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首領日記。

思い出の味はいつもほろ苦く、そして甘い

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(45)(記録用)

2013年02月21日 23時39分19秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** アグナ意識内 砦戦前日午後 ***


「月並みな質問だけれど、あなた、運命って信じる?」
女はハリアの言葉を転がすように思案してから、唐突に問うた。
彼女は両肘をテーブルに突き、絡ませた手指に顎を乗せている。どこか年頃の少女じみた仕草だった。

ハリアは決意の問いに問いで返されたことに訝しげな表情を見せながらも、
「運命、ですか?」
「例えばのお話として、そう、今この状況が、どれくらい起こり得そうなことだって感じる?」
「私とあなたが、……こうして彼女の意識の中で出会うことが、でしょうか」
「そう。この楽しいお茶会が開かれる確率」

「それは……ええっと」
ハリアが考え込む体勢に入りかけたところで、女が嬉しそうな声で、
「ヒントをあげましょう。正解は次のうちどれかよ」

彼女は微笑みながら続ける。
「一番、『限りなくゼロに近い確率』。
『世界の初期条件のランダムネスとカオス的な影響によって、この世界が生まれ、今此処に至るまでに、『この世界』とは異なる無数の世界となりうる可能性があった。世界がこう在るのではない道筋が無限にあった。無限にあった未来から、私たちはここでお話するただ一つの未来に辿り着いた。よって今この現実が起こる確率は無限小だった』」
言いながら、彼女は指先に光を灯し、指だけの動きで宙に文字を描く。
"『それなのに今ここにこうしている奇跡!』"

「二番、『数パーセントから数十パーセント、ありがちな確率』」
宙に曳かれた軌跡が消えて、女の指がまた動く。
「『既にそうなっている状況から"何故ここに辿り着いたのか"と問い返すことは、ありがちなナルシシズム。他状況でも同じように立て得る問いを、いかにも"ここ"が特別な唯一性を持つように誤解しているだけ』」
"『それでも"何故ここに辿り着いたのか"は説明されていないじゃないか』? ノー。その必要はない"

「三番、『確率は1』」
宙に曳かれた軌跡が消えて、女の指がまた動く。

「『世界には他に有り様がなく、私たちは定められた台本を演じているだけ』」
"『世界は仕組まれている』"

「四番、『確率は1』、その2」
宙に曳かれた軌跡が消えて、

「『世界は無数に存在し、起こりうるすべての事象は余すところなく現実化している』」
女の指も動くのを止める。


「私は、三番だと思っていた。世界は既に決まっているんだって。私にとって、世界のすべては初演ですらない再演だったから。ただ一つの適切に調整された運命の上に、何もかもが始めから配置されているんだって思ってた。出来事も、想いも、言葉も、痛みも」
女は手元に落としていた視線をハリアに向ける。

「正解は、四番。この世界の何ひとつ、奇跡の側に所属してはいない。私たちはみな、確率の海を漂う葦たちの、ただひと切れに過ぎない。私の、そしてあなたの誕生に、生に、今日この邂逅に、意味はない。すべては邂逅(わくらば)の、無意味なゆらぎよ」

ふ、と彼女が笑う。
「定められた意味などないからこそ、私たちは選んでゆける。すべての無意味さに知性が気付いても、知性という煌きを灯すものこそ、その無意味な出来事の彩に他ならないのだから。――運命なんて、塵だわ」
女の指は中身の入った菓子の包みを弄りはじめている。


ふふ、と彼女が笑う。
「今こうして、あなたとお話してる。あなたの言いたいこと、あなたに私がどう見えているのか、紅茶は美味しかったか、あなたが欲しいのは何なのか。私にはわからない。これはとても素晴らしいことだわ。
その闇の中にこそ、私たちの欲しいものがある。
私が選び、あなたが選び、あの子が選び、そして無数の誰かが選んだ結果が、今この現実。世界は私たちの握る綱の上に……いいえ、私たちをつなぐ糸こそが、世界なのね」

女が菓子の包みをぽいと捨てると、その指のあいだに、いつの間にか虹色の羽根が収まっていた。
「私たちの主――『魅入られた男』は、ネウガードの力を欲しがっている。それがあるにせよ、ないにせよ、彼はそれを確かめるまで止まらない。彼はもう選択している。自らの手で戦争を起こし、誰かのささやかな平穏を蹴散らしてでも、彼は目的を果たすともう決めている。
……受け身では、彼には勝てないわ、ハリア。イニシアティブな者に、振り回される側の人間が追いつくことは永遠にない。状況を追い掛けているだけの者は、いつまでもニンジンの空想を追い続けるしかないのよ」

語り終えて、女は自らの茶杯を傾ける。冷めてしまったことに気付いて、
「あら、ごめんなさい、私ったら、話出すと長いっていつも言われてるのにね。もう少しお話ししていたかったけれど……残念だわ。もうあの子が起きちゃったみたい」
ハリアが寝姿の少女の方に振り向こうとして、
「いいえ、そっちじゃなくて――」
黒い波が、庭園の塀を乗り越えてきた。


*


黒い泡の群れが塀を乗り越えながら、触れた箇所を黒く染め上げていく。黒泡が弾けた跡には虚無が広がっていた。
「な、なんですかあれは……?」
「私はここでのお出迎え役。本当の門番は、あの子よ」
「あの子って……」
「あれでまだ自我があるのよ。それもとびきり偏執的な」
女が呟くように言葉を落とす。

「楽しかったわ、ハリア。次はもう少し、ゆっくりお話し出来れば良いわね」
女が立ち上がり、黒波に向き合う。
「お菓子のお礼に、あの子の相手は私がしてあげる。どうせ主のことを喋った私にも怒っているんだろうし、5秒も稼げないけれど」
ハリアは慌てて立ち上がり、辺りを見回してから
「あのっ、こういうこと言うのも変かもしれませんが……今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げた。
「それでその、出口はどちらでしょう、なんて教えてもらえたらなーと……」

女は一瞬キョトンとして、
「……ふふ、くく、あはは……」
肩を震わせ、堪えきれぬ笑いをこぼしながら、指で指し示す。
「出口は入口と同じよ。行きさえすれば、大丈夫」

泡がすぐそばまで迫っていた。
ハリアは躊躇いながらも褐色の少女のいた方角へ走り出す。走りながら振り向くと、既に女の体に黒泡が纏わりついていて、そして腐れるように崩れ落ち、跡形もなくなっていく。

