3。他の人の設定って薄い。あるいはよくわからないから。
誰かを名指しして「お前の設定って薄いよな」とか言う度胸はミリ単位でも存在しませんが、一般化すると急に大口を叩ける俺。まぁそこはどうでも良いのですが。
というか俺から設定薄いとか言われたってどうしろっちゅうねんというのが普通の反応だと思います。
加えて、プロフとかキャラHPにはあっさり目のキャラ設定だけ書いておいて(あるいは全然書いとかなくて)、細かい部分はRP自体で披露しようと考えている人はもっと多いはず。
しかしまぁ、結果として俺から見てそういうキャラは「よくわからない」キャラになってしまう。
俺はそういうキャラを自分の文章に登場させたくない。なぜなら、文章に関して完璧主義者だから。
設定に反する戦闘はさせたくない。
設定に反する行動はとらせたくない。
設定に反する言葉は喋らせたくない。
この3つは自分の中でとても固いルール。
これを破るくらいだったら、はじめからそんなキャラ出さないほうが良いと感じます。
ここで、他PCの動きを控えめにすればいーじゃんという意見があるかもしれません。
ダメです。
文章において、描写された鍵は鍵穴に差し込まれなければならないし、描写された拳銃は発射されなければならない、という意見を正しいと俺は考えます。
ゆえにキャラについても同じ。登場した人間は、自然に活躍しなければならない。
PCのように濃厚なはずの存在が、登場しておいてそのPCらしさを発露しないのはおかしい。
よって俺が他のPCを描くのは、「こいつについて90%は理解したぜ!」というときだけ(例外は演習・BFなど複数によるRP。こればっかりは描かないほうがおかしいので仕方ない)。
しかし世の人々が自分についての90%以上を外界に晒すことはまずない。俺自身、シュアリーの鬱陶しいほど長ったらしいプロフをもってしても、彼のことをまだまだ表現しきれていないと考えています。
まー、考えてみりゃキャラは成長するもんなんだから当然だな。
また設定というものが、そのキャラを説明するものでありながら決してそのキャラの全てを表現しきれない、という矛盾を抱えた存在であることも一つ。
これも当然。だってキャラが生きているのは設定ではなく物語の中なんだから。
しかし俺はその当然がなかなか許容できない。
だから書けない。無理して書いても楽しくない。
4。他PCのPLへの配慮が要るから。
俺は人が臓物ぶちまけたり手足を損なったり惨めに敗北したりする場面を描くのが好き。
弱者を踏みにじったり優雅に勝ち誇ったり命を弄んだりする場面も、
激怒したり軽蔑したり泣き叫んだり一目惚れしたりする場面も。
もしかしたらこれからは嬉し恥ずかしな告白や蜜月、陰惨な暴行・虐待、または処刑、あるいは人食、果ては夜のシーンなんかも描くかもしれない。
少なくとも人食はシュアリーの根幹をなす要素なので、ます確実に書く。
そんなもんに人様のキャラをおいそれと出していいのか?
否だろ。
承諾なしにこんな場面を書けるわけが。
そうではないごく普通の場面にしても、たった一言にだって言葉には魂が宿る。
魂を歪められるのは苦痛だし、歪められた魂も醜い。
わざわざ書いた文章でお互い不幸せになってどうするよ。
と、これはむしろ3に入れたほうが良かったかもですな。まぁいーや。
まー要するに、めんどい。
全部自前でやるほうが、早いし楽だし出来も良い、てことです。
*
んー、まぁこんなもんだろうか。
こうやって書いてみると、自分でも意識していなかった部分がけっこう出てくるもんなんだなぁ。
これを生かして、これから他PCとの共生の道を探っていくこと(大袈裟)は可能だろうか?
