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年長組奮闘紀行

後期高齢者の人生年長組員が勝手気ままに綴るほろほろ日誌

緑の安曇野を散策

2011年07月25日 | コラム「ハロハロ」

 NHKの朝ドラ「おひさま」の舞台になっている長野県・安曇野の風景に魅せられ、泊りがけで出掛けた。松本盆地の扇状地に広がる安曇野は「光と水と緑の郷」がキャッチフレーズ。湧水による清流と三叉路などに建てられた多くの道祖神。田植えを終えたばかりの青々とした水田地帯が続く。3千メートル近い大天井岳、常念岳、燕岳など北アルプス連峰の山並みが目の前にそびえ立ち、その雄大な景色に圧倒された。

 観光名所の一つにもなった広大な「大王わさび農場」に近づくと、駐車場脇の蓼川の岸辺に「おひさま」のロケ用に使われた三角屋根の赤い建物が見えてきた。何ともきゃしゃな大道具だが、テレビで映像を見ると立派な建物に見えるから不思議だ。少し離れた下流の水辺には古びた3連水車がゆっくりと回転していたが、1990年に黒沢明監督が映画「夢」のロケ用に作った施設だという。

 本物志向の黒沢監督らしく、3連水車は20年以上たっても苔(こけ)に染まりながら当時の風景を残したまま活躍している。残念ながら作品を見る機会はなかったが、WEBで検索すると、映画は8話から構成されたオムニバス。3連水車は「水車のある村」のシーンで登場する。米国の映画会社に働きかけ、ようやく制作が実現したため、上映用のプリントは東京国立近代美術館に保存されている1本だけだという。(11/07/25)

 


闇の中の福島原発収束

2011年06月22日 | コラム「ハロハロ」

 東電福島第1原発事故が一向に収束しそうもない。むしろ状況は徐々に悪化しているようにも見受けられる。原子炉冷温化の工程方式もくるくる変わる。増え続ける膨大な汚染水をどう処理続けるのか。素人目にも見通しは闇の中だ。東電の情報公開も相変わらず遅い。最悪レベルの炉心溶融を認めたのは事故発生から2カ月後だ。世界中で震災支援の輪が広がる一方で、日本国内に垂れ込める原発事故の暗雲が晴れない。

 中部電力浜岡原発の原子炉が全面停止した。名古屋に赴任していた時、建設途上だった浜岡原発4号機の見学会に参加する機会があった。営業運転開始前の原子炉建屋内を案内されたが、真水で満杯になった巨大な円筒形のプールが印象に残っている。「プールの水は不純物を取り除いた純水」という説明を受けた記憶があるが、これが原子炉のどの部分だったのか、今は定かでない。キラキラと輝くような透明度の高い水だった。

 原発は原則13カ月運転すると定期検査に入るというが、福島第1原発の事故以降、定期検査を含め54基のうち35基が運転停止している。電力需要がピークの夏場には、さらに5基が定期検査に入るという。運転再開のゴーサインは地元首長が握っているので、全国的に一層の節電対策が欠かせない。メーカー勤務の知人は「7月から土日出勤・平日休日になる」と話していたが、家庭生活をどう切り替えるか、戸惑っているようだ。(マニラ新聞コラム)

 


看護師合格報告会

2011年05月10日 | コラム「ハロハロ」

 先日、厚生労働省が実施した今年の看護師国家試験に合格した外国人受験者の報告会があると聞いて参加した。経済協力協定(EPA)に基づいて2008年から始まった看護師候補者の受け入れ事業は4年目に入ったが、今年はインドネシア人15人、比人1人の計16人の候補者が合格した。報告会には比人候補者は参加しなかったが、インドネシア人合格者7人が出席、サポートした施設関係者と一緒に苦労話を披露した。

 報告会で合格者がそろって強調したが国家試験に向けての並々ならぬ意欲だ。医療施設で働きながら受験勉強を続け、合間に電子辞書を片手に学習塾に通う。帰宅後は連日、模擬試験問題に挑戦し、1日150問題近くを消化していた合格者もいた。悩みがあると教育担当に泣きながら打ち明け、合格に向けた努力を誓い合ったという。会う人ごとに「頑張って」と声を掛けれれるので、日本語のあいさつ言葉と思っていたと笑わせた。

 難解な日本語出題は外国人に不利との批判を受けて、今年から漢字にふりがな(ルビ)をふったり、病名に英語表記を併記するなど改善策が取り入れられた。見直された改善出題数は240問のうち194カ所だが、症候や基本的看護、医療用語などは日本語表記だけだった。「低栄養状態、潰瘍、拡張期雑音、ばち状指、クリニカルパス、脳ヘルニア、鼻閉感」など説明を受けないと一般の日本人でも手におえない。(マニラ新聞コラム)