東屋を目指してハリアが走る。黒泡は背後だけでなく、四方からこの庭園を飲み込もうとしていた。睡蓮の泉に泡が滲み、崩れて滝のように奈落に吸い込まれてゆく。美しい箱庭の世界がぼろぼろと枯れ落ちて行った。

足元の泡を避わしながら東屋に飛び込み、
「――着いた、けどっ」
中央の寝台には、褐色の少女が変わらず寝息を立てていた。
(出口が入口……なら、この子が起きてくれないと!)
肩に触れて少女を揺さぶる。最初は遠慮気味に、だが強く揺さぶっても一向に起きる気配がない。
(どうすれば――?)
すでに泡が東屋を取り囲んでいた。柱が虚無に溶けて天井が傾き始める。覗いた空も黒く閉ざされ始めている。
揺すり続けてはいるが、少女はむにゃむにゃと口を動かすだけで目覚めない。
(どうすれば――!?)
ひときわ大きな軋み音がして、
「!」
東屋の天井が落下した。


*


「つっ……」
反射的に少女を庇って、強かに背を打たれていた。ダメージを確認しようとして、右脚が挟まれて動けないことに気付く。脚を押さえつけた屋根の一部を、泡が虫のように食み始めていた。
少女はまだ眠っている。

脚を引き抜こうとして、引っ掛けた上着のポケットの中身を寝台にぶちまけてしまう。小さな玉が転がって、少女の鼻先に止まった。中身だけのボンボン菓子だった。
(これ、あの人!)
直観して、菓子を少女の口にねじ込む。
褐色の彼女は幸せそうにむにゃむにゃと口を動かし、そしてぴたりと止まって、
「……れぇぇ、にが……」
眉をしかめながら、薄目を開けた。

ハリアはそれを見逃さなかった。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(44)(記録用)

2013年02月21日 23時37分12秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** カイゼルオーン上空 砦戦前日・夜 ***


「状況はだいたい分かったよ」
緩和された向かい風が、三人にまとわりついては離れていく。吹雪のエボト山域を上空に抜けて、月影がヤヌスの銀髪を鋼のように照らしている。

「凍牙の参戦を聞いたときには少し驚いたが、事情は察しが付く。確かにこれは好機だな。ヴォには連絡が取れているのか?」
「ダメなの、ヤヌスさま」
鈍い赤色の岩に腰掛け、毛むくじゃらを抱きしめながら、ルナリア。
「今この世界は、どこかおかしくて。まるであるところで切り離されたみたいに、いるはずなのに、みんなどこにいるのかわからない」
「どういうことだい?」

回答は俺が引き受けた。
「はっきりとした理由は分からんが、ネウガードの大いなる力の噂が流れ出したのと同じくして、世界が発狂したとでも言わんばかりの事態が広がってる。滅んだはずの武将たちがぞろぞろと這い出してきて、どいつもこいつもネウの噂に首ったけ、ってな」
「なるほど。てっきり酔客同士のヒレ付き話かと思っていたが、マジだったとは」
ヤヌスは一度視線を右上に逸らしてから、
「だとすると……お前のことだ、シュア、もう多少のネタは掴んでるんだろ?」
「やー、はは」
俺は肩をすくめる。
「ん? 違うのか?」
「実はさっぱりなんだ。今んとこ。ネウ領内に間者まで放ったのにロクに情報が入らん。こっちの同盟内部も然り。が、話がやっぱりヒレ付きの寄せ餌だったとしても……やはりこの戦争には乗るべきだし、乗らなければいけない」

「それは」
刃色の眼が俺を見ている。
「凍牙が、で良いんだよな?」
「そうだ。"凍牙とはそういう国だ"」
「お前、」
ヤヌスはルナリアを一瞥して、眼を伏せる。
「……お前も大変だな、シュア」
はは。

「自分でもつくづくそう思ってたところだ。だが、まだ"ツキ"の女神に見放されちゃいねえ」
ヤヌスは真顔で眉を上げて、すぐに吹き出す。
「ハッハ、そりゃ違いない!」
くだらないジョークに鬼たちが笑う。
そばに座っているルナリアだけが首を傾げていた。

俺は苦笑しながら、
「正直、少し身動きに苦労してたところだ。来てくれて助かった」
「ほかならぬルナちゃんの頼みとあっては仕方ないさ。それにハーティーさんの力にもなってやりたいし、」
ヤヌスは柱のように突き出た赤岩に背を預けながら、佩いた剣の柄頭を軽く叩き、
「ついでにお前にも貸しといてやるよ、シュア」
不敵に笑う。


*


「しかし、なんだかんだと大所帯になったな」
ヤヌスの振り向いた先には、雲海の上を竜の群れが追従してきていた。ローンチ直前の次期魔装竜もいれば、若い改造前の個体もいた。先頭にはヤヌスのイェスタールが舞っている。

「そうだな。もともと弾よけと予備の足に何頭か連れてくるつもりではあったが」
ちらとルナリアを見ると、
「みんなで行った方がいいもん。ねー?」
抱きかかえた毛むくじゃらの前脚を挙手させながら、彼女が答える。
モップのような白い縮れ毛が、応えてニィと鳴いた。哺乳類というか犬寄りに作ってみた旧試験体とのことだが、毛長すぎて眼がどこだかもわからん。性格が温厚すぎて早々に候補落ちした幼竜だが、彼女の暇つぶしには丁度いい相手だろう。

前髪を風に揺らしながら、ヤヌスが微笑する。
「そうだな、旅は道連れ、というところか」
「ただし、世は無情、だ」
俺はそばの赤岩に掌をあてながら重ねていく。
「こいつらはあくまでも替えの利く消耗品だ。兵士たちと同じで死ぬことも仕事のうちに入ってる。同情しなくていい」
「うん」
ルナリアが頷く。
「わかってる」


「その割には」
ヤヌスが笑う。
「優しい手つきじゃないか」

低音。竜の抑え気味な咆哮が雲海を散らした。

俺の触れる赤岩が足元に続き、同じような暗赤色の岩々に繋がっていた。俺たちの足場が規則的に金属質の軋みを上げながら、ゆっくりと高度を下げつつ、悠然と雲海に潜ってゆく。

