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首領日記。

思い出の味はいつもほろ苦く、そして甘い

魔道の都にて。(Another word 1)

2006年08月11日 17時54分17秒 | 文章。
真昼の表通りを俺たちは歩いていた。えーとなんか虎子ちゃんのお買い物らしいです。
荷物は俺が全て持たされているが。しかも代金も俺持ち。何故だ?
回想してみる。

*

入国審査を巧い事誤魔化しつつ済ませて、先に中へと入っていたキィエに俺が追いつくと、
「あっちはショッピング街なのね。行くわよ」
彼女は振り向きもせずに言って、ずんずん歩き出した。

*

回想終わり。


何故だ。
マズイだろこれ。
何がマズイってなんとなく受け入れてしまう自分がマズイだろ。

「気付いてるわよね」
ショーウィンドウに視線を向けたままキィエが独り言のように呟く。
何に? いやわかっている。俺は強く出られると断れないダメ男だ。じゃなくて。
「尾行だろ? おとと」
答えつつ、山積みの荷物を両腕で支え直して歩く。前がほとんど見えないので勘で進む俺。なんて健気。
「どこの国でも、やることは似たり寄ったりね」
「それは彼等が同じ質の善意から動いているからだろう。環境と目的が近似なら、行動のセオリーも自然と似る。エレジのときにも話したが、体制側にとって指名ては」
「……あのミュール、悪く無いわね……」
話を聞けよ。しかも値札の桁がおかしいだろその靴。お子さんがゼロの字を書く練習をしましたのかよ。


ぴたり。
足は自然に止まった。

「あ? ちょっと、何?」
俺がついてきていないことに気付いてキィエが振り向く。無視。

――わかる。わかるぞ。

他の誰がわからずとも俺にはわかる。この香り。卵黄の甘やかな調べ。視線が高速で巡る。そして辿り着く。店名は荷物が視界を塞いでいて見えなかったが確認せずともわかる。あの店がこの国のエースか……!!

「行くぞキィエ。言うまでもないが即食用と保存用と観賞用と布教用の4セットが必要なんだ」
ああ血が滾る。心に炎が宿る。ここからは背を向ける事の許されぬ戦場なれば! 突貫! 突貫! 突貫である! 体が軽いぞあははははははははは! 戦場への扉は既に開いているっ! 何だと尾行の女も近づいてくる……!? 貴様もか? 貴様もなのか!? おンのれァ民間人風情が何をッ!! 上等じゃねぇかこの俺を甘く見た事を後悔させてやる! 奴が入店する前にすべてこの俺が買い占めてやるッ! この店の今日のプリンは! 一掬いたりとも渡さねぇ!! ふはは、ふあははははははっはははっはははっはははほふははははははははははははhは!!


「意味わかんないわよ……」
ケーキカフェを外から眺めながら、彼女が呟いた。
正直な感想だった。

***

間に合わなかったのでここで。
見てくれてると良いが、アレすぎるので見てくれなくても、とも思う。どっちだ。

3までやります。
ログを貰って確認したところ、それ以降の人はいなかった……ですよね?

*

ケーキ店=カフェか!
それじゃないと辻褄合わないよな!? そうかしまった!
ということで書き直しますた。

魔道の都にて。

2006年08月09日 04時18分28秒 | 文章。
「何だったっけ。ここ」

入国してそろそろ三時間ほど。初めてキィエが口を開いた。
今は手近なカフェに入ってその国の食べ物を確かめる、いつも通りのルーティン中。まぁ入店までの途中経過はいつもとだいぶ違ったが。
テーブル上の皿の中身は、ほとんど片付き終わっていた。

「お前はいつもその質問だが、出来ればバナナパフェにスプーンを突っ込む前に聞いて欲しいと俺はいつも思う」
「口答えするカロリーで質問に答えなさいよ」
いつもながらなんちゅう……。