震災で日常必需品が消えた

2011年04月12日 | コラム「ハロハロ」

 東日本大震災の直後、自宅周辺のスーパーから米やパン、牛乳などが姿を消した。買い物客はトイレットペーパーや乾麺を大量に買いあさり、いつもはヤマのように積んであった商品がどこにもない。早々と閉店している店もある。計画停電が実施されると、電気量販店の乾電池売り場の棚が空っぽになった。停電になったら携帯ラジオと懐中電灯が必需品だが、のんびり者のわが家の出足は一歩も二歩も出遅れた。


 ガソリン切れのマークが点灯したので、慌ててスタンドを回ったが、どこも在庫切れの看板が立ち並ぶ。節電対策で都心に向かう鉄道のダイヤもままならない。東京都の水道水から放射性物質が見つかった翌日、市内のスーパーからペットボトル入りの飲料水がなくなった。納豆やヨーグルトは依然品薄が続く。過剰行動気味のような気もするが、自分もその一員になって米や水探しに飛び回っているのに気付き苦笑する。

 車検更新で自動車販売店に行くと、新車に買い替えるよう熱心に勧められた。津波で車を流失した東日本大震災の被災者向けに中古車を大量に確保するためだという。セールスマン、いわく。「中古車を提供することで、あなたも大震災の被災者救援活動に参加できる」。新車を売るのではなく、中古車を高値で引き取りたいというわけだ。セールスマンの巧みな震災商法に恐れ入った。(マニラ新聞コラム)

 


改善された看護師国家試験

2011年03月04日 | コラム「ハロハロ」

 「難解な日本語出題は外国人候補者に不利」との批判を受けて、今年の看護師国家試験では漢字にふりがな(ルビ)をふったり、英語表記を併用するなど改善策が取り入れられた。試験科目は昨年と同じ「基礎看護学」など10科目で、出題数は240題。厚生労働省によると、このうち改善箇所は194カ所。難解用語を平易な用語に置き換えたり、否定表現をできるだけ肯定表現にするなど配慮したとしている。

 改善策は昨年8月、厚労省が立ち上げた試験問題用語有識者検討チームが検討し、難解漢字にルビをふるなど14項目を決めている。試験問題では「絨毯」「配膳」「怪我」など難しい用語にルビをふった。外国人名や疾病名の「脳梗塞」「呼吸窮追症候群」など166用語に英語表記を導入、「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」など国際的に認定されている用語には略語も併記された。

 試験の合格者発表は来月25日だ。候補者本人はもちろんだが、チームを組んで一緒に励まし合ってきた受け入れ医療施設の研修担当者の心労も絶えない。祈るような気持ちで朗報を待っていることだろう。来日3年目を迎えるインドネシア人候補者は不合格なら今年8月に滞在期限が切れる。政府は来年の試験にも挑戦できるよう在留期間を1年間延長する方針を検討しているが、大量の帰国者が出れば外交問題にもなりかねない。(マニラ新聞コラム)


仲間とツイッター交流

2010年12月16日 | コラム「ハロハロ」
大手ポータルサイド・ヤフーが集計した「2010検索ワードランキング」によると、パソコンで今年、最も検索されたキーワードは3年連続して「ユーチューブ」だった。ニフティなど同業サイトの集計でも、ほぼ同様の結果が出ているが、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件の映像流出事件で、さらに知名度を上げたのではないか。NHKも「ユーチューブ」を使って過去に放送された「特集」の無料配信を始めている。

「ユーチューブ」と並んで今年のランキングで共通するのは「ツイッター」の躍進ぶりだという。ヤフーでは前年の圏外(100位)から一気に8位に浮上した。投稿字数が140字に限定されているが、携帯利用者が書き込みに使う「~なう」が今年の「新語・流行語大賞」のトップ10にも選ばれた。簡単な外来語だが、「NAW」や「ナウ」でなく、ひらがなの「なう」だから受けたと説明している。

グループ仲間で「ツイッター」を始めてから1年近くたった。中身は、たわいない話ばかりだが、落書き気分で結構楽しい。水道管水漏れ事故で150万円請求された話や、阪神の来年のカレンダーに「幻の11月31日」が刷り込まれた出来事などが飛び交う。「ユーチューブ」や「ツイッター」などは一昔前は考えもつかなっかた。最近は民間告発サイドが米外交公電を次々と公表し大騒ぎになる時代でもある。(マニラ新聞コラム)

