わたしの愛憎詩

月1回、原則として第3土曜日に、それぞれの愛憎詩を紹介します。

第28回 ―山本かずこ― 「桂浜」 柴田 千晶

2019-10-12 15:00:40 | 日記
 山本かずこの「桂浜」。この詩は怖い。そしてさみしい。この詩に漂う虚無感は底が知れない。この詩は私が書きたかった。そう思わせる詩が、私にとっての愛憎詩だ。

 
    桂浜    山本かずこ

  暗い夜の海だ
  海を見ながら泣いていると
  どうしたのかと男がいう
  わけなどはじめからあるはずがない
  涙が勝手に流れるばかりだ
  そのとき
  なにか得体の知れない大きなものが
  海の向こうからやってきて
  いやがる男を連れて去ってしまった

  暗い夜の海だ
  海を見ながら泣いていると
  どうしたのかと別の男がいう


『渡月橋まで』(いちご舎)1982


 海の向こうからやってくる「得体の知れない大きなもの」に呑み込まれ、連れ去らてしまうのは男だけ。女はひとり取り残される。けれど、「暗い夜の海」を見ていると、女の傍らには別の男が現れ、泣いている女に「どうしたのか」と、前の男と同じ言葉をつぶやく。
 新しい男もまた「得体のしれない大きなもの」に呑み込まれてしまうのだろう。そう予感させて詩は終わっている。
 同じシーンが永遠に繰り返され、女は悪い夢から抜けだすことができない。

 女はなぜ泣くのか。理由などない。「わけなどはじめからあるはずがない」ということを女は知っている。はじめからあきらめている。どうにもならないということを受け入れてる。この女の怖さは、すべてを受け入れていることにある。
 「得体のしれない大きなもの」とは、死のことだろうか。少し違うような気もする。絶望や孤独に近いもののような気がする。

 山本かずこは愛の詩人だ。愛を描きながら孤独を描いている。
 例えば、都会的な恋愛を描いた「リバーサイドホテル」。

  ちょっと休んでいかないか
  とあなたは言った
  まるで
  休みたいと思ったとき
  ちょうど
  リバーサイドホテルがあったように


 と、軽く男に誘われ、「今日はいやだ」と女は断るのだが、その理由が「リバーサイドホテルには/つい昨日/やってきたばかりだ」というもの。
 昨日、別の男と寝て、今日はまた別の男と逢っている。
 この詩は「桂浜」と似ている。
 女は、リバーサイドホテルに「暗い夜の海」を見ていている。
 向こうから「得体の知れない大きなもの」がやってきて、明日はまた別の男と逢っているのかもしれない。

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