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首領日記。

思い出の味はいつもほろ苦く、そして甘い

戦争RP・番外編(2)(記録用)

2013年05月18日 18時38分46秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
最初、食事を与えても彼女はそれを摂ろうとしなかった。俺が見ているのがダメなのかと考えて、わざと席を外してみるが、そわそわと辺りを気にしつつも、口をつける様子がない。
毒を警戒しているのかもしれない、と気付いて、次は俺がひと口囓るのを見せつけてから席を外した。

扉の向こう、『風読み』で中の様子を把握しながら、俺は彼女をそのままに放って家事を始めた。ララには、俺が許可するまで出てくるなと伝えてあった。
待つこと5分足らず。彼女はひと口だけ囓られた様々な果物を載せたプレートに鼻を近づけ、ひとしきり嗅ぎ回ったあと、艶々と輝く皮つきの林檎に静かに歯を立てた。
後は雪崩を打つようだった。

山盛りのプレートをぺろりと平らげたあと、彼女は果肉と果汁でべとべとになった両手を、肘から指先まで舐め上げていった。皿に載っていたものを散々に噛みちぎり、粉々にして飲み下し、跡形もなく消し去ってから、いま気付いたとばかりに辺りを気にし始めた。遅くないか。

部屋を一通り見回してから、思い出したように指先を舐ぶり、そしてベッドを乗り越えて、彼女は窓を開け放った。秋の風は、ワンピースを一枚まとっただけの姿には少し肌寒かったはずだが、彼女は肩まで伸びた黒髪と白い裾を風に任せ、新たに与えられた金の瞳で、窓の外をじっと見つめていた。


*


俺が皿を洗い、もともと清潔に保たれていた流し台を洗剤で磨いてから拭き上げ、替えられたばかりの花瓶の水を替え、家のどこかに埃の欠片でも落ちていないかとハタキをもって歩きまわる徒労の時間を過ごし、自分の革靴を磨いてクリームを刷り込む仕事をようやく見つけたがそれも終え、これ以上やることがなくなってから部屋に戻ると、彼女はまだ庭と、その先の湖畔の景色を眺めていた。太陽は中天をとうに過ぎ、庭の緑が織りなす陰影がまた彩度を変えていた。
部屋の入り口で、開かれた扉にノックの音を鳴らすと、少女がようやくこちらに気付いて振り返る。表情はだいぶマシになっていた。

「おかわり、食べる?」
床に転がったプレートを指差して尋ねると、
「食べる」
と彼女が頷いた。

色々と聞きたいことはあったが、結局その日のうちに聞けたのはそれだけで、彼女はおかわりをすぐに片付けてその健啖ぶりを示したあと、また、夜までずっと縁側から外を眺めていた。
同じ部屋にいるだけならそう強く警戒もされなくなったので、俺は同じ部屋で、お気に入りの藤の椅子で、一度読んだ本の再読を始めた。

日が落ちてすぐに、寝息が聞こえ始めた。夜にもなると流石に風が冷たく、俺は開け放たれた窓を静かに閉じ、彼女にカイゼルオーン仕様のコートをかけて部屋を出た。その夜は居間のソファで眠った。


*


翌朝部屋を訪れると、少女はベッドの中に潜り込んでいた。俺の足音に目を覚ましたのか、寝ぼけた眼だけが隙間から覗いてきた。
「おはよう」
声を掛けると、表情が覚醒していく。
「何か食べる?」
俺が特に何も考えず聞くと、褐色の肌の腕が布団の隙間から伸び、床の辺りを指差した。
「おかわり」

俺は少し笑って、
「衣食足りて礼節を知ると言う。君はもう哀れな欠食児童ではないし、俺も今後同じ屋根の下に無作法者を置いておくつもりはないが……」
言いながら、まったく伝わっていないことに気付いた。
「……あー、お行儀悪い子はごはん抜きです。ごはんは食卓で」

反応を数十秒は待った。
彼女はようやく起き上がり、掛け布団を無造作に落としながらベッドに座りなおして、ずれた肩ひもを直しもせずに言った。
「食卓ってなんだ?」

おお、これはなかなか手がかかりそうだ。

戦争RP・番外編(1)(記録用)

2013年05月17日 00時54分53秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
身体的特徴だけで類推すると、そのときの彼女は7、8歳ほどに見えた。
彼らの栄養状態を考慮するに、おそらく10歳から12歳といったところだったのだろう。後にそう結論づけた。

6月にエジューでの革命運動を鎮圧したのち、俺は表舞台から半分以上身を引き、時間の多くを私的な旅行や研究に費やすようになった。そのころ凍牙はエジュー領の馴致と開発に難航しており、外交能力を損なう大きな一因を抱えた状態だった。エジュー騒乱はその極点の出来事であり、端的に言えば、当時のNo.2であった俺の無能が凍牙の沈滞を招き寄せてしまったわけだ。それについては、ヴォルフや同志たちに対して弁解の余地もない。

引責と逃避との割合をはっきりさせないままに椅子を空け、行き詰まった現状の重力から逃れるために、俺はジャピトスの知人を訪ねようとしていた。彼らに遭遇したのは、その道中のことだった。

粗悪な装備とろくに訓練もされていない挙動、そして未熟な身体。三拍子揃った、どこにでもいる使い捨ての少年兵集団だった。
その頃の俺は人の死に対する不感症を患って既に長く、向かってきた彼らを容赦無く打ちのめすのに精神的な歯止めを持ち合わせていなかった。彼らは運悪く、そして自業自得で、慈悲の欠片もない凡庸な無関心に当てられて倒れていった。