辰砂の竜、シャルラッハロート。
第一世代の老竜が、久々の空に渇きを満たしていた。


*


ネウガードへ向かう連合軍とは、まもなくの合流となった。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(43)(記録用)

2013年01月19日 12時42分17秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** カイゼルオーン エボト山域 ***
(砦戦前日)

目的地に着いた頃には既に夕方となっていた。二人を連れて向かった先は、
「首都じゃないの?」
「信頼できる相手がいるか、と考えると。残念ながらヴォほどには人望がなくて」
実権を手に入れたとはいえ、紙切れ一枚で途端に誰もが都合良くなびいたりはしない。今ここにある凍牙で、確実に信用できるのは首領ハーティーと消息の掴めた他の数名だけ。そのハーティーは既に行軍を始めている。

吹雪いていた。
この標高まで登ると、地面の色を見られるのは年に一度あるかないかというところだ。振り向けば、キィエの足跡がやや続いて、その先は吹雪に埋め直されている。俺たちの他には、雪だけ。尾根を超えた先に山峡があり、そして、
「崖……行き止まり?」
口腔のように広がる暗い縁をルナリアが覗き込む。

「キィエ、助かった。あとは」
「ええ」
俺とルナリアを降ろし、黒虎が踵を返す。加速。荷を下ろした身が本領とばかりに駆け、すぐに見えなくなった。
「さて行こうか。お手を失礼」
そして、飛び降りる。
「えええっっ!?」


*


落下。吹雪の音が背後に遠ざかってゆく。風切り音が耳に痛くなったところで、二人の周囲を風の層でカバーする。
「……っ」
「軍事力の増強はこの国をヴォルフと立ち上げたときからの大テーマだった。もちろん戦争の肝は火力なんだけど、その中でも、エースをどれだけ効果的に運用できるかがこれからの戦争のカギとなると見ていた。ここにあるのはその結論のひとつ。吹雪く日は少し薄暗くなるけど……目が慣れれば、ほら」
「あ」

竜が飛んでいた。

奈落と見えたそこは、地が数百メートル、あるいはそれ以上くり抜かれ、地底の谷となっていた。広すぎて地下空間にありがちな音の反響もない。上方に見える入り口よりも、やや底の方が広くなる円錐台形。上から陽光が差し込むが、この時間帯ではとても底までは届かない。
眼下には竜の群れがいくつかの編隊で飛行している。横方に視線を向けると、掘り下げられた壁面には月明かりのような灯火が無数に設えられ、おぼろげに闇を透かしていた。壁面には更に、互いに間隔をあけて無数の穴が空いている。上方ほど間隔が広く、穴が大きい。穴々はときおり赤い熱光であおられていた。
「あれは巣穴」
「巣……竜さの」
「そういうこと。正式な名称は別にあるが、兵たちはここを単に"巣(ネスト)"と呼んでいる」

落下しているうちに、編隊飛行していたうちの何匹かが進路を変え、
「こっちに来そう?」
「あかん……エサと思われてるかなこれ」
「き、きっと話せばわかってくれるよ?」
「よし、交渉は任せた」
「がんばる!」


*


結局竜たちは珍しい落下物にじゃれてきただけだったようで、
「すごーい」
ルナリアを背に乗せてしばらく遊んでいた。
俺は見向きもされなかった。うん、まあ、間違ってはいないけどな……。

俺はそのまま着地して周囲を見渡す。底に近いほど若い竜の巣となり、下辺は幼竜の集巣となっている。広大な地底面には調教中の竜とその調教師連中、研究員や作業員が数十名。少なくない視線は俺に向けられてもいた。さて、この辺りにいるはずだが。

「お待ちしておりました」
声は集巣の奥からだった。
「お久しく。翁」
「本当にお久しぶりですな」
穴ぐらの薄闇から現れた姿は筋骨たくましい老オーガだった。髭と後ろに撫でつけた髪はいまや完全な白髪になっていたが、溢れる精気に衰えはないようだ。両腕に提げたバスドラムのようなバケツには、名状しがたい色の生肉がどっぷりと詰め込んである。
「土産の一つもあれば良かったのですが」
「結構です、状況は承知しておりますよ。ところで、お嬢様はどちらに?」
俺は笑いながら上を指差し、翁の視線がそれを追い、
「はやーい!」
少女が空を飛んでいた。
「なるほど。幼きみぎりより、獣には好かれておられた。懐かしいの」
表情は郷愁だけではないように見えた。
「さて、お待たせしてはいかんの。あやつを呼んで参りましょう」
「頼みます」


*


「シュアリーさまー」
ルナリアが降りてきた。
彼女と戯れていた竜は背からルナリアを降ろし、彼女に頭を撫でさせてから再度飛翔していった。かなり精神的に安定しているな……。身体改造の度合いが低いということは、ヒュブライド系のチームの開発機だろうか。
「もしかしてさっきルド爺さまいなかった?」
「いたよ」
「教えてくれればいいのにっ」
「すぐ戻るし、旧交を温める時間は充分あるから」
見上げると、"巣"の入り口に降りてくる雪を赤橙の夕陽が染めていた。日没には止むか。

「そういうことなんだ。やっぱり」
「どう考えてもこれがベストだったもんで」
彼女を預けるに、翁以上の人材はない。
「そばに居てもらう方が、とも考えたけど、流石に俺一人ではどうにもね。情けないが、守るのは自分の身で精一杯」
「そう」
彼女は俯いて、
「うん、シュアリーさまがそう判断するなら、それがいいんだよね」
俺は彼女を前に片膝を折り、
「君がこの戦争のことを確かめたがってるのはわかってる、だから……」
彼女の目を覗き込もうとして、


「でも、少し前提が間違っていますね。"シュアリー"」


心を覗かれてしまう。これは。
周囲の竜たちの視線が一斉に集まった。俺を? いや――
編隊を組んでいたものたちは陣を崩して降下してくる。

これは。


「それに、わたしの騎士は貴方ひとりではないようですよ?」
月姫がわらう。


*


「ふむ、わかりました」
「すみません、こちらからお願いしておきながら」
「ルド爺さま、ごめんなさい」
「いやいや。そうですな、そうなるのではという予感も少しばかりありましてな」
翁は欠けた歯並びで笑い、
「私がヘルハンでお仕えしていた頃より、お変わりないようでございますな」
ルナリアに向けて不器用なウインクを見せた。こんな顔もするのか。
そして、
「閣下、もはや出過ぎた御願いとは重々承知しておりますが」
彼は俺に向き直り、深々と、慣れぬ所作で頭を下げて、
「お嬢様を、なにとぞ」
「……ええ」
わかっている。言われずとも。

