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首領日記。

思い出の味はいつもほろ苦く、そして甘い

苦艱――喇叭の鳴る夢。

2006年11月19日 03時40分37秒 | 文章。
「――ふぅ」
吐く息が白い。
シェルターのような暗い小部屋には、大陸北土らしい底冷えする冷気が満ちていた。
手指の先が、獣皮の手袋に包まれてなおかじかむ。防寒策がなければ、ただの人間ならおそらく1時間と保つまい。

壁際に備え付けの、背凭れの硬い椅子で伸びをすると、ぎしぎしと音が鳴った。
椅子の音だが体の音だかも判然としない。

「――ふぅ」
息を吐けば、やはり白い。


……ああ、寒さだけじゃない。
鼓動がいつもより早い。おそらく体温も。
異常な心境にあることが、自分でもわかる。

高揚している。あるいは、不安なのか。
どちらなのか判別は付かない。どちらでもあるのかもしれない。
戦場に出てもこんな気持ちにはならない。

遠く地響く衝撃の音に空気が揺れる度、低く冷たい天井から埃が舞う。
部屋の壁面に埋め込まれた――というより部屋の壁面を形作っている制御装置のランプやパネルの光が、舞い降りる埃を地下の暗い宙に浮かばせていた。
雪のようだった。


……ただ待つだけというのは、難しいな。
性に合わないとまでは言わないが。

腰かけたまま椅子を回して、壁に向く。
こちらの壁は机が埋め込まれたような形になっており、手元の机台には数本の制御棹と大小多数の硝子球が。壁面にはいくつかの画面が、淡い青の光を放っていた。

画面の一つには、王城の様子がディフォルメで表されていた。
開戦から1時間弱で、既にその3割近くが崩落している。
もっとも、PONが本気を出せばこの時間には陥落してしまっていてもおかしくない。

そしてその下の最も大きな画面には、名前がずらりと並んでいた。
知った名前。知らない名前。



――ああ。もう、終わりなんだ。

まぁ別に、カイゼルに大した思い入れなんてないんだけどさ。
これまで来たことも無かったし、今の知り合いも作戦が始まってからの付き合いなわけで、会おうと思えばこれからいくらでも。そのための俺の『仕事』だ。
朽ち切れなかったカイゼルの人々の願いも、これでやっと終わるわけだ。良かったじゃないか。

中に居ることの出来た十数日で、自分で思っていたより大したことが出来なかったのには悔いが残るが、それも次に生かせば良い。
こんな機会にはなかなか巡り合えなかったはずだ。俺は得がたいものを得た。

落ちるのも、はじめから予定のうちだった。

生き残れるわけはねーんだ。
そうとも。これは予定。当然の帰結だ。
一切合財の時間が、流れるべく流れただけ。ただそれだけのことだ。


だから俺よ。
イラつくな。治まれ。落ち着け。全然意味無いだろ。

『楽しかった』。
それで良いじゃないか。

他にどうしようもなかったじゃねーかよ。



自然と拳を握り締めていたことに気が付いて、俺は腕を前触れも無く振りかぶった。
「―――――っ!!」
そのまま何も考えずに壁の画面へと――



――やめた。

行き場を無くした腕を引き寄せて、壁に繋がった机上で頭を抱えながら、きつく眼を閉じた。
寒気も地響きも、何一つ追い出せなかった。当たり前だ。

クソったれ。


……ああ、クソったれ! こんなことばかりだ!!



呟きですらない何かが口の端から漏れ出て、誰にも届かなかった。

*

自分が何も考えていなかったことに気付き、驚いて顔を上げた。
が、……思わず小さな安堵の息を吐く。思ったほど時間は経っていなかった。
開戦から1時間2分36秒。城壁は7割を切っていた。

地響きが続いている。
誰かの声が聞こえるような気がする。雄叫び――いや、悲鳴か?
……気のせいだ。五月蝿い。黙れ。みんな消えろ。俺は心静かに仕事がしたいんだ。

心がどうにもざわついて仕方ない。


――今後の作戦のことを考えよう。
本来カイゼル落城時に出るはずだった■■による呪竜はどうやら温存されたようだ。
概算だが、それを含めてもこちらからの攻撃でジャピトスを落とすことは難しかっただろうが。
ちッ、休戦協定中の国内で……いや、批判も後悔も無意味だ。

■■が次に動くとされるのは17日、だったか。◆◆氏がそれに合わせて各団体と交渉を行っている。
指令が下ってきた以上、天和もそれに噛むのだろう。
上手く行けば呪竜に加えて兵力……100くらいか。楽観的な数字だが。

魔力供給地とされている最弱級国を狙うとして、正面玄関からの突破狙いのみなら補給を挟んで精鋭兵150が必須。
アジトを作って戦力路を確保できれば正門以外への攻撃も可能だし、呪竜もあるわけだが……。

小軍が大軍を倒すためには奇策が必要だが、防衛戦であるあちらに対しては地の利も無いし補給路の断ち様もない。
奇襲であること以外に、数字を変動させる要素なし、か。

は。
滅入る推測しか浮かんで来ねぇ。


楽しすぎる。

*

断続的な地響きの中に、雪の潰れる音が混じり始めた。
顔を上げと視線を向けると、足早な靴裏に雪が擦れる音が近づいてきている。
そして背後の鋼扉が締まった音を立てて開き、
「――やぁ、悪かったね、遅れて」
「いえ、お疲れ様です」

暗い小部屋に入ってきた男は、ソフト帽にコートという出で立ち。肩にかかった雪を払いながら、彼は後ろ手に扉を閉める。
天和評議長(金髪の無精髭に『評議長』ほど似合わない肩書きもないな)のHUNDRED。
待ち人来たれり、だ。

「これ、カイゼル民のリストです。彼等は強制排出しなくて良い」
「了解」
彼がコート下から出した書類を受け取る。
やけに軽かった。いや、こんな重さに意味は無い。
「城壁が半分ほどやられてから始めよう。……ま、暫くはその様子とにらめっこです」
落ち着いた声だった。場数の違いか。
……は。つくづく俺は。
「オケっす」
彼はこちら側の壁に寄って画面を見、俺も答えつつ、椅子を回してそれに合わせる。
「ふむ……。いや、流石に減る減る」
「ですね。壮観……というと不謹慎だけど」
本当に不謹慎だ。

