Antonio ís Song - Radka Toneff & John Balke
吉田松陰も
西郷隆盛も
三島由紀夫も
現実主義ではなかった。
陽明学そのものが
個人の主観と感情という
最も信用のおけないものを信仰する
謬説であることも
彼らを違法な謀反人にした一因である。
公共、客観、お上
国、行政の指導には
恭順するという
朱子学とカトリシズム
伝統と智慧を宝とする
生き方が正しいのだ。
三島由紀夫は
楯の会でなく
消防団活動や
警視庁ボランティア
警備事業を行うべきだったのだ。
実力と実績を積み
皇宮警察の役
会津藩の役
源氏と平氏の役を担えば良かったのである。
しかし
三島は
神風連の乱を起こした謀反人と同様
ドイツロマン主義の如く
華々しく散ってしまった。
それは
まさにロマン主義の精華であり
時によって露わになった真実である。
言うまでもなく
非現実的なロマン主義に耽溺し
理想主義を掲げ
理想を純化しようとして呻吟してきたのは
私そのものである。
だからこそ
政治的、宗教的
NPO的なる理想主義者の皆様に
現実主義を唱導しているのであります。
高橋研究員(ドイツロマン主義の批判的考察)
西郷隆盛も
三島由紀夫も
現実主義ではなかった。
陽明学そのものが
個人の主観と感情という
最も信用のおけないものを信仰する
謬説であることも
彼らを違法な謀反人にした一因である。
公共、客観、お上
国、行政の指導には
恭順するという
朱子学とカトリシズム
伝統と智慧を宝とする
生き方が正しいのだ。
三島由紀夫は
楯の会でなく
消防団活動や
警視庁ボランティア
警備事業を行うべきだったのだ。
実力と実績を積み
皇宮警察の役
会津藩の役
源氏と平氏の役を担えば良かったのである。
しかし
三島は
神風連の乱を起こした謀反人と同様
ドイツロマン主義の如く
華々しく散ってしまった。
それは
まさにロマン主義の精華であり
時によって露わになった真実である。
言うまでもなく
非現実的なロマン主義に耽溺し
理想主義を掲げ
理想を純化しようとして呻吟してきたのは
私そのものである。
だからこそ
政治的、宗教的
NPO的なる理想主義者の皆様に
現実主義を唱導しているのであります。
高橋研究員(ドイツロマン主義の批判的考察)
よく
魂の掃除道や
ディズニーの掃除といった
宗教的信念、崇高な理想主義に高められた
観念に
清掃業務を位置付ける人々がいる。
私が
まさにそうであり
イエローハットの鍵山社長様に会って
色紙に名言を書いて頂いたのである。
しかし
ぼくは最近
家のトイレ清掃以外の
ボランティアや業務としての
清掃については
単に物理的な合理性と効率を追求する考えに
変えた。
理想主義を極めれば
素手でトイレ清掃をし
修行の一つか
罪の償いの善行になる。
すなわち
難行苦行となり
日常業務と
かけ離れていく。
よって
作業効率を高めるために
高圧洗浄機やスチーム洗浄機を
ふんだんに活用して
トイレ清掃を
速く綺麗にすれば良いのだ。
清掃業務だけでなく
ほとんどの業界でも
理想主義と現実の乖離に呻吟し
暑苦しく重たい理想主義者に
迷惑しているだろう。
晏子が
同時代の孔子の理想主義を
贅沢を招く非現実主義であるとして
現実の政治に重用しなかったのも
頷ける。
日本の保守層に残存する
近代右翼の偏頗な思想
教育勅語や軍人勅諭の復活や靖国神社の国有化
といった非現実的な理想主義も
四書五経を諳んじれば国民教育に資するという
浅はかな孔孟の徒そのものである。
理想も理想主義も大切だが
それが事業や人生の桎梏となるなら
情熱や根性や友情などは
むしろ放逐した方が良い。
事業の採否
営業の採否
経済状況の良し悪しは
すべて
時の巡り合わせであり
是々非々で
対処すべきである。
高橋記
魂の掃除道や
ディズニーの掃除といった
宗教的信念、崇高な理想主義に高められた
観念に
清掃業務を位置付ける人々がいる。
私が
まさにそうであり
イエローハットの鍵山社長様に会って
色紙に名言を書いて頂いたのである。
しかし
ぼくは最近
家のトイレ清掃以外の
ボランティアや業務としての
清掃については
単に物理的な合理性と効率を追求する考えに
変えた。
理想主義を極めれば
素手でトイレ清掃をし
修行の一つか
罪の償いの善行になる。
すなわち
難行苦行となり
日常業務と
かけ離れていく。
よって
作業効率を高めるために
高圧洗浄機やスチーム洗浄機を
ふんだんに活用して
トイレ清掃を
速く綺麗にすれば良いのだ。
清掃業務だけでなく
ほとんどの業界でも
理想主義と現実の乖離に呻吟し
暑苦しく重たい理想主義者に
迷惑しているだろう。
晏子が
同時代の孔子の理想主義を
贅沢を招く非現実主義であるとして
現実の政治に重用しなかったのも
頷ける。
日本の保守層に残存する
近代右翼の偏頗な思想
教育勅語や軍人勅諭の復活や靖国神社の国有化
といった非現実的な理想主義も
四書五経を諳んじれば国民教育に資するという
浅はかな孔孟の徒そのものである。
理想も理想主義も大切だが
それが事業や人生の桎梏となるなら
情熱や根性や友情などは
むしろ放逐した方が良い。
事業の採否
営業の採否
経済状況の良し悪しは
すべて
時の巡り合わせであり
是々非々で
対処すべきである。
高橋記