海外日系新聞放送大会開く

2010年11月18日 | コラム「ハロハロ」
海外日系新聞放送大会が今年も海外日系人大会に合わせて東京で開かれた。マニラ新聞など海外で発行している邦字紙・放送24社が加盟する海外日系新聞放送協会が主催し、各国のメディア事情や経営環境の動向、共同編集企画などを討議した。ネットの急速な普及は邦字紙の経営にも少なからず影響を与えているようで、各社とも多メディアに向けた対応策に苦労している様子がうかがえた。

加盟社の発行媒体は新聞が主体だが、業態は有料紙、無代紙、ネット配信などさまざま。協会加盟の資格基準をどうとらえかも今後の討議課題と位置付けられた。現地語だけで制作した日本情報紙を加盟させてもいいのではないか、という意見がある反面、「日本語発信のメディアが基本。情報媒体は何でもいいが、現地語編集のメディアの加盟は疑問だ」という異論も出た。

サンパウロの邦字紙社長は「日系人社会も2世から3世に代わり日本語だけの紙面では対応できなくなった」と報告した。日本語に合わせポルトガル語のページを制作しているという。同じ紙面に2カ国語を併記して編集している米国の邦字紙もあった。経費が掛かるだけに経営的には各社とも厳しいと口をそろえている。昨年、廃刊に追い込まれた日米タイムスの元社長は、今年中にすべて清算できそうだと話していた。(マニラ新聞コラム)

孫のウクライナ生活

2010年09月24日 | コラム「ハロハロ」
 父親の転勤でウクライナに在留する小学5年の孫が母親と一緒にビザ更新で一時帰国した。直行便のない首都キエフと日本は欧州乗り継ぎで約15時間の長旅になるが、距離的に近いようで意外に遠い国のようだ。航空各社の競争も激しいらしく当初、中部空港経由の便を予約したが、国内便が利用できる他社の便に切り替え成田に到着した。日本に2週間滞在して戻ったが、連日、孫が話すウクライナ生活に大笑いした。
   
 在留邦人が約150人のキエフには日本人学校がない。子どもたちは地元のインターナショナル学校に通う。フランス、ドイツ、イスラエル、中国など多国籍の子どもたちが同じクラスで学んでいるという。学校では会話も授業も英語だが、同じ国の子ども同士でも母国語の使用はご法度と厳しい。校内は英語一色でも、街中に出ると、ロシア語とウクライナ語しか通用しない。子どもたちは2カ国語を並行して学習する羽目になる。
   
 放課後、孫はロシア人教師が経営するバレエ教室に通うが、指導はすべてロシア語。バレエを続けたさに家庭教師と一緒に夢中で学習したというから泣かせる。2年間の努力の成果が出たのか、英語もロシア語も日常会話はそこそこ分かるようになったと威張って見せた。子どもは耳から覚えるので早いというが、外出先から帰宅後、東京の電車内で聞いたという外国人女性同士の会話を面白おかしく披露したのには驚いた。(マニラ新聞コラム)

報道写真家の遺言講演会

2010年08月23日 | コラム「ハロハロ」

 「伝説の報道写真家」と言われている福島菊次郎さん(89)が今月14日、東京で講演会「遺言PART3」と写真展「日本の戦後を考える」を開いた。2007年と08年に次いで3回目の風変わりな遺言講演会というが、今回は自ら「最終回」と名付け、レンズを通して体験した戦後史を熱弁した。最新刊の「写らなかった戦後3 福島菊次郎遺言集 殺すな、殺されるな」の出版記念を兼ねた催しでもあった。
   
 長い間、通信社で仕事をしながら、実はこれまで福島さんという人物像や業績を全く知らなかった。マニラ新聞にいた元記者に誘われ講演会に参加したが、反戦・反差別運動にかける熱意と行動力は半端ではないと思った。2時間半に及ぶ講演で、生い立ちからカメラマンになった動機、多岐にわたる撮影現場での体験談などを淡々と話した。これまで刊行した写真集は10冊を超える。
   
 展示された写真展のパネルは約60枚。「写真で見る戦争責任」「ある被爆者の記録」などテーマごとに整理され、約300点の作品が飾られた。天皇の戦争責任を問い続け、自衛隊違憲を信念とし、講演でも憲法9条と自衛隊存続の矛盾を熱っぽく訴えた。戦争責任を回避する「終戦」というあいまいな表現を嫌う。「敗戦」と呼ばず「終戦」と言う人とは口もききたくないと言い切った。(マニラ新聞コラム)

合格看護師の記念講演

2010年06月21日 | コラム「ハロハロ」

 経済協力協定(EPA)に基づいて来日し2度目の挑戦で看護師国家試験に合格したインドネシア人看護師2人の講演会とパネルデスカッションが開かれた。難解な日本語をどう克服したのか。病院側のバックアップ体制はどうだったのか。広い会場は医療施設関係者らで満席になった。パネリストとして合格の秘訣を聞かれた2人は「死ぬほど勉強したが、ストレスはアニメなどを見て発散した」と笑いながらはぐらかした。

 EPA看護師・介護士候補者を受け入れている医療施設側の関係者はノウハウを学ぼうと、病院側の支援体制に聞き入った。試行錯誤だったが、受け入れたことで病院内に一体感が生まれ、逆にいい結果につながったという。模擬試験の問題集などを提供して支援した同病院の日本人の準看護師6人も刺激を受けて発奮し、見事に合格した。新潟県の小さな町の病院といいながら、取り組み方は半端じゃなかったようだ。

 受験機会が看護師は3回、介護福祉士は1回しか与えられないEPA協定について、医療現場では改善策を求める声が強い。主催した外国人看護師・介護福祉士支援協議会も「一定水準に達した候補者の滞在延長」などの要望書を厚労省に提出すると報告した。同省は不合格で帰国しても翌年合格すればEPA候補者と同じ扱いになるというが、帰国後も支援体制を維持できるかどうか。危ぶむ声もある。(マニラ新聞コラム)

ハロハロNPO学習集会

2010年05月24日 | コラム「ハロハロ」

 「フィリピン塾 ハロハロ入門」というNPO法人の学習集会が東京で開かれ、太平洋戦争で肉親を殺された比人と残虐行為を強いられた元日本兵のビデオ・メッセージが上映された。制作したのは2004年から聞き取り調査の証言をビデオ編集し、各地で上映会を続けている「ブッリジ・フォー・ピース」(BFP)。残虐行為を死ぬ寸前まで嘆き続けた元日本兵の存在を聞いたのを契機に活動を始めたという。
   
 集会の司会をしたのは入社2年目の商社員。2年前、最高裁で開かれた国籍確認訴訟の上告審の取材で知り合った。当時、就職活動中だった彼は内定した商社に入るか、比での就労を選択するか迷っていた。「商社なら比とも関われる」と商社入りを勧めたが、BFPのボランティア活動をしながら元気そうに活躍していた。アラスカの水産工場で比人就労者と会った際、フィリピン語が役立ったと喜んでいた。
   
 会場には社会人や大学生、主婦ら50人近くが集まった。ワークショップの団体などが現状報告をした後、一橋大学教授が「フィリピンの歴史と今」をテーマに特別講演。比から届いた菓子を食べ、民族舞踊を楽しむなどテーマ通りのハロハロ集会だった。日系2世の就籍運動をしているNPOの事務局長も姿を見せ歓談したが、比との絆の中でさまざまな団体が地道に活動している実情をあらためて知った。(マニラ新聞コラム)

冬季パラリンピック閉幕

2010年03月29日 | コラム「ハロハロ」
 バンクーバーで開かれた第10回冬季パラリンピックで、アルペンスキー女子回転座位と大回転座位に出場した大日方邦子さん(37)がいずれも3位に入り、銅メダル2個を獲得した。94年のリレハンメルから98年長野、02年ソルトレークシティー、06年トリノと5大会連続出場というから鉄人にも勝る大記録になる。獲得したメダル総数は今回を含め金2、銀3、銅5の計10個に上る。

 4年前のトリノ大会後、大日方さんの講演を聴く機会があり、本欄でも紹介したことがある。3歳の時に交通事故で右大腿(たい)部を切断し、高校2年の時に日本チェアスキー協会主催の講習会に参加してチェアスキーを始めたことなどを話した。初出場はリレハンメル大会。ところが、この大会で銀、銅メダリストがそれぞれ3人も誕生しても、マスコミは選手出身地の地方紙が小さく報道しただけだったという。

 マスコミが変身したのは長野大会だった。地元開催とあって新聞、テレビが大フィーバーした。しかし、この過熱報道も次のトリノまで持続せず、がっかりしたという。大日方さんは「長野報道は何だったのか。マスコミは護送船団で盛り上がるが、冷めるのも早い」と痛烈に皮肉ったことを覚えている。今回のバンクーバー報道はどうだったのか。大日方さんの感想を聞いてみたい。(マニラ新聞コラム)