俺は帽子を目深に直しつつ、
「それで、もうひとつの方は?」
「目覚めております。お呼びになればすぐに参りましょう」
「そうか。……いや」
影が三人の足元をぬるりと渡った。見上げれば、懐かしいシルエットが宙を舞っていた。もう来ていたか。
「久しいな、シャルラッハロート。少し痩せたか?」
そして、
「あれ? シュアリーさま、あれって……」
影はもう一つあった。


「ここだと思ったよ、シュア」
男の声を聞きながら、俺は普段通りのルナリアを一瞥する。
「そちらのお姫様からパーティーのお誘いを頂いてな」
なるほど。はは。マジかよ。

「前座はあいにく見損ねたが……ダンスにはまだ間に合うだろ?」

最高だなオイ。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(42)(記録用)

2013年01月19日 12時28分43秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** ナハリ・港町ニハレス ニハレス城 ***
(砦戦前日)


「そっちは!? 見つかった!?」
「もう三回も捜しましたけど置き手紙ひとつありませんよー……。ねーマリーさぁん、これだけ捜して駄目なんだからもう見つからないですって、大人しく待ってましょうよう」
「その間にお嬢様に何かあったらどうすんのよっ!」

わたしの上司は振り返り、連れていた数名の侍女たちにもう一度港の方を捜すように指示する。それからこちらに向き直って、
「シーズ、あんたは表通りをもう一度当たってきなさい、いいわね」
「うー、了解っすー」
「返事はしゃっきりと!」
「はぁいっ行きます行きますからっ」
うう、ぜったい見つかんないよー……。ていうか状況的にシュアリーさんが連れてったに決まってるじゃん、だったらわたしらに見つけるのもう無理っすよ無理ー。

普段のかくれんぼでさえあれだけ手を焼かされてるんだから、と思いながら、外套を掴んで階下へ降りる。はー、もう秋も深まってきて、出歩くにはちょっと寒いっす……。こっそり角のお店で肉まん買っちゃおかな、今月ちょっとピンチだけど。

玄関の扉を開けた先には、
「シーズか」
カールさんだった。
「どこへ行く」
「マリーさんが表通りのほう見て来いって。カールさんヒマならわたしの代わりに……」
「一回りしたら一度戻れ。チーフレベルでミーティングだ」
「……あい」
オニしかいねー。

庭を半ばまで進んだところで、気になって尋ねた。
「カールさんは何してるんすか?」
彼は顎に手をあてたまま答えて、
「考えている。お嬢様は、シュアリー様はなぜこのようなことを、と」
「そーんなこと決まってるじゃないっすかー」
「何?」

「こらあシーズ!」
「ひー!」
庭に面した二階の踊り場から、マリーさんだった。
「油売ってないでさっさと行きなさいっ」
「待てマリー。シーズ、お嬢様の行き先に見当がついているのか?」
「え? そうなの?」
二人がわたしを見る。何言ってるんすか二人とも。そんなの見え見えじゃないっすか。
「決まってますよー。いいですか? ……傷ついた男が突然現れ、翌朝娘を連れてコツゼンと消えた……ああ、男の身に何が起こったのか? ただ男は彼女にこう告げたのだ、『お嬢様、何も訊かず、俺と一緒に逃げてくれないか……』。そう、男は闇に生きるギャングスタ、だがライバルに打ち破られ、もはや彼の未来は風前の灯……唯一残されたのは心を決めた彼女と――」
「あーはいはいはいストップストップ」
「マリーさん何すか? いまいいとこだったんですけど」
二人は同じポーズで眉間を押さえ、
「あのねシーズ」「いいかシーズ」
「「寝言は寝て言え」」
何故ハモる……。

「寝言なんかじゃないっす、状況はわたしの説を支持してるっすよ!」
「「どこが?」」
だからなんでハモるんすか。夫婦すか。
「男と女が周りに告げずにいなくなったんですよ? はい、QED!」
「あの虎女も一緒に消えてるんだけど」
「キィエちゃんも一緒にで良いんっすよ、二人じゃなきゃいけない理由なんてないっす! 恋愛は自由っす!」


*


「あ? どうしたキィエ。敵か?」
「違うわ。……なんか、どこかで死ぬほど不愉快なことを言われている気が」


*


マリーさんが頭を抱えて、
「お嬢様はそんなに悪趣味でも非常識でもないわよ。ていうか心決めてないじゃないそれ」
「別に一人だけなんて決まりはないっすよ?」
「待てマリー、悪趣味とはなんだ」
「カールあんたややこしいからそこ突っ込むのやめてくれない?」
「そーっすよね? 他のイケメンの陰に隠れてるけど、シュアリーさんも顔は良いっす。ヘルハンにいた頃はいつも誰かしら美女がそばにいたっす」
「待てシーズ、顔"は"とはどういう意味だ」
「カールさんややこしいからそこ突っ込まないで欲しいっす」
「だからそういうところを私は悪趣味って言ってるんだけど」
「俺はそうは思わん。一代で名声を成し国まで興したひとかどの方ではないか。英雄は色を好むものだ」
「カールさんも自由恋愛に賛成ですかー! 嬉しいっす!」
「いやそうは言っていない。マリー、うまく説明できんがどう言えばいいんだこれは」
「そっか、シュアリー様、意外とお金持ちではあるみたいなのよね……」
「なんかリアルな呟きが聞こえたっすけど、わたしもお金はあった方が良いと思うっす」
「金など。重要なのはそこではないだろう」
「「お金は大事!」」
「いつの間にか俺が責められているが何だこれは」


*


「えーっと、何の話だったっけ? 結局お嬢様は」
「お金持ちの女たらしのギャングスタに攫われちゃったっす。若かりし日の過ちっす」

「へえ、それは大変だね」

振り向くと、庭に繋がる門の下に、
「そのお嬢様から、手紙をもらって来たんだが」
あの方が立っていた。

「さて。……事情を聞いても?」

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(41)(記録用)

2013年01月02日 23時43分47秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** ナハリ→???→カイゼル領内 砦戦前日 ***