「なんだよ。ズルいな。撃たれたら死ねよ」

他の少年兵たちが無闇に突っ込んできたのとは対照的に、最後の一人は射撃位置から動かぬまま、自ら命を絶った。
残存兵がいないのを確認してから、立ち去ろうとして、足が止まる。振り向くと、少女の死体からぬらぬらと甘い香りが立ち昇っていた。薔薇か、香子蘭(バニラ)のような匂い。久方ぶりの適合者だった。
惹きつけられると同時に、正直に言って俺は、動揺していた。


*


肉体を死の直後にほぼ全て取り込んだためか、他の使い魔たちに比べて早く、彼女の目覚めは秋分を過ぎた10月の初めに訪れた。
午前11時ごろ、俺は寝室のベッドサイド、お気に入りの藤の椅子に座っていて、気付くと彼女がベッドの中で寝息を立てていた。3ヶ月前に目にしたその姿とは異なり、顕現したのはミドルティーンの少女だった。肌や髪の色は変わらないが、栄養欠乏の身体は、小柄ながら満ち足りたそれに生まれ変わっていた。
それが彼女が望んだ姿だったのかは今もわからない。ただ、俺はその姿を見て、自分でも驚くほどに、湧き上がる凄まじい庇護欲を自覚していた。枯れ木のような生前の彼女を自害に追いやったときには何も感じなかったのだが。

「おはよう」
薄目を開けた彼女に声をかけると、彼女はショボショボと黒く長い睫毛をまたたいて、俺を見、そして寝室の窓ごしに庭の向こうの湖畔をじっと見つめた。サンライオはちょうど秋の盛りの頃で、湖面は青く澄み渡り、緑は赤黄に色づいていて、風光明媚の評をほしいままにしていた。彼女は四肢の具合を確かめるようにもぞもぞと動き、それから俺を見て言った。
「……ここは、天国か? それとも地獄?」


*


名前はすぐには教えてもらえなかった。
彼女は呆けていた表情をすぐに警戒する小動物のそれに変え、唇を噤んで、視線やわずかな身体の揺れでしかこちらの言葉に反応を示さなくなった。ただ、まったく無反応というわけでもなく、中途半端に警戒しつつも、こちらへの関心をちらちらと覗かせていた。
野生動物のようだという感想を得て、俺は大した思慮もなく、安直な方法論を実践することにした。食べ物で釣ろう。
効果は覿面だった。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(53)(記録用)

2013年05月03日 19時14分39秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** 降伏勧告後 夜半 ネウ=トタ国境線ネウガード側上空 ***


勧告から一分少し。
敵勢力の反応は、予想の範囲を出ない。
統制が取れていないというのは確かなようだ。彼我の距離はまだ交戦距離外。こちらの油断を誘うにしても、あちらの振る舞いはやり過ぎの感が強い。
小出しに嫌がらせを続けてきた甲斐は一応あったということだろうか。これは後に確認しておこう。

兵数ではこちらが圧倒している。ただし懸念のように、こちらも大半は砦周辺のゾンビで水増しした状況ではある。高火力のネームドがいれば、数字ほどの戦力とは見込めるまい。セオリー通り肉の壁として見ておくのが正しい。

大火力や広範囲の浄化魔術を魔力操作の杭で封じ、力押しを肉の壁で押し留める。砦の防備は理に叶っている。穴らしい穴は、肉の壁を通過できる空戦力への対応だが、それを我々が埋める。そういう手筈だ。こちらも先出しできたのは航空戦力だったことから、まあ、上手いこと割れ鍋に綴じ蓋であった。


唯一想定外だったのは、敵戦艦の登場だ。
戦艦の能力か、周囲を球状の力場のようなもので包んでおり、視認できるまでは戦艦のサイズも把握出来なかった。ここまで接近してから部隊の観測手に確認させたそのサイズは、予想より大きい。船体も目立たぬ漆黒。認識していなければ、夜間ではかなり近くでも視認しそびれるだろう。念が入っている。砦の斥候がこれを先んじて狙えたのは相当のファインプレイと言える。

高速艇ではなく、兵員輸送や火砲による支援目的の艦か。通常であれば単独で運用する艦ではないのではないか。
艦隊の後方に置き、旗艦的に用いるか、または初撃から高速艇の接近までを援護射撃し、以後は後方からの砲火を担う固定砲台役が本来の役目だとすると。
先程の一撃や、回避よりも防御に主眼を置いたようなエネルギーフィールド、移動が遅いことを補う隠蔽仕様――。なるほど、筋は通っている。

いずれにせよ、制空権を取るためには最優先であれを墜とさなければならないには違いない。
だが、そこまでの道筋が異なる。


あれが単艦で出ているということから、後続の数を推定することは可能だろうか? 突如現れた後続の高速艇が奇襲、という可能性は?
俺が敵の立場ならどうするか。
複数艦があれば、あの艦――仮に″ペルセウス″と呼称することとした――は現在の位置で適切だ。約3kmの位置から動かない砲台で敵をおびき寄せ、戦力分散させた所で隠れていたアタッカーが横手から殴りつける。悪くない戦略だ。だが奇襲役の影は今のところ探知出来ない。この段階でまだ俺の領域内に入ってきていないのはおかしい。

とすると、単艦か?
判断するのはまだ早い。忘れてはいけないのはこちらからの奇襲だったことだ。敵側の意図が現れる前に戦端が開かれてしまったとすると。


『風読み』で得られた情報はそう多くない。まだ距離が遠い上、砦の杭と戦艦の力場、どちらも大規模な阻害要因となっている。それらから離れた位置の部隊は概ね把握できた。だが盗聴はもともと触覚からの読唇を行うもので、数も精度もそうこなせるものではない。読めたのは、