「魔道都市マリアンルージュだよ。……ん? 魔導都市だったっけ」
「? どう違うわけ」
「『まどう』の『どう』の字がホラ、“みち”と“みちびく”で」
言いつつ、図書館や政府関連の施設で貰って来たパンフ数種類をテーブルに並べて調べてみる。
「うーん……両方あるな。どっちも政府発行のやつなのに。まぁ意味的には『魔道』の方で正解なんだろうけど」
「心底どうでもいいわ」
……まぁ、確かに。

彼女は流し目で窓の外を眺めながら、紅茶の残りを片付け始めた。人外のくせに、こういう仕草がやけに似合う奴だ。

「国名の割には、普通の国と大して変わらないのね」
「帽子とローブの老人の群れが白目を剥きながら怪しい呪文を呟いて行進してれば良かったのか? 目抜き通りとかを」
キィエは俺の言葉に少し考えて、
「……それはそれで面白いかもね。そのときはアンタもその珍習に従いなさいよ」
彼女はいつも通りの無表情だが、眼が笑っていた。
「あはは、普通の国で良かったね、俺」
この子はマジで俺にそれをやらせかねんからな……こわぁ。

「まぁ真面目に答えるとだな。
それなりの機関だの研究だののレベルは国家それぞれあるわけだが、一般国民の生活に関しては、技術・魔術面での格差はほとんどないのが現状なんだよ」
「昔はあったでしょう? そういうの」
「昔はな」
そう、お前が生きていたような時代には。
「だが天魔の台頭以降、NLのほぼ全てで帝国主義が猛りまくってきた。その下で植民地化と敗戦国からの人材の流出が進み、結果として世界は平準化。どこに行っても大した差の無い今のような状況になった。簡単に言うとそんなところだ」
「じゃあこの国に来たのは、そういうのに期待してたわけじゃないのね」
「だな。今回ここを選んだのは、本来の目的に加えて、少し前にあった革命の様子を知りたかったから。まぁ国内が殆ど荒れてないところを見ると、大した動きでもなかったみたいだが」

最近は期待外ればかりだ。本当に。

「それじゃ、これからどうするの?」
「いつも通りだな。適当に国内をぶらついて、この国のことを調べる。そんで追っ手がかかったら大人しく出ていく。
お前の出番は、まぁ当分無い予定だ。悪いな」


そう、いつもと変わらない。

俺の目的は――彼等を知り、そして彼等に知られること。

***

体験記は明日あたりに。

魔軍の臥せる地にて。

2006年07月29日 01時51分29秒 | 文章。
「ここ、なんて国なの?」
「それはソフトクリームを買う前の質問だと思うぞ」
「これ、おいしいわよね。人間の無意味なくらい過剰に味にこだわる性質って嫌いじゃないわ」

そういって、また舌で冷菓子をこそげ取る。まるで猫科。
違う。さすが猫科。

「妙な思考はいいから早く質問に応えなさい」
「一方的に思考を読まれるのってやっぱやだなぁ」

視線を逸らすと、通りの甘味屋が目に入った。時間があれば行こう。待ってろプリン。
「私だって読みたかないわよ。……で? この国は?」
「カーシャ地方の魔軍ヴィグリードだな」
「ま軍? 国じゃなくて武力集団なの?」
「知らんです。アウトローがマジでぶいぶい言わせてるのかもしれんし、単にそういうネーミングセンスなだけかも」

俺の言葉に、並んで歩いていたキィエが立ち止まる。
「普通そういうのは先に調べるものじゃないわけ?」
「睨むなよ」
こいつ多分視線で人を殺せると思いますよ。
「仕方ないんだって、国外に情報がまるで流れてねーの」
「いつも使ってる情報屋は?」
「七つのうち一つは奥さんとの離婚調停で休職中。娘さんの親権でガチバトルらしい。一つはこないだガセ掴ませやがったから手を切った。そして一つはここについては専門外。『なんか萌えない』とか言ってた」
そこで一度言葉を切る。

