技術者の技術者による技術者のためのブログ

理系離れ著しい今日,技術者の地位を改善しなければ技術立国日本は滅びます。日本を「おしん」の時代に戻してはなりません。

東芝ワープロ訴訟 11:企業の発明者はなぜ社会に知られないのか,あるいは間違って知られるのか

2007年12月28日 | Weblog

恩師,坂井利之先生の「翻訳するコンピュータ」(1969年発行)の表紙の裏につづった天野の夢。
ホッブズのような哲学者でさえ,「運動」しか人工生命として想像できないでいました。今では,「知性」までも人工生命として模倣されていることを知ったらどれほど驚くことでしょう。


読者は,次の質問に答えられるでしょうか?

 ディジタルコンピュータの発明者はだれか?

 大型コンピュータという巨大なコンピュータを,小指の爪ほどに小さくしたマイクロコンピュータの発明者は誰か?
(嶋 正利氏はブリタニカのマイクロコンピュータの項からは排除されているとのことです。間違いなく,最も功績のあった方でしょう。アドレナリンの高峰譲吉・上中啓三が米国で排除され,飛行機のライト兄弟がやはり米国で排除されていた過去があります)

 これらについてはその分野の相当の専門家でも知らないでしょう。一方で,相対性理論が何であって,どんな恩恵を受けているかは知らなくても多少勉強をした人ならアインシュタインであると知っていることでしょう。今をときめく,iPS細胞の作成法を発明した京都大学の山中教授の名も,多少とも新聞を読む人なら知っているはずです。

 科学技術と一口に言いますが,科学と技術(工学)では,まったく異なるものなのです。科学は発見に属し,技術は発明に属します。自然科学は宇宙の構造を解明する発見的な仕事であり,技術はこの世に存在しない新しいものを発明する創造的な仕事です(改良もありますが)。工学にはノーベル賞は与えられません。科学に与えられるものということになっています。ノーベル物理学賞とか,ノーベル化学賞はあっても,ノーベル情報工学賞とか,ノーベル電気工学賞などはありません。

 このように技術は常に下に見られています。一つには,技術は科学の発見した法則を利用した発明であることが原因です。しかし,今,この世界から電車,自動車,飛行機,パソコン,インターネット,携帯電話,あるいは薬の抗生剤などが消えたら,我々は江戸時代に逆戻りするしか仕方ありません。

 仮名漢字変換の実現には科学と技術の両方の研究が必要でした。一応,古典的な言語学などはあるにはあるのですが,極めて不完全なもので,そのままではコンピュータに利用できません。そもそも,言語学というものは,個々の文法規則を作る学問ではなく,人間はどのようにして言葉を習得するのであろうかということを明らかにすることがその最大目的なのです。しかし,それではコンピュータは言葉を習得してくれません。コンピュータに言葉を教えるための学問が必要で,そこから研究を始めなければなりませんでした。NECの技術者の話を下に引用しましょう。当時の状況がよくわかります。

文字とともに歩む
        ――伊藤英俊氏に聞く
    ・・・
    中略

日本語処理の体制を作る
――邦文タイピストを意識した製品はあくまで過渡期的な製品ですよね。本命はJW-10のようなカナ漢字変換だったのではありませんか?

伊藤 将来の個人向けということではそうです。邦文タイピスト向けの製品で徐々に浸透をはかる一方で、カナ漢字変換の開発を進めました。仮名漢字変換を実現するには仮名漢字変換用の辞書を作らなければなりませんが、これもやる人がいない。ハード関係、ソフト関係は錚々たる専門家がいましたが、文字や国語のわかる人はいなかった。

注: フォントの緑色は天野がつけました。
  
--http://www.horagai.com/www/moji/int/ito.htm


 そこで得られた科学的知識はアインシュタインの相対性理論のように社会に知られることはありません。なぜなら,企業はその科学的知識を独占して,そこから発明により新しい製品を作るために,社外秘とされるからです。これが発明者が知られない一つの理由でもあるのでしょう。発表は企業名で行われます。「東芝,日本語ワープロを発表」という形で新聞発表されます。「東芝の天野真家氏,日本語ワープロを発明」というような発表は行いません。ここにすべての問題が,技術者の立場の低さが凝縮していると言ってもよいでしょう。企業はその代償として,内輪の中で表彰し,処遇を与えてその名誉を称えます。私の場合,その名誉が,真の発明者である私に与えられなかったということです。人事権者の怠慢と言うほかないでしょう