うむ。次の論題はこれで。
誰かを名指しして「お前の設定って薄いよな」とか言う度胸はミリ単位でも存在しませんが、一般化すると急に大口を叩ける俺。まぁそこはどうでも良いのですが。
というか俺から設定薄いとか言われたってどうしろっちゅうねんというのが普通の反応だと思います。
加えて、プロフとかキャラHPにはあっさり目のキャラ設定だけ書いておいて(あるいは全然書いとかなくて)、細かい部分はRP自体で披露しようと考えている人はもっと多いはず。
しかしまぁ、結果として俺から見てそういうキャラは「よくわからない」キャラになってしまう。
俺はそういうキャラを自分の文章に登場させたくない。なぜなら、文章に関して完璧主義者だから。
設定に反する戦闘はさせたくない。
設定に反する行動はとらせたくない。
設定に反する言葉は喋らせたくない。
この3つは自分の中でとても固いルール。
これを破るくらいだったら、はじめからそんなキャラ出さないほうが良いと感じます。
ここで、他PCの動きを控えめにすればいーじゃんという意見があるかもしれません。
ダメです。
文章において、描写された鍵は鍵穴に差し込まれなければならないし、描写された拳銃は発射されなければならない、という意見を正しいと俺は考えます。
ゆえにキャラについても同じ。登場した人間は、自然に活躍しなければならない。
PCのように濃厚なはずの存在が、登場しておいてそのPCらしさを発露しないのはおかしい。
よって俺が他のPCを描くのは、「こいつについて90%は理解したぜ!」というときだけ(例外は演習・BFなど複数によるRP。こればっかりは描かないほうがおかしいので仕方ない)。
しかし世の人々が自分についての90%以上を外界に晒すことはまずない。俺自身、シュアリーの鬱陶しいほど長ったらしいプロフをもってしても、彼のことをまだまだ表現しきれていないと考えています。
まー、考えてみりゃキャラは成長するもんなんだから当然だな。
また設定というものが、そのキャラを説明するものでありながら決してそのキャラの全てを表現しきれない、という矛盾を抱えた存在であることも一つ。
これも当然。だってキャラが生きているのは設定ではなく物語の中なんだから。
しかし俺はその当然がなかなか許容できない。
だから書けない。無理して書いても楽しくない。
4。他PCのPLへの配慮が要るから。
俺は人が臓物ぶちまけたり手足を損なったり惨めに敗北したりする場面を描くのが好き。
弱者を踏みにじったり優雅に勝ち誇ったり命を弄んだりする場面も、
激怒したり軽蔑したり泣き叫んだり一目惚れしたりする場面も。
もしかしたらこれからは嬉し恥ずかしな告白や蜜月、陰惨な暴行・虐待、または処刑、あるいは人食、果ては夜のシーンなんかも描くかもしれない。
少なくとも人食はシュアリーの根幹をなす要素なので、ます確実に書く。
そんなもんに人様のキャラをおいそれと出していいのか?
否だろ。
承諾なしにこんな場面を書けるわけが。
そうではないごく普通の場面にしても、たった一言にだって言葉には魂が宿る。
魂を歪められるのは苦痛だし、歪められた魂も醜い。
わざわざ書いた文章でお互い不幸せになってどうするよ。
と、これはむしろ3に入れたほうが良かったかもですな。まぁいーや。
まー要するに、めんどい。
全部自前でやるほうが、早いし楽だし出来も良い、てことです。
*
んー、まぁこんなもんだろうか。
こうやって書いてみると、自分でも意識していなかった部分がけっこう出てくるもんなんだなぁ。
これを生かして、これから他PCとの共生の道を探っていくこと(大袈裟)は可能だろうか?
うむ。次の論題はこれで。
《他のPCを書くとき》
これはどうも、因果が逆のような感じがする。
バトルフィールドや戦争RPのように、マッチングを自身の選択で決めることが出来ない(バトルフィールドは運営が対戦相手を決めるし、戦争RPはストーリーの展開に加えて他参加者の行動に左右される)ような、多人数参加型のリレー小説形式ならともかく。
自分一人で書く自分のキャラクターの自伝的小説、それに登場させる他人のキャラクターとなると……国内掲示板などでのロールプレイ・イベントに多く同席し、そのキャラクターの人となりをよく知っている。設定の熟知もさることながら、披露されたロールプレイを多く目にして把握している。
何よりそうしたロールプレイの場において、こちらのキャラクターと何度も大きく関わることで、設定・性質に大きく影響を与えてくれた……
要するに、そういう「よくわかっている」「親しい知人」を【だから出す】という流れのほうが、自然ではないだろうか? もちろん、そうした知人のキャラクターであれば「90%の理解」にしても十分のはずだ。
ならば、そうではない「ロールプレイでの同席もそう多くない」「親しくもない」だから「よくわからない」キャラクターを、自分のキャラクターの自伝的小説に出したくない、と言うのも【まあ、それはそう】な話にもなる。
自分のキャラクターの設定・性質に、大した影響を与えたわけではない他人のキャラクターを、自分のキャラクターの自伝的小説に登場させるという意味も無いと言えばそうだ……せいぜいが「受け」を得るためで。
まあ【2。みんないい人だから。】の項目での弁からすると、絡みたくなるような「ワルい奴」が不在だから、なんて理由かもしれないが。
《設定が薄い?》
自分のキャラクターの自伝的小説に出すような他人のキャラクターは、ロールプレイの場をよく同席するなど、そのロールプレイををよく知る親しい人物であり、裏を返せば設定やプロフィールはあまり必要としないだろう。
つまり他人のPCの設定やプロフィールを必要とするのは、「マッチングを自身の選択で決めることが出来ない、バトルフィールドや戦争RPのような多人数参加型のリレー小説形式」に参加したときだけとも言える。
