社会人一年目の話だからもう35年前の大昔のお話です。
私は某証券会社の池袋支店に配属されました。佐藤師匠は6つ歳上の営業課長で私の教育担当係を任ぜられた支店の先輩でした。
当時、28歳。社内結婚で3歳の娘とお母様と埼玉県川口市に住んでいらっしゃいました。私は何度も自宅に招かれたり、本当にお世話になった方でした。
師匠は全店でトップセールスマン。口癖は「仕事は見て覚えろ!同期に負けるな!」でした。
私の飛込み営業初日、師匠は「じゃあさ朴ちゃん、これから営業の神様の俺様が飛込みの見本を見せてやるから、よ~く見とけよ!見て身体で覚えろよ!で、もし取れたら俺の客ってことでいいよな?」
と頼もしくもセコい発言をかまします。そして。
「こんにちわ~ お忙しいところすみません。私、◯◯証券会社池袋支店の佐藤ともう、え?ほんとに忙しい?でも、5分だけ?え?間に合ってる?え~‼︎名刺だけでも~ あ、ダメ?分かりましたあ。じゃあ失礼しま~す。」
「師匠ぉ ダメでしたねぇ。いくら初めてでも、ちょい酷いっすよねー⁈」
「いいか!朴ちゃん。今のは悪い見本だ。断られ方も勉強のうちだ。それから、今のは貧乏人だから、あんな奴は相手にするなよ。時間の無駄だしな。分かったか!」
「へ~い、わかりやした。ありがとうございます。じゃあ次お願いします。」
「こんにちわ~ ◯◯証券会社池袋支店の佐藤と申します。え?ウチは八百屋だからカブは売るほどある?って、大将!上手いことおっしゃいますね。カブに株、はははは~ あ、忙しい? いえいえ、あ、帰れ? じゃまたぁ。」
「師匠ぉ!あんなつまんないダジャレで引き下がんないでくださいよ!」
「いいか!朴ちゃん。八百屋は大体あんなこというんだよ。それを見せてやりたかったわけだ!それに八百屋は金がないのが相場だから、八百屋に飛び込んだらダメだぞ!分かったか!」
「師匠ぉ!じゃあなんで金ないとこに飛び込んでるんですかあ?」
「あのなー朴ちゃん。おまえ煩いよ。せっかく営業の神様が身を以て教えてあげてるのに、もう教えないよ。」
「師匠!大変失礼しました。では次ヨロシクお願いします。」
「よし、分かればよろしい。新人は素直が一番よ!じゃあ、次、今度は事務所に飛び込んでみよう!」
「こんにちわ~ ◯◯証券会社池袋支店の佐藤と申します。社長さんいらっしゃいますか?」
「私が社長ですが何か?」
「社長さん、株式とかお取引されてますか?
あ、やだなぁ社長!もう、沢山四季報お持ちじゃないですか!ウチとも取引しましょうよ。新規発行の転換社債お持ちしますから。
え?今日相場が下がってる理由?理由ですか?理由? そりゃ売りたい人が多いからですよ。あ、今のは冗談です。あ~ 朴くん。お客様に下がっる理由を説明してください。」
「初めまして新人の朴竜と言います。昨日、米国の雇用統計が発表されまして、非農業部門の雇用者数が予想より低くかったこと、新規失業保険の申請件数が予想より高かったことを背景に景気拡大に水をさすのではないかと、ニューヨーク市場が売られたのに日本も引っ張られていること、またそれで円高に振れたりしてることでしょうか。個別銘柄の状況は分からないのですけど。」
「社長!ということです。あ、彼は朴竜です。良く勉強してる?ありがとうございます。うちのエース!期待の星ですから。で、頭デッカチにならないように、今、私が教育してるんですよ。あ、じゃあ、これを機によろしくお願いします。失礼しました。」
「師匠ぉ!店出る前に情報チェックしてなかったでしょ~?酒臭い匂いで出勤してくるし!」
「あのなー
おまえ煩いよ。今のはお前がどれだけ勉強しているかチェックしたんだよ。今日は合格だな。で、さっきの社長は後で俺が転換社債持っていくから。俺の客ってことでいいな? あ~疲れた!午前の飛び込みはこれで終わり!午後からはひとりで飛び込め!お前に教えることはもうない!」
「え~ 師匠!なんすかあ~それ。適当じゃないですか?」
「煩いね朴ちゃんは。そんなこと言ってると嫌われちゃうよ。あ~ それから、おまえ今日は夕方まで支店に帰らなくていいから。俺、おまえと一緒に飛込みすることになってるんで、そう言うことで。俺、サウナで寝てくるわ、じゃあヨロシク!」
佐藤師匠!
お調子者で、自分に甘くて適当で、せこくて、時間にルーズで、でもそれに余るくらい優しく接して頂きました。
私がもう60歳近いのに外資系金融機関で長々といられるのはあなたが、適当さや、どうにかなるさなるものを教えてくださったからだと感謝しています。

写真は本編と全く関係ない英国出張時のナイツブリッジの夕暮れ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます