろうろしはじめる。同じように星神・星母を信じているはずなのに、やはり彼としては理屈に合わないとしか思えなかったのだろう。

 

(ギベルネ先生はこれまで、こんなにはっきり星神や星母の名において神託があったなどと、口にされたことはない。まあ、普通に考えたとすれば……戦争が間近に迫ったことで、保身のため、戦争の恐ろしさに身をさらさぬため、逃げる口実を口にしているだけだとそう思うのかもしれない。だが、先生はそのような人ではないし……むしろ<東王朝>へなど、先生自身行きたくないように見受けられるのは、オレの気のせいだろうか?)

 

「先生、はっきりおっしゃってください」タイスは自分の続き部屋まで行ってから、怒りとイライラを静めるようにして、再び戻って来て言った。「先生はもしかして、<東王朝>出身の方でいらっしゃるのですか?いえ、俺は先生が隣国からやって来た間者なのでないかと疑っているわけではありません。ただ、本当のところを知りたいのです。我々は今までの間……あなたのことを<神の人>と思い、疑いの思いを抱いたりはして来なかった。いえ、カドールは違ったかもしれませんが、ギベルネ先生が実はどこの誰かなどと探りを入れようだの、本当に<神の人>かどうかその証拠を得るためにあなたを試そうだの、そんな不信仰な思いを抱いたりしたことはありません。ですが、そんな私をして初めて疑心が生じましたよ……いいえ、あなたが実は<神の人>でなかったとか、そんなことじゃない。今ここで逃げだし、我々のことを戦争の罠の中へ見捨てるのなら、何故我々の仲間になどなったりしたのです?もちろん我々はみな、あなたに感謝している。ロットバルト家の不幸な末の息子も、おそらく長く苦しんで来たという病魔から解放されることが出来るでしょう。ですが、そのことがバロン城砦が陥落する勝利のしるしになるだなどと……」

 

「もうよせ、タイス」

 

 ギベルネスが辛抱強く、不信心者の文句とつぶやきを聞くその表情の中に――この時ハムレットは、長老たちが民衆らの訴えを聞く時に見せる顔の表情と、まったく同じものを見て取った。つまり、神の御心は常にひとつなのだ。それは永遠に変わらない。無論、この宇宙を創造した神には、すべてが可能であって不可能はないと、そのように聖典にはある。また、その気になれば星の運行の軌道を変えることさえ出来る、とも……だが、塵に過ぎぬ存在の人間のために、神がそのような奇跡まで行わねばならぬ義務はないのだ。だが、人間がこれからも永遠にその造り主である神に文句をつぶやき続けることも変わりはないだろう。神はそのこともわかっているがゆえに、人間たちを憐れみ愛することにしたのだと、聖典にはそうもある。

 

「オレの心も、本当はタイスと一緒です。簡単にいえばそれは、ギベルネ先生、あなたにどこへも行って欲しくなどないし、そばにいて欲しいということなんです。まさかいつもとは違って、タイスのほうがこんなにも取り乱すとはオレも思ってもみませんでした……ですが、彼の怒りがもう少しばかり遅ければ、今この部屋中をイライラ歩きまわってあなたに文句を言っていたのはこのオレのほうだったでしょう。これは理屈ではなく、簡単にいえば感情の問題なんです。いや、オレとタイスだけじゃない。ギネビアもランスロットも、キリオンもウルフィンもレンスブルックもみんな……あなたが本当に<神の人>であるのかどうかと疑わしい態度を取ってきたカドールでさえ、あなたがいなくなると聞いただけで、塩を食らったなめくじか何かのように急に勇気がしなえたようになるでしょうね。そして、暫くの間考えるはずです……果たして<神の人>を失った我々が、本当に内苑州の軍を相手に勝てるかどうかといったことをね」

 

「わかっています」と、ギベルネスは深く嘆息して言った。「先に申し上げておきますが、私は<東王朝>出身の人間ではなく、おそろしい戦争を前にして何か口実を作って逃げたいわけでもなんでもないのです。ただ、今まであなた方と共にいるようにと星神・星母から神託があったからそうして来たように……ただ、信じるしかないのです。私がそうすることが、最終的にあなた方の益になるのだという、そのことをね」

 