「……あとの四つは?」
「死んでたよ」

「それって」
ああ。思ったことは同じだろう。
「ま、確証は無い。――たとえそうだとしても、別に驚きやしないけど」

自分の勝ちを確信していて、余力があるとする。
その場合、勝利主義者がゲームでやることは勢力図に影響しうる要素の排除だ。

小さく息を吐き、キィエが足を進め始める。
国民数が国民数だけあって、こんな比較的小さな通りでも人足がある。
「ああ、人臭い。鬱陶しい」
「迷子になるなよ」
「声に出して自分に言い聞かせないとダメなの?」
スゲェ返しだ。

「で? じゃあ何するのこれから」
「あんまり考えてない。まぁ基本的には視察だな。そしてそこで登場」
上着の内ポケットをごそごそ探して、
「じゃーん! 手記『カーシャ人の一年』!」
虎子ちゃんはいかにも胡散臭そうな眼をして
「なにそれ」
「ふっふっふ。さっき図書館で調達してきた」
「……そこまで堕ちてたの?」
「ちが! 無料配布モノ! パンフみたいなモノ!」
「あーはいはい。でそれは何なの?」
「まぁタイトルのまんまだな。えー……」
ぺらぺらと捲るまでも無く目次に辿り着く。
「『大晦日』、『クリスマス』、『焚き火』、『運動会』、『お月見』……」

「平和な国なのね。名前の割に」
そうなのかもしれない。

「アンタ、ここで何をするの?」
「いつもと変わらんさ。――彼等を知り、そして彼等に知られること」

常闇の国にて――『嵐のあと』。

2006年07月16日 22時11分28秒 | 文章。
「案外、普通なのね」
オープンカフェの椅子に座ったキィエが、背もたれに体重を預けながら呟く。金色の獣眼は、人足も穏やかな店前の通りへと注がれている。
「何が?」
俺はカフェ店内のウェイトレスに手を挙げてメニューを頼みながら尋ねた。
あのウェイトレスさんも肌白いなぁ。人形みたい。日光が弱いからかな。さすが常闇の国。
「この状況。私はてっきり、アンタは投石されたり投獄されたりするものと思ってたわ」
「……投石と投獄ってちょっと上手いな。虎子ちゃんやる」
「圧死が望みなのね?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
この子睨むと超恐いよ……。

ウェイトレスが丁度やってきたので、メニューを受け取る。
笑顔を向けたら「ごゆっくり」と商売用ではない笑顔を返してくれた。良い子だ。あるいは何も知らないのか。

質問に答えようかな。
「国防に携わっていない一般の人間にとって、突破犯や指名手配犯なんてのはほとんど別の世界の人間なのさ。自分の国の存亡に関わってた人間がそこのカフェで涼んでるだなんて、誰が思うものかよ」
「敵は匂いでわかるでしょう」
彼女がまっすぐな目を俺に向けている。
「お前ならそうかもな。人間は技術と概念を手に入れて、代わりに少し鈍くなりすぎた」
「ガキがわかったようなことを言うのね」
「はは、キツイな相変わらず。ちょっとの背伸びくらい良いじゃないの」
「それは自分に言う台詞じゃあないわ」
そっけなく返された。仰る通りですね。

「アンタたちが匂いに鈍いのはわかった。でも、敵の名前くらい知っている人間はいるでしょう。そっちは?」
真っ当な質問だ。
「軍部や政務関係の人間は確実に俺の顔と名前を知っているだろう。多分、俺たちは今も監視されているよ」
「監視?」
そんなものどこに、と言わんばかりにキィエが気配をぴんと張る。だが、
「無理無理。国内の監視機能はアースが王権に与えたものなんだ。俺たちからは感知すらできない」
気に入らないわね、と彼女が呟く。……「見られる」とか「縛られる」は、こいつのタブーに関わるからな。

「まぁ良いわ。じゃあ、どうしてその軍部だのが来ないのかしら?」
「一つは、『どうでもいい』と思われている可能性。彼等はこの俺を取るに足らない存在だと」
ありえるわね、と真剣に虎子。すいません傷つくんですけど。