《連合軍の進行状況はいま言った通りだ。陸路組より海路からのルネージュ・トータス連合が先になるだろう。詳細までGさんに伝えろ》
《分かりました。ご主人様、それから――》
カティの口から伝えられたのは砦の防備についてだった。魔術減衰環境となると、砦に直接差し向ける兵科も要考慮か。
《わかった。そろそろお前のいる砦の奪還戦が始まっていい頃だ。出来るだけ生存しろ》

風音が耳朶を鳴らしている。礼装の襟をかき合わせて冷気を遠ざける。
「寒くない?」
「うん、大丈夫」
ルナリアはキィエの毛並に身を埋めるようにしている。彼女は俺の視線を感じて、
「なに?」
「普段と違うけど、そういう服も合うなーと思って」
ルナリアは屈託なく笑い、
「黒虎さんが選んでくれたの」
げ。
「な、中身が良いとなんでも似合うなぁははは」
二人を載せた巨体を疾駆させながら、キィエが喉の奥で笑う。くそー、お前の散財癖を俺が認めることは未来永劫無いからな!

「シュアリーさまもかっこいい。服が」
「何かが何故か引っかかる言い方だけどありがとう」
軍帽のつばを掴んで位置を直しながら、前方を見据える。既にカイゼル領内に入った。行軍ルートを考えれば、そろそろいずれかの部隊に接触するはずだ。

《マスター》
呼びかけと同時に、鈍い違和感が脳裏に走った。リヴィア?
《這入られてるわ》
……なに? いや――
《そう、アグナちゃん。ふふ、困ったわね。困った。楽しいわ。次から次に私の知らないことがやってくるのね》
楽しんでる場合じゃなかろーが。
《もちろん。もちろんだわ。ふふ。それでは私がお迎えに参りましょう。どんな方かしら。一緒にお茶を楽しめる方だといいけれど》
そんなご丁寧な方は来ねえよ。
《どうかしら? 人生、わからないものよ》
魔女が笑う。

《対応は助かるが、そっちの方は良いのか?》
《ええ、研究室に仮眠の札を提げておくわ。気分転換にも良いと思うの。被験体の覚醒までもう少しあるし》
《今やってるのは?》
《間主観事象観測の固着効果を鏡面効果で代用できないか試してるの。竜の脳幹を魔導器に移植して……》
《リミナリティの壁の条件付き単独踏破? 実用化できれば世界征服できそうだが、魔術の限界だろうそれは》
《そこに、"近代までの"っていう形容詞が付かないかしら、っていうのがこの研究の肝なの》
独我の淵に放逐されないままで? 不可能だ。
《さあどうかしら。って、お話してる場合じゃなかったわね。行くわ》

ああそれから、と彼女は前置きし、
《お手紙に正式なお返事が来ていたわ。既にその線で動いていたけれど、――復職おめでとう。凍牙軍は貴方の手中に堕ちたわ、元帥様》
そりゃめでたい。シャンパンでも開けるか。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(40)(記録用)

2012年12月24日 01時57分00秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** カイゼルオーン プラティセルバ国境線付近 二日目早朝 ***
(あるエースの場合)


カムリア軍の接近が確認されると、待機中だった全軍が甲高い喇叭の音で叩き起こされた。

第一兵団の第二から第四までの3大隊と、第三兵団の第一と第二大隊、計5つの大隊が、カムリア軍を迎えるための凍牙東方軍として編成されていた。
ただし第一大隊のうち、戦竜隊だけは第三から第六までの一部の小隊のみ。他の小隊は各地域の部隊に分散配置されている。
ちなみに、戦竜隊では魔装竜1騎と1~2名の竜騎士のユニットのみで”小隊”が構成されている。作戦遂行単位として、1騎で充分ということだ。

5つの大隊で方陣を形成し、先頭には第三兵団の兵団長(第一大隊の大隊長を兼務している)が。その脇を、俺を含む4騎の魔装竜騎が固めていた。俺たちを含め、全兵が友軍を迎え入れるための待機姿勢だ。

あちらは新しい女王殿下御自らが陣頭に立たれているとのこと。我々は彼らと合流しながら、首都から西南へ移動中の凍牙首領麾下の軍のもとへ、連合軍を先導することになっている。

首領麾下軍がこの位置でカムリア軍を迎える案も検討されたが、他国軍とのぶっつけ本番での合流を行うことを考慮して、軍を少しずつ合流させるという摩擦の少ない手段を選んだようだ。差し迫った戦況を考え、効率のよい行軍ルートを取った結果でもある。

やがてカムリア軍が国境を越えた。わずかだが、兵たちに緊張が伝播する。
互いの姿がはっきりと目視できる距離まで近づいたところで、カムリア軍が一度停止する。
凍牙東方軍の長たる第三兵団長が、防護に優れるドゥオーク・ユニットを引き連れ、馬でカムリア軍の先頭へ接近。そして下馬した。背後に控えさせた竜騎ともども片膝をつけて跪き、礼を示す。

やがて、カムリア軍の中から線の細い姿が現れ、跪く第三兵団長の眼前に出た。

以後、首領麾下軍との合流まで、凍牙東方軍は形の上ではカムリア軍の指揮下に入ることになる。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(39)(記録用)

2012年12月20日 00時47分06秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** カイゼルオーン プラティセルバ国境線付近 ***
(あるエースの場合)


凍鉄の牙は国民皆兵を旨とするが、出兵はやはり職業軍人の職務となる。

凍鉄の牙国軍の特徴として、下記が挙げられる。
徹底した実力主義と適材適所。
厳格な指揮系統。
そして規格化された基礎装備。

凍牙軍は次の三兵団から構成される。
第一兵団。
陸軍。凍牙軍主戦力。種族的にオーガが重用される。侵略戦では召喚獣と高速騎兵による電撃戦を得意とする。
5~10名ほどの分隊を最小作戦単位とし、基本的に小隊レベルで索敵、通信、回復、対魔術防御、狙撃スキル持ちを揃える。

第二兵団。
海軍。凍牙軍海戦力。どちらかというと防衛隊としての役割が大きく、他二兵団の予備役となることも多いが、場所を問わず安定して戦えるということでもある。ベテランを多く抱える。