(こうした言い方で正しいのかどうか……)と、ギベルネスは迷っていたが、タイスは彼のこの物言いでハッとしたようだった。彼もハムレットと同じく、ギベルネスにもまた自分たちに対し仲間としての愛着があり、戦列から離れたくてそうするのではないのだと、そのことがはっきりわかったからである。

 

「すみません、先生……」タイスは今度は何か、恥じ入ったようにあやまっていた。「つらいのは何も……俺たちだけだというより、おそらくそれは、あなたのほうこそが……」

 

(それが神からの託宣であれなんであれ、らい病患者の元へ行けと言われて、俺なら素直にそうと聞き従えるか?)ということを、タイスは自問したのであった。だが、行ったこともない<東王朝>へ行く、国境を越えることにも命の危険が伴うことを思ってみただけでも――彼にはそんなことは出来ないように思えてならなかった。それが仮に神の啓示であれなんであれ……。

 

「そうですね。あまり気の進まぬことを強い意志の力によって行なうというのは、肉体の身にある私にとってもつらいことです。ですが、人生には時に、腕や足を打ち叩いてでも行なわねばならぬことがある……ハムレット王子、覚えておいてください。本当の困難は、難攻不落のバロン城砦を陥落させるよりも――そのあとに起こります。そしてその時に、もし私が多少なりともあなたの力になれるといいのですが……」

 

 ギベルネスは自分でもこの時、何故こんなことを口にしているのかわからなかった。ただ、自分でも言っていて(確かにそのとおりだ)と思ったのである。何故といって、もし例の精霊型人類がハムレット陣営に味方するのなら、どのような道筋を通ったところで彼らは必ず勝利するだろう。だがそのあとに起きることは、むしろギベルネスには予測がつかなかった。彼らもそうであったろうが、まずはバロン城砦を落とすこと、すべてはそれからだとの思いが強くあるゆえに――「その後について」のことなど、本当には誰もあまり考えて来なかったのだ。だがこの時、ギベルネスはハムレットの母親のことがちらと脳裏をよぎり、彼が王権は取ったが、むしろそのことでつらい思いをするのではないかと、そんなことが心配になってきたのである。

 

「わかりました、ギベルネ先生」ハムレットは顔を青ざめさせながらも、無理に決意するように言った。「オレもタイスも、星神・星母の神託を信じればこそ、ここまでやって来たのです。そして、同じ神があなたを導き、そうせよとおっしゃっていることがあるなら、我々もそれを信じるしかない……いえ、こんな言い方、僧院で育った者が口にしていい信仰的な言葉ではありませんよね。けれど、やはり我々としては単に寂しいんですよ。無論、<神の人>であるあなたがいなければ戦争に勝てないのではないかと恐れる気持ちもある……オレはたぶん、いや、これはおそらく他のみんなも――ギベルネ先生がこれからもずっと一緒にいてくださると、一度たりとて疑ってみたこともなかったんだ。バロン城砦を陥落することが出来たとすれば、それは先生が共にいてくださったからであり、そのあとのことも、きっとあなたさえ一緒にいてくだされば何もかもすべてうまくいく……何かそんなふうに思い込んでいたような気がします。だから、オレもタイスも今これだけショックが大きい。そんならい病患者たちのいる場所へ行って、しかも同じ国内ではない危険な地へあなたが赴いて、本当に先生が無事に帰って来られるかどうかということについても……」

 

「そうだ」と、タイスも猛反対するような強い語気で同意する。「無論、ギベルネ先生。あなたは<神の人>なんですから、星神・星母さまが守ってくださって、そんな病気になどなるはずがない。何より、あなた御自身がそう信じているのだから、我々だってそのことを心の底から信じるべきなのだということはわかる。けれど……ハムレットの言うとおり、これはようするに感情の問題なんですよ。我々はずっとこう信じてきた。星母さまに連なる使者から神託があり、その神託に従ったら、砂漠の遺跡跡にギベルネ先生、あなたがいた――だから、ハムレットが王権を取り、それを確かなものとするまでは、先生がずっと共にいてくださるものと信じて疑ってもみなかったんだ。ギベルネ先生、確かに俺は今、かなりのところ動揺していますよ。こんなことになるのなら、最初からヴィンゲン寺院に引っ込んでいて、清貧の僧として一生を終えれば良かったという言葉すら、喉元まで出かかったほどね。でもそのくらい我々にとってあなたという存在が大きいのだということ、そのことは理解してくださいますよね?」