 NHK大河ドラマ「風林火山」が終わりを迎えましたが,戦国の武将は部下の論功行賞に努力を注ぎました。このドラマの中でも武田信玄が論功行賞を行う場面が何度かありました。命を懸けて戦っている部下の功績を間違えれば部下は離れていくことになり,それは自家が滅びることにつながるからです。

 「技術者は好きなことをやっているのだから待遇が悪くても良い」という言い方が時にされますが,趣味ではなく,仕事として行うのですから重大な責任がともないます。好きも嫌いもありません。納期と機能・性能を守るという重圧がずっしりと肩にかかってきます。大型コンピュータ全盛時代には新しい次期モデルを開発するとあまりの重圧に耐え切れず,一人は自殺者が出るといわれたものです。友人の他社のワープロ技術者にあなたはワープロでよかったですねと言ったところ。「ワープロだけで毎年数人の鬱病を出していました(管理職含む)。」との返事が帰って来ました。私と武田さんも,青梅工場に通っていた1年半の間,寝ている時を除いては開発に明け暮れていました。寝ている時はバグ(プログラムの誤り)が取れた夢を見ていました。もっとも,起きてしまうと,バグがなぜ取れたか思い出せません。所詮,夢の中のできごとなのでした。その上,青梅工場には「短距離出張」で処理したためタイムカードもなく,すべてサービス残業でした。

また,次のような話もあります。


ワープロの開発.膨大な人員で一年中毎日が徹夜の連続。一つの機能毎に開発要員が数人張り付く。従って開発人員は国家予算と一緒で単調増加の一途。思いついた機能は直ちにプログラミングそして検査。時には検査中に新機能が必要となり慌てて人の手配から始めることもある。15万円のパーソナルワープロから500 万円のビジネスワープロまで年間12機種も開発していると盆も暮れもない。毎日々々が先の見えない開発の連続.xx工場勤務の時の年間TAXI乗車回数は 200回を超えていました*。xx工場で勤務開始後お酒を飲んだのは3回/半年でした**。(大変少ないという意味)

 * 大きな工場の前には夜10時ころから駅前のようにタクシーが並んで待機しています。深夜残業で公共交通機関がなくなるので,家までタクシーで帰るのです。正規労働時間が176時間/月の時代に,300時間の残業をしたという情報処理センターの友人がいて,いくらなんでもそれは無理ではないかと尋ねたところ,簡単ですよ。家に帰らなきゃいいんですとの返事にはさすがにあっけにとられました。(天野注)

 ** この著者は定常業務でしたからまだ半年に3回もお酒を飲む閑があったのですが,私と武田さんは緊急の新製品開発プロジェクトでしたから,青梅工場での1年半の間,そのような閑はありませんでした。毎朝,小作駅から工場へ行く途中のガラガラ(青梅=小作は田舎ですのでね)で,すぐに食べられる喫茶店でモーニングセットを掻き込んでの出勤でした。


なお,理系の処遇の悪さの調査があります。
 理系と文系の報酬格差について検索で調べると「研究者(発明者)の側から見た職務発明制度」(渡部俊也・東大先端科学技術研究センター教授)に元は阪大による調査で「生涯賃金 文系4億3600万円 理系3億8400万円」のデータが示されている。5000万円の差である。

   -- http://dandoweb.com/backno/20040311.htm

 最近,コマーシャルで「xxさんはyyの研究をしています」という形で研究者個人を出すようなことを行っていますが,あれが本当なら非常に良い試みですが,単なる企業イメージの改善という目的で,特に成果のあるわけでもなく,都合の良い人だけを出しているとしたら,今度は研究者間で名誉の争奪戦になり,不満も出ることでしょう。あまり感心したことではありません。

 東芝でも私がマネージャのときに,ちょうど男女の雇用均等がうるさく言われていた時代,功績ある男性研究者を措いて,何の功績もない女性研究者を先に昇進させたことがあります。その時の役員の言い分は「東芝は女性を大切にしているというイメージを作りたい」というものでした。逆差別だと私と私の上司は怒ったものでした。
続く

このブログの第一回
東芝ワープロ特許訴訟プレスリリース
東芝ワープロ発明物語:車上のワープロ技術史
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