 ・「××がどうなっている」
 ・「なぜうたない×だ、×××」
 ・「×うふくはしない×だろう」

この三つ。どれもネウガード系ではなくそれに与する者のようだ。
近づけばもう少し読めるようになるだろう。その余裕があればだが。

さて、現下の材料で分析してみよう。
一つ目。
・「××がどうなっている?」
これは簡単。『どうなっている』にガ格でつながる2音の語は、99%『何』だ。
・「何がどうなっている?」
話者は状況説明を求めている。叫んで、だ。つまり、あの位置に状況把握の出来ていない部隊がある。これは統制が取れていないという上の推論と一致している。確からしさがまた一つ上昇した。よろしい。

次。
先に三つ目。
文法的に二番目の聞き取れなかった箇所は『の』か『ん』だろう。術の性質から『ん』の音は読めないことも多い。埋めると、
・「×うふくはしないんだろう」
分ける。『×うふく/は/しないんだろう』。
×うふく。
~~はしない、と受けるところから『×うふく』は名詞化した動詞、または、可能性は低いが固有名詞だ。発音の強弱を考えると前者だな。更に音韻を考えればオ(o)の音。
候補はあるが――往復、増幅、倒伏、報復――、状況を考えればまず『降伏』。
『降伏はしないんだろう』。なるほどもっともらしい。
"だろう"。推測。この語り方には、降伏可否の決定者との距離を感じるが……これ以上は穿ちすぎだろうか。だが状況とは一致している。

問題の二つ目。
・「何故撃たないんだ、××」。
発言主の位置から、これはペルセウスの砲撃に関することで間違いなかろう。
で、撃ったよな。その上で、「何故撃たない」――。

場合分けしよう。

(1)撃っていない奴がいる
他の戦艦の可能性。少ないだろう。前述の通り、網にかかった影はない。あのサイズで『風読み』から完全に逃れるのはほぼ不可能だ。
他の砲手の可能性。つまり高火力砲撃が可能なネームド。これはあり得る。あり得る上に脅威となる。ここは抑えるために人を割く。

(2)連発できる
・「何故撃たないんだ、次を」
あり得る。次撃を撃てるのならば、確かに何故撃たない、と言いたくもなるだろう。そして初撃は狙い通りだったのか、であればなぜ砦正面を狙ったのか。ここにやや不透明さが残る。

(3)違うものを撃った
・「何故撃たないんだ、Aで/Bを」
あり得る。どちらも。
細分化しよう。

()何故Aで撃たない
例えばもっと広範囲の、上位の砲撃。あり得る。が、この状況でそれを撃たないのであれば本当におかしい。
例えば浄化弾のようなものが他にあるとすれば。あり得る。だが同上だ。撃てるのに撃たない、とすると、何か理由が生まれたことになるが、仮にも仲間内で分からないものを、俺が推定することができるだろうか。望み薄だろう。また、この二つは撃たれてみないとどうにも、というところはある。

()なぜBを撃たない
撃って欲しかったものは砦正面ではない。ではなく……。
決まっている。杭だ。
可能性として最もあり得るのではないか?
断定は避ける。だが傾斜配分の価値はあるだろう。
そして(3)の場合、確実なことがある。

ペルセウスはあれを”連射できない”。
そしてこちらは推測だが……、おそらく、弾数制限がある。



だがまだ(1)と(2)の目が消え去ったわけではない。
発言主がどの程度彼我の状況を把握し適切に発言しているかにも疑念は残る。
こちら側の接近について、情報はどの程度あったのか。ここから紐解いてみるか? いや――
《カティ》
手駒のうちもっとも現場を把握しているであろう使い魔を呼ぶ。

が、返答がない。ん?

《カティ。いるか》
《はい、ご主人様》
《いるな。いくつか質問する。簡潔に答えろ》
《承知しました》


*


『少なくともこれはありえない』と『こうされたら困る』の二種類を、高速思考で可能な限り炙り出していく。
降伏勧告と『風読み』は良い試験紙になってくれた。

この戦場での要は敵戦艦とこちらの砦だ。
で、敵兵力の状況を考えると。

まあ、6:4、というあたりか。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(52)(記録用)

2013年04月28日 03時04分54秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** 砦 ***


ギルヴィッドからの命を受け、カティは戦艦の砲口から身を隠すように、砦の東側へと急いでいた。既にビッグには北側の杭へ向かうよう伝えている。身の丈に合わぬ長槍を抱えて体勢を何度も崩しながら、それでもはためく軍旗を大事そうに掲げて足を進める。
ここからは見ることができないが、北西の方角には彼方に進撃する凍牙先遣隊の姿がある。凍牙の総軍司令代理を名乗った男の降伏勧告を明確な境として、一連の武力衝突はいよいよ『戦争』のフェイズに突入した。カティは自らの主がこの戦争のイニシアティブを握ろうとしていると認識し、表には出さないまま、わずかに高揚していた。

主が物語の中心に近づくほどに、自身もそう進んでいくことができる。
もっとも強く輝く将星たちの、真ん中にいることができる。


《カティ》
主の声が少年のうちに響いた。
急ぐ場面だが、カティは折り目正しく歩みを止めて返答する。
《はい、ご主人様》
《Gさんに伝えろ。ハーティーさんがそちらへ向かった。魔力減衰環境とはいえ、敵はどこかで搦め手を仕掛けてくる可能性が高い。彼女はそのための応手だ》
《承知しました》

砦の中であれば、とカティは考え、その場で声を上げて呼びかける。
「聞こえますか、ギルヴィッド卿。我が主より伝言がございます」
応えるように、砦をとりまいている、質量さえ感じる闇が蠢く。
頷き、カティが続けてゆく。


*


伝言を伝え終え、カティがふっと息を吐く。
旗槍を持つ両手に不意に視線を下ろすと、ジジッ、と微かに唸り、指先が一瞬ほつれて見えた。
今回の身体は元々ここまで長期の運用を予定していなかった。加えて、砦を渦巻く魔力の乱れで消耗が加速されている――カティはそう認識した。

