2025年8月17日
「視点のシフト」
マタイ福音書15:21∼28
清水 和恵
旅は出会いです。その出会いによって気づかされ、
抱いていた価値観が変わることがあります。視点がシフトするのです。
イエスもまたそのような経験をしました。
福音宣教をしていく上で、その人生において大きな転換点となった
出会いでした。
旅先はフェニキアのティルスとシドン。古くから栄えた町でした。
イスラエルからすると異教の地です。ここでイエスはカナンの女性との
とても印象的な出会いをいたします。
ちなみに聖書にはイエスがユダヤ教の指導者たちと論争する
場面が多くありますが、100%論破しています。ところが唯一、
負けたのがこのカナン人の女性です。ユダヤ人からすると外国人であり
しかも女性ということで、軽んじられた人でした。
女性は娘の癒しを懇願しますが、イエスはとても排他的な態度を取ります。
「自分はユダヤ人にしか遣わされていない。こどものためのパンを
犬にやってはいけない」と突っぱねます。
ここでの子どもとはユダヤ人、犬とは非ユダヤ人のことです。
なぜ、このような冷たい態度をイエスがとったのか。
それは文明の先進地であったフェニキアからガリラヤは搾取され
収奪されていたからではないかという説をふまえると、ここではイエスの
フェニキア批判が背景にあるのかもしれません。
それにしてもイエスらしくない言動が記されていますねぇ。
過日の参院選で躍進したある政党は「日本人ファースト」を
謳っていました。これは差別と排外主義を煽動するもので共生社会を
壊していくものと批判されています。国籍、民族に関わらず誰の尊厳も
守られなければなりません。
言ってみればイエスの言動はまさに「ユダヤ人ファースト」なのです。
しかしカナンの女性は諦めません。
「犬もテーブルの下の落ちたパンを食べるでしょう。
ならばほんの少しでも、落ちた余りものでよいので分けてほしいのです。」
このウイットには感動します。「押してもだめなら引いてみる」といった
知恵の豊かさを感じます。彼女の思いには、「神様はユダヤ人
ファーストなんて言うはずがない、すべての人に恵みを注ぐのが神様
でしょう。」との確信が込められています。
イエスは感心し、ユダヤ人が絶対に非ユダヤ人には言わないことを
女性に言います。「あなたの信仰は立派だ」(28節)
そして娘は癒されます。イエスの中で、宣教観が大きく変わった
瞬間でした。太陽がすべての人を分け隔てなく照らすように神はすべての
人を愛される、その恵みをイエスは確信したのです。
このイエスの柔軟さ、自由さには驚きます。
ユダヤ人であるイエスはユダヤ人に軽蔑されていた非ユダヤ人の
女性から、神の愛と恵みとは何かを学びました。
私たちの毎日は旅。旅は出会いです。
私たちは出会いによって気づかされ変えられ、新しい世界を見る
可能性に開かれています。
そんな旅を楽しみたいですね。