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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 64

「ミキちゃん、いつもこの道を歩いていくんだね?」
 私たちは、明らかに様子がおかしい街の中で、同じような道がたくさんある中から、公園から一番目の前の道を選んで、とぼとぼとあるき出した。小さなアサダさんが言うには、本当は公園から出てすぐ目の前の道路を渡ってそのまま真っすぐに伸びる道を歩けば、コンビニエンスストアがあり、その角を左に曲がって少し歩けばお家があって、5分くらいで着くはずなのに、歩いているうちに自分がどこを歩いているのか判らなくなり、どうやってもたどり着けないらしい。
 そもそも街が知らない街になってしまっていて、この道もいつもの道ではないという。現に、私たちが今歩いている道の先に、コンビニがありそうな雰囲気はこれっぽっちも感じられなかった。かなり距離をあけながら薄暗い街頭がぽつりぽつりと、ずっと先まで続いている様子しだけが見える。本当にこの道でいいのか?そんな迷いがつきまとう。
「ねえ、ひょっとしたらさ、いつも帰れなくなっちゃうんだから、いつもと違う道を行けば、よかったのかな?」私が聞くと、小さなアサダさんは自信なさげな瞳で「・・・わからない」と答えるだけだった。
「まだそんなに歩いてないから一旦引き返してみようか・・・」そう言って振り返った時、目に入ってきた光景に私は混乱した。公園からこの道に入ってまだちょっとしか歩いてないはずなのに、その道は先の見えない道となって、どこまでも続いていた。
「・・・そうきたか」私は一瞬、どこまでもつづく砂漠を思い出し、ゾワッとした。
「完全に迷いの中に取り込まれてしまったようね・・・」ヒカルも道の前後を見渡し、遠い目をしながらつぶやいた。
「・・・やっぱり・・・きっと、また帰れない・・・」小さなアサダさんは今にも泣き出しそうな顔だ。私は努めて明るい声でいった。「よーし、上等だ!迷いの街だかなんだか知らないけど、こうなったら前進あるのみさ!」

 それから何分くらい歩いただろう。歩けど歩けど、同じような道が続き、同じような家の建物が並び、同じような街路路が時折左右に別れて伸びていた。真っすぐ歩き続けるのもいい加減不安になり、途中で路地に入ってみたり、角を曲がったりしながら歩いているとさっきとは違う公園があったり、なにやら空き地のような場所があったりと少しだけ変化があるものの、いつもこの同じ道に戻ってきているような気がする。だが、それも本当に同じ道かどうかはわからないのだが。
 道中、小さなアサダさんを怖がらせないようにして、色々とおしゃべりをしながらゆっくりと歩いてきたが、さすがに疲れてきた。ヒカルはエネルギーが弱っているというし、アサダさんも小さな身体ではこたえるだろう。そう思ってちょっと立ち止まり、まわりを観る。ヒカルも小さなアサダさんも、私につられてまわりを観ている。
 道の両側に並ぶ家々には、人っ子一人いないのだろうか?窓に光が見える家もちらほらあるが、どの家もシーンと静まり返っているばかりだ。なんてよそよそしい街なんだろう。だんだんとその取り付く島のない様子に、腹立ちさえ覚えてきた。
 その時、二軒ばかり先の家の窓に、人影が見えた気がした。
「ねえ見て、あの光がついている家、人がいるよ!いって、道を聞いてみない?」 
 変化のなかった道中にはじめて光明を見た気がして、気がはやった私は指を指しながら、小さなアサダさんに目を向けた。
 しかし、そこに見えたのは、下を向き、口を真一文字に結んで何かを拒むような顔だった。
「どうしたの?ほら、あそこに人がいる!」私はそう言って半ば強引に手を引きながら、その家に近づいていった。

 白い2階建ての住宅。この世界に来てまじまじと人の家を見ていなかったが、小さな庭があり、玄関の横には自転車が大人と子供用と並んでおり、また家族の傘が数本出しっぱなしで立てかけれれていたりと、本当にごく普通の一軒家だ。光が漏れる窓に近づくと、声も聞こえてくる。家族団らんのひとときか、父親と母親、子供と思われる話し声や、暖かな笑い声が聞こえてくる。
「ほら!人がいる!普通の家族だよ・・・」そう言って、小さなアサダさんを見る。
 そこに、ますます険しい顔つきになり、目をぎゅっとつむって固まっている小さなアサダさんの姿を目にして、私はようやく気がついた。
 ー普通の家族。
 小さなアサダさんがどんなに望んでも、決して手に入らない、父と母との家族団らんのひととき。
 他のお友達にとって、あって当たり前なこと。なのに、自分にはどんなに切望したとしても、絶対にかなわない夢。
 そのことに気がつき、失いつづけている自分の心の虚脱を感じてしまう小さなアサダさんの繊細な感受性が、今は目もつむり、耳も塞いでしまいたい気持ちで、漏れ聞こえる笑い声に必死に抵抗するように、心に壁つくろうとしている。
 この家族団らんの光景は、彼女の見続けている悪夢の一部なのだ。

・・・つづく
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