*** ネウガード国境付近 最前線 ギルヴィッド占拠の砦 ***
(夜 三者会談)
フーは親指で首をかき斬る仕草をし、
「逆に、チャンスでしょう?」
歪に笑った。
カティは、つと表情を消して、
「申し訳ございません、フー様。少々お待ち下さい」
元の声で告げ、目を閉じた。
*
"収穫"。
"収穫"と来たか。
「ふふ……はは」
げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら。
*
やや間があいて、
「――お待たせ致しました。大変失礼致しました」
カティが目を開き、主の声で口を開く。
「そのお話、乗れませんね」
カティは右手を腰に、左手を掲げ、指を立てる。
「一つ目。他正面作戦ではなく、敵とその同盟軍です。彼我の戦力と、何よりネウガードの内情を見るに、いまは我々が圧倒的優勢にある。簒奪されて間もないフレッドバーンは、貴女の仰る通り軍備拡大も後回しとしている。弱軍です。灰色の勢力として動き回られるより、はっきりと敵に回したほうがマシでしょう」
中指が立つ。
「二つ目。貴女の仰る解放軍資金の社会財への変換、事実とすれば、なおさら放置はできません。それはつまり、解放軍の住民に対する融和政策にほかならない。
私が彼らの立場なら、延々と孤立政策と経済的発展を維持し、ときおりネウガードのような溺れる者に藁を差し出すことで外交的な足固めをしていく。途上で征伐の手が入れば、「解放軍はここまで善政を敷いてきたのに」と叫んで逃げる。いずれにしても勢力拡大。めでたしめでたしです」
よしんば果実が実ったとしても、それは。
「あの地に実るのは、穢れた水で育った毒林檎のようなもの。食えたものではありません」
世界の全てを焼き尽くすと宣言した、その鬼の血を啜って生まれ育つ――それでは、フレッドバーンの民が原罪を背負うことになる。謂れ無き穢れを生得した、鬼子の民が誕生する。そのことが根本的に理解されていない。
「だからこそ、出来るだけ自らの手をかけずに、"みんな"の義務にしてしまうべきなのですよ」
だから。
「そのお話、乗れません。……そのままではね」
そして、カティの口から4つの条件が提示された。
1。フレッドバーンとの交渉で提示する材料には、現在『凍鉄の牙』が得るべきとされている利益を一切含めないこと。
2。同盟にせよ密約にせよ、フレッドバーンとの交渉には現在の三国同盟および『凍鉄の牙』とは無関係の位置で望むこと。
3。交渉開始時点からネウガードとの終戦または停戦まで、フレッドバーンに依拠する全勢力は、ネウガードとフレッドバーンの二領域以外の地に足を踏み入れないこと。
最後に、
「四つ目。今後も我々は、フレッドバーンを正規の国家として認めない。
……そのうち住民たちも気付くでしょう。ああして理不尽な暴力を受けても、この『クニ』は公式な場で被害と賠償を主張することさえできないのだ、と」
だったらどうする?
さあ、そろそろ気付け。起きろ。
そして義務を果たすか、さもなくば鉄火場を去るがいい。無辜な民の諸君。