先日,2007年12月6日に友人から上記ような本の一ページとその本に関する情報が送られてきました。それを見て私は呆然としました。「ワープロが日本語を覚えた日」という本だということですが,このような本の存在を知ったのは,この日でした。友人が送ってくれなかったら,存在さえ知らなかったでしょう。
友人が読んだ結果,次のことがわかったそうです。
「最初の日本語ワープロの開発者たちのうち、河田勉さんについては、『新人が入ってきたばかりのときに言語学の勉強に大学に行ってもらったんです』といった表記がされているのですが、『新人』という表現しかないのですね。非常に軽く扱われています。『新人』という表現がもう1回、「その人』という表現が2回、『研究者』という表現が1回でしょうか。最後まで読んでも、天野さんへの言及はついに見つけられませんでした。『研究チーム』や『研究・開発するチーム』という表現で言及したということでしょうか。」
さらに,「「八十年,かな漢字変換方式による日本語ワードプロセッサに関する研究」で科学技術庁長官賞受賞」という事ですが,これについても,ワープロの発明者である私は聞かされていません。科学技術庁長官賞を受賞するためには相応の物証を出さなければなりませんが,上の学会発表には天野,河田,武田の3人の名前しかありません。
科学技術庁長官賞は,受賞候補者の所属企業が担当官庁に推薦するという手続きで選考に入るのですが,東芝はどのような理由をもってこの本の著者を推薦したのでしょうか。
このような事はこれ一件だけではありません。これが私が「技術者の名誉をかける」と言っている意味なのです。
(続く)
このブログの第一回
東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
東芝ワープロ発明物語:車上のワープロ技術史
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