 

「はい……」と、心苦しく感じながら、ギベルネスは頷いた。「私としてもすっかりそのつもりでいたものですから、何故このままバロン城砦へ攻め進むまで、ハムレット王子や他のみんなと一緒にいられないのかとは思います。けれど、具体的に戦争がはじまるまでにまだもう少し時間がかかるでしょう。それまでに私は必ず神から受けた使命のほうを終え、こちらへ戻ってくると約束しましょう」

 

「…………………」

 

 ハムレットとタイスは共に黙り込んだ。タイスも今ではすでに部屋を歩きまわるのをやめ、ソファのほうに落ち着いている。彼らは互いに顔を見合わせると、どちらも同じようなことを考えているとわかっていた。

 

「先生、その……」と、ハムレットは遠慮がちに聞いた。「<東王朝>側には誰か、お知りあいの方でもいらっしゃるのですか?たとえば、どなたか頼れる人とか……」

 

「そ、それに……」と、タイスも心配そうに聞いた。「言葉のほうは?私も多少書物などで見知った程度ですが、<西王朝>とは語順やイントネーション等に若干違いがあるのですよ。ですから簡単にいえば、今のままでいけばギベルネ先生がこちら側の人間だということが<東王朝>の領地に住む人々にはすぐわかってしまいます。こちらでだって、よそ者に領地民たちというのは決していい顔をしません。それが他国人ということになれば、尚のこと……」

 

「言葉のほうは、なんとかなります」ギベルネスはそう答えた。確か、ダウンロードした言語ソフトが、<西王朝>の言語には<西王朝>の言語で対応するように出来ているように、<東王朝>の言葉にも同じように反応するよう出来ているはずなのだ。「私が一番面倒で億劫だと感じているのは……たぶん、砂漠越えをもう一度経験しなければならないことでしょうね。まあ、それもまたきっと神の御守りがあって、旅のほうは無事安全に守られることでしょう」

 

(こんな言い方で果たして良かったのだろうか……)と、ギベルネスは考えた。こう言ってはなんだが、<東王朝>と<西王朝>、<北王国>、<南王国>と大まかに四つ大国があるうち――もっとも文明人らしいと異星人としてギベルネスが感じていたのが<東王朝>であった。そこで、彼はもっと過酷な設定を己に仮定することで、己を慰めることにしたのである。せめても、『海を渡って<北王国>へ行け』と言われたのでないだけ、少なくともマシだったに違いない、ということを……。

 

 こののち、カドール、ランスロット、ギネビア、キリオン、ウルフィン、レンスブルック、ディオルグと、仲間が会議室のほうへ集められ、ギベルネ先生が一時戦列を離れるということが伝えられた。すると、当然のことながら誰もが動揺し、強いショックを受けていた。『あなたは本当に<神の人>なのですか?もしそうなのであれば、何か証拠を見せていただけると有難いのですが……』と言っているも同然の態度だったカドールでさえ、やはりハムレットやタイスが言ったのと似たことを口にしていたほどである。

 

 けれど、そうした彼らの怒りや悲しみや寂しさといったものを同時に受け、ギベルネスが思わずも瞳に涙を滲ませると、その彼の気持ちといったものは全員に通じたようであった。ギベルネスにしても、何も自分でそうしたくて彼ら仲間の元を離れるのではないのだということが……。

 

 そして最後、「早く出立した分だけ、早く戻って来れるでしょうから」という理由によって、明後日にはギベルネスが出発するということが伝えられると、やはりディオルグが「俺は元は<東王朝>出身の人間だ。用心棒として、先生に同行しよう」と申し出ていたのである。「無論、バロン城砦攻略の際には戦士のひとりとして参戦するつもりだ。だが、その前に先生が戻って来られるというのであれば、何も問題ないだろう」と。

 

「そうだな」とハムレットが真っ先に賛成した。「そのほうが、我々としても安心だ。ディオルグは腕も立つし、長いこと<東王朝>の言葉で話してなかったにしても……向こうの人間に言語のことでは怪しまれずに済むだろうしな」

 

