出発当日の朝となった。
とはいえ、夕刻までにはまだ時間がある。遅めの朝食を済ませたあと、俺は午前中をこの3年間に届いた手紙や、友人から勧められた詩集に目を通すことに費やした。6月の半ばの、夏待ちに冴える風がカーテンを揺らしている。揺れるレースの隙間から庭の様子が見えて、俺は自室を出る。風にあおられて書斎机の上の手紙が散ってしまったが、あとでいいだろう。
「サルビアか」
声をかけると、膝立ちだった姿が振り向いて、黙礼を返す。甲冑姿での庭師仕事はミスマッチなのだろうが、もう見慣れてしまった。
屋敷に帰還したときの荒れ具合は、2ヶ月足らずで思い出すのも難しくなっていた。伸び過ぎた草林はさっぱりと一掃され、初々しい苗と種が新たな棲家の空気に少しずつ根を伸ばそうとしている。みずみずしい青葉とつぼみの香りが鼻腔を洗っていく。
「少し、後悔していまス」
再び屈みこんだ彼女の鉄甲に覆われた指がつぼみを撫でている。
「この花は寒さに弱く、この地の気候でも、秋の終わりには枯れてしまウ。もっと長く付き合える苗にすべきでしタ」
まるで楽しむだけ楽しんで、用が済んだら捨ててしまうようで。彼女にはそれが嫌なのだろう。
「俺が戻ってくるのが、ちょうど綺麗に咲いているくらいかな。見頃が近づいたら手紙をくれ、ララ」
「はイ。必ズ」
うなずきの拍子に甲冑の首が擦れて鳴った。
「邪魔をして悪かったな。戻るよ。ああそうだ、ゴルデン産の豆が来ていたな。終わったら淹れてくれ」
「はイ。すぐニ。昼食はいかがなさいますカ?」
「路銀を余分に用立てる必要が出てきた。銀行に寄るついでに、たまには外で済ませてくる」
「承知しましタ」
正午近くになっていた。日差しに首筋がじわりと汗ばむのを感じていた。
とはいえ、夕刻までにはまだ時間がある。遅めの朝食を済ませたあと、俺は午前中をこの3年間に届いた手紙や、友人から勧められた詩集に目を通すことに費やした。6月の半ばの、夏待ちに冴える風がカーテンを揺らしている。揺れるレースの隙間から庭の様子が見えて、俺は自室を出る。風にあおられて書斎机の上の手紙が散ってしまったが、あとでいいだろう。
「サルビアか」
声をかけると、膝立ちだった姿が振り向いて、黙礼を返す。甲冑姿での庭師仕事はミスマッチなのだろうが、もう見慣れてしまった。
屋敷に帰還したときの荒れ具合は、2ヶ月足らずで思い出すのも難しくなっていた。伸び過ぎた草林はさっぱりと一掃され、初々しい苗と種が新たな棲家の空気に少しずつ根を伸ばそうとしている。みずみずしい青葉とつぼみの香りが鼻腔を洗っていく。
「少し、後悔していまス」
再び屈みこんだ彼女の鉄甲に覆われた指がつぼみを撫でている。
「この花は寒さに弱く、この地の気候でも、秋の終わりには枯れてしまウ。もっと長く付き合える苗にすべきでしタ」
まるで楽しむだけ楽しんで、用が済んだら捨ててしまうようで。彼女にはそれが嫌なのだろう。
「俺が戻ってくるのが、ちょうど綺麗に咲いているくらいかな。見頃が近づいたら手紙をくれ、ララ」
「はイ。必ズ」
うなずきの拍子に甲冑の首が擦れて鳴った。
「邪魔をして悪かったな。戻るよ。ああそうだ、ゴルデン産の豆が来ていたな。終わったら淹れてくれ」
「はイ。すぐニ。昼食はいかがなさいますカ?」
「路銀を余分に用立てる必要が出てきた。銀行に寄るついでに、たまには外で済ませてくる」
「承知しましタ」
正午近くになっていた。日差しに首筋がじわりと汗ばむのを感じていた。