「――世界を相手にするってのは、こういうことさねえ」
壁に手をつき覗き込む横顔を、画面の青い光が照らしていた。

*

「敵の攻撃、第一波は終わったようだね」
天井を見上げて、HUNDRED。
「ですね。……ちょっと落ち着いたみたいだ」
俺の目にも、埃の沈んでいる室内が見える。

開戦から1時間数10分。休戦協定終了から断続的に続いていた攻撃が、ここにきて大人しくなりはじめていた。

あちらさんは大したやる気も無いらしい。
俺たちが弱すぎると言われているようで……だが腹は立たなかった。

どうしようもなく事実であり過ぎる。今は。

「代わりに、ジャピトス戦線のほうも膠着状態に入った、か」
手元の書類を見つめて、彼が呟く。
先程伝令が持ってきた報告書からは、既にジャピトスが防衛を固め、完全な篭城戦に入ったことが読み取れた。
奇襲が不発に終わった以上、補給も兵力も不十分なこちらにはもは



突如 だった。




「――っなっっ!?」

衝撃。

*

地震……とはまた違った、大きな鳴動だった。
何かとてつもなく重いものが落ちたような、縦の揺れ。

「……シュアリー君、無事かな?」
片手で帽子を押さえ、もう片手で椅子の背に掴まりよろけながら、彼。
「ええ、……なんとか」
壁の計器類が何度か明滅して、一秒ほどの闇の後、すぐに復旧した。

積もっていた埃がもう一度掻き回されて、ぐるぐると気分が悪い。こんな場所に長く居たくはない。

「ここは問題無いようだ。助かった、か」
彼はソフト帽を被り直しつつ、確かめるように立ち上がる。
「これは――敵の切り札だな」

……稲妻か。
直下で喰らったのは初めてだった。
なるほど。こうなるのか。

畜生が。半裸の野郎ももう少し力を貸し渋れば良かろうに。


王城の離れの地下にあるここでさえこの衝撃だ。
現場の状態は想像に余りある。

画面の状況を二人、雁首揃えて確認。

「――始めよう」
「はい」

城壁、残り半分。
もはや猶予は無かった。

カイゼル城仰望~ヒースの丘にて~

2006年10月02日 02時29分37秒 | 文章。
(カイゼル会議室RP。部外者は山に独り)


「勝ったのよねぇ? アンタたち」
「一応な」
雪の積もった――秋口を過ぎたばかりだというのに――山道を、二人で歩いていた。
緯度ではカーシャやフレッドバーンに及ばないが、流石に大陸北端国の一つだけあって、カイゼルの寒さは指先に染みる。

自分の仕事にはまだ時間があったし、そもそも大した仕事でもないし、ということで、物資の調達を終えてからは、出歩ける昼の間にこうして国内を巡っていた。
市街地、というより旧カイゼル廃墟と、北の岸壁を含めた四方の国境を数日で回り終え、今はそれらを俯瞰するために北部のエボト山に登っていた。

「それにしては、なんだか辛気臭すぎじゃない?」
言うキィエは、両耳側に垂れのついた黒のボアワッチ帽、前をベルトで留める白のロングコートに黒のブーツという出で立ち。
似合ってるのが心底むかつくぜ……。

「あら、ありがと、パパ」
俺の内心を読んだ彼女が、悪戯っぽく不敵な笑みを浮かべる。

俺はもう
「……」
呆然ですよ。

「……あれ、アンタたちの中ではせびれば何でも買ってくれる男をパパって呼ぶんじゃなかったっけ?」
「お前その知識は捨てろ一刻も早く捨てろ」
マスコミ共は相っ変わらずろくでなしだな!
文化人なんてみんな死ねば良いんだ!

「どうでもいいから答えなさいよ質問に」
……何の話だったっけ。
いや、睨むなよ。恐いから。

えーーー…………と……、……ああ。
「勝ったっつっても、まぁ仮初めの勝利だからな。七夜限りの夢とでもいうか」
「それはもう知ってるわ。例えそうだとしても、戦う以上、何かあったんでしょ? 目的だの何だの。それが果たせたのなら、もう少し喜んでも良さそうなものだと――」
唐突に、彼女が言葉を止めた。
「……ん? どした」


「――死にに来たのね?」


背筋が凍る思いをしたのは、久しぶりだった。

もはや習性で動揺を隠蔽しつつ――彼女相手に全く意味が無いのはわかっているが――聞き返す。
「どうしてそう思う?」
「質問に質問で返されるのは嫌いなんだけれど、……正解だったみたいだから、まぁいいわ。
この国に入ってから、ずっと嫌な臭いが鼻に付いて仕方なかった。老人と、屍の臭い」

キィエの横顔が瞼を閉じ、顎を上げて冷たい風を嗅ぐ。
二人の足は山道を進み続けている。視線は共に前を。
「死にそびれた老人と朽ち果てきれなかった屍が、死別の道行きに最後の夢を見にきた。……ええと、なんだったかしら、人間は死ぬ瞬間に過去のことを――」
「走馬灯」
「それだわ」
即答だった。

「そうだよ。カイゼル攻略の主導班は、早い段階で反体制集団から奪還派に移っていた。神殿が出現した時点で、俺たちのアジトには広告塔以上の意味が無くなっていたわけだしな」
広告塔にさえなれたのかどうか。問いは自分の胸に置いておく。

「『自分たちのものを自分たちのもとに取り返すために』。
『自分たちの歴史を自分たちで終わらせるために』。
彼等は大事なものを取り返し、それと心中するためだけに戦ったんだ。
笑うか?」

「いいえ」
その答えに視線を向ける。彼女は前を見たまま、
「誰だって、死に場所は自分で選ぶのよ」

ひらけた場所に出て、山肌と深い谷間が見渡せるようになった。
谷底では河が氷河化しており、山肌には、無数の剣が墓標のように遺されていた。

「この国の建国王は、アシュアリーという名だったらしい」
このときになって初めて、キィエが俺に視線を向けた。
「似てるけど、それが?」
「もちろんただの偶然だし、『似ている』以上の意味はない。
だけどそれだけで、……それだけで、十分じゃないかとも思う。
おかしいかな? こういうの」

「いいえ」
抑揚の無い声で、彼女。
「ただ私は、自分で何もしないくせに、点いた焚き火の暖かさだけを仲間面してくすねに来る連中が嫌いで仕方無いの」
わかるよ。でも。
「強い人間ばかりじゃない。世の中には、何かをできる者ばかりじゃないだろ」
「何も出来ない奴なんていないわ。ひとり自分でそう思い込んで、不幸に浸っているだけよ」
俺は、もう何も言えない。

