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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 06

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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 前史に例のない宇宙放射線による宇宙災害を機に旧世界の秩序も日常の暮らしも崩壊し、人類の多くは自己免疫疾患の嵐に襲われ人口は激減した。

 残された人々の多くは世界に点在するドーム型のコロニーの中で、宇宙放射線の恐怖から守られて暮らしていた。

 そこはテクノロジスト集団「ノア」が立ち上げた新世界機構ともいえる社会システムで運営されるコロニーで、最新鋭のAIとロボット技術によって、人々は働かずとも生きていける場所だった。

 一見、ユートピアのように思えるその場所は、全ての人の個人情報がリンクして統合された情報管理・監視社会の行き着く世界でもあった。

 人々はコロニーの中での不自由の無い暮らしと引換に、あらゆる情報を統括して瞬時に管理を“最適化”するコロニーのマザーAIに監視され続ける中で、本当の意味での命と心の“尊厳”を失おうとしているように思えてならない。

 マザーAIが、いや、それをつくった何者かが、人為でその尊厳を、誰かの都合でコントロールしようとしている。そんな、そこはかとない疑念。

 ケンは、頑なにコロニーの外で暮らし続けていたカヲリとともに、コロニーを脱出した。その際に牙をむいたコロニーのセキュリティシステムの不条理な敵意を味わった。新世界の悪を、確かに観た気がした。

 そして、今、コロニーの外の世界で、ケンとカヲリは宇宙放射線や空中を漂う最近やウイルスに脅かされる事無く生きることができる身体を取り戻すことができた。

 ここから出てはいけないと思っていた巨大な鳥かごの中から飛び出し、今、再び、空の下で味わう本当の自由の喜びを噛みしめていた。

 ここは、奇跡の集落。「Quiet World」。

 雪かきに精を出すマルコはやはりコロニーで働くAIロボットだった。異色の心優しきAIの知能を司るマルコのブレインプログラムは、マザーAIの思考に絡みつくそのような不条理な悪意から袂を分かつように、ケンとカヲリを助けながら、自らもその意志でコロニーを脱出した。

 そのマルコは、今、この集落の雪かきで人々に大いに頼られ、一生懸命に働いていて生き生きとしている。

 その間、ケンとカヲリはQuiet Worldを支える天才科学者、柊博士の書斎に戻って、沸き上がってやまない様々な疑問に、一つひとつ答えを求めようとしていた。

「そもそもなぜ、博士はこの集落におられるのですか?」

「なぜって?まあ、いろいろあっての」ケンの問いに対して博士は目尻にしわを寄せて笑顔で答えはじめた。

「ま、簡単に言うと、われらが"姫"を信じて着いてきたということかのう」

 博士が"姫"と呼ぶのは、ケンがこのQuiet Worldを知るきっかけとなった個人ブログ『静寂なる世界』のブログ主の事だった。

 その人物の名は白崎ゆり。年齢は知らないが、おそらく50代前半くらいの女性だ。ケンはその白崎と、そのブログのコメント欄で密かに行ったコメントのやりとりを通じて、この場所へと辿り着くことができた。

 白崎ゆりは、何を隠そう、この新世界機構を立ち上げた「ノア」の初期メンバーで、マザーAIの開発にも携わっていたという。

 ノアの発起人であるレオナルド・トーマス博士の急逝後、人知れずノアから消息を絶った謎の多い人物だった。

 白崎ゆりは、謎のマザーAIの成り立ちに最も近くで携わってきた人物。

 柊博士は、宇宙災害以降の人類の自己免疫疾患の原因を、自らの天才的な知識と発想で看破した人物。

 二人とも、自らの知り得る真実について語ろうとするその声が、この新世界の秩序には届かないどころか、封殺され、あろうことか、その真実の声が消されるように、自分の命さえも危険にさらされる事を知った者同士だった。

 昨日まで友人と思っていた人物が、静かに湛えた笑顔の下で、自分に牙をむく。そんな、どこに敵がいるかも知れない状況の中で、二人はお互いの中に確かな『良心』を観て、協力し合うことに決めた。そこには、簡単には言い表せない数々の修羅場があったようだ。

 白崎ゆりと柊博士は、本当に心から信頼できるわずかばかりの仲間と、この 「Quiet World」をつくった。はじめは、自分たちが新世界機構からの悪意の手から逃れて、生き残るための場所だったのだ。

「この老体にはだいぶ骨が折れるスリリングな展開だったぞ」

 博士は挽き立ての良い香り立つ珈琲に口を付けながら言った。

 今では、ブログ『静寂なる世界』を通じて、ケンと同じようにこの場所を知り、やってくる人々が集い、150人ほどの集落となっている。

 ただ、ケンと同じように、一度コロニーへと移り住んでから、コロニーを脱出し、この集落まで辿り着くことができる人間はごくまれらしい。多くは、コロニーを出る前にマザーAIが統括するセキュリティシステムによってその動きを悟られ、コロニー内の社会から排除されるべく、何かしらの理由を付けられて精神病棟か犯罪者の収容所に収監されてしまう。ケンの元同僚で友人の日高トオルもその一人だった。

 明らかに、ノアのマザーAIからそのブログは監視されていた。

 それを承知で、ブログのコアな読者達は皆、コメント欄にはAIに解析されないようになるべく「隠語」を用いてあうんの呼吸のごとくコメントのやりとりをしているのだった。読者の中には、無事にQuiet Worldに辿り着いた者もいれば、新世界に疑問を持ち続けるコロニー内の住人も多くいた。

「わしらもそれなりに危ない目にあって、ここで生き延びることができてるからな。危険を冒してここへ来ようとする者達には、なんとか救いの手を差し伸べたいのさ」

 ケンとカヲリ、若い男女二人にそう語りかける博士の目はとても優しかったが、その目の奥に、真実を知る者、良心に従う者の強い光を見た気がした。

・・・つづく


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主題歌 『Quiet World』
作詞・作曲 : shishy  

 

 

 

 

 

 

 

 

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