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年長組奮闘紀行

後期高齢者の人生年長組員が勝手気ままに綴るほろほろ日誌

晴れて三癌王を返上

2018年06月05日 | 健康医療

三癌王返上のうれしいお墨付きをもらった。10年前に前立腺の小線源手術を受けた後、経過観察を続けてきたが4日、慈恵医大付属病院の担当医から「ほぼ完治」の安全宣言を受けた。手術後、前立腺マーカーのPSA数値は年々順調に降下し、5年前に0.02を記録して以降、上昇することは一度もなく、連続して0.01が続き安定した。昨年、20年間続いた下咽頭がんと7年間続いた食道がんの経過観察から相次いで解放されているので、晴れて三癌王返上が実現した。当年83歳、いまは肺気腫と闘っているが、がんの苦しみから解放され、余命を安らかに生きられれば、こんなうれしいことはない。


夫人を亡くし落ち込む先輩

2018年05月07日 | 健康医療

在職時代から親しく付き合っている先輩の奥さんが急死した。気分が悪いと入院してから3日目だったという。お互いに80代に入れば人生の末路を覚悟して生きているはずだが、いざとなるとそのショックは計り知れなく大きいとメールで伝えてきた。心身ともに落ち込み、何を食べてもおいしくなく、好きな酒も飲む気になれないという。どう支援の手を差し伸べればいいのだろうか。こちらも戸惑いながら励ます言葉もない。

かみさんにメールを見せた。読後、顔を見合わせただけで言葉が出なかった。伴侶を失った寂しい心情を互いに少しばかり実感したのかもしれない。気分一新、早く立ち直ってほしいと祈る。


通院で35回の放射線治療

2018年02月01日 | 健康医療

下咽頭がんの放射線照射を続けている長野の友人からメールが届いた。「ようやく18回になりました。あと17回になります。それにしても味覚はなくなるし、飲み込み時ののどの痛みなど、放射能の恐ろしさを身をもって体験している」と述べている。週5日の間隔で計35回の放射線照射をするというが、同じ放射線治療を経験した元がん患者としては、そのつらさが痛いほどよくわかる。20年経過した今でも副作用の唾液減少や頭頸部周囲の筋肉萎縮状態は回復せず、食事の不便さに毎回、苦労している。予定通り治療を終え、笑って会食できる日を待ちたい。


腹腔鏡で黒ダイヤ摘出

2017年12月23日 | 健康医療

救急で入院し胆嚢手術をした仲間がモーニングブレイクの会合に参加し、摘出した胆石を持参しお披露目した。1センチ大の胆石から豆粒のような小さい胆石まで計76個を摘出したという。いずれも黒光りしていてまるで黒いダイヤのように見える。手術前に10日間も絶食したが、手術後は3日で退院し、通常の生活に戻っている。開腹せずに腹腔鏡による手術だったので、お腹に4カ所の小さな穴をあけポートを入れるだけだったという。


がんの定期検診を終結

2017年12月20日 | 健康医療

食道がんの1年ごとの定期検診で今年もセーフの判定が出た。内視鏡検査の際、怪しい毒キノコを1個摘出したと言われていたので気懸りだったが、主治医の「シロだったよ」との言葉に一気に肩の荷が下りた。主治医は続けて今後の治療についてこう提案した。「来年以降、内視鏡による定期検査をやめよう。たとえこれからがんが発見されても、高齢を考えれば手術も化学療法も選択肢にはないだろう。経過観察だけでも4、5年は十分生きられる。83歳以降の余命を考えれば、無理して検査をして見つける必要もない」。

61歳の時の下咽頭がんに始まり食道がん、前立腺がんと3カ所のがんと闘って22年。半年から1年ごとに実施していたがん検査はこれですべて終結する。下咽頭がんは働きながら週5日の早朝、36回の放射線治療に通った。食道がんは2年から6年ごとに新しいがんが見つかり、12年間で内視鏡による4回の手術を受けた。友人からは3癌王と冷やかされたが、転移がないのが幸いした。2時間近くかけて通った病院とも今日で別れるとなると寂しい。病院の食堂に入り久しぶりにラーメンを食べた。うまくて涙が出た。5年後の米寿を目標に最後の人生行路を有意義に生きたい。