「それから、アンタにもう一つ言っておくわ」
「……なんだ?」
どちらともなく立ち止まる。
彼女はいつもと変わらない無表情で、

「――私、愉快なときにしか笑ったりしない」


泣かないでくれ。
何故かそう思った。

蒼の都にて。(Another word)

2006年09月07日 01時59分28秒 | 文章。
「私の気のせいかしら」
「何が?」
俺は、彼女の独り言のような呟きに訊き返す。
彼女は風に靡く長髪――クセのある黒を手で押さえながら、後ろの俺をほとんど視線以外動かさずに見て、
「この街並み、すごく最近見た気がするんだけれど」
「そうだよ」
俺は平凡に応えた。

着かず、離れず。
肩を並べることは決して無いまま、二人で人足の少なくない表通りを歩く。
「今回は少し、ある相手から御招きに預かってな」
「御招き?」
「そ。厳密にはそういうわけでは無いかもしれないが、しかし違うとも言い切れない。そういう御招き」

通りの向こう側の露店から、香ばしい匂いが鼻に届く。
それは腹が減っていなくても食欲を無理矢理湧かせるような。

彼女は少し考えて、
「……内通者でもいるの?」
「何故そう思う?」
彼女は眼を睨みに変えて、
「質問に質問で返さないで頂戴。……焦らされるのは嫌いよ。私」
「知ってる」
俺はなんとも言えない笑顔を浮かべる。
「知ってるが、たまにはガキの遊びに付きあう余裕も見せてくれよ」

睨みは弱まらなかったが、
「――良いわ。たまにはガキの口車に乗せられてあげる」
そうだよ虎子ちゃん。コミュニケーションって大事だと思うよ俺。
「うるさいわよ」
だから思考を読むな。

キィエは前からの歩行者を見もせずに避け、
「敵対者なら、今更アンタのような人間を呼んで話すこともないでしょう。向こうはとっくにそういう時期は過ぎたと思っているし、敵同士としての会合なら、それに相応しい場は他にいくらでもある」
その通り。

「罠の線も無い。この間の話からすれば、アンタはそんな手間以上の価値も無い有象無象。せいぜいが尾の辺りを鬱陶しく跳び回る羽虫だわ」
何かそこはかとない棘を感じるがその通り。

「中立者やアンタの同類が相手という可能性も薄い。わざわざ敵のテリトリーで顔を合わせるメリットがあるとは、私には思えない」
全く以てその通り。

「残るのは、そのテリトリーで接触を持つ危険を侵すことに価値がある、あるいはその危険を侵さざるを得ない存在。つまり国外へ出る事が制限される政務関係の人間くらいでしょう」

言い切ってから、どう? と視線の底でキィエが訊いてくる。

「……いや、年中一人格闘選手権なお前がそこまで考えられるとは。ちょっとご主人様驚き」
彼女は一瞬睨みかけてから、ウンザリした横顔を見せて前を向き、
「――ちっ。なんだか私もアンタのクドい喋りに毒されてるみたいだわ……反吐が出そう」
うわたまんねぇ。

これでスコアボードは同点くらいですかね。
そろそろ止めとこう。後が恐い。

「で。結局どうなの」
「惜しいけれど残念、不正解だ。お前の推理は実に尤もなんだが、今回ばかりは相手がイレギュラーでな」
「焦らさないで早く答えを言いなさい。殴るわよ」
それは勘弁して下さい。
お前の殴るは路上で弾数無限マウントだろーが。殺す気か。
「……」
いや、すまん待ってくれ俺が悪かった。お前ってやるときはやる奴だよな。


俺は少しだけ息を吸って、
「――お前が言うところの、“敵の親玉”だよ」

彼女は驚かない。
俺も特に感慨など込めずに、
「世界に飽いて仕方の無い魔王が、羽虫に歌でも歌えとさ」

笑う。


「アンタは取るに足らない有象無象で、しかもさっき言ったわね」
「そう。『厳密にはそういうわけでは無いかもしれないがしかし違うとも言い切れない。そういう御招き』。もしかしたら俺の恥ずかしい勘違いかもしれない」
「そのときは?」
そのときは。
「ま、帰るよ。――石を投げられ、口汚く罵られながら。後ろ指を指され、仇敵のように呪われながら。誰も彼もに笑われて、帰る」
そんな描画が脳裏で精妙なまでに浮かべられるのに、なんだか可笑しくて仕方無い。

「あは」
少女のような笑い声をこぼして、それでも表情は不敵なまま、彼女が振り向いた。

「いいわね。それは。
どちらにしても、――うん。なかなかに悪くないわ」

蒼の都にて。

2006年08月30日 21時20分42秒 | 文章。
「敵の親玉の城だって聞いたから、私、少しは期待してたんだけど」
カフェのテーブルに頬杖を突きながら、彼女が言う。
「やることは結局変わらないのね。がっかりだわ」
「何に期待してたんだよ」
言いながら、俺は自分の前のカフェオレを一口。お、ここのはなかなかいけるな。さすが蒼都。いや何がさすがなのかはよくわからんが。
「決まってるでしょ」
ふわ、と欠伸をしてから、
「……運動不足なのよ。最近」
確かにここ数ヶ月、戦闘と呼べるような事態はまるで無かった。

は、良き哉良き哉。
正直言って、俺は頭の悪い殺し合いなんてまっぴらごめんなんだ。
「お前にゃ悪いが、もうしばらくそういう舞台の予定は無いな」
暴れるだけで事態がどうこう動く時期はとうに終わっている。
馬鹿は駆逐されるだけだ。

「敵の根城まで来ておいて、カフェでお茶して帰るだけなんて腑抜けも良いところだわ」
「……ま、確かにな」
今の状況は門前払いなのだ。要するに。
嘆かわしいことだが、俺たちはまだそんな場所にしか立っていない。
「あー、なんだかイライラする。この紅茶もパフェもなまじ美味しくてかえってムカつくわ」
いや、それ紅茶もパフェも悪くないじゃないですかよ。
彼女はスプーンでパフェをグスグスつつきまわしてから、口に運ぶ。食い物に当たるなよ。
「五月蝿いわね」
「だから思考を読むな」
「読みたくて読んでるんじゃないわ」
ああ。知ってる。

と、
「お待たせ致しました」
ウェイトレスが頼んでおいたプリンを持ってきた。
「ありがとう」
受け取りつつ微笑みかけると、
「どうぞごゆっくり」
まったく裏のない笑顔を返された。