「もう一つは、まぁこちらの理由で間違いないだろうが、国内で揉めて欲しくないという理由。反体制には馬鹿も多いからな。後先考えずに中でドンパチやられると、向こうは被害を被るだけで得るものが無い。死体の処理も条約があって面倒臭いしな」
「君子なんとかかんとかね」
「どっちかと言うと藪蛇の方だな。ていうかはしょり過ぎじゃございませんか。いや合ってるしわかるからいいけど。
……だからまぁ、向こうとしては国内での犯罪行為や重要施設の利用だけに注意を払って、安全に追放できる態勢を整えるまでは監視だけを行っているわけ」
「ふぅん。じゃあここでゆっくりできるのも」
「ああ、あと一日かそこらだな。……うん? なんか残念?」
「別に。ただ、ここってなかなか――」

彼女は眼を細め、くんっと鼻で息を吸い、

「――好みの風だと思っただけ」
「そうか」
もしかしたらこいつの故郷も、……やめよう。

「そういえば聞いてなかったわね。そもそもアンタ、どうしてわざわざこんな所にまで来たわけ?」
くせのある黒髪の先をいじりながら、彼女が訊いてくる。
「そういえば言ってなかったっけ」
なんとなく通りを眺める。紳士然とした老人が、表のベンチに座っていた。彼は何を考えているのだろう。俺には理解が許されていない。
「いや、まぁ特に大した理由はない。ただ漠然と、そういえば来たことがなかったな、と思って。良い機会――ん、この表現はちょっと不謹慎か? ……まぁ良いか。良い機会かもしれないし、だったら一度、てな」

「それだけじゃないでしょう」
手元の髪先に向けて細められた眼が、煌いていた。

「――“こっち”側として“あっち”を外から見てみたかった。それもあるかな」

彼女は視線だけをこちらに向けた。見定めるように。
「……まぁ60点の解答ね。それで許してあげる」
やれやれ。お前の爪は鋭くて敵わない。



なんだか珍しくこの子と話しこんでしまった。
手元に視線を落とし、メニューをやっと開いて――

「おい、すごいぞここ」
「何?」
「ねこプリンだって。すげぇどんな物体なのか想像できねぇ。うわ、他のメニューもねこねこねこ……食猫文化? フルコースだと一体猫何頭が――」

テーブルの向こうに座っていたキィエががたりと立ち上がって、
「滅ぼすわこの国」
相変わらずの無表情で言った。

うわーいどう見ても本気です。
待て待て待て待て……!

欠けゆく月下に蛇は臥す(6)

2006年07月03日 02時49分29秒 | 文章。
「さて。じゃあどうしたいのかしら。どうするのかしら」
カップを置いて女が言う。
「お膳立ては万端。状態は万全。もう貴方の旅は終わっていると言っていい。そして彼もまた死を望んでいる。良かったわね。“それ”を選べばもう終わり。『様々な苦難や悲劇を乗り越えて、ぼくたちは幸せになった』」
「彼もまた? どういうことですか」
訊くと女は……またこの目だ。
「知る必要があるのかしら。それは貴方にとって確実に良いことではないわ」
本当に、何も感じていないといった顔で。
これが自分と同じ人間だとは思えない。機械が人の皮を被っているのだと横の青年が後でこっそり囁きに来ても絶対に驚かない。

まあ、そのことは今はいい。
確かにこの女の言うとおりだ。はっきり言えば既に物語は終わっている。
これから俺が起こすべき出来事はあとたった二つきり。

もう一度あの部屋に行く。あの少年を終わらせる。

たったこれだけだ。
『お膳立ては万端』。確かに。これ以上ないほどに。

――だが。
おかしい。ああおかしいだろう。
あとは倒すだけだと? お膳立てにもほどがある。
これまでの4人はどうだった?
こんなものを受け入れるわけにはいかない。

そして。
ああ、そんなものは要らない。
これまでもそうだった。『霞』、『既成』、『脱落』、『紬』――4人の代行者。俺と同じ勝ち得ることを選んだ彼ら。
俺は――俺たちはこれまで自分に与えられたものだけで闘ってきた。風の吹かない場所で戦うことを望んできた。
この子も同じ、魅入られた者ならば。同じはずだ。