肺炎で2週間入院

2017年12月07日 | 健康医療

肺炎で2週間入院し2日前に退院した。せきと熱が出たので気になってかかりつけの医院にいったところ、提携病院の救急外来に行くよう指示された。精密検査の結果、担当医から肺炎または胸膜炎と診断され即入院になった。以後3日間、1日12時間の点滴と酸素吸入が続いたが、せきのたびに肺周辺に痛みが走り参った。4日目から1日4時間の点滴になってだいぶ楽になった。

食事は3食とも呑み込みがいいとろみの付いたメニューを希望、味はいまいちだったが、むせることもなくうまく食べられた。主食は3食ともおかゆが出た。酸素吸入が終わった段階で、足腰のリハビリが始まった。1日15分近く、リハビリ室に呼び出され、足腰の運動をさせられた。退院しても続けてほしいとリハビリ日程をもらい、退院後も続けている。


骨髄症の闘病記事を読む

2017年10月16日 | 健康医療

朝日新聞の生活欄に掲載された骨髄異形成症候群の闘病患者の連載記事を興味深く読んだ。友人が同じような骨髄異形成症候群と診断され、貧血を合併して2回目の輸血をしたとメールがあったからだ。赤血球や白血球、血小板が減少して、造血機能が異常になるため、歩行中に息切れ障害などが起きると訴えていた。ちょっとタイミングがよすぎると驚きながら闘病記を読んだが、厳しい病気だと理解した。友人の病状が進まないことを祈ろう。


祭りで恒例の骨密度測定

2016年10月17日 | 健康医療

多摩市のコミュニティセンター「からきだ菖蒲館」の祭りに出掛け、骨密度検査を受けた。椅子に座り右足を測定器に載せ、足首を両側から締めて測定した。プリントされた結果を見ると、測定値は「1479」。同年代の標準値に比べ97%という数値だが、ほとんど平均値と変わらず、「年代相応」とのお見立てだった。血管の老化度を見る年齢測定も受けたが、こちらは点数49点。年齢に応じた血管弾力性の範囲内と判定された。


真っ赤な血尿が出て動転

2016年10月09日 | 健康医療

10日前に突然、血尿が出て、トイレが真っ赤に染まった。翌日、慌ててかかりつけ医がいるクリニックの泌尿器科に駆け付けた。亡くなった同じ職場の仲間が血尿が出て精密検査した結果、腎臓がんが見つかった話を聞いていたので、腎臓がんか膀胱がんを疑い動転した。1週間後に予約した市内の総合病院でヨード造影剤を使った下腹部のCT検査と、かかりつけ医による膀胱鏡検査を受けたが、結果は腎臓、膀胱、尿道などに腫瘍などは見当たらず、尿管の一部が炎症を起こし、出血していることが分かった。

8年前に前立腺がんの治療で埋め込んだ小線源(放射線)の後遺症による「放射線性前立腺炎」との診断だった。それにしても8年前の放射線治療の後遺症が今になって出てくると聞いて驚いた。三癌王(下咽頭がん、食道がん、前立腺がん)から四癌王になるところで、危うく踏みとどまり、まずは一安心。


心臓大動脈弁の置換手術

2016年09月03日 | 健康医療

長野の友人から心臓大動脈弁の置換手術を終え退院したと連絡があった。80歳を超えての置換手術なので、経過を心配してたが、術後も順調に回復し、予定通り2週間弱で退院できたという。手術前に車の運転は退院後、1カ月間禁止と言われていたようだが、こちらも回復が順調だったことから直解禁され、「温泉に行ける」と喜んでいた。早々と買い物に出掛けたというから朗報、朗報。それにしても約7時間に及ぶ手術だったというから、想像するだけでも大変な負担だっただろうと痛感する。