ウェイトレスが離れてから、
「アンタって本っ当に知られてないのね」
カフェをつつきながら、キィエが白い目で見てきやがった。
「ま、そっちのほうが都合は良いんでしょうけど」
なんだか情けないわねとでも言いたげだなコノヤロー。

「エレジのときも言ったけどな、ただの手配犯のツラなんて一般の人々はまーったく知らないし、興味も無いんだよ」
「もう9カ国だか10カ国だか回ってるんでしょ? いつになったらアンタの顔は売れ出すのかしら」
「表立ったことなんざ何一つしてねーもの。いつになったって顔なんざ売れねーですよ」
反体制なんて言いながら、今のところ各国回ってお茶と買い物してるだけだもんな。
ほんと、それだけだもんな。俺。

あれ、おかしいな。なんでしんみりしてくるんだ。

*

「そういえばまだ聞いていなかったわね」
パフェをしっかりと平らげてから、キィエがおもむろに口を開いた。
「ん?」
プリン美味ぇ。俺もうこれ食えただけで満足だよ。ぐへへ、帰りに保存用と観賞用と布教用も買うもんね。
「……アンタの思考が流れてくると、ときどき本気で憂鬱になるわ……」
頭痛をこらえるように彼女がこめかみを押さえる。
「大丈夫か?」
「……誰の所為よ」
睨むなよ。恐いから。

「で、何が聞きたいって?」
彼女はクセのある黒の髪先を指で弄りながら、たっぷりと間をあけて、
「――いえ、やっぱり良いわ」
どうせ何も知らないんでしょうし。そう独り言のように呟いた。

そうだよ。
俺は何も知らない。まだ何も。

「それで? これからどうするのかしら、ご主人様」
彼女が試すような視線を向けてくる。
そうだな。
「適当に国内を見て回って――、王宮の外観でも見に行くか」
テーブルの向こうで、金の獣眼が訝しげに歪んだ。
「いいの? 監視がいるんでしょう」
それは間違いない。国内にいる限りアースが王権に与えた監視からは決して逃れられない。
だが逆に言えば、
「不粋な真似さえしなけりゃ手荒な真似も受けんだろう。いつも言ってるが、向こうも面倒は御免なんだ」
キィエは俺の眼を覗き込むように見つめて、
「――ま、いいわ。好きにしなさい」
席を立った。


王宮へ。
どうしてそんなことを思ったのか。俺にはよくわからない。

欠けゆく月下に蛇は臥す(7)

2006年08月29日 02時19分57秒 | 文章。
(以下反転。微妙だがちょっとアレなので、読みたいときは自己責任。読みにくい場合メモ帳にでもコピペするのが正解)

「お、おおおおおおおおおおおおおお!? おお、おお、おお、お、おおおぉぉぉぉぉぉぉおお!! おおおおお!!!」
「うるっせーよブタ」
白いパンプスの爪先で、『そこ』を押さえる両の掌ごと蹴り上げた。
「―――――!!!」
声にならない叫びを上げて、白衣の前半分を真っ赤に染めた男が震える。痙攣してるのかも。オエ。死にかけのイモムシみてー。汚ったね。

男の様子を見下ろしながら、ナイフを持っていない左手で眼にかかった前髪をかき分ける。視線をこの白い医務室から隣の部屋に向ければ、扉の向こう、壁際の鏡にオレの躯が映っていた。
切れ長で不敵な目。右は前髪で隠れている。左の目尻には色っぽい泣き黒子。毛先の波打つダークブルーのロングヘア。病的なくらい白い肌。高めの身長をはじめとしてスタイルは最高。自画自賛ながら文句の無いボディだ。看護服の胸元のボタンは外れたままだったが、ソレもいい。鏡の向こうの顔も、青紫に塗った唇をにやりと笑みに変えた。うふん。キミもそう思う?

「……っっ!! ~~~~ッッっ!!!」
野太い呻り声に恍惚思考を中断された。イラッと来るーオイ。
睨みを向けると、男がイモムシよろしく這って逃げようとしてやがった。ハァ?
「どう考えても無理だろーが」
つかつかと野郎のところに歩み寄り、男の背中の上あたりで、柄をつまむようにナイフをぶら下げて、
「馬鹿か?」
無造作に落とした。
刃の3分の1、3cmくらい刺さって止まった。
「~~ッッ!!?」
イモムシの背中がびくっと反りながら震え、体液まみれの汚ぇツラで振り向いてきたので、
「うえ、きたねー」
正直な感想を載せて踵落としをする。ナイフの柄に。
イった。根元まで。
ぎぎぎぎぃと少し暴れてから、イモムシがへたった。カエルみたいな姿勢の脚だけが震えていない。お? なんだこれ。ナニナニもしかして?
「今ので脊髄ぶっちぎったのかぁ。うおークリティカルじゃん。すげ」
おもしろー。
これまでも人間は色々弄り倒してきたけど、こんなのは初めてだわ。
なんかイモムシ君が股間押さえんのやめて匍匐前進始めてるし。神経ごと痛みも切れてるってか。おもしろー。にしても動きがゴキブリみてぇだな。体液で床汚してんじゃねーよ。
醜悪な。
「よっと」
軽い掛け声で跳んで、腰に刺さったままのナイフの上に着地。あぎじぃとかよくわからない汚声が耳についたので、更にジャンプしてイモムシ君の頭部を踏んづけた。黙れー。
更に跳躍。机の前に着地。
イモムシ君が座ってた机には、いかにも医療用然とした色々な器具が用具入れに刺さっている。
「それ使って医者が『お医者さんごっこ』したがるんだから笑えねー」
それがしたくて医者になったのかもな。ありうるありうる。この躯でちょっと胸元開いてやったらだからなー。
……げろ、この豚の鼻の穴がヒクヒクしてたのを思い出しちまった。