だが、それでも砦の戦闘が決着するまでは保つだろう。その後は、主にまた新しい身体を作ってもらえば良い。
そう思いながら視線を上げると、いつのまにか周囲に魔物たちがうろついていた。ゾンビを中心とした下級の魔物は地雷原の外側にいるはずだが、バンシィやファントムといった地雷原を透過できる種族の一部が、動くものを見つけて近寄ってきていたのだった。

鬱々とした泣き声と靄が辺りを漂っている。
彼らに敵意は見られないが、意思も読めなかった。そんな上等なものを持ってもいないのだろう。
カティは彼らを前に、上品な眉を歪にひそめた。


魂も言葉も持たない紛い物、作り物の出来損ないめ。

僕はお前たちとは違う。
僕は、お前たちとは違う。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(51)(記録用)

2013年04月13日 01時16分24秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** 砦戦開始 夜半 ネウ=トタ国境線ネウガード側上空 ***


陽も彼方に沈み去り、空はとっぷりと闇の中に落ちてしまっていた。表情のない高い位置の雲々が星を覆い尽くし、辺りは黒く染め上げられている。高空からは、人の作り出した火と光が眼下にわずかにちらつき、そして遥か先に、営みの明かりがうっすらと温度を保っていた。

秋口を過ぎたはずなのに、湿気を帯びた粘つく風がゆるゆると吹いている。木々が揺られてざらざらと囁く。東からの風が、森と巨大な砦を撫でてから、街道の空を無為に流れてゆく。

砦はひときわ深い闇の中に今また黙して座している。暗地を闊歩する声なき者どもの蠢きは無音よりも耳に優しく、秘めた暴力と由来するところの混沌とは裏腹に、異様な穏やかささえ纏っていた。


闇に乗じた奇襲が将星たちに打ち砕かれ、ひとときの静寂が取り戻されようとしていたそのとき、のっぺりとした黒い空に、染みのように、夜より昏い無数の闇が落ちていた。
滲みながらも秩序だった幾何学パターンの編隊が、東の空を渡ってくる。闇の一部が赤や青の揺光に時折浮かび上がる。竜たちの火炎が、無情な野火の予兆のように、無慈悲な機械の暖気のように、不穏な空を彩っていた。わななく咆哮がとぎれとぎれに低く低く響いている。

蠢く暗澹たる者どもとは似て非なる、黒染めの遂行者たち。忌まわしき猟犬たちの凍えるような唸りが、淡々と空を侵犯してゆく。


不意に編隊の接近が速度を落とし、闇の群れの中で、ひときわ大きなシルエットが高く位置を取る。それに合わせて周囲の影がさらに動き、翼のように広がる。
そして魔術によって拡声された、ひび割れを含んだ宣言が、高空から戦場の全てに降り注いだ。
「……あー。あー。私は凍鉄の牙・総軍司令代理シュアリーである」
軍帽の下から語るのは、まだ若さの残る声だった。

「ネウガード国軍、ならびにそれに与する者たちに告げる」
組んだ両腕の上、紅色の眼が戦場を見下ろしていた。

「三分間猶予を差し上げる。――降伏しろ」

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(50)(記録用)

2013年03月18日 01時57分53秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** ネウガード東砦正面 砦戦前日 夜 ***


ギルヴィッドの命を受け、地獄の呻きを上げて巨大な肉塊が這いずるように移動していく。汚れ一つないエナメル靴の底にその振動を感じながら、少年は主を再び呼んだ。
《今度はまたお前か。開運風水ネックレスがあれば売ってくれ。人間関係の悩みに効くやつ》
《? 何の話でしょうか?》
《いや、いい。すまん》
声しか聞こえないが、主は何か厄介事をまた抱えているようだった。
いつものことなので少年は気にせず、
《ギルヴィッド様から言伝があります》
そして、一字一句違えずに主へ内容を伝える。


*


やや間を開けてから、主は少年にその返答を告げた。

《――以上だ。憶えたな?》
《はい》
カティはそれをすぐギルヴィッドに伝えようとして、ふと思いとどまって、主に尋ねる。
《御主人様、どうしてそう嬉しそうに?》
《ん? そうか? はは、そうだな、子曰く『朋あり遠方より来る、また楽しからずや』、だ》
《し、いわく?》
《学べ。ひとの世に生きる喜びを、いつかお前も知ると良い》

さあ、伝えろ、と主が促すままに、カティはギルヴィッドに向けて口を開く。声は主のそれだった。

「ジュリエットよりサンジェルマン伯爵へ。
手紙は受け取った。ここが時渡る薔薇十字の人々の世界ならば、私も悲劇を演ずる必要はないだろう。オペラではなくソープオペラを、あるいは夢見がちなファルスを。
私の愛の短剣は必ずやロミオの心臓に届けよう。
時はもう凍ってなどいないのだから」

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(49)(記録用)

2013年03月18日 01時57分42秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** 砦戦前日 夜 カイゼル・トータス間迂回路 上空 ***


《ご主人様》
カティだった。
《キルアート様の隊が動きました。敵陣付近に飛行戦艦の出現を確認。再浮上の前に叩くようです》
戦艦だと?
《わかった。引き続き連絡を続けろ。こちらは既にトータス上空に入った。ギルさんに次のように状況を報告しろ》
そして先遣隊の規模と編成、到着予定をカティに伝える。
戦艦、か。規模によるだろうが、それでも艦が運用可能なレベルまで指揮系統が回復したということか?