置換した新しい心臓弁は豚の生体弁で、寿命10年程度と言われているそうです。人工の機械弁もあるようですが、機械弁は半永久的だが、血栓ができるデメリットがあり、血液が固まらない薬を一生飲み続けることになる。豚や牛の弁が人間の心臓弁に使われというのもびっくりだが、当人は「これからはかつ丼も心して食べなけれならない」とメールで心境を吐露していた。豚族になったのだから「豚肉だけは一層感謝して食すべき」と伝え激励した。


中古車の油切れ回復

2015年07月12日 | 健康医療

 激痛が走った左膝の関節腔に注入する5回の「ヒヤルロン酸」治療が終わった。一週間間隔で注入したが、ほとんど痛みがなくなった。医師は打つ度に2割ずつ痛みが緩和すると言っていたが、1回目の治療後から歩行が日増しに良くなった。同じように関節痛で治療した知り合いの人は5回終わっても、痛みが治まらないと話していたが、わが方の「中古車の油切れ」は順調に回復したのかと一安心した。3週間後に症状の最終診断するという。


膝関節に潤滑油を注入

2015年06月10日 | 健康医療

 朝、ベットから起きようとすると、左膝の関節に激痛が走った。時間が経つうちに室内で歩くにも不自由するようになり、痛くて膝が曲げらなくなった。慌てって紹介された近くの整形外科に駆け込んだところ、関節腔の「油切れ」と診断された。加齢で中古車の車体が油切れして悲鳴を上げているのだという。医師の勧めでさっそく関節腔に潤滑油薬の「ヒヤルロン酸」を注入する処置を受けた。注射はあっという間に終わったが、今後、週1回計5回の注射を繰り返し、注入するとのことだった。「中古車の油切れ」とは、医者もうまいことをいうもんだと納得した。


インフルエンザで寝込む

2015年03月25日 | 健康医療

 生まれて初めてインフルエンザにかかった。寒気がするので熱を測ったら38・2度。びっくりして前回、病院でもらった薬を飲んで寝たが、一向に下がらない。翌日はさらに38・5度から39・3度まで上がったため、慌てて病院に駆け込んだ。せきはあまり出ないが鼻水がひどい。別室に隔離され、検査の結果、インフルエンザと診断された。以後、食欲がなく2日間寝込んだ。朝のラジオ体操もしばらく欠席することになりそうだ。今年は正月早々、肺炎まがいの症状で寝込むなど、さんざんな年になった。


勇気をもらった基調講演

2015年02月26日 | 健康医療

 朝日新聞に掲載されたフリージャーナリストの鳥越俊太郎氏が同社主催の健康・医療フォーラムで披露した基調講演を読んだ。その壮絶ともいえるご自身の闘病歴を知り、わが三癌王もがく然とした。大腸がんと肺がんは腹腔鏡と胸腔鏡で手術し、肝臓がんは、やむを得ず開腹手術で行ったという。がんと闘っていることはある程度聞いていたつもりだが、ここまで闘病歴があるとは知らなかった。

 さらに驚かされたのは、がんが見つかる前に痛風、尿道管結石、メニエール病を患い、昨年11月には腰部脊柱管狭窄症の手術を受けたと話している。今も難聴で補聴器を付け、居酒屋などでは話しがよく通じないという。身体の免疫力を維持するため、食事、睡眠、運動に気を付け、週3回のジム通いをしているというから、その努力は半端じゃない。「老いは下半身からやって来る」と歩くことを勧めている。基調講演を読んで、がんと闘う同病者として大いなる勇気を頂いた。


冠状動脈のカテーテル検査

2014年10月23日 | 健康医療

 悲しい知らせがまた届いた。旧職場の1年先輩が亡くなった。昨年11月の社友会総会に出席し、声を掛け合っていたでけに知らせを聞いて驚いた。同期の先輩からの連絡では、心臓の冠状動脈のカテーテル検査で血管が破れ、肺に逆流、全身に障害が起きて歩行困難になっていたとのことだった。血管も年齢と共に弱っていくのだろうが、カテーテル検査の怖さを思い知らされた。