 カドールはひとしきり文句を並べ立てたことで、むしろいかにギベルネスを<神の人>として当てにしていたかと暴露したも同然であり、今ではそのことを決まり悪く、恥かしく思ってさえいるような顔をしている。ギネビアには最愛の恋人との今生の別れかというくらい泣きつかれ、レンスブルックにも「オラの先生ぎゃ~っ!!」と足のあたりに泣きながら抱きつかれた。キリオンもウルフィンも強いショックのあまり言葉もないような様子だった。それは、彼らが瞳に浮かべた涙からも明らかだった。

 

(私にしても、いつの間にか彼らのことを仲間として認識し、こんなにも離れがたいと感じるまでになっていたんだ……よく考えてみれば本当にそうだ。もしあの時、砂漠の遺跡にてタイスと出会っていなければ、私はあのまま真っ直ぐ第四基地を目指していたはずだから……そして、その際に基地に無事辿り着けていたところで、もしカエサルからなんの応答もなく、転移装置がまったく作動しなかったとしたら?おそらく深く絶望するあまり、どうして良いかもわからず、途方に暮れていたろうな……)

 

 自分が彼らを助けて来たというよりも、むしろ自分のほうこそが<神の人>として必要とされることで、助けられてきたのだ――あらためてそう思い至ると、ギベルネスは何か堪らない気持ちになっていた。「人は、ひとりでは生きていけない」とよく言うが、その言葉がこんなにもしみじみ染み入るように感じられたことは……以前にもあったはずだが、それでも難民になった時には指定の星間パスポートもあり、身柄自体は保障されていた。そうした意味で、今ほど「何もない」状態でそこまでのことを感じたのは、ギベルネスは今が初めてだったのである。

 

 他に、小蠅としてのコリン・デイヴィスと再会を果たしてのち、ギベルネスは大都市の地図を細い枝道に至るまで辿るように――考えるべきことが数え切れないほどあった。それは言い換えれば、数え切れぬほど存在する可能性の道を辿ることであり、ディオルグが自分に対し同行を願い出たことで、ギベルネスはそのことを一から再考することにもなったのである。

 

 つまり、簡単にいえば、ディオルグの有難い決断は……無論、彼自身の意志であったに違いない。誰からのなんの<操作>もなかったにせよ、彼が用心棒を願い出てくれた可能性は高い。だが、やはりギベルネスは占いの館の老婆の言ったことが気になっていた。『そうだ、ディオルグを同行させよう』と、彼女はあの瞬間にまるで名案が閃いたかのような口振りでそう言ったのだ。ようするに、もしディオルグにそのつもりがなかった場合、そのように仕向けることが彼らには出来るのだと言っているも同然だった。

 

(もし、そうであればどうなる?この惑星の歴史に、彼ら精霊型人類がどの程度関与してきたのかはわからないが、相手はハムレット王子でも誰でもいい。彼らが『この者を次の国の王にしよう』と決めたならば、それが王家の血統になぞ属さない、ただの農民であれ商人であれ漁師であれ……彼らには可能なのではないか?反対する者に一時的にせよ憑依し、都合のいいように操ることさえ出来れば……しかもこの場合の<思考の操作>というのがまた問題なのだ。憑依されている間、そのことに気づくことは出来ないし、向こうの<操作>を自分の考えそのものだといったようにしか思わないのだろうからな。そうした意味で、彼ら精霊型人類がハムレット王子の味方なのだというのであれば、今後どのような道筋を辿ろうと彼は<西王朝>の王となることが出来るだろう。バロン城砦は難攻不落ということだったが、おそらく彼らにはなんらかの打つ手がすでにあるのだ……ゆえにその点については問題ないと見ていい)

 

 だが、こう考えてくると、ギベルネスはあらゆることが謎になってくるのだ。自分にだって精霊型人類が憑依しており、彼らの意に反する方向へ舵を切ろうとすれば、思考を操作され、しかも操作されたこと自体を認識しないということになるだろう――だが、そのような万能な存在であるように思われる精霊型人類に、かつて本星エフェメラ側は勝利したということなのだ。ギベルネスは自分の疑いをひとつひとつ取り除くために、そのことをまずはユベールに聞くことにしていた。以前と同じく、夜も更けた地獄の庭園で……。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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