「彼は私が引き取ります」
はっきりと言ってやると、女がほんの少しだけ目を驚かせた。初めて見るこの女の表情、なのか。
女は一度視線を落としてから、再び俺を見て、
「止めはしないし、忠告を繰り返すつもりもないわ。だからこれはただの質問。貴方、本当にそれでいい?」
「はい」
もう選んだ。
違う。決まっていた。

*

「驚いたわ。……ああ、この私が驚くだなんて」
ジルが少年を背負って帰った後、女が呟いた。女の視線は窓を貫き、ジルの帰った方角を射し続けている。
「先生、それは」
驚きを隠しきれない青年の表情に、
「ええ貴方の思っている通り。夢のままなら彼は一人で帰るはずだった。物語の終わりは今から13日後のはずだった。あの子と彼にはあれ以上の何の接点もないまま」
女は自分のてのひらを見つめ、それから周りを見渡して、
「変わった。なんて素晴らしい世界。どこもかしこも血が流れてる。運命なんて塵だわ」
陶然と微笑んだ。
それから不自由な脚で無理矢理身体を立ち上がらせ、
「眠るわ。私はこれを手に入れる」

欠けゆく月下に蛇は臥す(5)

2006年06月22日 00時30分15秒 | 文章。
致し方なくなって、とりあえずリビングに戻った途端、
「屈強な男か、隙ひとつ無い女が剣でも提げて待っていると思っていたのね。でもそうではないの。こういうことになっているのよ」
黒髪の女がそう言った。
図星すぎる。どう応えて良いのかわからなくなった。
「座って。落ち着かないわ。私はあなたと落ち着いた話がしたい」
促されるままに、とりあえずさっきと同じ位置のソファに腰を下ろして、肺から空気を吐いた。
「……貴女の仰る通りです」
「今までがそうだったから」
間髪入れずだった。
「……ええ」
思わず彼女を凝視かけてしまうのをなんとか止めて言った。
……この女、どこまで……。

「貴方が驚くのも無理はないわ。あの子の在り方は独特だから」
「独特、ですか」
女はカップを掲げる。青年が間を置かずに紅茶を注いだ。湯気と香りが立ち上る。阿吽の呼吸。

――支配されかかっている。
唐突にそう感じて、自分から問いを投げることにした。
「あの女の子は――」
「男の子」
即座に遮られた。一瞬のズレもなく。
少年だったのか。……まあ、そう言われて納得出来ないことはない。あの年頃――痩せていることを考慮に入れても13、14に見えた――の子供には、そんな容姿の子もいるだろう。
思考を問いに戻す。
「あの少年は、何故あんな状態に?」
「解釈が散乱してしまう問いね」
女は意味のわからないことを言った。
「まぁ妥当なところで答えましょうか。単純に何も食べていないのよ。彼がここに来て今日でもう3日目。断食自体はその前からで、明日で丁度ひと月になるわ」
「断……? どういうことですか。何かものを食べられない理由でも?」
「彼の……そう、彼の、ここに来るまでのことは貴方に語る意味が無い。ここに来てからは、私たちがベッドに寝かせたまま放って置いているからね」

は?

「あ、貴女たちは何をやっているんですか! そのまま死ぬまで放っておくつもりですか!?」
思わず荒げた言葉に、女がなんの色もない眼差しを俺に刺しながら言う。
「どうして貴方が怒るのかしら」
「当然でしょう! 貴女一体何を――」
「彼の死が貴方の望みでしょう。どうして貴方が怒るのかしら」
「どうしてって……」