さーてと。
細い指先で机上の金属器具をまさぐる。
「ど、れ、に、し、よ、お、か、な」
この程良い高さの、少しだけ鼻にかかった深みのある声。自分のモノながらたまらない。
「ねぇ」
自分の中まで蕩けてしまいそうな甘い甘い声で、
「どうして欲しい?」
瀕死の虫を見下ろす。
男はこっちを見上げ、眉をこれ以上出来そうにないくらい八の字にして、
「だ助げでぐだざい゛、だずげ、だずげで、死にたぐなひ死にだぐない゛死にだぐな」
聞き取り辛。イラっと来たが、
「そんなに死にたくなぁい?」
自分の声を聞いてまたいいきもち。どうでも良くなる。
声を出すのが辛いのか、医者はがくがく首を振って同意を示した。
オレは男の前にしゃがみ込んで、
「それじゃ、言うこと何でも聞いてくれるかな?」
うっとりと問いかける。
医者はまた首を縦にがくがく。
「なっな何でぼ!! らんでもいだじまずだがら、がらごろざないでぐだぢゃい゛い」
「ほんと? じゃあ」
立ち上がって、躯に指令して消化液の分泌を促した。口の中に溜まったそれを、えろっと垂らす。つ――――――っと、血で斑に染まった右のパンプスの先にそれが落ちて、べちゃ。赤が滲んだ。
「舐めて、綺麗に」
右足を一歩前に出すと、医者は気色悪いくらいの速度で這いよって、舌を突き出し始める。鼻息が馬みてーに荒い。
オレは机の上から化粧用の二つ折り剃刀――イモムシ野郎がこれをナニに使う気だったかは考えたくない――を取って、
「馬鹿かお前」
お前の体液が付くんなら同じだろーが。気持ち悪いな。

*

「いつかーパパとーふたりでー、語りーあぁたのー♪ ふふん♪」
じゃばじゃばと、手を洗う水音をバックに。
「この世に生きるー喜びーそして悲しみのことをーウォウウォウ♪」
二番以降の歌詞は覚えていないので、ずっと一番を歌っていた。オレは自分の声が聞ければそれでいい。
「グリーングリーン♪ あーおぞらには、小鳥がー歌いー」
ちょっと遊び過ぎちゃったな。あーマニキュアまた塗るのめんどくさー。
「グリーングリーン♪ 丘の上には、」
鏡を見る。オレが見えて気分が良い。
「緑がーもえるー♪」
よし完了ー。キュ、と蛇口を締める。

振り返って
「忘れ物はと」
部屋を見る。

真っ赤だ。
緑なんてどこにもねぇ。

「よし、無いな」
さて、あと三人か。がー、飽きてきたな。
次からはちゃっちゃと済まそ。


星降りの都にて。

2006年08月25日 00時46分39秒 | 文章。
「甘すぎるわね。ここの紅茶は」
眉根を寄せて、吐き捨てるようにキィエが言う。金の獣眼は紅茶の水面を睨んでいた。
俺も自分のカフェオレをもう一口含んで、
「……こっちもだな」
不平を洩らした。
「そこのヨーグルトパフェは?」
「これも甘いわ。ヨーグルトなんだから、もっと酸味がないとどうしようもないわよ」
やれやれ。これじゃ奮発したのも逆効果だな。
どうもこの店の味付けは、俺たち二人の口には合わないらしい。

そして、
「で、この国なんだったっけ」
いつものように、彼女が尋ねる。

「それは紅茶とヨーグルトパフェとマンゴーソルベを食べ始める前に聞いて欲しいんだが、もう俺もわかっているので期待しない」
「意味の無い台詞は便所の壁にでも言ってなさいよ」
お、お母さんお父さん、この子いつもより喋りに棘が。
「早く。説明」
な、泣きたくなってきた……。

――気を取り直せ俺。
大丈夫だ、みんな仲間。よくわからないけどみんな仲間。
「あー……、ここは星都フェリアス。シュラク海沿いで……えーと、あとは知らない」
「はァ?」
「睨むなって。恐いよ。だって情報ねーんだもの。さーっぱり何一つわからんちんですよ」
「情報屋はどうしたの」
「一人はまだ離婚調停中。職種が不安定な分、OLの奥さんとじゃ親権には不利らしくてな。腕の立つ弁護士を探して各国放浪だそうだ。もう一人はここも専門外。『正直萌えない』と言ってた」
「……そいつ前もそんなこと言ってなかった?」
「うん。ヴィグリードのときな」
「どこの情報ならわかんのよそいつは」
「いや、俺に聞かれても……」
「他は?」
「新しい業者を探したんだが、ダメだ。『アンタには悪いが関われねぇ』だとよ」
手は着実に伸びてきている、のか。
「じゃあいつも図書館とかで貰ってくる奴は?」
「パンフか。……いや、図書館や政府関連の施設を適当に回ってみたんだが、どうもこの国そういうの置いてないみたいでな」
「結局何もわからないってわけ?」
「うい」
「ダメダメね。――紅茶も不味いし、最っ低だわ」
キィエが声を荒げて言った。
「ちょ、おま、もう少し声を抑えろって」
そろーっと店員の方を振り向くと、接客スマイルが引き攣っていた。うひゃー聞かれまくってますねこれわ。
「はッ。不味いものを不味いと言って何が悪いのよ」
そりゃアンタ人間には外交というものが……いやもういいや。

「あーあ、これはあの甲冑女が行った方が正解だったみたいね」
甲冑女とはもちろんララのことだ。
呼び方からもなんとなく滲み出ているが、二人はお互いを激しく毛嫌いしていた。
まぁ性格的にウマが合いそうでは全くないわけだが。

で、ララと一緒に行った国というと、
「フレッドバーン? お前って寒いのがお好みだったっけ」
「冬物買いたくて」
早ぇよ。
ていうか金出すのは誰だよ。いや俺だろうけど。
「わかってるじゃない」
だから思考を読むな。


「で? どうするの。これから」
「そうだな……」
手荒な対応を避けたいこちらとしては、人足の少ない場所は避けたい。
が、情報が無い以上、下手に動き回るのは得策ではない。
となると、
「カフェでだべりながら、他の客の話にでも聞き耳を立てておく、あたりかな」
「この店は絶対に嫌よ」
「それに関しては同意見だ。道行く人にでも尋ねて、もう少しマシな場所に変えるか」
そう言って立ち上がり、俺は伝票を手に勘定場へ。明らかにつっけんどんな対応をされたが、まぁ仕方無いわな。
それから店を出て、先に出ていたキィエを追いかける。
海岸に近い遊歩道の上で、彼女のくせのある黒髪が海風に揺れていた。

祖国と、同じ匂いの風。


「何やってんのよ。早く来なさい」
暴れる髪をてのひらで押さえながら、振り向いたキィエが俺を呼んだ。
「……ふふ、待っててくれるなんてご主人様感激だよ」
「アンタがいないとカフェのオーダーが面倒なのよ」
そりゃそうだ。

北西の王都にて。(Another word 2)

2006年08月22日 01時08分27秒 | 文章。
「手配の方ですね? 自主的に出国していただけないと、黒服さんが集まりますがー・・・」
彼女は俺の顔をじーっと見つめて、事務的に言った。
「・・・・良い男ですね」