俺は通信機を掴み、
「こちらシュアリー。トータスで一旦下に降りるとはいえ、ほぼ物資を受け取るだけのタッチアンドゴーだ。その後、即、準戦闘態勢に入る。各自気を引き締めろ。どうぞ」
「「サーイエッサー!!」」

編隊飛行は第一中隊パッケージノヴェンバーを先頭に、中央にシャルラッハロートとイェスタール、それに首領専用竜ラシュディを複数のパッケージが囲む。ほか三騎の魔装竜は遊撃としてある程度自由に位置取っている。
こちらのやや前方に出たバラジェの上で、赤髪の女騎士が唇に指で二度触れ、マフラーを引き上げる。サイン。

俺は直接鼓膜に振動を送る密談術式を発動。
「聞こえるか? 『風読み』で唇を読むからそのままいいぞ」
ビアンカは前を向いたまま、マフラーで隠した口元を動かす。
『わかりますか』
「ああ、わかる。先程は大儀だったな。わざわざ性に合わない台詞を済まなかった」
『必要だと理解しております』
「ありがとう。助かる」
『御意のままに。……お聞きしたかったのは、首領閣下のことです。鼓舞のためとはいえ、前線に出られて良かったのですか?』
「どうなっても、なんとかなるよ」

ビアンカが微かに目を見開いて、そして頷く。
音のほとんどしない羽ばたきで、六枚翼の双頭竜が上昇していった。

《坊や、ねえ》
今度はキィエか。
《なんだ? 開運風水ネックレスの販売なら間に合ってるぞ》
《子猫ちゃんがいないわ》
は?
《その辺の兵に尋ねたけど、出陣式の途中でいなくなってたみたいね。匂いでも追えない》
待て待て待て……。
どうしてあの主様はこう頭の痛い時に限って。
《流石に部外者があの状況で侵入するのは無理だ。あのタイミングを見計らってたのか》
《子猫って、まあこういうものよ》
《何を悠長なことを……。目を離すなっつっただろ》
《呼んだのはアンタでしょ》
そうだった。俺も間が抜けている。
《……あー、とりあえず――》
《はいはい、わかってるわ。でも、》
声しか聞こえないはずが、彼女が不敵に笑う顔が浮かんだ。
《貸しも5だし、そろそろ何か可愛い景品と替えてもらおうかしら》
《あーあーあーもしもーし、大変残念なことに通信不良で聞こえない聞こえなーい》
《あは。愉しみにしておくわ、御主人サマ》
アカン。アカンやつやこれ。

「なあ、ボス」
竜の背部に繋留している装備収納カーゴから、今度はアグナが顔を覗かせていた。
「はいはいなんですかアグナちゃん。他の兵に見えるからカーゴから出ないでね」
「暇だ。なんか撃っていいか」
いいわけねえだろ。
これでも食ってろ、と懐から出したフリーズドライ果物の袋を投げ入れると歓声が上がる。
「ボス! ボふ! なんらこれ、甘ひ!」
「うるせえ黙って食ってろ」

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(48)(記録用)

2013年03月11日 06時21分34秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** 砦戦前日 夜 カイゼル・トータス間迂回路 上空 ***


「あー、テステス。マイクテス。諸君、聞こえていればコールサインを添えて返答頼む」
コートの襟元が向かい風でバタつくのを押さえながら、通信機に語りかける。同様に強風に煽られているであろう各子機から、ノイズ混じりの返答。

「こちらバラジェユニット。コールサイン、デルタ・ブラヴォー。感明良好です閣下。どうぞ」
「こちらケストレルユニット。コールサイン、デルタ・チャーリー。感明良好。この場に居られて光栄です、サー」
「こちらフォーマルハウト。コールサイン、デルタ・フォックスロット。良好。どうぞ」

魔装竜は俺とヤヌスのもの以外に三騎が随伴。シャルラッハロート、イェスタールと合わせて五騎の投入とした。

「こちら第三兵団第二中隊、パッケージインディア。コールサイン、マイク・シーエアラ・インディア。感明良好。いつでも行けますぜ、サー」
「こちら第三兵団第一中隊……」
続いてそれぞれ数十名からなる空軍パッケージリーダーたちがレスポンス。

そして、
「こちら第三兵団長ヤヌス。コールサイン、マイク・ヤンキー。……楽しもう、諸君。どうぞ」
通信網のあちこちから歓声が上がる。『待ってました』『アンタがいりゃ敵なしだぜ大将』……

それが収まるのを待ってから、
「こちら、総軍司令代理シュアリー。コールサイン、ゴルフ・ジュリエット。諸君、私語は慎み給え。トータスにつけば戦場は目の前だ。とっとと始めよう」

出陣式の後、順番としては前後するが、凍鉄の牙はルネージュ、デア・ヴァルト両国との調印文書を正式に公開し、同盟締結を宣言。と同時に同盟発動を宣言し、ネウガードに対し宣戦布告を行った。

ナハリとの交渉結果から、同盟軍は北側迂回ルートを通行してトータスを目指すこととなっている。通常行軍速度ではネウガード到着は明日夕刻ごろとの予測。ヴァニティアの占拠したネウガード東砦に対する奪還の動きはそれより前という推測から、同盟各軍は先遣隊を組織し先行させる流れとなった。

「まず状況を確認しよう。現在トータスとの国境付近、ネウガード東砦を友軍が占拠し、既に丸二日が経過している。ネウガード側の反応が鈍いのはいくつか理由が考えられるが、まず間違いないのは、ネウガード内部で統率が取れていないことだ。諸君も承知の通り、最近各地で時空間の歪みと取れるような現象が確認されており、斥候からの情報によれば、ネウはもろにその煽りを受けたふしがある。正規軍の動きの鈍さを補うために複数勢力が同居している形となっているが、かえってこれが混乱を招いている様子も見受けられる。――好機だ」

