*** 砦戦 夜半 ネウ砦から西北西上空 vsセイリオス ***
(シュアリー)
ビアンカの身体がこちらに倒れ込むのを左腕で抱える。
異界への扉が閉じたことで俺は右腕の支えを失ったが、もう落下はしない。召喚剣を納刀し、眉根を寄せて奥歯を噛みしめるセイリオスと向き合う。
彼からの追撃はなかった。
「―チッ」
血の付いた剣を一振りし、
「予想以上に冷てぇ野郎だな。まさか、その気のねぇ部下を無理やり盾にするたぁよ。」
ごほ、と腕の中のビアンカが血咳を吐く。『風読み』――分析魔術――錬成。彼女の刀傷をハンダごてのように塞ぐ。保つだろう。
「私という役割の上には凍牙兵千名、そしてその背後にいる者たちの命が乗っている。当然の価値判断だ。彼女も承知の上でここに立っている」
気絶しかけているビアンカには応えられない。深刻なダメージに青白い肌が震えていた。
「…そうかい。あん時の顔は、とてもじゃねぇが承知っつー表情にゃ見えなかったがな?」
ふ、と俺の口から声が漏れる。
「刃を執るということは、力の――不条理の世界を覚悟するということだ。個々の不条理についての納得は、往々にして、後追いでその覚悟へと辻褄合わせしていくものさ。
明日の朝、目覚めた彼女に私が『もう一度』と尋ねる。彼女はノーと答えるかな? 貴殿はどう思う?」
セイリオスの眼が見定めるように細まる。
「……さァな。此処は戦場だ、テメェ自身の意思で"覚悟"してんなら、誰だろうと斬るところだが」
「そうだな、あのまま貴殿に振り抜かれていれば、私も傷を負っていただろう。あの瞬間の彼女に"たまたま"覚悟の準備がなく、"運良く"それで貴殿に刃を緩めてもらえたというわけだ」
「―俺がそれで剣を緩める事を計算に入れたっつーワケか」
俺は、ニィ、と口の端を釣り上げる。
「そうだ。貴殿は期待にそぐわぬ男だった。彼女が死ななくて良かったよ。嬉しい限りだ」
「…つくづく、嫌な頭のキレ方する野郎だな」
「敵だろう? 斬れば良かった相手のはずだ。なぜ止める」
言いながら前に俺は右手を掲げる。錬成――槍掃射。
「その気がねぇ奴まで斬るほど、生憎飢えてはいねぇんだよ」
避けながらセイリオスの表情が変わる。
気付いたか。
「ご明察だ。『狂乱座天』中の私は無制限に錬成魔術をキャストできる」
セイリオスから牽制で返された風波も、眼前に張った大円盾に阻まれる。
「その気はないさ――みんな案外、そんなものだよ」
重力に引かれて盾が落ちる。
「だから私は勝たなければいけない」
俺は右手をセイリオスに突き立てるように掲げたまま、
「貴殿は武の高みを目指す者だと言ったな。大陸を越えてまで求めるその気概に偽りはなかろう。……だが、何故目指す?」
傍らに抱いたビアンカを左に提げた。そして、
「強さとは、何だ?」
手を離した。
ビアンカが落下していく。
「テメェ…!」
セイリオスが、苦虫をかみつぶしたような顔で怒声を吐いた。
(シュアリー)
ビアンカの身体がこちらに倒れ込むのを左腕で抱える。
異界への扉が閉じたことで俺は右腕の支えを失ったが、もう落下はしない。召喚剣を納刀し、眉根を寄せて奥歯を噛みしめるセイリオスと向き合う。
彼からの追撃はなかった。
「―チッ」
血の付いた剣を一振りし、
「予想以上に冷てぇ野郎だな。まさか、その気のねぇ部下を無理やり盾にするたぁよ。」
ごほ、と腕の中のビアンカが血咳を吐く。『風読み』――分析魔術――錬成。彼女の刀傷をハンダごてのように塞ぐ。保つだろう。
「私という役割の上には凍牙兵千名、そしてその背後にいる者たちの命が乗っている。当然の価値判断だ。彼女も承知の上でここに立っている」
気絶しかけているビアンカには応えられない。深刻なダメージに青白い肌が震えていた。
「…そうかい。あん時の顔は、とてもじゃねぇが承知っつー表情にゃ見えなかったがな?」
ふ、と俺の口から声が漏れる。
「刃を執るということは、力の――不条理の世界を覚悟するということだ。個々の不条理についての納得は、往々にして、後追いでその覚悟へと辻褄合わせしていくものさ。
明日の朝、目覚めた彼女に私が『もう一度』と尋ねる。彼女はノーと答えるかな? 貴殿はどう思う?」
セイリオスの眼が見定めるように細まる。
「……さァな。此処は戦場だ、テメェ自身の意思で"覚悟"してんなら、誰だろうと斬るところだが」
「そうだな、あのまま貴殿に振り抜かれていれば、私も傷を負っていただろう。あの瞬間の彼女に"たまたま"覚悟の準備がなく、"運良く"それで貴殿に刃を緩めてもらえたというわけだ」
「―俺がそれで剣を緩める事を計算に入れたっつーワケか」
俺は、ニィ、と口の端を釣り上げる。
「そうだ。貴殿は期待にそぐわぬ男だった。彼女が死ななくて良かったよ。嬉しい限りだ」
「…つくづく、嫌な頭のキレ方する野郎だな」
「敵だろう? 斬れば良かった相手のはずだ。なぜ止める」
言いながら前に俺は右手を掲げる。錬成――槍掃射。
「その気がねぇ奴まで斬るほど、生憎飢えてはいねぇんだよ」
避けながらセイリオスの表情が変わる。
気付いたか。
「ご明察だ。『狂乱座天』中の私は無制限に錬成魔術をキャストできる」
セイリオスから牽制で返された風波も、眼前に張った大円盾に阻まれる。
「その気はないさ――みんな案外、そんなものだよ」
重力に引かれて盾が落ちる。
「だから私は勝たなければいけない」
俺は右手をセイリオスに突き立てるように掲げたまま、
「貴殿は武の高みを目指す者だと言ったな。大陸を越えてまで求めるその気概に偽りはなかろう。……だが、何故目指す?」
傍らに抱いたビアンカを左に提げた。そして、
「強さとは、何だ?」
手を離した。
ビアンカが落下していく。
「テメェ…!」
セイリオスが、苦虫をかみつぶしたような顔で怒声を吐いた。