……えーと。
とりあえず適当に微笑んでおこう。

そしてまた新たに近づいてくる気配。
「あ、先輩こんにちh…って、なに言ってるんですかっ!」
王宮に向かってきた少女は入ってくるなり大声を出した。
「だいたいこの方はですねぇ…」
俺よりも10cmは背の低い栗毛の少女が、最初の女性を見上げながらくどくどと説教をはじめた。
ふふ、微笑ましいなぁ。
会話の内容は剣呑そのものだけど。

暇だしララとしりとりでもしよーかな、と思いかけた辺りで、ようやく、というべきなのかなんなのか、とにかく少女がこちらに振り向いた。
「いらっしゃいませ♪ 内務の妻の望月祐里と申します」
まぁそのあたりだろうな、と適当な感想が浮かんだ。
彼女は軽く周りを見渡してから、
「本来でしたら回れ右していただくところですが…何の因果かまだお時間があるようですね。
まぁ、それまでごゆっくりしていってください♪」
そう言って微笑む。
「あ、私には手を出さないでくださいね?
在野じゃなくて冥界に送って差し上げちゃうことになりますから♪」

む。
代理とはいえ王の面前。彼を脇に置いて会話というのはどうかと思うが、彼は先程よりもさらにこちらに近い位置で、一瞥した俺に『どうぞ』と目で伝え返してきた。
ならば。
「あっは、うっかり手を出さなくて助かったなぁ俺」
両手を降参だとばかりにひらひらさせてから、出来るだけ見下ろしていることを意識させないよう、瞼を伏せ気味に彼女を見て、
「名前は既にご存知でしょうが、初めまして。シュアリーと申します。
今回こちらに入国させて頂いたのは、平たく言えばただの観光旅行です。美しいこの王都をお騒がせするつもりはありませんので、御安心を。お嬢さん」
揉め事を起こしたところで、俺には一文の得にもならんしな。


《御館様》
《わかっている》
後方に一瞬だけ殺気が湧いて、沈むように消えた。
そして正面、王宮に見えるいくつかの窓からも視線を感じる。
事情を知っている者の敵意と、知らない者の好奇心がそれに乗っていた。

『風読み』の使用は控えたまま、空気にだけ感覚を走らせる。
見落とせば終わる。
呼吸の度に、そう脳裏に刻みつける。

わかってる。
誰よりも良くわかってる。
此処は戦場より危険な場所のド真ん中。

そして俺は、公共の敵なのだ。

*

結局、王宮の正門前に集まった人々に挨拶を返している間に時間切れになってしまった。
制服に身を包んだ屈強な男たち――これが黒服だろう――を連れた官吏が、出国令状を持って俺の前に現れ、俺は言われるがまま、とっとと帰途に着いたのだった。

「御館様」
「うん?」
魔導船のデッキの上、冷気を帯びた風に俺たちは身を晒していた。
「結局、これの贈り主は何者だったのでしょウ?」
眼前で、ララの右手がカップを揚げる。ていうかまだ持ってたのアナタ。
俺は風で眼に入りそうになる前髪をてのひらで押さえつつ、
「さぁな」
そう答えた。

「ただ――」
「…………たダ?」
眼下に、冬の終わらぬ島が見える。
住まう人々を護るために、変わらず淡く揺らめく魔法の境界も。

「ふふ。なんとなく、わかったような気はする」

北西の王都にて。(Another word 1)

2006年08月20日 14時56分12秒 | 文章。
「おはようございまーす」
唐突に近くで声がした。
振り向くと金の長髪を纏った女性が、……やはり俺に挨拶をしている。
初対面の相手だと知らずに声をかけたのか、彼女は一瞬不思議な顔をしてから、
「初めましてですね? 新しい入国の方かしら。ようこそフレッドバーンへ♪」
笑顔で歓迎をくれた。
イカン。この手の社交的な女性ってばかなり好みでありんす。
「ええ、実は先刻入国したばかりで。――こちらこそ初めまして、シュアリーと申します」
俺も笑みを浮かべながら応え、プリンの空きカップを持ち替えてから差し出された手に握手を返した。
「Lilysといいます。どうぞよろしくお願いしますね。困ったことがあったら何時でもどうぞw」
そう言い残し、彼女は王宮へと去っていく。やっぱり挨拶は同僚だと勘違いしたわけか。

「御名前を出されて宜しかったのですカ?」
彼女が離れたのを確認してからララが聞いてきたが、
「ああ。別に疚しいことをしようってわけじゃないんだ」
「いエ、……差し出がましい発言を御容赦頂きたいのですガ、しかし、私が申し上げたいのハ」
「遅かれ早かれ俺の名は知られる。それが目的でもあるんだし、余計な嘘で瑕をつける意味は無い」
「……畏まりましタ」

門の向こうに、王権の象徴たる王宮が見えた。
華美な装飾のそれは、質実な祖国のものとは似つかなかった。
だが、同じものが見える。


――――。


『眼を閉じて過去を想う』。
そういうのは、もうしばらく無しだ。


左手のカップがぶるっと強く震えて、止まった。
時間切れか。

どうするかな、と思うよりも前に、強い視線を感じた。正面。
王宮の玄関の中、陰になった赤い絨毯道の上に陽炎を纏った男がいる。
「いらっしゃい、北の都へ」

なるほど。彼か。

*

《御館様》
《わかってる》
脳内で伝えられるまでもなく、彼の出現を皮切りに視線と意識が自分に収束し始めるのがわかった。まぁ場所も目立つしな。
《…………》
《猛るな》
う、と力み始めていたララの体が止まる。
《バニラ味とチョコ味どっちが好きだ?》
《ハ、……ェ? そノ、イチゴ味の方ガ》
《それで良い。適当に構えてろ。俺の命にだけ全霊を傾けていろ》
《――御意》
《あとイチゴは覚えておくね》
《……御戯れヲ》
冗談だとわかるくらいにはほぐれたらしい。

「持っていてくれ。もう役目は終わった」
「はイ」
振り向かずにカップを後ろへ適当に放った。まぁ取るだろ。かちゃん。ほら。


男がこちらに進みつつ、日差しに自らを爪先から順に晒していく。
「あ、そうか。内務の仕事を増やしちゃったな。どうしようか……」
手に持った扇で扇ぎつつ、ぽつりと呟く。
そして男の頭までが完全に日下に現れた。
ああ。代理国王の顔くらい俺も覚えている。
「まあ、でも、少しくらいは遊んでいかれるといい。ここは避暑には最適ですからね、ねぇ。シュアリー殿」
向こうも名乗る必要はないだろうとそう続け、微笑んだ。