確かに彼を倒すことが、彼の死が俺の望みなのだ。
最後の五人目である彼を倒せば、俺は――
――だが。

「倒すべき相手だからこそ、払う礼儀というものがあるでしょう、私は――」
「嘘。というよりわかっていないのね。正解は貴方が優しいからよ。優しいだけよ」
何を。俺が優しいだと?
「あなたに俺の何がわかる。俺はもう4人殺してる」
「誰を殺したとかどうしたとか、そんなことと貴方の在り様には何の関係もないわ。ついでに言っておくなら、優しさを徳とするのはただの社会的な刷り込みに過ぎない」
女の眼はずっと俺を見つめている。俺は。
「……貴女は何を言いたいんですか」
「私の言葉が貴方に伝えるもの、それを伝えたいの。私は会話で失敗しない」
彼女の言葉が俺に伝えるもの。……くそ。
「嫌な人ですね、あなたは」
彼女は微笑して、
「やっぱりちゃんと伝わってる」

女はカップの縁を指でなぞりながら言う。
「貴方は?」
紅茶を勧められたのだと気付くのに十秒かかった。
「いえ」
「あら、お口には合うはずだと思うんだけれど」
そうだ。確かに美味かった。
「とても美味しかったです、ですが、今はそういう気分では」
正直な気持ちだった。
俺の答えに、女が紅茶に視線を落として、口にした。
「――そう」
そして、また一口。
「甘いわ」

欠けゆく月下に蛇は臥す(4)

2006年06月19日 23時31分13秒 | 文章。
女は玄関の扉までおぼつかない足取りで行き、客を迎え入れた。
「待ちわびたわ。どうぞ入って」
扉の向こうで、背の高い男がノックをする姿勢のまま一瞬固まって、
「……御邪魔します」
招かれるままに家に入った。

女の手招きに応じて、背の高い男が警戒を滲ませたままリビングのソファに座った。
背の高い男が視線を前に向ける前に、
「どうぞ」
青年が紅茶を出し、向かいのソファに女が座るのを支え手伝ってから、女の横に座った。
テーブルを挟んで、二人が客の男に向かい合う形。

客の背の高い男は紅茶に目を向けずに尋ねた。
「私が来ることを、知っておられたということですか?」
「私は全てを知っているのよ。鍛冶屋跡取りのジル・ギァロさん」
女の答えにジルと呼ばれた男は一瞬目を見開き、
「……なるほど。そうか。そういうことか」
誰にともなく呟いた。
女はその答えに微笑んで、
「紅茶をどうぞ。冷めないうちに」
差し出すような手つきで勧めた。

ジルは紅茶の微かに揺れる水面を見つめて、
「頂きましょう」
口を付けた。
飲み下し、息を吐いて、
「それで、私の倒すべき相手はどこに?」
女は青年に視線を向けて、
「案内して差し上げて」
「わかりました」
女の言葉に青年が応えて立ちあがり、廊下を指し示した。
「こちらです。どうぞ」
ジルが立ち上がるのを見て、青年は廊下に歩き出す。そのあとにジルが続いた。

***

陰の多い廊下の空気は肌に涼しかった。
前を歩く青年の歩調はほんの少しゆっくりとしている。弱い癖のある黒髪が、青年の肩まで伸びていた。
さほど大きくもない家の、長くもない廊下の突き当たり、左側にその扉はあった。
青年が部屋の扉を開き、俺に入室を勧める。迷わずに入った。

質素で品の良い家具が部屋を囲んでいた。
壁も天井も、陽と空気に焼けた深い木目。赤基調の絨毯。
レースのカーテンが揺れる窓から陽が差し込んでいたが、空気の流れはわからなかった。
そして部屋の真ん中にベッドがあり――


俺は絶句した。


穏やかというよりも喪われかかった寝息。
シーツの上からでもわかる。なんと痩せた体躯。
思い出したようにときどき、ほんの少しだけ胸が持ち上がって、やっと生きているのだと判別できた。
こけ始めた頬の上に銀糸のような髪が伸びていた。
「病床の少女」。まさにそんな題で描いた、絵画のような光景だった。

これが?