そう考えたところで、当時の戦争RPに提出されていたプロフィールは、言うほど「鬱陶しいほど長ったらし」かったか? と思い返しはするが。
少なくとも、こちらがプロフィールの長ったらしさで負けた記憶は無い。
2012年当時の初期稿でさえ、メインキャラクターの設定だけで3700文字、サブキャラクター分で1500文字、合計だと5000文字超えというプロフィールを提出していた……後に推敲・追記が入って、文字数はさらに増えた。
何時か何処かの戦の炎>トップページ
https://kocvord.web.fc2.com/koc/syousetu/NL/warfire/index.html
だがこの戦争RPにおいて最も長ったらしかっただろうプロフィールでも、果たして他の参加者に「90%の理解」を求められたのか? そう問われたら答えは「否」だろう。と言うかここまでの長文、間違いなく目が滑る。全文に目を通してくれるのは、相当の物好きしかいまい。
「設定はそのキャラを説明するものだが、決してそのキャラの全てを表現はしきれない」とかいう以前に【説明できていたとしても、それだけの長文を全て読んではもらえない】になってしまうとはこれいかに。
(まあこちらとしても、理解を求めるというより「自分のキャラクターのロールプレイを通すために、あらかじめ設定を提示しておく」意図のほうが強かった。あとはキングダムオブカオスのサービス終了直後という時期もあって、自分のキャラクターの最終設定をまとめるという「自己満足」もか。)
なので、この場合(バトルフィールドや戦争RPなど複数のキャラクターによるロールプレイ)における「設定の濃い・薄い」は【ロールプレイに必要な情報が十分に提供されているかどうか】に絞るしかないと考える。
その一例が、やはりバトルフィールドの登録票だろう。一騎打ちという場面にこそ絞っているが、その一騎打ちにおけるロールプレイに必要な情報を提示させることに成功しているように思う
https://imgur.com/iBzICWU
(とは言えバトルフィールドの登録票は対戦中には開示されないので、その実態は【自分のロールプレイだけで、相手のロールプレイに必要な情報を提示できるよう、その設定を絞らせる】効果のほうだと考えるが。)
では「戦争RP」という場面に絞って、戦争RPにおけるロールプレイに必要な情報(だけに設定を絞らせて)提示させる、そういう参加プロフィールに使えそうなフォーマットは何かあっただろうか?
自分が思い出すのは【スペクトラルフォースの武将風ステータス】だ。
もともと「KOC住人・元住人専用SNS」に、それを使って自己紹介文を書かれていた方がいたのだが、それに気付いたのが戦争RPの停滞した後だったので、実際に戦争RPの参加プロフィールで活かすことは出来なかったが……もし早くに気付いていたら、「使えた」かもしれないなと。
《スペフォ武将風ステ》
もしそのフォーマットで、戦争RPに自分のキャラクターの参加プロフィールを提出したとしたら、こんな感じになっていただろうか?
能力と関心が戦闘に偏重しており、多少の内政と経済にも口は出す。しかし外交はやる気も能力も無いキャラクターだと、「戦争RPにおけるロールプレイに必要な情報に絞って提示」できているのではないかと思う。
https://imgur.com/FOlUqGZ
兵科や必殺技などは、バトルフィールドの登録票と同様「みんなを同じ土俵に立たせる」「必殺技以外で有効なダメージのやり取りはしない」ことで、対等の戦いとしてロールプレイできる効果を期待している。
実際に戦争RPでこのフォーマットを使って、各自が参加プロフィールを提出できていれば、少なくとも「そのキャラクターが何を目的として参戦しているのか」の齟齬というか、行き違いは防げたかも知れない。
《他PCのPLへの配慮》
こればかりは「それはそう」と言う他ない項目ではある。
【そういうロールプレイ】をしたいから、使用するキャラクターは自分のキャラクターだけに留めておく、というのは当然の配慮だ。
なのでそれ以上、言うこともなかったりする……
《他PCとの共生の道?》
「設定に反する戦闘はさせたくない。」
それは良いだろう、自分のキャラクターのロールプレイの範疇だ。
「設定に反する行動はとらせたくない。」
それも良いだろう、自分のキャラクターのロールプレイの範疇だ。
「設定に反する言葉は喋らせたくない。」
それも良いだろう、自分のキャラクターのロールプレイの範疇だ。
重要なのは【その結果、望んだ反応・成果が得られなくても、それをそのまま受け入れる】ことができるかどうか、それだけだ。
「文章に関して完璧主義者だから」と言っていいのは、「自分の文章」に対してだけの話だろう。他PCから望んだ反応が得られなかったこと、ストーリーの展開で自分の望んだ成果が挙がらなかったこと、それらに対し【自分の考える完璧】を求めるのは誤りだ。
むしろ、設定に反した戦闘・行動・言動を自分のキャラクターにさせることで成功するよりも、設定に従って「それらをさせないことで失敗する」ほうを【良いロールプレイ】とするのが、「文章に対する完璧主義者」としては正しいあり方なのではないかと思えるが。
(そこで「文章に対する完璧主義者」として、失敗のロールプレイに「意地も張れぬ繁栄など、こちらから願い下げだ」と胸を張れることに、価値を感じられれば良かったのだけど……という話になるのかも知れないな?)
なお自分はそこまで完璧主義者ではないので、売られた喧嘩を買うときもあるし、ストーリーの進展を優先して行動する場合もあるし、台詞にプレイヤー成分が出てしまうときもあった……そんなものだ。