あらま。
「まさか閣下に私のような下賤の名を知ろし召し頂けるとは、恐悦重畳の至り」
右手を心臓の前に、わずかに上体で礼。場所を考慮して軽い形式で済ませる。
彼はほう、という顔をして、微笑みを強くした。

と、後方に気配。
彼の視線に合わせて、不作法にならない程度のタイミングで振り返ると、
「あ、シュアリーさん。まだいらっしゃいましたね、良かった。いや良くないけど」
さっきの女性だった。

北西の王都にて。

2006年08月18日 02時31分10秒 | 文章。
「この地に来るのハ、初めてでス」
「俺もだ。ララ」
旅路の魔導船の上からは、美しい稜線におしろいのような雪化粧が残っているのが見えていた。

この子との旅は、思えば初めてだな。
いつもはキィエが旅の連れなんだが、……前回のことをまだ根に持ってるのか、話し掛けても応えようとしない。まったく。


「『フレッドバーン。当国はネバーランド最北西の山並み美しい島国であり、観光地としても有名です』。確かに山は綺麗だったな。ここからでは建物の陰になって見えないみたいだが」
言いながら二人で歩くのは、王都フレッドバーン城の中心街道。
計画都市として王宮から放射線状に伸ばされた道の内、もっとも活気のある商業通り、らしい。
歩みを止めぬままちらちらと辺りを窺うと、右手に「雪ひよこ虫商店街」という看板が下がっているのが目に入った。この地に雪ひよこ虫という変種がいるって話を聞いたが、マジだったのか?

山間の窪地に作られたこの王都は、都全体が城壁に覆われた、いわゆる城壁都市という奴だそうだ。旅路の途中では季節を忘れそうになる寒気に見舞われたが、『王都の結界の中では実に快適な気温が保たれています』、と。確かに良い具合だ。
しかしこの結界の維持に税金どのくらいかかってるんだろうか。
割と気が遠くなりそうな感じが。

「御館様、お手にお持ちになられているのハ?」
付き従うように(『ように』など、もはやいらないか)俺の左後ろを歩くララが、甲冑越しの声で聞いてくる。
「公式パンフだ。図書館で手に入れた」

その国を知る上で、国家としての自己認識を知っておくのは大事だ。
誇りであり理想であるそれと、自分の足で目にした上での現実をすり合わせれば、おぼろげにその内奥も見えてくる。ような気がする。

ていうか主に役に立つのは地図なんだけどな公式パンフ。

「いエ、そちらではなク……」
「ん? こっちか? 見たまんまだが」
もう片方の手に持っているのは、プリンの空きカップだった。
カップの振動は続いている。

「そノ、お聞き申し上げても宜しいでしょうカ」
「良いよ?」
キィエと違って歩くペースを合わせてくれるから楽だ。この子は。
「この度ハ、何故こちらニ?」
がしゃがしゃと甲冑の足を鳴らしながら、ララが尋ねる。
「何だ、カティから聞いてなかったのか?」
「いエ……」
「まぁ大した話じゃないんだがな」

そもそも、この旅のきっかけは。

*

「ご主人さまーご主人さまー」
桃色の髪の子供が、長ったらしい白のワンピースの裾を擦りながらソファで本を読む俺の元までやってく、あ、転、おお立て直した。良く頑張った。
「ほめてー」
「だいぶ偉いぞ。で、なんだ」
「あのねー。これ、げんかんのさきにおちたてのー」
「落ちてたでしょうが。どれ」

箱を空けると……プリン。
落ちたてのプリンはとてもおいしそうにぼくをみていました。

「他には?」
「ないよー?」
「……とりあえず毒や薬のチェックをしとくか。それから……えと、それ、から……」

がまんできなくてぜんぶたべました。おいしかった。


「余は満足じゃ……。
――よし。贈り主を探そう」

*

「そノ、途中、だいぶよくない所があるような気ガ……」
「そこは気にするなララ。未来志向だ」
「あノ、仰る意味ガ」
「そこも気にするなララ。未来志向だ」
「……」
ま、ヤバいものならあいつが気付くし。

「まぁそういうわけで、カップに探知魔術をかけて贈り主を探している」
「それで先程かラ」
「そうだ」
カップを向けて震えた方に、贈り主。初歩の探知魔術だ。
が、この手の探査系はあまり得意分野ではないので、早めに見つけなければ効力が切れてしまう。
善は急げということで、今回の入国だった。
「まぁこの入国は、いつも通りの目的も兼ねてるがな」

話しつつも、脚は更に街の中心へと進む。
時折すれ違う人間が俺たちのことを気にするが、
「大丈夫だ、ララ」
目立っているのは、空きカップを手に進む俺の方だ。
「はイ」
これほどの都市の中心街ともなれば、妙な格好をした人間の一人や二人、珍しくない。
全身を紫銀の甲冑に身を包んだ彼女の姿も、それほど奇異の視線の対象にはなっていなかった。

当然だが、聞けるわけはなかった。
聞く必要もなかった。
「まだ恐いのか?」などと。

「帰りに、少し買い物でもしていこうか。キィエばかり贅沢をさせるわけにもいかんだろ」
振り返って視線で誘うと、
「お気持ちだけデ、十分にございまス」
恐縮した様子で、ララ。
「ったく。どいつもこいつも可愛げを勉強してこいってんだ」
「申し訳、ありませン……」
「冗談だ」
「あ、……申し訳ありませン」
俺は苦笑して、再び前を向いて進み始めた。



そして。

「参ったな……」
行きついた先は、


「……さすがにここは入れんだろ。俺、手配犯だし……」


王宮だよ。マジか。


***

体験記は明日以降。
そして今回もAnother wordを書く予定。

魔道の都にて。(Another word 2)

2006年08月15日 01時44分07秒 | 文章。
「それじゃ、これからどうするの?」
「いつも通りだな。適当に国内をぶらついて、この国のことを調べる。そんで追っ手がかかったら大人しく出ていく。
お前の出番は、まぁ当分無い予定だ。悪いな」

内心で自らの目的を再確認する。

重要なのは思い違いをしないことだ。
何を、いつ、どこで、何故、どのように。あるいはせざるべきか。

間違えない。
俺は、間違えない。


鈴の音。カフェの扉が開かれた。
窓際の奥の席から、キィエの肩越しに視線を一瞬だけ送る。女一人。危険度はごく低い。問題無し。
他人に背を向けるのをキィエは嫌がっていたが、俺が隙を見せるわけにも行かない。
視線隠しも含めてのこの位置取りは、俺が彼女に出した唯一の同行条件。
あ、あと「ちゃんと言うことを聞くこと」もあったか。