この子を殺すのか? 俺が。

欠けゆく月下に蛇は臥す(3)

2006年06月13日 21時26分59秒 | 文章。
「あの少年が来てからもう三日、ですか」
「ええ。そうね」
「……よろしいのですか? あのままで」
「良いも悪いも、私には何も出来ないわ。誰にも何も出来ないもの。貴方だってあの子の様子を知らないわけではないでしょう」
青年は少年の様子を思い浮かべた。呼吸を感じさせない眠りと、意識を感じさせない覚醒を交互の繰り返す彼。有体に言えば死んだように生きていた。回復する気配など微塵も無く、むしろ刻々と弱っていくようだった。水すら口にしていないのだから当然だ。
「ああ、もう少しだわ。クリスマスを待つ子供はこんな気分なのかしら。いえ、これから私は『クリスマス』を待つ子供になるのね」
目を細める女。青年には彼女が何を見ているのか未だにわからなかった。わからないので、ただ誠実でいようと思っていた。今まで通りに。
「彼のことですが、せめて食事くらいは無理にでもさせては?」
「しないわ。一昨日の朝にも言ったけれど、彼がここでする食事は一度きりよ」
食事。なんの躊躇いも無くそう言ってしまえるのがこの方なのだ。青年はそう思った。
女は窓辺の椅子に腰掛け、外を眺めている。待ち人を想うような横顔だった。
「今だってものを食べることが出来ないことはないけれど、する気がないの。食事の意義が今の彼には抜け落ちているから。食事をするという方向に、彼を成す何ひとつが向いていないのよ」
「……」
「沈黙が映えるのは貴方の美点だわ。前から思っていたけれど、口を閉じて思考に耽る姿が貴方には一番似合うと思うの。それでは美しい貴方に教えてあげましょう。つまりは女の子が二人死んだのよ」
青年は何も言わず、女を見続けていた。
「彼女たちは別にあの子と恋人だったりそれ以外の親しい間柄だったわけでもないわ。ただの通りすがりと大差無い関係だった」
「……」
「それはいいえよ。彼に落ち度は無かった。落ち度どころか、関係自体が実に乏しいものだったのよ。そう、通りすがりと大差無い関係だったの」
「……」
青年は眼差しを強めた。
「ならば何故、ね。当然の疑問がここで浮かぶわけだけれど、残念ながら私にはその問いの答えが与えられていない。嗚呼、そこが物語の核心というものなのにね」
女は青年に振り向いて、心底愉しそうに微笑む。

「さて。それじゃあ紅茶を淹れてくれるかしら。三人分よ」
「三人? 彼の分もですか?」
「いいえ。お客様が来るの。真摯な方よ。あなたと同じくらい」
青年は疑問符を浮かべなかった。彼女の予言は外れない。

彼は言われたままに紅茶を淹れ、居間のテーブルに運ぶために取っ手付きのトレイに紅茶一式を置いた。同時に玄関のドアからノックが響いた。
「いらっしゃったわね。やっと始まる」
女が言った。

欠けゆく月下に蛇は臥す(2)

2006年06月04日 17時15分47秒 | 文章。
女が呟く。
「お前にはわからない」
女が呟く。
「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ」
女が呟く。
「じりじりとね、……わかるのよ。絶対に糞の海に沈めてやる」
女が呟く。
「わ、たしは騎士だ。私は騎士、私は騎士……」
女が呟く。
「……これで、終わり?」
女が
「父上、違います……! 父上違います、父上違います父上違います、ちがう、ちがうちがうちがうちがぁああぁぁああっ」


みんな死んだ。

*

「おはよう。――そしてはじめまして」
ベッドの上でうっすらと目を開けた少年に、女はどこか嬉しそうに声をかけた。
少年は錆びたような動きで、ゆっくりと声に視線を向ける。音に反応しただけの動きだった。表情は無い。

女はベッド脇の椅子から立ち上がり、窓を開けた。白いレースのカーテンが揺れて、窓枠の端を掠める。女の背中まで伸びた黒髪と黒瞳が、陽光を浴びて虹のような七色を浮かばせていた。
「貴方との出会いに相応しい朝だわ。この辺りの気候って季節に関わらずとても落ち着いているのだけれど、今日はいつにも増して素晴らしい様。きっとこれは私の心が映り込んでいるのでしょうね。そう、窓。だから窓なのよ」
高くも低くもないが、発音が良いのか小声でもよく響く声だった。それだけで生まれの良さを聞いた者に確信させるような。