それから敵勢力と友軍の詳細、フレバへの威力偵察も含めたこれまでの交戦状況、そして占領した砦の位置と構造を現状把握している限りで、その情報確度も合わせて伝達。

「以上がまず現状となる。ここまでで何かあるか? どうぞ」
「こちら第三兵団第一中隊パッケージノーヴェンバーリーダー、イスルギ・カグラです。よろしいでしょうか、どうぞ」
「こちらシュアリー。久しいな。許可する。どうぞ」
「こちらイスルギ。ありがとうございます。友軍先遣隊の状況と連携についてはどう考えればよろしいでしょうか? サー」
「こちらシュアリー。友軍は有難いことに『こちらには撃ってこない』。以上だ。次、どうぞ」
「こちらフォーマルハウト。砦が丸二日も放置されているのは敵が底無しのマヌケだからか? どうぞ」
「こちらシュアリー。先程述べた通りその可能性も否定できないが、さすがに何らかの対策の準備期間と読むべきだろう。敵も数度斥候を出しており、砦の防衛・継戦能力の高さを把握している。寄り合い所帯は『効率のよい手段』を目指したくなるものだ」

急場の混成軍では内部での牽制から各々手駒の保護を優先する心理が働き、特に屍兵のような相手は避けたがる。俺でも基本はそうする。"無駄"死にしたくない、流血を避けて勝ちたい。そういうときに命の価値は重く見えるものだ。

俺は続けて、悪いが、と前置きし、
「私はそこまで優しくない。敵が根こそぎくたばり尽くすまで諸君らの命は預けてもらう。次、どうぞ」
「こちらバラジェユニット、ビアンカ・オルドレッド。発言を許可頂けますでしょうか、サー」
「こちらシュアリー。許可する。どうぞ」
「こちらオルドレッド、感謝致します」
すうっと息を吸う音がして、
「名誉にかけて、私ではないとあらかじめ置いた上で。下士官の間で、この状況下での攻勢になお得心の行かぬ者も少なからぬようです。曰く、『大いなる力など眉唾ではないのか』『他人の弱みにつけ込むのか』、と。惰弱極まりない言かと存じますが、いま一度、閣下から一言頂いてもよろしいでしょうか。サー」

通信機からのノイズが静まりはじめる。静寂。

「こちらシュアリー。いいだろう。『大いなる力はあるか』。知らん。あれば面白いが、なくても良いように状況は進んでいる。『他人の弱みにつけ込むのか』。その通りだ。呪竜を象徴とする反体制勢力に対して国際社会は協調するが、そのような例外を除き、隙を見せる方が悪いし、運が悪い方が悪い。今までもそうだったし、今後も当分変わらんだろう。そしてもう一つ。国家間の関係は上位者の存在しない相互参照的・再帰的な場として捉えられ、そこではルール下でのゲームとルールそのものを巡るゲームの2つが同時複層的に進行する。この環境下での基本戦略は、『勝つことによって自分に有利なルールを再生産していく』だ。有利な初期位置は、複利計算のようにより大きな優位をもたらす。今のような変革期ならば、なおのこと"待ち"はない。以上だ。どうぞ」

「私からも一言。私は、『大いなる力』を探求するのもロマンだと思っていますよ」

静まっていた通信機越しの吐息が、更に固まる。
「あ、コールサイン、キューベック・キューベック、首領ハーティーです。皆さんよろしくお願いしますね」


居たのかよ!
というツッコミを堪える声が聞こえた。だよね。


「こちら、オルドレッド。首領閣下、お人が悪い。いらっしゃるならそう……」
「先陣に立つのも首領の務めですよ。それに、普段聞けない話が聞けて良かったです」
ふふっと笑うハーティー。

「あー、こちらシュアリーです。ハーティー閣下、申し訳ないんですがちゃんと通信のルールを守って、初めはこちら誰々で終わりは……」
「あっ、いいですいいです。指揮はシュアリーさんに任せてますので。私は私で自由にやらせてもらいますから。どうぞ」
「……えー、こちらシュアリー。まあ、そういうことです諸君。首領閣下も見てるんでまーアレだ、こりゃ張り切ってヤっちゃうしかないなあハハハ! はいどうぞ!」

しばらく誰も喋らなかった。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(47)(記録用)

2013年03月01日 23時41分24秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** 幕間 思い出のどこかで ***


視界は白く染まっていた。
綿毛に覆われたような丘の上で、しらしらと雪の降る音がしている。他には俺が息をゆっくりと吸い、吐く音。心臓のうねり。白狐の毛皮のポンチョの下で、俺は"ドラグナッハ"を抱えながら、雪の音を聞いていた。

ほどなくして、白い丘の上に、動く白いものが見える。兎だ。移動して、立ち止まり、また移動して、また立ち止まり、立ち上がって耳と鼻をひくつかせてから、後ろに倒れた。響く音。
すでに撃鉄は落ちている。

*

その場で首を割いて血抜きをしてから、彼の待つ黄色いテントへ戻った。
「おかえり」
見ると、ボスが既に湯を沸かしている。手元から目を離さずに彼が問う。
「腸は抜かないんだな。前に会った猟師はそうしていたが」
「高いところの兎は内臓も食える。キノコや果実を多く食べているから、青臭くない。見ていたのか?」
「いや」
彼はこちらを見て、
「触れる。半径4kmくらいかな」
「それは魔法か?」
そうだよ、と彼が微笑む。
「それでは撃つ前にバレてしまうな……」
「撃つ気なのかよ。俺を」
「おっと、そんなことより早くこいつを捌かないと」
「否定しない上にそんなこと扱い……」

*

炙ったパンと、固形コンソメを溶かしたスープ、それから煮た兎肉にオレンジソースをかけたものが夕食となった。内臓は漬けて保存食とした。彼との食事には必ず果実やそのソース、ジャムが付く。俺とたまたま好みが似ているようだ。願ってもない。