ホテルでうたごえ出前喫茶

2010年03月01日 | コラム「ハロハロ」

 東京・新宿の歌声喫茶「ともしび」が自宅近くのホテルで出前喫茶を開いた。案内状が送られてきたので前売り券を購入、歌声喫茶常連の仲間と連れ立って参加した。会場はホテルの大宴会場。歌声喫茶華やかなりし青春時代をしのんで、多摩ニュータウン周辺から大勢の歌声ファンが駆けつけ、会場は約180人の参加者で埋まった。顔ぶれを見ると、平日とあって圧倒的に高年者が多い。
   
 円卓テーブルを囲んで初対面同士がお互いにあいさつを交わすうちに合唱が始まった。進行係の司会者2人が参加者の希望曲を選定し、ピアノ伴奏に合わせて次々と歌え上げていく。カラオケと一味違った全員の連帯感のような雰囲気がたまらないと仲間はいう。途中で20分のコーヒータイムがあったが、連続した合唱が2時間近く続いた。司会者が、のどの筋肉を鍛えるので、合唱は年寄りの良薬と言って笑わせる。
   
 歌声喫茶は1950年代ごろからブームになった。ロシア民謡からフォークソング、労働歌、反戦歌などが好んで歌われた。今でも人気曲なのが「がんばろう」。三井三池炭鉱の工員だった荒木栄が作曲し、歌声の定番曲になった。「ともしび新宿店」の1月の上位リクエスト曲を調べると、「手紙」「アメイジング・グレイス」「百万本のバラ」「涙そうそう」「初恋」。演歌族にとっては歌える曲がないので苦労する。(マニラ新聞コラム)

ツイッターが増殖中

2010年02月01日 | コラム「ハロハロ」

 先日、「ツイッター」のフォロー仲間から信じられないような「つぶやき」が送られてきた。近くのスパーで川魚のハヤを一棹(さお)買い、自宅の台所で洗おうとすると、魚が徐々に動き出した。驚いて水おけに入れたところ、翌朝までに30匹ほどが生き返り元気に泳ぎ出したという。連日の氷点下の寒さで魚が仮死状態になっていたと言うのだが…。空揚げにするのを断念し、近くの池にリリース(放流)したと伝えてきた。
   
 芸能番組にまつわる別の仲間の「つぶやき」にも大笑いした。ニューハーフのタレントが出演しているテレビを見ていた孫と母親の会話を紹介してきた。母親が画面を指差して「この人は男の人がお化粧しているんだよ」と話すと、5歳の孫は「フゥーン」。後日、別のテレビ番組に出演していた大物女性歌手を見た孫が「この人もお化粧した男の人だ」と叫んだとか。子どもは正直だと「つぶやき」で大爆笑になった。
   
 新しい情報発信手段「ツイッター」に仲間同士ではまっている。140字限定でフォロー同士が気楽に情報交換できる利便性が魅力だ。反応が早いので、さまざまな分野で参入者が急増している。テレビ局が新番組を制作したり、新卒採用に利用する企業まである。小池百合子元防衛相は先月開かれた自民党大会を「ツイッター」で中継した。ブログに次いでまた一つ、新しい発信手段を楽しむ羽目になった。(マニラ新聞コラム)

看護師候補者ら受入説明会

2009年12月28日 | コラム「ハロハロ」

 経済連携協定(EPA)に基づいて来日したフィリピン人とインドネシア人看護師、福祉介護士候補者が日本語研修で苦戦している。2年目の受け入れ説明会が開かれた先月、千葉、神奈川など首都圏の病院や介護施設で働いているインドネシア人看護師候補者ら3人が招かれ、体験談を披露した。日常会話はどうにか話せるようになったが、「国家試験の漢字は非常に難しい」と苦しい胸のうちを打ち明けた。
   
 説明会では受け入れた病院、介護施設の研修担当者も参加して問題点などが提起されたが、戸惑いながらの実地研修の苦労が浮き彫りになった。就労現場で仕事と日本語教育をどう進めればいいのか。試行錯誤の手探り研修が続くと訴えた。民間教育機関が実施した模擬試験に参加させたところ、「合格ラインには程遠い成績だった」と報告、外国人にとっての日本語による国家試験の難しさを強調した。
   
 看護師候補者は3年間、福祉介護士は4年間に国家資格を取得しないと帰国しなければならない。現状では多数の帰国者が出かねないとして、研修期間の延長や日本語出題にルビを付けたり、辞書利用の特例など国家試験の改善策を求める声が出ている。受け入れた施設側にとっても研修費用を負担して養成した外国人候補生を簡単に切り捨てられない事情がある。課題を抱えて2年目の候補者公募が近く始まる。(マニラ新聞コラム)