女はベッドから虚ろな視線を向ける少年を再び見て、
「良い朝よ。だからおはよう。はじめまして。本当にはじめまして。でも名前を知り合うのはまだ後でいいの。今はすべてがいいのよ。だから眠るといいわ。貴方には眠りが必要でしょう。わかるわ。私にはわかっていますとも。だから深く深く沈むように淀むように混じり合って眠りなさい。安らぎはここにある」
ほとんど息継ぎもせずに言った。

少年は女の不敵な微笑みを焦点も朧なままに眺めて、
「…………なさい」
消え入るように呟き、そしてもう一度眠りに落ちた。

「いいえ。罪ではなく宿命なの。だからおやすみ。おやすみなさいませ、私の子にして我が主」
女は少年の頬に口づけ、滴を唇で拭った。


女がひとしきり彼の頬を貪り終わったところで、部屋の入り口から声がした。
「先生、朝食の用意が整いました」
「ええ、すぐに行くわ」
女は振り向かずに答える。視線は熱っぽく少年を見つめ続けている。
「彼の分はどうしましょう?」
黒髪の青年が尋ねると、
「必要無いわ。この子がここでする食事は一度きりだから」
「……わかりました。冷めますので、どうかお早く」
「ええ。ええ。わかっているわ。ありがとう」

彼女が朝食を摂ったのは結局その1時間後のことだった。

欠けゆく月下に蛇は臥す(1)(再録)

2006年06月04日 17時15分33秒 | 文章。
血のぐっしょりと染みた服はもうほとんど乾いていた。
一歩。
歩くたびに、その肌触りがいちいち神経に障る。
その生臭い匂いをあまり感じないことだけは幸運だった。つまり鼻がほとんど死んでいるということなのだが。

自分の呼吸がうるさくて仕方ない。
自分の鼓動が鬱陶しくて仕方ない。
止まれよ。

いや、止まったら死んじゃうか。
死ぬ。

死ぬ。


死ぬか。


は。
それもいいか。
どれでもいいや。
どうでもいいや。

止まれよ足。
なんでまだ歩いてる。
もうこれ以上どこに。

もう、どこにも。


止まった。

でももつれたと言ったほうがきっと正しい。
倒れ込んで、既に感覚のない左腕から地面に突っ込んだ。
口に大量に入った土の味が――しない。舌もいかれちまった。
ああ、でも良かった。痛くなくて。


イタクナクテ。嘘つけ。

痛い。
胸の奥を締め付ける痛みがどれだけ経っても薄れない。
疼いている。こころが。そこにいるものが。


助けて。誰か。





……何が助けてだ。バカめ。


何一つ助けられなかったくせに。
弱いくせに。


消えろ。
もう消えろ。

守れないお前は。何も出来ないお前は。意味の無いお前は。


いなくなったほうがいい







*

「息はあるようです。先生」
肩まで伸びた黒髪の青年が、片膝を立ててしゃがみこんだまま背後に言う。

「良かった。間に合ったのね」
先生と呼ばれた女は手をぽんと合わせ、心底嬉しそうに微笑みながらよたよたと駆け寄った。

青年の横にしゃがみこみ、女は仰向けに倒れこんだその少年の前髪をそっと払った。
血と泥と垢と傷だらけのその顔を見て、
「綺麗……夢で見たよりもずっと」
ため息をつきかねない表情で、正直な感想を述べた。

「急ぎましょう。息はありますが、これはかなり危ない」
青年は背に彼を担ぎ上げ、足早に屋敷のほうへ向かう。
それをどこかおぼつかない足取りで追いながら、女は優しく呟いた。


「大丈夫。大丈夫よ。

――――ようこそ。私の運命」

***

ヘルハン生活編に一区切りがついたし、こっちの過去編をそろそろ進めておこうかということで再録。