彼のところで目覚めてから、何をしたいかとまず聞かれた。俺は聞かれた意味がわからず、
「何って、していいことはなんだ?」
そんなふうに聞き返したような気がする。

最初に銃と服を買ってもらった。銃は俺が欲しがったから。服は彼の希望で。俺は何でも良かったが、彼が言うには、
「一応、俺も甲斐性のあるふりをしないといけない立場なんでな」
どういう意味なのかは、少しあとになってわかった。書類と世間の認識の上では、俺は戦災孤児で、彼が引き取った養女ということになっていた。そう間違ってもいない。

テントの中で、場違いな甲冑姿がボスに給仕をしている。これで女らしい。そして俺と同じ――
「使い魔?」
「便宜上そう呼んでいる。あまり相応しい言葉とは思っていないが、他に良いのもなくてな」
――だそうだ。だが俺と違って、この女は彼に殺されてこうなったわけではないらしい。

女は彼の分だけ仕度を済ませると、狭いテントの中でわざわざ下がろうとする。
「ララ。良いよ。お前も食えよ」
彼がそれを止めて、女の分も皿によそう。「そういう席なんだからさ」。女はかなり恐縮してから、図体の大きな甲冑姿を彼の横で正座に縮こめる。
「それじゃはい、皆で手を合わせてー、ん、待てよ、アグナ、お前のとこはこの作法で良かったか?」
「さほう?」

作法と言うなら、俺たちの作法は"あったら口に入れておけ"だったのだろう。
とりあえず冷める前にと皆で匙を進めはじめてから、彼があれやこれやと質問をしてくる。
家族や周囲のこと、よく食べていたもの、俺の名前のこと、地図を見たことはあるか、楽器を弾いたことはあるか、好きな物語は、字は読めるか、お金を見たことや使ったことは、いつから銃を握っていたか。
ひとつひとつ記憶を頼りに俺が答えていくうちに、彼は神妙な表情になった。そして、
「信じる神? 天上に居わすのは、偽神アースではない、戦士を祝ぐ唯一の神だ」
「その神を、君たちはなんと?」
「……言えない」
「言えない? 名前を口にしてはいけない決まりということかな?」
「――■■■■」
「!」
それまで沈黙していた甲冑の女が、唐突にその名を口にしていた。女は伺いを立てるように横の男に顔を向け、先を促す男の仕草に頷いてから、続ける。
「この子は私たちノ、いエ、私がいたあの領土を追い出された者たちの末裔でス。同じ神に祈りながラ、最後は無情にも不毛の砂地へ放逐されタ、不可触の民」
「お前は……、お前は、誰だ」
気付くと俺は、下唇を噛んでいた。

女がゆっくりと、はじめて兜を脱いだ。その姿に彼は驚いていたが、
「私はソルラティカの者ダ、選ばれし子らの余裔ヨ。もっとモ、私もいまはさだめを捨て去った側の人間だガ」
それ以上に、俺は。

*

「――グナ、おーい、アグナ?」
「……あ?」
「やっと起きたな。おはよう」
身を起こすと、黄色ではなく黒と灰色のドーム状の幕が内側から見えた。幕のわずかな隙間から、低い位置の月がのぞいている。夜。
「気分はどうだ? 何か不調はあるか? 食べたいものは?」
「ボス」
「なんだ?」
「こんなに遅くに目覚めたら、おはようなのかこんばんはなのかわからない。どうしよう」
「……うん、規則正しく生活しような」
「了解(ヤー)」


*** カイゼルオーン ナハリとの国境近辺 砦戦前日、出陣式直前 ***


「ということで、ネウの情報はあとで説明させるとして、出陣式が始まる前に面通しだけは済ませておこう。アグナ、ご挨拶して」
厚手のポンチョ姿の少女が目礼し、俺に充てがわれた天幕の内のヤヌスに挨拶する。
「アグナだ。以後よろしくお願いする」
「よろしく、お嬢さん。俺は――」
「存じ上げている、ヤヌス殿」
「おや、嬉しいな。だがどこで?」
返答は俺が引き受けた。
「色々と事情もあって、数年間凍牙軍に在籍させていた。狙撃兵科だ」
「おお、例のヴォが進めてたところか。あそこで数年保つとは、可愛いだけじゃなく筋も良いんだね」
ヤヌスが笑いかけるとアグナがじと目でそっぽを向いている。照れるとこうなるのか……。

「数年ということは、今は?」
ヤヌスの俺への問いに、
「ああ。元々正規兵をさせたかったわけじゃないんだ。今は俺の個人的な手足になってもらっている。"帳の下"のな」
薄暮れの、後ろ暗い場所の。
「なるほどね。……凍牙軍の中にも"そこ"の人間がちらほら、っていうことまでは把握してるさ、シュア。必要性もわかるつもりだが……ほどほどにな」
「ああ、わかってる。あの頃の二の舞は俺も御免だ」
やはりこの男は切れる。味方でつくづく良かった。

「さて、まあここまでの経緯もあってこの子を使えるタイミングは今後なかなか難しいところはあるわけだが」
俺は刺突剣を錬成してアグナに手渡す。
「それでも狙撃は有用だからな。出番がないわけでもないだろう。ちょっと手合わせしてやってくれよ、ぬっさん」
「今ここでか?」
「ああ、その方がお互いに話が早いと思う」
俺はアグナをちらと見てから、
「ほいじゃぬっさんの得物はこれで」
「おいおい、シュア」
ヤヌスが苦笑しながら、俺の差し出した挿し花を受け取る。ゆらゆらと紫の花弁が微笑む、季節外れの下野草。
「これなら怪我もしなくて済むだろう。俺の可愛い子に、空の高さを教えてやってくれ」

