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新発寒教会ブログ

札幌市の新発寒教会ブログです。

日本基督教団新発寒教会 ご案内

日本基督教団新発寒教会のご案内です。

牧師 清水和恵

定期集会は以下の通りです。

主日礼拝 毎週日曜日午前10時半
聖書を読み祈る会 毎週水曜日午前10時半

新発寒教会の地図

おしらせ25・6・22

2025年06月21日 | お知らせ
※詳細はちらしをご覧ください。集会にはどなたでも参加できます
◇わかちあい祈祷会 6月29日(日)礼拝後 サンドイッチを販売します。
 (300円)希望の方はお名前記入の上、お支払いください。(本日中)

【地区・教区・その他】※詳細はチラシをご覧ください。
◇北海道宗教者平和協議会 公開学習会 6月28日(土)16:00 センター
 「北海道における宗教者の平和運動~神からの責任と応答」 山本光一

◇日本キリスト教協議会(NCC)公開学習会 7月5日(土)14:00∼15:30 
対面/オンライン 無料 
日韓条約60年とエキュメニカル運動
「日本の教会は韓国・朝鮮とどう向き合ってきたか―NCCの現場から見た歩み」
山口明子(元NCC幹事) 

◇第39回7・7平和集会 7月7日(月)18:30 かでる2・7 500円
 講演「『戦後80年』の戦争責任∼手放してしまいそうなものを繋ぎとめるため
に」本庄十喜(北海道教育大准教授、日本現代史、戦後補償運動史)

◇宮澤・レーン事件を語り継ぐつどい 「戦時下の宗教統制と弾圧」
 7月12日(土)14:00∼16:30 北光教会  参加500円
 講演1 「戦後80年 戦時下の教会を取材して」伴野昭人(道新編集部)
 講演2 「『世にある教会』を目指してー豊平教会の分かち合い活動と平和」
      稲生義弘(日本キリスト教会豊平教会牧師)

◇第5回反植民地フォーラム in 北海道 「響き合うパレスチナとアイヌ」
 ~入植植民地国家の不正義を問いただす~ 7月12日(土)14:00 教育文化会館 
 講演「欧米中心の世界秩序が総崩れの今、その植民地を人類は
 どう始末つけられるのか?」板垣雄三(イスラーム研究者、東大名誉教授)
 ※アイヌ、琉球民族、在日コリアンの声、総合討論、交流会ほか。500円

◇牧師就任式 
 ・札幌元町(川浦弥生)6/29(日)15:30
 ・旭川六条(山本光一)7/6(日)10:15
 ・岩内(葛井<ふじい>義顕)15:00
 ・苫小牧弥生(金澤友幸)7/20(日)15:00 
 ※それぞれの教会と牧師を覚えて祈りましょう。

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2025年6月29日の礼拝

2025年06月21日 | お知らせ
 6月29日(日)聖霊降臨節第4主日礼拝(地区有志オンライン礼拝)
  聖書:ルカ福音書9:10∼17(p121)
  メッセージ 「小さいものを用いて」島田直牧師(札幌北部教会)
  讃美歌 198,451,27 招きの言:マタイ11:28
  担当  司式:今橋直(北部)奏楽:小舘あゆみ(北部)当番:長谷川和子 
  掃除当番:中西春代、玉木文子
  礼拝後:お茶の会、分かち合い祈祷会、べジ浅田さんのお店

 *礼拝にはどなたでも参加できます。初めての方、ようこそいらっしゃいました。
  わからないことがありましたら、近くの教会員におたずねください。
  また来週もお越しくださいますように。お待ちしています。

*礼拝後に昼食会があります。もしよろしかったらどうぞご参加ください。
 初めての方は無料です。

*手洗い手指消毒の協力をお願いします。

*献金のご用意のない方はそのままでお待ちください。
 礼拝途中の入退場は自由です。

*牧師と面談を希望される方は、お気軽に声をかけてください。


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2025年6月22日∼28日の予定

2025年06月21日 | 今週の活動予定
6/22(日)
  礼拝前 準備祈祷会10:10  
  礼拝後 昼食会(会費350円、初めての方無料) 
  礼拝10;30 聖書の話「イエスの生き方に学ぶ非暴力直接行動」
        谷百合子

6/22(日)新得教会石橋隆弘牧師就任式 16:00 新得教会

6/22(日)~23(月)教団性差別問題連絡会全国会議
     天満教会/大阪(清水牧師出張)

6/23(月)矯風会 13:00 センター
 礼拝と学習「能登半島被災地の教会と幼稚園を訪ねて」
 秋本英彦牧師(日本キリスト教会桑園教会)

6/23(月)性差別問題連絡会ハラスメント協議会
     天満教会(清水牧師出張)