これで店内には俺たちを除いて男4人、女11人。ほとんどが一般人かそれと同クラス。全く問題無い。尾行の女もちらちらとこちらを気を向けるが、今すぐ行動を起こすつもりでもないとわかる。ならばこちらも特に何もしない。
この程度で慌てるようなら、最初から国に入ったりなど出来ない。

店の窓が少しつつくだけで割れることは確認してある。
店自体の場所も商店街の中に位置。手荒な事態は向こうも回避したくなるだろう。
脱出ルートは4通り。

考えなくてもわかるようになること。
考えて確かめること。

研鑽だけが私を生かす。


視線を感じた。
今入ってきた女だった。
そして彼女が近づいてくる。
注意しつつも気付いていないように振舞い続ける。プリン美味ぇ。
いざとなれば店を吹き飛ばしてでも逃げる。

「シュアリー殿? お久しぶりねぇ。覚えてないかしら」
……お? 聞き覚えが。
もう視線向けちゃっていいだろこれ。いいよね? いいよね偉い人。
更に歩みを進めてきたその女性は、
「……覚えてないかな。私、バケイ隊で一緒だったハセラン」

低めで深みのある声。
褐色の肌に、踊り子のように必要な部分だけを隠す布服。
そして、……髪を隠すヘジャーブ。

思い出した。
アース教会主導の神敵ゼロスパイア討伐隊――暁星十字軍。
俺はアース教会戦力の調査など、諸々の目的のためにあの熱砂の中に身を投じた。
貴女とは、そう、あのときに。

そして尾行の女もこちらに近づいてきた。俺を一般国民と接触させたくないのだろう。

「誰?」
「悪いが少し黙っててくれ」
睨め付けるキィエを適当に無視しながら、
「覚えてますよ。あの悪い夢のような日々で、貴女の踊りだけが良い思い出ですから」
笑顔で言った。
俺の返答に彼女はやっぱり、という表情になったが、それ以上の言葉は、彼女ではなくその横に並んできた尾行の女が代わりに継いだ。
「お話し中無粋ですが、あなたには目下追放の手続きが取られております。あまりそういった行動はお控えいただきたいです」
今までよく見てなかったが、この子眼鏡っ子だったんだな。デカ眼鏡可愛ぇ。
「黙りなさい。指図される覚えは」
「お前が黙れ」
発言を潰されたキィエが強く睨んでくるが、睨み返す。無意味に棘を立ててどーすんだよ。
がたっと音を立てて席から立ち、キィエは店から出て行った。尾行の女に軽く肩をぶつけていくのも忘れない。おいおい……。
「建て前では歓迎しちゃならないんでしょうけど、再会を喜ぶくらいはいいわよね?」
ハセランが横の女に小声で呟く。だが、
「いえ、構いません。もとより滞在を許されぬ身ですので」
俺は代金をテーブルの上に置いて、席を立つ。
脇に置いてあった荷物を抱えてから、
「連れが失礼を。後で言い聞かせておきますので、どうかご容赦のほどを。……いずれまたお会いすることもあるでしょう。積もる話はそのときにまた。それでは」
軽い笑顔を浮かべつつ、それぞれに言ってその場を離れた。

店の扉を尻で押し開け、キィエの姿を探す。
空模様が崩れ始めている。こうなった以上、さっさと出国してしまいたい。
《おーい、どこだ?》
体の中で呼びかけながら辺りを歩くが、……返答は無い。まったく。
「虎子ー。可愛い僕の虎子ー。出てこないと君の恥ずかしい過去を赤裸々に語っちゃうぞー? 外交の間でやるぞー」
「無いわよそんなもの」
割と早く釣れた。
声の方に振り向くと、骨董品店と家具店の間の小路に、腕を組んで壁に寄り掛かった彼女がいた。目つきは相変わらず悪い。
キィエは頭を揺らして「ちょっと面貸せ」のジェスチャー。はいはい行きますよ。

人目の届かない路地の奥。元々薄暗いのだろうが、曇り空のせいで余計に。
彼女の方が頭一つ高いので、自然と見上げる形になる。
「怒ってるのか?」
「そんなに子供じゃあないわ。――ただね」
胸座を掴まれて、逆側の壁に押し付けるように持ち上げられた。弾かれた荷物がぼたぼたと落ちた。
「アンタにプライドはないの?」
「そりゃあるよ」
「だったら――」
腕に込められた力が強くなる。
「あんな小娘にガタガタ言わせてんじゃないわよ……!」
「郷に入っては郷に従えの言葉を知らないのか? 人間のマナーとエチケットを出来るだけ守るのが俺の誇りだ」
「他人に従って何が誇りよ。笑わせないで」
「俺は俺の『ルールを守る』という意志に従ってる。他人は関係無い」
「詭弁で誤魔化すのはやめなさい」
「詭弁じゃない。“是に拠りて我此処に立つ”――それが誇りだろうが。俺は、自分の精神だけは死んでも譲る気は無い。それが誇りで何がおかしい」
「そうよ。だからそれを形にしなさいと言っているの」
「してるさ」
「どこがよ!」
「なぁキィエ。丁度良い機会だからこれだけは言っておくぞ」
俺は彼女の金の獣眼を見つめて、
「俺、お前の怒ってる顔わりと好きだ。ぶっちゃけもっと苛めてくれ」

彼女は猫が馬車に轢かれるのを見たような顔をして、
「……もう良いわ……」
空いた手で眉間の辺りを押さえつつ、疲れた声で言った。俺の体がぼとりと落ちる。
ふう、やばかった。視界がちょっと暗転しかけてたよ。
「抵抗すれば良いじゃないのよ」
「だから思考を読むな」
「だから好きで読んでるんじゃないの」
「そうだったな」
「そうよ」

俺は荷物を拾い直してから振り向いて、相変わらず不機嫌そうな彼女に言った。
「じゃ、早いとこ出ようぜ。降り出しそうだ」
キィエは鼻を鳴らして、俺を追い抜いて歩き出す。

「キィエ」
「――何よ」
「表し方は違っても、多分、俺とお前は同じなんだ。じゃなきゃ同じ体の中になんて、住めるもんかよ」
「……気色悪いこと言わないで」
ふいー。相変わらず素直じゃねーなこの子は。
「聞こえてるわよ」
睨むなよ。恐いから。