*

「はい死んだ。56回目」
「ま、まだ4回めだボス!」
「一合で10回以上やられてるんだからしょうがないだろ」
「くそ……」
肉体的な疲れはないのだが、精神的に早くも振り回されている。もう充分か。見ると、ヤヌスもこちらに視線を投げている。同じことを考えていたようだ。
「はい、これ以上は時間の無駄なので終ー了ー。アグナちゃん、何かわかりましたか?」
「わからん! 見えん!」
鼻先にもっさりと盛られた花粉をはたき落としながら、アグナがやけくそ気味に吠える。
「おかしいだろこいつ! 180cmくらいある人間が目の前で消えたら駄目だろ!」
「はいはーい、敬語ぶっ飛んでる上に目上を指差さない」
二度手を叩くと同時に、アグナの手の中から刺突剣が光に溶けて消える。

「ちなみに、今ぬっさんは花びらが散らないように出来るだけそっと動いてたからな」
アグナが目を見開くのに俺は、つまり、と被せて、
「ネウでお前が鴨撃ちにしていた一般兵たちと、ネームドと呼ばれる連中はまったく別物だということだ。知識としては知っていても、実際に立ち会わなければこの隔絶はわからない。今のが実戦なら、お前は自分の死にすら気付かない」
眉根を寄せる表情を見せていたアグナだが、すぐにいつもの様子に戻る。感情のコントロールくらいは出来るな。
「このレベルがそうそう居るものか? ボスより全然格上に感じたが」
「俺は知略型なんだよ!」
はは、とヤヌスが笑い、
「面白い子だな。経験と修練がまだまだ足りていないが、うん、ホントに筋は悪くないよ。しかも得意分野は別にあるんだろう?」
「ああ。第二狙撃課程の1.4km静物射で、97.2点をマークしてる。そこに関しては信頼していい」
そりゃすげえ、とヤヌスが破顔する。
アグナはまたそっぽを向いている。誉め殺しに弱いのが分かり易すぎる……。
「待て、ボス、機密のはずの個別テスト結果をなぜ知っている?」
「そら俺に友達が多いからだな」
聞くなよそんなことを。

「でまぁ話を戻すと、もちろんこのヤヌスは上位層ではあるが、相手にもこのレベルがざらにいるくらいに思っていてちょうど良い。探知型なら初撃から悠々と回避してくるだろう。どうすれば当てられるか考えておくように」
「むう、了解(ヤー)」

さて。
「そろそろ式の準備も整ったころか。到着待ちだった凍牙東方部隊も着いたようだし……ああ、こっちも間に合ったようだな」
入り口の幕がはらりと揺れて、
「この貸しは大きいわよ、坊や」
軍服に身を包んだ女が現れ、長物の包みの束と革袋を適当に投げてくる。俺は態勢を崩しながらキャッチして、
「ああ、助かる」
「あれ、キィ姉も来ていたのか」
「来てたのかじゃないわよ。お前のオモチャ箱まで運ばされて面倒ったらなかったわ」
「え? あーーーー!」
キィエの左手に提げられたチェロケースにアグナが飛びついていた。フレバでオシャカにしてしまった予備だ。「良かったなドラグナッハ、新しい家だぞ!」。家なんだ。

アグナが分解した狙撃銃やオプションパーツをケースに整頓していくのを見ながら、キィエから道中の状況を聞き出しておく。とりあえず予想を裏切るような内容はない。

「じゃ、私あの子のとこに戻ってるから」
「ああ、頼む」
「これで貸し4」
直視を拒む何かが着々と積み上がっていく……。
俺の渋い顔を見たのか、キィエが不敵な笑みを浮かべる。
「別にいいじゃない。私がアンタに求めるのなんて、ちょっとしたお小遣いくらいよ、御主人サマ」
小馬鹿にした語末に俺は、
「ちょっとしてねえだろうが毎回」
「比較対象の問題じゃない? ねえ坊や、私も馬鹿じゃないわ」
キィエが身をやや屈めながら、俺の耳に唇を寄せた。

「……この戦争でもういくら儲けたの? パテントホルダーさん」

げ。
こいつに一番知られてはいかんところが。

ふふん、と愉しげに身を離し、踵を返して幕を出る直前、キィエが今見つけたというようにヤヌスを見た。
「あら色男、来てたのね」
「ああ」
ヤヌスが不敵に笑む。
「宴の誘いは断らない主義でね」
「そう」
キィエは表情を変えずに、
「殊勝ね」
呟きを落として幕を出て行った。

「相変わらずだろ?」
肩をすくめながらの俺の問いかけに、
「そうか? だいぶ変わったように見えたが。表情が柔らかくなった」
「え、そうか?」
「ああ、そうだと思う。おや、見る目が無いなあシュア」
「そうだぞボス。見る目無いぞ」
うるせえな。お前それ言いたいだけだろ。

【戦争RP】何時か何処かの戦の炎(46)(記録用)

2013年02月21日 23時40分09秒 | KOCSNS・【戦争RP】何時か何処かの
*** カイゼルオーン ナハリとの国境近辺 砦戦前日夜 ***


天幕を後にするルナリアを見届けたあと、俺は、
「遅くなって悪いね、ハーティーさん。色々と手配に手間取っちゃって」
「いえいえ、出陣式には間に合ったので大丈夫ですよう」
ハーティーがやや緊張しながらも笑い、
「出陣式、ばっちり練習しておいたので、見てて下さいね」
「ええ」
俺も笑う。

「こんばんは。お初にお目にかかります、三代目」
ヤヌスが右手を胸に当て、礼。
「今の兵たちが羨ましいね。こんな可憐なお嬢さんに背中を見守ってもらえるとは」
「ええっ、か、かれんとか」
「いやーまったくだ、俺らの背後はヤニ臭えヅラ野郎だったからな。それだけでやる気が三割は違うわ」
「まったくまったく」
うんうんと頷く男二人。

「さて」
俺は天幕の入口に視線を投げ、指先で合図する。幕が下り、人が払われる。
自らでも周囲を確認してから、
「それじゃ、これからの話をしようか」