第三兵団。
空軍。凍牙軍第二戦力。有翼種族を主体とするが、飛竜の扱いに秀でる者はそれに限らず。
20名~50名の航空編隊(パッケージ)が基本的な運用単位となる。
上空からの魔術、火砲、爆撃による攻撃、そして陸軍の先遣役を司る。
が、第一大隊第六中隊だけは唯一の例外であった。
戦竜隊と称される第六中隊は、魔装竜騎と呼ばれるドラグーンたちで構成される。魔術武装を施した改造竜種を駆る、生え抜きのエースたちの部隊である。


*


「陽が昇れば、カムリア軍が国境を越えてくる、か」
篭手の指先に白い息を吹きかける。このクソ寒さには未だに慣れん。
「ビビって眠れないのか?」
屯所の入り口に視線を返すと、赤髪の女騎士がニヤついている。同じ第六中隊のドラグーンで、教練時代からの俺の先輩だった。
「小便ですよ。クッソ寒いもんでね。良かったら一緒にやりますか?」
先輩は大口を開けて笑い、
「縮み上がって出やしないのに付き合ってられるか」
ニヤニヤと口の端を歪ませる。くそ、こうじゃなけりゃ、見てくれは良い女なんだが。
「そういうアンタはどうなんですか? 夜番でもないでしょう」
「あたしのバラジェはいつもこの時間に食事を摂る。知ってるだろ」
知らねえよ。

「ああ、戻ってきたかな」
彼女の視線の先を追うと、微かな羽音を背景に、巨大な竜が舞い降りてくる。一つの胴に、静音性の高い六枚翼、そして首と尾が二本ずつ。
「時間ピッタリだね。いいコ」
魔装竜"バラジェ"。戦竜隊ドラグーンユニットNo.2。強襲と殲滅を得手とする双頭の改造竜が彼女の前に降り立ち、頭を下げて餌をねだる。彼女は手に下げたバケツから得体の知れない生肉を取り出して竜に与えていた。
「お前のユークロッドは?」
「俺と一緒で寒がりでね。屯所の裏手で大人しく寝てますよ」
「ってことは、お前よりは肝が座ってるわけだな」
口の減らねえ女だな……。

少しずつ東の空が明るみはじめてきていた。
「カムリア軍との共同作戦の経験は?」
「無いね。つーか、どちらにしても今のカムリアはあたしらが知ってるカムリアとは別って話だろ?」
「その話、何度聞いても意味がわからないんすけど」
「どーでもいいだろ。あたしはただ、このコに乗って、間抜けどもを火の海に叩き込めればそれで良い」
なぜこんなウォー・ハッピーが凍牙最精鋭部隊にいるのだろうか。

屯所の周りを見渡す。生肉をがっついているバラジェの他、ケストレル、ドゥオーク、そして裏には俺のユークロッド。四騎の竜がそれぞれに羽を休めている。
プラティセルバとの国境線で、我々を筆頭とした凍牙軍カイゼル東方部隊がカムリア軍を迎えることとなる。指揮を採るのは第一兵団第三大隊長。
そして、指令書には連名として、"凍牙領主ハーティー代理 シュアリー元帥"とあった。

「なんだかねえ……」
キナ臭い。非常にキナ臭い。
「なあ先輩。アンタ会ったことあるって言ってましたよね、初代副首領。どんな人でした?」
女騎士がこちらを向く。
「"閣下"をつけろ。不敬は許さない」
おおっと。
「失敬、忘れて下さい。……で、どうでした?」
彼女はふん、と鼻を鳴らし、
「直にお姿を拝見できるさ。自分で確かめるんだな」
ありゃりゃ、ご機嫌損ねちゃったかね。


*


そして、数刻。
カムリア軍に最も早く気付いたのは、俺のユークロッドだった。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(38)(記録用)

2012年12月12日 02時45分06秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** ナハリ ニハレス城 → ??? ***


「おはよう。行くわよ」
「……にゃ?」
起きぬけのルナリアにキィエはそう告げ、それから2時間ほど走った。


*


「アッサム。2つ」
路面店の若い男に告げる女を見ながら、ルナリアはここまでの距離を考えて嘆息していた。場所次第だろうが、魔導船の高速艇より速くないだろうか?
スケールスピード。確かに体長が倍になれば、速度もそうなる。

巨体が凄まじい速度で道路や畑や民家を飛び越えていたが、誰も気付くものはいなかった。キィエの右手の薬指にはまっている白の石が、いまは発光していない。

かじかむ指に白い息を吐きかけながら、ルナリアは彼女の意図にすでに見当がついていた。彼女と、彼女の主の意図。

「サービスらしいわ」
両手にテイクアウトカップとドーナツをそれぞれ2つずつ下げてキィエが戻ってくる。そのあとを男の店員がついてきた。
「おねーちゃん、お勘定も頼むよー!」
「ん」
キィエがルナリアに顎で合図する。
「……あ、ルナが払うんだ……」
「他にいないでしょう」
「どっちでもいいよー!」
「……」


*


バザールを二人は歩いていた。
黒虎の姿から人間態に移ったキィエは、ラフにセーターとジーンズの姿で上から下まで黒尽くめ、ストールと靴と小物が彩りのアクセントになっていた。起き抜けに連れ出されたルナリアは大柄の瀟洒なコートで身を覆っていたが、その下は家を焼け出されたようなそれだった。アンバランスだが見目麗しい二人の組み合わせは、ときおり行き交う衆人の関心を引いた。

ドーナツを食べ終わった指をひと舐めしてキィエが立ち止まり、腰を折り曲げてルナリアを上から下まで眺める。
「急に連れだした私も悪かったけれど」
「?」
「その格好、ダサいわ」


*


「これとこれとこれとこれとこれ。あとこれ」
キィエがルナリアの手を引いて入った先は若い女性向けの服飾店だった。ミドルブランドらしい店内には若い店員が二人ほどいたが、「メニューの端から端まで」というのとほとんど変わらない要求に、二人して店内を走り回っていた。

最初ルナリアに「適当に選んできて」と告げたキィエは、言われた通り適当に選んできたルナリアに向かって「じゃあそれ以外にしましょう」と言い放った。
結果、4通り試したあとで今日のコーディネートは「最近の気分だとこれ」ということで黒のチェックシャツとインディゴのショートパンツになり、「このままじゃコートと馴染まないから」中間色のカーディガンが現れ、「髪は上げた方がいい」ということで纏め上げてキャスケット帽で留められ、「最後にもうひと品」とセルフレームの伊達眼鏡が飛んできた。瞳の色によく馴染む、落ち着いた琥珀色だった。
ブーツを履き終わって彼女が試着室のカーテンを開く(何度目だろう)と、
「おお~~」
店員の二人が拍手をした。