6/27(金)フェミニスト神学研究会 13:00 エルプラザ


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わかった! 使徒言行録2:1~13

2025年06月21日 | 礼拝メッセージ要旨
 2025年6月15日の礼拝
「わかった!」     使徒言行録 2:1~13      
           清水和恵

 6/9∼14、韓国ソウルで二つの教会会議に出席しました。
韓国語がわからない私は通訳の方にすっかりお世話になりました。
通訳の働きは伝わり合えない私たちの間に立ち、意思疎通をできるように
してくださることです。今回、何度も「ああ、なるほどそういうことか、わかった!」
とうなづく場面がありましたし、通じ合えない不安を抱くことなく、
安心してその場にいることができました。
 それだけでなく、言語の壁を超えて多くの人と友達になることができて感謝でした。

 聖霊のイメージは風、炎、神の息、鳩など様々にありますが、今回、
わたしが抱いたのは「通訳」です。聖霊は人と人を繋ぎ、わかりあえないところを
分かり合えるようにする、コミュケーションを豊かにし、友達にしてくれる神の力です。

 ペンテコステの日、ペトロたちが聖霊を受けて他の国々の言葉で話し出したとあります。
ちょうどエルサレムでは「五旬祭」という大きなお祭りがあり、地中海の東半分の地域や
今のイラク、イランからも人々が集まっていました。
 そこで人々は集まった人々の故郷の言葉で神の偉大な業を聞いて驚くのです。
言い換えると弟子たちに聖霊によって相手に届く言葉が与えられ、それを聞いた人々が
「ああ、そうか。わかった!」と思える体験をしたということです。
 これは弟子たちが語学堪能になったということではなく、人々の間に立って執り成し、
わかりあうために尽力した、共に生きるためにガイドをした、
ということではないでしょうか。

 対立と争いがやまず、人と人がばらばらで分かり合えないところに、
聖霊が注がれるとき和解がおこるのです。いろいろなことがわかるようになり、
豊かな気づきと繋がり(あるいは、繋がり直し)を与えられるのが聖霊体験です。
使徒言行録の著者ルカは、特別な人だけでなく、誰でも聖霊を受けることができると語ります。
「天の父(神)は求める者に聖霊を与えてくださる」(ルカ11:13) 

 これまで聖霊は時空を超えて、世界中を自由に吹き渡る風のように、
人々を励まし希望と力を吹き込んできました。
私たちも聖霊の導きを祈り求め、共に生きる道を拓いていきましょう。


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言葉はあと

2025年06月15日 | 稜線(エッセー風に)
2025年6月8日礼拝メッセージ
6月8日はペンテコステ礼拝、教会創立59年記念礼拝でした。
故野村喬牧師のパートナーであり、教会の最初の教会員であった、
野村永子さんをお迎えしての礼拝でした。
とても大事なことを語ってくださり、おおいに励まされ
心からの感謝です。

礼拝後、59のろうそくを立てたSさんのお手製ケーキを、
ハッピーバースデーの歌をうたいながら
若い未来世代のYさんが消火とケーキカットをしてくれました。
もちよりの美味しい食事のあと、一人一人がメッセージへの応答や
教会創立59年の思いを語りあいました。
また、みんなで夏の歌を唄い、牧師の発展途上中の
手品もちょこっとありました。
窓辺に飾った鳩のクッキーは、外を行く人に気づいていただけ
たでしょうか。
期間限定の鳩クッキーを、みんなでいただきます。

 「言葉はあと」   イザヤ書61:1~3      野村永子

 以前、キリスト教は言葉の宗教と言われていました。
プロテスタントの礼拝は説教が中心でした。
主イエスが「(福音を)宣べ伝えよ」と言われたので、
言葉で伝えることが主になったのかもしれません。
でも、主イエスの宣教活動を福音書で読めば、主は、
貧しい人、病む人、差別されている人、一人一人に寄り添い、
癒し、慰め、人間性を回復してくださいました。
どんな人も神はこのように一人一人を愛していますと、
行動をもって伝えていることに気づきました。

そんな時、「言葉はあと」という明確な言葉に出会いました。
釜石で、東日本大震災の被害者救援に奔走された高橋和義牧師の言葉です。
高橋牧師は、被災者一人一人に寄り添い、その悲しみ、嘆きを感じ取り、
「生きているクリスチャン」としての自分を見せる、感じてもらう、
と言っています。 
主イエスに捉えられ、主が共にいて、常に支えられていると実感し、
感謝と喜びにあふれて日々生きている自分を丸ごと感じてもらう
ということでしょう。(『私の救い、私たちの希望』 ヨベル 参照)
 信仰は、頭で理解できません。身も心もひっくるめて丸ごと主に捉えられ、
主の愛を実感し、喜びと感謝に満たされる、それが「救い」ではないでしょうか。

 教会が、感謝と喜びの満ち溢れるところとなりますよう祈ります。

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