本の国星

読んだ本、買った本の実験的覚えがき帖。

フルタイムライフ*柴崎友香

2006-03-31 15:11:59 | Weblog
美大卒業後した主人公、春子の就職先はデザイン事務所でもなければフリーの作家でもない。包装会社の事務職。それもぎりぎりに決まった特に選んだわけではない仕事。
制服に着替え、お茶をいれ、コピー取り、書類をまとめ、シュレッダーと奮闘。ごくごく普通に上司の愚痴を女の子同士で話すお茶の時間。そして制服を脱いで定時に退社。
恋も出会いもあるようなないような。
そして同じ大学を卒業してデザインの仕事をしている人を時には羨ましく思う。

大きな変化も事件もない平凡な毎日を描いているのに少しも退屈しないのは著者の魅力だろう。
背伸びせず、自分の目で見て感じたことを素直に現しているという好感を受ける。

まだ若くて、刺激を求める人がこの作品を読むことで、こういった一見退屈な日々のつながりが、実はとても大切なのだと感じてもらえたらうれしい。

しかし、今の世の中、こんな絵に描いたようなOL生活を送っている(または送った人)は案外少ないのかもしれない。

マガジンハウス:図書館蔵書

停電の夜に*ジュンパ・ラヒリ

2006-03-16 17:46:38 | Weblog
デビュー作を含めた9つの短編集。
どの作品にも近くて遠い故郷としてインドを持っている人物が現れる。作者自身がインド人でありながらアメリカで生まれ育ち、今もアメリカに住んでいることにより感じてきた近くて遠いインドを、数人の登場人物の視点や数個のストーリーによって描いたのだろう。
ハッピーな終わり方ではなく陰のある結末を迎える話が多いのだが、繊細な描写により暗さはない。きっと作者自身もたくさん考え抜いて選び経験したことが、文章にも反映しているのだろう。
日本で生まれ育ち、日本で老いるであろう多くの日本人にとってこういった故郷の話の本質は理解できないかもしれない。しかし故郷をたくさんの近くて遠いものに置き換えることにより、おぼろげな輪郭が浮かび上がり、そこはかとなく寂しく暖かい気持ちになるだろう。

新潮社:図書館蔵書

シャネル*藤本ひとみ

2006-03-07 20:31:37 | Weblog
いわゆる高級ブランドものにあまり興味のない私にとって、もっとも遠い存在であるシャネル。価格もさることながら、「いかにも」な感じがゴージャスさを周囲に押しつけているような嫌みを感じていたからだ。
この作品を読んでその価値観が変わった。

シャネルは孤児として修道院で育ち、親しい周囲とは何度となく死に別れ、生涯未婚であった。また、生まれながらの勝ち気な性格で、怒りを糧にし、満足や安定といった言葉とは無縁で、危険を顧みず常に上を上を目指し続けた。
そして服に対してはモードを追わず、動きやすく、しなやかで、着心地の良いものを作ることにこだわった。
私個人の意見としては、ファッションはデザインも大切だが着心地の良いものでなくては服を着ることを愉しむことは難しい。
まさにそういった人のために作られていたと知った今、シャネルというブランドを今までとは異なった見方が出来るようになりおもしろい。

講談社:図書館蔵書

プラネタリウムのふたご*いしいしんじ

2006-03-05 20:15:19 | Weblog
小さな街のプラネタリウムに捨てられた双子のはなし。
双子はプラネタリウムの解説員であり営業をしている男に育てられて幼少期を過ごし、1人はある偶然(もしくは必然)によりサーカスの一座に加わり魔術師として名をはせ各地を飛び回り、1人は街の郵便局員になりプラネタリウムの手伝いをしながら街に残る。
双子が大人になるまでを描いているので長いストーリーになるが、読み手を飽きさせない。著者こそが魔術師なのではないかと思ってしまう。
そして読み終えた後、ずいぶん昔に行ったきり訪れていないプラネタリウムに足を運びたくなった。

講談社:図書館蔵書