「まあまあね。素材が悪くない」
わずかに満足気な表情で腕を組むキィエ自身も、いつのまにか新しい服に着替えている。獣毛を思わせる艶やかな黒髪が、いまは左耳を出したアシンメトリーになっていた。ロングスカートが狩人のマントのようにはためいている。

「あの、黒虎さ?」
「なに? ブーツはそれが良いわ」
「そうじゃなくて……ここ結構するお店じゃない? ルナお金もうあんまりないけど」
「あらそう。あの名前書く紙は?」
「小切手も、てゆか小切手知ってるんだ」
「楽だからたまに使う」
楽じゃない人がきっといるんだよね、という呟きをルナリアは出さずに終えた。

「よろしいですよ、キィエルテディス様」
意外な言葉を発したのは、店員の年上の方だった。
「また御主人様のお支払いということで承りますので」

「あら、お前どこかで会ったかしら」
店員はにこりと笑い、
「ゴルデンの姉妹店から少し前にこちらに移っておりました。貴女様であれば、信用にも問題ございません」
「そう。じゃあそうしておいて」
「はい、畏まりました」
それから店員は視線を脱ぎ捨てられたキィエの元の服に向け、
「それでは、今回もあちらのお服は……」
「ええ、邪魔だからもういらない。好きにして」
「畏まりました。ではまた、お屋敷までお送りしておきます」

ルナリアはその様子を眺めながら、自分の護衛の男も苦労しているのだなと思った。


*


店を出たあとは、どちらかと言えば二人は女性の目を引いた。
キィエはどこ吹く風で、
「路銀がないのも不便ね」
全くそう思っていないような声で言う。
「少し金を作ろうかしら。待ってなさい」
言って、キィエが装身具店の中に消えていく。

残されたルナリアは掛け慣れない眼鏡を直しながら周りを見渡して、
「あ」
土産物屋に入っていった。

「お待たせ」
店棚の猫の置物を眺めていると、背後からキィエの声がかかった。
「あら」
キィエが腰を屈めてルナリアを覗き込み、
「眼鏡取っちゃったのね」
「うん。なんかむずむずして……」
「そう。じゃあしょうがないわね」

キィエの姿を見ると、右手から指輪が消えて、札束に変わっていた。
「アンタが持ってて」
無造作にそれを差し出されてルナリアが困惑する。
「売って良かったの?」
「もう役目は終えたわ。交渉は坊やに考えさせたから、足下を見られてもいないでしょう」
「そうじゃなくて」
「要るときはまた買うわ。坊やが」
「……シュアリーさま……」


*


「このあとどうするの?」
質問は、二人が喫茶店のテーブルに落ち着いてから放たれた。
二人分の紅茶とケーキがテーブルの上に行儀よく並んでいる。キィエは道すがら買った雑誌のページを指差し、
「アンタ映画観る? 私気になってるの。これ」
指の先に『大炎上! ~マットの上に迸る魂よ永遠に~』という文字と、血塗れで吠えるマスクレスラーの絵があった。なぜかリングの周りが爆発して観客が宙を舞っている。
「黒虎さ、こういうの観るんだ……」
「敢えて避けずに受けるのが良いわ。雄々しくて、酔狂で」
「ふうん」
ルナリアはひとくち紅茶を口にし、
「そのあとは?」
「そのうち坊やが来るだろうから、合流。あとは坊や次第ね」
「シュアリーさま、来るの? こんな遠くに」
「ええ、あいつダメ男だけど、ちゃんと向かえには来るの」
「なにそれ」
ルナリアが笑う。

キィエは紅茶で唇を湿らせて、
「坊やが来たら、文句のひとつも言うと良いわ。お嬢ちゃんは巻き込まれ損だもの」
「ルナを連れだしたのも、そういうことだよね?」
「ええ」
ページの擦れる音。
「心配性なのよ、坊やは」
「それって、やっぱり相手は」
「さあ」
野いちごのタルトが切り取られて、
「興味ない」
優雅に口腔へ消える。

「それで、ルナはどうしたらいいの?」
ルナリアは紅茶を飲みながら尋ねる。
「直接訊いてみる?」
キィエが自らのこめかみを指差す。
「シュアリーさま合流するなら、うん、そのとき直接聞こうかにゃ」
「そう」
キィエが微かに口角を上げた。

「そういえば、黒虎さんたちとシュアリーさまって、いつでもそうやってお話できるの?」
「ええ。鬱陶しいけど」
「使い魔さん同士も?」
「いいえ。それはまた別」
「そうなんだ。それってどうやってるの? 魔法?」
「魔法なのかどうかはわからないけれど」
タルトがまた削られる。
「坊やに言わせれば、いまここにいる私は、影のようなものらしいわ」
「影?」
「そう。坊やの頭の中にいる、私たちそのものの、影」
うーん、とルナリアは呻き、
「なんかよくわからない」
くす、とキィエが目を細める。
「そうよね。私にも坊やが言ってることはさっぱり」
「結局、黒虎さんたちの本体はどこにいるの?」
「それは坊やの頭の中にあって、それと繋がった影が仮初の身体を動かしている、だから、本当は坊やの頭の中で会話してる、ですって」
えーっと、とルナリアが呟き、
「つまり、黒虎さんたちはみんな、シュアリーさまの中に住んでるの?」
「要はそういうこと。それであいつしばらく、私たちが自分の妄想から生まれた人格じゃないかって悩んでたわ。馬鹿みたい」
「むー、ややこしい……けど、なんとなくわかったかも」

「この身体も作り物だから、」
キィエが掲げた爪を獣のそれに変化させ、
「ある程度は自由が効く」
元に戻す。
「黒虎さんが黒虎さんになったり?」
「言っててややこしくないかしらそれ。まあ、そういうことだけれど。あらかじめ両方作らせておいて、好きな方を使えるようにしてる。大きさもある程度……まあこれは知ってるわね」
「うん」
同じ大きさになって膝に乗ると、古株のはずのメイフィが少しそわそわするときがある。思いもよらぬところでの異邦人(虎だが)の出現に、このところ彼女は生来以上に神経を尖らせることになっていたのだが、それはまた、別のお話。

