2011.9.17(土)
今日は福岡でハンドボール部創立50周年のイベント。昔は文学少年で、中学までは毎月100冊ほど読んでいた。マラソンはいつもびりか、途中リタイア。びりだと一番拍手が多かった。
大学に入って、最初ESSに入部して英会話に集中するつもりだったが、貧血と胃下垂の文字通り青瓢箪みたいな学生で、胃下垂がひどくて病院へ行くと「開腹手術を受けたくなかったら、運動をして腹筋を鍛えて、胃腸を引き上げなさい。」といわれ、手術が怖くやむなくクラスの友人二人が入部していたハンドボール部に、見習いみたいな形で入部したのが、体育会青年への変身のきっかけ。
私は創部8年目で入部したことになり、現役から見ると大先輩である。OB選への参加も要請されたが、けがをするのが関の山、と固辞。OB選終了後7メートル・スローという、サッカーのペナルティ・キックみたいな、キーパーと1対1で勝負するゲームがあり、これなら怪我はしないと挑戦。
現役のエース・ゴール・キーパー相手の真剣勝負。この時だけは卒部記念のユニフォームを着てやったものだから、一応先輩代表みたいなものになり、緊張したが無事ゴールを決めることができた。我々の年代でゴールが決まったのは私だけ。
そのあと調子に乗って、キーパーなしだがゴールに向かって、ジャンプシュートをやってみたら、空中でバランスを失い、お尻から落下、受け身の時左手首を捻挫してしまった。ボールはちゃんとゴールポストに入りました、念のため。
その後祝賀会になり、エース・キーパーに「ゴールを決めさせてもらってありがとう」と礼を言ったら、全部本気でやったとのこと。本当にうれしかった。祝賀会の後は当然二次会。そのうち手首が腫れてきて、痛みもひどくなり、3次会を誘われたが、パス、残念無念。酒に誘われて断ったことはほとんどないが、この時ばかりは痛みに負けた。
「年齢を 忘れて熱中 腫れて熱」
こんなところで。