「ところで、アンタのところにぞろぞろいる使いっ走りだけど」
「使用人さんたち?」
そうそう、と応えながらキィエがフォークでタルトをいじり、
「アンタのところによく来る二人って、つがいなの?」
「?」
意図がわからず、ルナリアが首を傾げる。
「このくらいの背の銀髪のオスと、同じくらいの歳のメスがいるじゃない」
ルナリアの手からフォークがこぼれ落ちそうになって、なんとか空中で捕まえた。
「そ、それってカールとマリー、だよね?」
「覚えてないけど、たぶん」
「そんな風に見たことなかった……。違う、んじゃないか、にゃ?」
「あら、そう」
「どうしてそう思ったの?」
「他のがそうだって言ってた。金髪で右眼が隠れてるの」
噂好きの侍女の顔がルナリアの脳裏に浮かび、
「……シーズ?」
「覚えてないけど、たぶん」
「黒虎さ、あの人の言うことはあんまり真に受けない方が……」
「あら、そうなの?」
「想像力がすごいの」
「あれ全部妄想なの? それはそれで凄いわね」
「今度はなんて言ってたのか気になるんだけど――」


*


「黒虎さ、それホント?」
「ええ、もちろん。あいつ写真隠してるから抜いてきてもいいわよ」
「見たいけど……! いいのかな……!」
「いいわよ」
キィエが店の入口側にちらりと視線を投げ、
「まあ、また今度ね」

「お嬢様方、ご歓談のところ大変失礼」
少女たちの会話を割って現れた男が、帽子を胸に掲げながら目を伏せる。
「君たちのお財布君が、馳せ参じましたよ」
テーブルから伝票を取りながら、紅色の瞳が笑っている。
「お待たせ」

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(37)(記録用)

2012年12月01日 02時34分30秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** ナハリ 港町ニハレス・ニハレス城 ***
(未明)


三者会談が終わったあと、俺はすぐに眠った。周囲の警戒はキィエに任せていた。
朝日が差す前に目が覚めて、柔軟運動で頭を起こしながら、身体の状態を確認した。



さて。
状況を整理しようかね。


フレッドバーンは突いてきた。
これで反応がどう出るかで、あそこの内実ももう少し分かりよくなるだろう。

このまま旧国民が動かないままなら、もうそれはそれだ。好きにすればいい。眼と耳と口を閉じ、祈っていれば自分の取り分は不変なのだと信じているのなら、そして掛け値なしの被害者で居られると本当に信じているのなら、その信仰に殉ずるがいい。

解放軍が強行策に出てくるなら、個人的には短期的に都合が悪いが、全体としては都合が良い。その意味ではやはり鳴雨緋河流が厄介だ。あそこまで挑発されてなお占領地を統制しきるということになれば、これはなかなかの傑物だという話になる。そうなるようなら、また工作が必要だろうか?
占領なり殲滅なりも手段だが、面倒ばかりであまり得がない上に、そうするとまた「新しい話」が始まってしまう。であるなら、あそこにはずーっと――。

まあ、当座ははっきりと敵でいてくれるのが一番良い。票読みで済むほうが、楽だ。これからチェックにまで駒を進めていこうというところで、得体の知れない相手に横槍を刺されては面倒でかなわん。


砦は。
ネウガード側の戦力を図る良い機会だろう。結果はどちらでも良い。そこで知りたいのは一つだけ。
『そのあと、ギルヴィッドはどうするのか?』
あとは今のところ、誤差。


フーは。
お互い、手の内が見えそうで見えない。話に入り込んでからの俺は■■■■だし。やはり彼女も同類だと警戒しておこう。
交渉段階で手札をのぞき見たかったが、なかなかどうして。
……ネウガードの失踪事件、ねえ。
貴女のジョーカーは何枚で、真意はどこにあるのかな。


アグナとは依然連絡が取れない。まだ身体が機能し続けているということは、虜囚となって身動きも取れない状態ということだ。……心配だ。大丈夫だろうか。
ララは獣騎の身体が修復中。人間態は、いま表舞台に出す気はない。
カティも変身が使えるとはいえ、ネームド相手では数に入らん。戦闘に出すのは悪手だろう。現状維持。
キィエは最後まで護衛。
《チッ》
俺の心を読むな。
リヴィアは
《パスでお願いするわ、マスター。お手紙ならいつでも書くけれど》
俺の心を読むな。


そしてルナリアは。
美少女。よし、今日も脳は正常。がんばろう。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(36)(記録用)

2012年11月26日 03時18分45秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** ネウガード ガーディブ市街 警備隊詰め所 牢 ***
(使い魔「アグナ」)


目覚めると、石の床だった。
疑問の答えにたどり着く前に、違和感。
手足が何かで縛られている。立てない。
口にロープも噛まされている。喋れない。
口が閉じないので頬まで涎が垂れていた。汚い。

なんだ? なんだこの状況は?
顔にかかる横髪が少し焦げている。なんだこれ。何をされた?

《ボス! ボス! ……》
返信はない。通じていないのか。
愛銃も傍にない。
……。

「おい、起きてるのか?」
「!」
突然かけられた声に思わず身体が反応して、返答になってしまった。
俺に声をかけた兵士が奥に叫んでいる。俺の覚醒を仲間に伝えたのだろう。
それから、兵士はこちらへまた向き直り、俺を睨んでいる。

だんだん頭が冴えてきた。
そうか。俺は敵に捕縛されたのだ。敵地で発見されて、猫がにゃーで、ボスの言ったとおり表通りへ走って、バチン。
雷撃だ。雷撃で気絶した。髪も焦げているし、身体感覚から間違いない。

ドラグナッハはどうなった?
”回収は任せろ”。ボスが言った。なら間違いない。今は遠いが、また会える。
……”あの言葉”。俺は言えなかったのか。
おまけに敵に捕縛までされている。魔術的な阻害か、ボスに声も届かない。
……。


落ち着け。
ボスは、なんて言っていたっけ。
思いだせ。敵に捕縛されたときは――


”自害しろ”。


そうだ。死ななければ。
他に方法が思い出せないので、俺は地面に頭を打ち付けはじめた。ごん。ごん。ごん。